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誰も埋葬されることのなかったわが家の墓

閉眼式の様子

今日はわが家のお墓の閉眼式でした。

建立は昭和五十二年と書かれていますから、41年前のことですね。

祖母と父、そして叔父2人が建てたお墓です。

祖父は戦争から帰ってきましたが、その後まもなく事故で亡くなっています。
戦後の混乱期であったため遺骨の在り処が分からなくなっていると聞かされています。

若くして未亡人となってしまった祖母は女手ひとつで男の子3人を育てあげましたが、親戚との付き合いは完全に途絶えてしまいました。

という訳で叔父以外の親戚には今でも会ったことがありません。

おそらく亡き父たちもまた殆ど会ったことはなかったと思います。

少しは生活に余裕ができてきた41年前、祖父を供養するとともに自分たちが落ち着ける場所を用意するべくこの墓は建てられました。

祖父の遺骨は納骨されていませんが、ここを拠点として自分たちが新たな一族を盛り上げていくのだという意志があったように思います。
苦労して育ててくれた祖母を安心させてあげたいという思いもあったことでしょう。

それから年月を経て、今年6月に亡くなった叔父を最後に建墓した当事者はいずれも他界しています。
いわゆる墓の跡継ぎは自分一人です。

余命が短いことを悟った叔父は自分を呼び寄せて言いました。
紹介してもらった寺で永年供養してもらうことにした。
自宅の仏壇で供養していた祖母の遺骨も既にその寺に納骨したと。

子どもを授かることのなかった叔父は無縁仏にならないように、また我々家族に余計な負担をかけないようにとの気遣いであったと思います。

もう一人の叔父は訳あって結婚する際に奥さんの籍に入っており、この墓には入らないと考えていたようです。

叔父に呼ばれ日までは自分が墓守になるつもりでした。
だからこそ、誰も墓参しなくなってからも自分だけは盆と彼岸にはお参りして手入れを続けてきたのです。
が、いずれ嫁ぐであろう愛娘には重荷になることは目に見えていることもあり、墓じまいを決断しました。

まだ幼かった頃、この墓ができて以来ずっと、みんなこの墓に入って眠るのだと信じてきました。

しかし現実には祖母も叔父もここには入ることはありませんでした。

最も早く亡くなった父の遺骨も永く自宅供養していましたが、母が施設に入ったのを契機に永代供養してもらうことになり、この墓は誰の遺骨も入ることなく墓じまいとなります。

墓園事務所で墓じまいの手続きをした際、埋葬者氏名の欄に祖父の名前が記載されていることを知りました。

墓内を確認したところ、小さな骨壷が入っていました。

もしやと心配しましたが、果たして中には数個の貝殻が入っていました。

今となってはどういう経緯で貝殻を収めたのかは知るよしもありませんが、祖父に縁のあるものであったのだと思い持ち帰りました。

閉眼式は秋晴れの下、つつがなく終了しました。

後は墓石の撤去を残すのみ。

誰も埋葬されることのなかったわが家の墓。

墓としての機能は果たすことはありませんでしたが、戦後の混乱期からこの街で暮らしてきた家族とともに一つの時代の象徴となりました。

今日そのお役目も終えることとなり、まさに次の時代が始まる予感がしています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ほんの一手間にあらわれる心遣い

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  墓参り 家族 役割  

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