元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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変えるも自由 変えないも自由

今ここから始まる未来と自分は変えられる

「やる気がなくなった」のではない。 「やる気をなくす」という決断を自分でしただけだ。
「変われない」のではない。 「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。

via: アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉

目の前にある状況について、周囲の環境や過去の経験に原因を求めてしまうことは誰にでもよくあることですね。
とりわけ今の状況を好ましく思っていないときは、他者や過去の自分のせいにしたくなることが多いようです。

ところが、同じ状況にあっても、それを前向きに捉える人もいます。
そういう人はウソくさいとか偽善者だ言われることもありますが、必ずしもそうではなくて、本心からピンチをチャンスと捉えたり、多少の困難を楽しんでいる人はいるものです。

この違いはどこからくるのでしょう。

どんな状況であっても、どう対応するかは本人の自由です。
首尾よく事が運ばない状況に嫌気をさしてしまうのも自由。
「今は待て」の啓示だと信じてじっくり構えるのも自由。
やり方がマズイのかも? と反省・改善するのも自由。
どう受けとめて、どう感じ、どう行動するかは自由なんですね。

人は過去に縛られているわけではない。 あなたの描く未来があなたを規定しているのだ。 過去の原因は「解説」にはなっても 「解決」にはならないだろう。

原因を他者や過去の自分のせいにして不自由に縛られているのも自由。
今からどうすれば良いかを考えて自由に行動するのも自由。
つまり、本人の考え方次第で、状況の評価は如何ようにも変えることができるということです。

自由になるか 不自由になるか
ピンチと捉えるか チャンスと捉えるか
めんどくさいと思うか ワクワクするか
本人がどう考えるかによって状況は違ってくるんですね。

フロイトは、「人は過去に規定され、自分で未来を制御できない」と言いました。

これに対してアドラーは、「遺伝や教育などの「原因」によって行動が規定されるのではなく、人は未来への「目的」によって行動を決めているから、自分の意思でいつでも自分を変えることができる」と主張しました。

どちらが正しい説かということではなく、「何かに拘っている限りはその何かに規定され自由を失ってしまう」ということだと思うのです。

遺伝や育った環境は単なる「材料」でしかない。 その材料を使って 住みにくい家を建てるか、住みやすい家を建てるかは、 あなた自身が決めればいい。

遺伝や教育や過去に拘っていると未来の自由度は激減してしまいます。
しかし、拘ることも自由、拘らないことも自由。
どう受けとめて、どう感じ、どう行動するかは自分で選択することができるということです。
自分たちは常に自由な表現や行動をすることができるとは限りませんが、いつでも自由に感じたり考えたりすることはできます。
感じ方や考え方を変化させることによって、表現や行動の自由度も拡がってきます。

人生が困難なのではない。 あなたが人生を困難にしているのだ。 人生は、きわめてシンプルである。

そして何よりも、この自由を行使するのもしないのも自由。
過去も現状も未来も、自分が自由を選択したか否か、自分自身で決めているということ。
いくばくかの制限があったとしても、自分たちはなんと晴々しい自由をもっているのだろう!

状況の価値は自分が選択して決めている。
つまり、未来は自分で選択して決めることができる。

このことに共感するのも自由。
同意いないのも自由です。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
おてがる過ぎる!? お出かけと恋愛祈願

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽  自主自立 未来 選択 自由 

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