元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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「ゆるし」とは…

「ゆるし」とは、
ひどい行いを大目に見たり、
認めたりする事ではなく、
苦しまないという決意をする事。

裁きの心を捨てる決意、他人と
自分を傷つけるのをやめる決意、
怒りと怖れの循環を
断ち切る決意をする事。

(ジェラルド・G・ジャンポルスキー)

相手は関係ないんだな。

怒り狂っているのも
恐れおののいているのも
不機嫌なのも苦しいのも
自分自身なんだから。

相手は鏡の中の自分自身。

相手を責めれば責めるほど
自分自身を追い詰めていく。

相手をゆるすってことは
自分自身をゆるすこと。

どっちが先でもイイんだよ。
ここらで一旦ゆるめてみよう。

なんにも心配いらないって。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
素朴な味わい…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  許す 和の心  調和 お気楽  

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ゆるし ゆるされて

きょう私が学校から帰ると、お母さんが「お兄ちゃんの机を拭いていて金魚蜂を落として割ってしまった。もっと気をつければよかったのに、お母さんが悪かった」といいました。するとお兄ちゃんは、「僕が端っこに置いておいたから、僕が悪かった」って言いました。
でも私は思い出しました。きのうお兄ちゃんが端っこに置いたとき私は「危ないな」って思ったのにそれを言わなかったから、私が悪かったと言いました。
夜、帰ってきてそれを聞いたお父さんは、「いや、お父さんが金魚蜂を買うとき、丸い方ではなく四角い方にすればよかったなあ。お父さんが悪かった」と言いました。そしてみんなが笑いました。
うちはいつもそうなんです。
うちの家はいつもみんなが悪いのです。

via: 「ありがとう」 高木善之

何べん読んでもイイなぁ と思います。

羨ましいなぁ というキモチもありますが
こんな方法があるんだな…と感心したり
ちょっと希望を持てるような気もします。

人に迷惑をかけない…
自分がやるべきことはキチンとやる…
それができなかったときは素直に謝る…
子どもの頃から、そんな風に教えられ
自分でも それが正しいと信じて生きてきました。

大人になった今でも
そのことは正しいと思っています。

だから
娘たちにも同じように教えています。

この先、ずっと先の未来まで
継承されて欲しい規範だと思います。

ただ この教えには
注意しなければならないことが1つあります。

どんな教えにも共通して言えることかもしれません。

それは
これさえできれば それでいい ということではない
…ということです。

自分は 人に迷惑をかけていない…
自分は やるべきことをキチンとやっている…
自分は 間違ったら謝っている…
それで完璧だということではないんですね。

もちろん、それは前提条件ですね。

みんなが自分の責任を果たすことは大切です。

でも、自分の周りにいる
家族や友達やお世話になっている人が
そうできていないことに気がついたとき
どうすれば良いでしょうか。

最初から ヤル気がない人もいるかもしれませんが
やろうとして、うまくいかなかった人もいるでしょう。

うっかり油断しただけの人もいるかもしれませんし
ちょっと甘えたい気分だった人もいるでしょう。

事情は人それぞれ
いろいろあるのでしょうけれど
1つ共通していることがあるとしたら
その人は、自分にとって大切な人だということ。

家族や友達やお世話になっている人なんですから
なんだかんだ言っても、やっぱり大切な人ですよね。

そんな大切な人が
どんな事情があるにせよ
人に迷惑をかけてしまった…
やるべきことをキチンとできなかった…
謝るべき場面で謝れなかった…

果たして それを
他人事として見過ごせるでしょうか。

見過ごすどころか
責め立てたい事情があるかもしれません。

自分は ちゃんとやっているのに…と思うと
腹立たしさが込みあげてくるかもしれません。

けれども、その相手は
自分にとって大切な人なんです。

その人が いなくなってしまうなんて…
その人が 哀しみ不幸になってしまうなんて…
そんなことを願っているわけはないでしょう。

ちょっと文句を言いたかっただけですよね。

その、大切な人が
失敗したり、うまくいかなくて困っているとき
他人事として見過ごせるでしょうか。

たいていの人なら
そうはできないと思うのです。

今度は失敗しないように…
うまくいくためにはどうしたらよいか…
一緒に考えたり応援したりしたいと思うでしょう。

その第一歩は
ゆるす」ということだと思います。

いかなる事情があろうとも
失敗したとき、うまくできなかったとき
なにはともあれ「ゆるす」ことです。

ときには
二度と同じ過ちを繰り返さないように
罰を与えたりや説教をすることもあるでしょう。

けれども、それは
「ゆるす」ことを前提にした援護であるはずです。

ゆるされるからこそ
やり直しが利くのです。

やり直せると思えば
希望を持つ続けることができます。

応援とかサポートとかいう行動は
相手の肩代わりをすることではないと思うのです。

代わりに やってあげる…
代わりに 責任を負う…
それで助かることも少なくありませんが
応援とかサポートというのは本来
そういうことではないような気がします。

どんな事情があろうとも
なにはともあれ「ゆるす」ということ。

それこそが
イチバンの応援やサポートだと思うのです。

「ゆるす」ことで
その人は やり直すチャンスが与えられます。

自分自身でやり直せるチャンス…
それが何よりも ありがたい贈り物だと感じることは
きっと少なくないのではないでしょうか。

あぁ…

こんなことを書き連ねていながら
ここ最近、自分では
ちっとも「ゆるす」ことができてないな…

反省しきり・・・(>_<)

なのに
周りのみんなは
そんな自分を責めることなく
見守ってくれている…

やり直しのチャンスを
与えてくれているってことですよね。

大切な人たちが与えてくれたチャンスを
ムダにすることのないように注意します。

ゆるし ゆるされて
自分も 周りの人たちも
みんなと一緒に しあわせになる…

和の心の基本ですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

愛は許すこと そして 許したことさえ 忘れること

 

●1年前の今日:他人事じゃない

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  許す 和の心  調和 感謝 自主自立 お気楽 

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道を尋ねられるような人に…

昔、おばあちゃんに「道を尋ねられるような人になりなさい」と言われたことがある。道を聞かれるということは、服装や髪型がきちんとしていて、表情が穏やかで、姿勢が良くて、優しさの中にどこか頼れる雰囲気を持っているということ。おばあちゃんが伝えたかったのは、きっとそういう意味だと思う。

via: Twitter / L_prescription

こういう話に 思わず頷いてしまうのは
歳をとってきた証拠なんだろうなと思いつつ^^;
やっぱり! そういうことだよなと
改めて自分に言い聞かせたりしています。

言うまでもなく
「道を尋ねられるような人になる」ことは
表面的な上質さや華美さではなく
内面的な凛々しさと和みの心が求められるのですね。

高度な専門分野や
幅広い見識などではなく
「道を尋ねられる」という
地味で基本的な事柄を目指すべしという点にも
その意図が込められているような気がします。

「ボロは着てても心は錦」ですね。

この「ボロは着てても…」は極端な表現であるが故に
「見た目が与える印象も大事だ」などと
しばしば批判的に紹介されることもありますが
「心の錦」に焦点を当てた視点で
捉えた方がイイように思うのです。。

「心の錦」を磨けば磨くほど
姿勢や態度を通じて表面的な部分にもにじみ出て
自然と「ボロ」が「ボロ」ではなくなる…
そういうことではないのでしょうか。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

「道を尋ねられるような人になりなさい」

 

●1年前の今日:サヨナラから始まること

コメント:6 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 調和  お気楽 

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日本の「いい人」たち

慌ただしく世知辛い世の中、
大声で怒鳴り散らしたり
嫌味な文句を言うのが当たり前!
と思いきや・・・

乗り合わせた人たちが
みんなイイ人たちで
ホントに よかった よかった(^^)/

そう!

まだまだ 世の中 捨てたもんじゃない!

日本は いい国です。

日本には いい人が たくさんいます。

「人がいい」「お人好し」と「いい人」は違う…
時々、そういうことを耳にします。

でも、それは ホントなんですかね。

完全一致はしていないのでしょうけれど
ボクは、「お人好し」も「いい人」だと思うんです。

だって…
「悪いお人好し」なんて、想像もつきませんよ。

何十年かの間、日本は
経済や科学の分野で評価されてきましたが、
日本人の本来の良さっていうのは
こういうところに関係があるような気がします。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

バス車内のイイ話

 

●1年前の今日:つい忘れがちな、けど大切なこと

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 調和 共存 共感   和の心 

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ゆっくり じっくり しっかりと

指向はするが無理せず成り行きに任せる

藤村靖之

過度なコントロールをせず
緩やかな調和と共存を由とする…

こういう考え方は
お気楽な暮らし方にも通ずるところが多いですね。

右肩上がりじゃない時代に本格的に入っていくこれからは
少しずつ、でも確実に広がっていくんじゃないかと思います。

常に経済が成長していた これまでの時代は
まず目的があり、目標と計画をたてて行動していました。

これからの時代は
共感する人々が集まり
目指す方向を緩やかに確認し合って行動するうちに
自ずと目的や次の着地点が明確になっていく…
しかし、その目的にさえ強く拘束されることはない・・・
というようなプロジェクトが増えていくような気がします。

このようなスタイルには
スピードや効率を期待することができませんので
比較競争社会や勝負の世界には不向きだと思います。

けれども、市場や資本が縮小していくであろう時代には
分かち合い、調和、関係性、家族や小集団などが
最も重要視されるようになってくるにしたがって
効率最優先の考え方が立ち行かなくなっていくと思います。

もちろん、今後も
大企業や国家行政などが受持つグローバルな仕事は
スピードや競争とともに高効率が重要であり続けるでしょう。

それと同時に
個人や零細企業、地方行政やコミュニティなどでは
ゆっくり、じっくり、しっかりと
ローカルで持続可能な共存方法をとることになると思います。

既に一部では、そのような動きが始まっていますが
その性格上、派手なアピールや宣伝をされることはなく
また、所得や生活レベルの低下を伴う行動になるため
あくまで志高い人たちのクチコミの速度でしか展開しません。

でも、それでイイんだと思います。

それが適正な速さなんだと思います。

それだけの時間と労力が必要なんです。

進むべき方向が凡そ定まっていればイイ!

ゆっくりでも着実に1歩ずつ進んでいればイイ!

スピードや効率を追求するが故の
過度なコントロールは不要です。

潤い豊かな文化や、人と人の結びつき、
共存共栄が持続できる調和と分かち合い、
そういうものを大切にしていくことができれば、
人口や経済が縮小したとしても
しあわせ感覚が縮小することはありません。

今後は ますます海外との関係や取引は進む思いますが、
そのような傾向にだけ目を奪われてしまうのではなく、
今一度、自分の足元、地域、家庭を見つめ直したいものです。

そして、地域をベースにした共感し合った仲間と共に
ゆっくり、じっくり、しっかりと、歩んでいきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

愉しい非電化―エコライフ&スローライフのための  テクテクノロジー革命―非電化とスロービジネスが未来をひらく (ゆっくりノートブック)  月3万円ビジネス

 

●1年前の今日:痛すぎる誤変換

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 調和 共存 共感   和の心 スローライフ 

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認め合い 信じ合い 分かち合う

自主的というのは、自立的という意味でも自力的という意味でもない。
心から自然に、人間および人間以外の生物や環境とともに生き、本来われわれに備わっているバランス感覚によって、助けたい時に助け、助けられたい時に助けてもらえる社会である。
助けを必要としている自分の弱さをあずけられる社会である。

via: 大江戸ボランティア事情(講談社文庫)

 
家族をベースにした、
村社会、長屋や路地、向う三軒両隣といった
日本人に根付いたコミュニティの構成員は
基本的にみんな、自主的に動く有志たちだった。

自分にできることはやる...
自分ができないことは委ねる...

それは、
互いに依存し、もたれ合うのではないことは もちろん、
弱者救済というような上から目線の施しでもなく、
何不自由のない暮らしに由来する余裕からでもない。

 
ひとりひとりに役割があって
ひとりひとりが その役割に徹することで
社会全体が成り立っているのであって、

だからこそ
ひとりひとりが お互いに
その素晴らしい存在を認め合っている...
という関係なんだと思う。

 
手は 道具を駆使し、
足は 移動を促し、
頭は 自覚し忘却し、
目は 明確に見い出し
鼻は 呼吸し、場を読み、
口は 食物を摂り、意志を現し、
腹は 栄養と熱を蓄え、
腰は それを据えて司り、
どれが重要で、とれが不要ということはなく
全て揃って はじめて
うまく身体が動くのだということ。

どれが不足しても
不自由きわまりないこと間違いなし!

ひとつひとつが 大切な存在。

しかしながら、
ひとつひとつが単独で存在することは
できないということも また然り。

 
かつて、日本では、
ボランティアやエコなどというコトバがなかった頃、
そんな概念を意識するまでもなく、極自然なカタチで
生活そのものがボランティアやエコであった。

上から下へ施しが与えられるのではなく、
互いの存在を認め合った者同士が
互いに敬意をはらって自らを預け合う...
先人たちは粛々と そんな社会を構成してきたのだ。

 
現代では、そんな理想的な社会は崩壊し
既に忘れ去られてしまったと思われる風潮もあるが、
永きに亘って培ってきたこの叡智が
そう簡単に失われてしまうことはないはずだ。

今こそ、
我々のDNAに刻み込まれ
脈々と受け継いできた智慧の存在を自覚して
ひとりひとりが 自分の役割に徹することで
今日を満喫し、明日を拓いていきたいと思う。

 
大江戸ボランティア事情 (講談社文庫)
大江戸ボランティア事情 (講談社文庫)

 

●1年前の今日:熊本の同志と...

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調和の威力

オートバックスと吉野家の奇跡の調和だ!

見よ!
これが、
オートバックスと吉野家の

奇跡の調和だ!

via: 「秒刊SUNDAY」さん

 

●1年前の今日:囲炉裏の夜

コメント:2 | TB:0 【なに?コレ?】  変な看板 個性 調和 

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