元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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なくてはならない(と思っている)もの

特定の何かがなければ、生きていけない、満たされない、欠乏する、という一見リアルな感覚。
実はそれは空想。

もちろんその「何か」を得られれば、一時的には満たされ、至福、安心を味わうだろう。
が、それがなくなれば再び欠乏、空虚感が生じ、それに支配される時を過ごすことになる。

つまりその「何か」に、延々と心がコントロールされ続ける奴隷的プロセス。

空虚、欠乏、恐れ、は幻想。
それは「それがなければだめ」という依存エネルギー(幻想・記憶)が引き起こす感覚。
だからこの「依存の構造」を理解すれば(エネルギーを手放せば)
たちどころに問題は消え、本来の自由が生じる。

via: 「空虚と満足」 意識や精神、身体に関する自己対話。

 
テレビは観なくても点けておかないと
なんとなく物寂しくて不安になる。。。

タバコをくわえたり、ガムを噛んだりしていないと
なんとなく口寂しいくて落着かない。。。

メル友やマイミクと連絡がとれなくなると
生命線を越えた絶望感すら感じてしまうかも。。。

ケイタイのない生活なんて。。。
クルマのない生活なんて。。。

そう思っている人は、特に珍しいわけではなくて
逆に、ほとんどの人は、多かれ少なかれ
何かがなくなると困ってしまうという不安を
常に抱えながら生きているのかも知れない。

 
でも、
その欠乏、空虚感というものは
果たして、ホンモノなのだろうか?

テレビがないと物寂しいというのは、
果たして、本当のことなのだろうか?

実は、別に寂しさの原因があって
それをテレビで埋めていたのかも知れない。

だとしたら、
テレビがないと物寂しいというのは、
何かの錯覚か、空想であったということになる。

もしくは、
元々、寂しさの原因なんかなくて、
今あるもの、今まであったものが なくなる...
という状況だけを捉えて
欠乏や空虚を感じているのではないか。

本当は、それが
必要とされていなかったかも知れないのに。

 
実際、テレビがなくても生活はできる。
メディアは多様化し情報は溢れかえっている。

なのに...
テレビがなくなると 寂しくなる...?

これは、
テレビがないと寂しくなるのではなく、
テレビがあるから寂しくなると言うこともできる。

つまり、
テレビ、タバコ、ガム、マイミク、ケイタイ、クルマ…
なくなると満足できないと思い込んでいるモノが
実は、空虚そのものだったのではないか?

しかし、この錯覚と空想と、
それを埋めようとする依存心によって、
空想による空虚と満足の連続の罠に陥っていることに
気づいている人は あまりいないのではないかと思う。

 
なんとなく物寂しい... なんとなく虚しい...
なんとなく物足りない... なんとなく不安...
そう感じることがあったなら、

これがなくなると困る...
これがない生活なんて考えられない...
そう思い込んでいるモノやコトが
果たして、本当に必要なのかどうか?
じっくり考え直してみると
意外な本当の事実が見えてくるかも知れない。

すると、囚われや、思い込みから開放され
本来の自由を取り戻すことができるのかも知れない。

「手放すことで自由になる」って…
そういう意味でもあったんやな。   うん。

 
・・・などと、
思ったり... 思わなかったり...

では、お気楽に..(^^)/~~~

 

●1年前の今日:それは断然そうなのだ

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  思い込み 虚無感 満足   

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創造的怠惰

ゴールデンウィークだというのに…

シゴトに励むでもなく、
疲れるほど遊ぶでもなく、
家族サービスするでもなく、

体調崩して…
家の中で な~んとなく過ごして…

これは これで イイな...とか言いながらも
ちょっと 焦燥感とか虚無感とかを覚えつつ

もっと充実させなきゃ...と感じていた今日この頃…

 

そんなことを
ぜ~んぶ!スッキリ!吹き払ってくれる
コトバをもらった。。。

 

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コメント:2 | TB:0 【ちょっとイイことば】  ゴールデンウィーク 焦燥感 虚無感 充実 

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