元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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尊重する人は尊重される

コールセンターで対応する人

客に「プラグがちゃんと刺さっているか?」を確認させたい時、そのまま言っても「当たり前だろ!」って言われてしまう。そこで「プラグを一旦抜いて、もう一度刺してみてください」と言えば、客は「やってみます(アッ!これプラグ抜けてるじゃねえか)…認識されました!」となり、平和的に解決できる

via: Twitter / kazoo04

これスゴイです。

ホントに使えます。

ときどき紹介されている方法なのですが、あまり一般に定着しないのは何故なんでしょう。

という自分も肝心なときには忘れちゃってるんですけどね^^;

営業やコールセンターの仕事でなくたって使えます。

子どもに時間割を確認させたいとき、高齢の親に戸締まりを確認させたいとき、そして調子がイマイチのときの自分に対しても使えますね。

実際にちゃんとやっているかどうかはさておき、相手はちゃんとやっていると思っているわけですから、その気持ちを尊重する態度が大切なのですね。

たいていの人は自分の気持ちを汲んでくれる人の言うことには耳を傾けようとするものです。

じっくり話を聴いてもらえるだけで心が落ち着いて素直になれることがあるのと似ていますね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:ご一緒にいかがですか?

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「話し合い」よりも「聴き合い」

「話し合い」よりも「聴き合い」

相手に、「これって、これこれこういうことですよね?」って質問されたときに、「はい、その通りです」って言い切れる人って意外と少ない。微妙な認識の違いを言い直して、「はい、これこれそういうことです」ってつい、言い直しちゃう。相手の表現をそのまんま肯定してあげるのって思いのほか難しい。

via: Twitter / shh7

いやホント! そうですよね~

自分の考えをできるだけ正確に表現して伝えたい! っていう思いが、ついつい言い直しちゃうんですよね。

決して悪気があるわけじゃないんですが、自分の考えをちゃんと聴いて欲しい! っていうキモチが、相手のコトバを受け容れる余裕すらなくしてしまう…
逆に自分がそんな風にされると気分が良くないことはカンタンに想像できるにも関わらずにです^^;

ところで、この話題って「話し方・表現の仕方」の問題であるようでいて、実は「話の聴き方」の問題でもあると思うのです。

ときどき「聴き上手になるにはどうしたらイイんでしょう?」とか「相手の話をよく聴くコツってありますか?」というような質問を受けることがあるのですが、この引用ツイートがヒントになるのではないでしょうか。

相手の考え、相手のコトバ、相手の存在自体を、ありのままに受け容れること。それがいわゆる上手な聴き方なのかもしれません。

自分と考えが違う場合は、ムリに肯定する必要はないんです。
ただ「そうかそうか、この人はこう考えてるんだ」と認めればイイだけなんですね。

同意も肯定もできなくたって相手の意見を聴くことはできます。
自分との違いを言う前に、まずは聴く。即ち認めるんですね。

こういう態度で話を聴いてみると、不思議なことに話を聴いてくれた相手、認めてくれた相手、つまりコチラの話にも耳を傾けようとしてくれることが圧倒的に多いんです。

このことは経験的に間違いないと思います。
自分だってそう思いますもん。
自分の話をちゃんと聴いてくれる人の話なら、ちょっとくらい聴いてみようかと思いますよね。

だから慌てなくてイイんです。
急いで自分と相手の意見の違いを説明して解らせようとしなくてもイイんです。
ちゃんと相手の話を聴けば、相手もちゃんと聴いてくれますから。

話の内容の理解度や共感度などが重要なのも確かですが、なにより大切なことは、相手を尊重するということだと思います。

互いに尊重し合う「話し合い」。
それはもう「話し合い」というよりも「聴き合い」といった方がイイのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
あるにはあるんですがね~^^;

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あるある 誰にでも

テンション低いときはそっとしておいて欲しい

わがままゆってるのはわかってるんですけど、テンション低いときはそっとしておいて欲しいんです。元気になったときに「お、元気になったじゃん」って声かけてほしいんです。その時に「ところでこの前どうしたの、元気なかったんじゃない?」って聞いて欲しいんです。

via: Twitter / shh7

そうそう…

たまには そういう日もあるって。

べつに気にせんでもエエで(^^)v

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
普通に言いますやん

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頷きや相槌をする前に必要なこと

人の話を聞いて、間髪入れずに「あー」と高い声で相槌を打つクライアントがいた。彼はコミュニケーションがうまくいかないことについて悩んでいる。

(中略)

彼は「あー」と言いながら、話をなんとか繋ごうと頑張って考えている。頑張って考えて、相手に何らかの質問をする。質問をされた方はまた答えるが、彼にまた「あー」と分かっているような動作を示されたのちに、分かっていないことが分かるような質問をされる。

(中略)

「分かっていないなら、あーと言わずに、ゆっくり言われたことを咀嚼してみたらどうかな? それで分からないことがあったら聞いてみたっていいわけだし」
と彼に伝えた。

すると、彼は「あー」と言わずに、人の話をじっくりと咀嚼するようになった。そうすることでようやく他人との会話のキャッチボールが始まった。

via: あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

頷きや相槌は話を聴いた結果として湧き出てくる行為であって、話を聴いていることを示すための意思表示ではありません。

人の話を聴く時の態度として、頷いたり相槌を打ったりすることを薦められることがありますが、カタチだけの聴いているフリが通用するのは最初の一時に限られると思います。

誠実に話を聴いているのなら、理解できないことに出くわした時、カタチだけの相槌を打つのではなく、再度聴かせてもらったり、疑問点を投げ返したりするのが自然ではないでしょうか。

相手が少しでも話しやすいようにという配慮として、頷いたり相槌を打ったりすることは悪くないと思うのですが、それは「通じた」ということを伝える手段であって、「通じたフリ」をすることではないはずです。

話を聴いていることを伝えたいのであれば、まず、しっかりと話を聴くことが大切。
相手の話を聴くこと一点に集中することが必要です。

自分自身の意思表示に気を取られている場合ではないですね。

頷きや相槌と同様に、オウム返しや要約、形式的な共感表現なども、相手の話を集中して聴けていることが前提にあってこそ有効なテクニックです。

聴くということの基本は相手シフトを貫くこと。
自分の主張や評価を一切排除して受け容れることに徹するということ。
そうすることで相手が自分の内へと染みこんでくるわけです。

その結果として頷きや相槌が自然に出てくることもあるでしょう。
染みこんでくるまではフリをせず、聴き直して確かめる。
その態度は頷きや相槌以上に相手にも響きます。
それが本当の共感ですね。

こうして共感できた相手は、自分が説明したり主張したり意思表示をした時、しっかり話を聴いてくれる傾向が強くなります。
聴いてくれる人の話は聴きたくなるんですね。

そして、今度は自分が相手の内へと染みこんでいきます。

こうして互いの理解が深まり、共感は信頼へと育まれていくのですね。

聴くということは受け身ではありません。
深いコミュニケーションの実現と関係性強化のための積極的な行動なのです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
集中力をONにするスイッチ!

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  聴く 承認 受容 コミュニケーション  

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かまって欲しい…

いい子にしてるときには安心して放っておく,悪いことをしたときだけ叱る(かまう),だと「叱られるために悪いことをする」ようになります。いい子にしているときにかまってあげよう。当たり前のことが当たり前にできたらしっかりほめよう。

via: Twitter / ynabe_bot

うん。 ホントに そう思う。

そう思っていても
うっかり忘れてしまうことも多いのだけれど…

こどもの「かまって欲しい」に気づいてあげたい。

「叱る」「褒める」は 躾ですね。

もちろん! 躾は大切だし
正しく躾けるためには、こういうことが必要。

けれども、まず初めに
「かまって欲しい」に気づいてあげる…
そういう姿勢が大切なんじゃないかと思うのです。

「叱る」「褒める」と同じ文脈で語るのは
ちょっと どうかと… 思ったりするのです。

「かまって欲しい」欲求が満たされないときは
叱っても 褒めても 耳にタコなんじゃないのかな?

「かまって欲しい」欲求が満たされているときは
叱られれば反省するし、褒められれば嬉しがるのだと…

こどもの「かまって欲しい」に気づいてあげたい。

そして 同じように…
大人の「かまって欲しい」にも気づいてあげたい。

自分だって、おっさんだけど…
「かまって欲しい」に気づいてもらいたいもんね (^^ゞ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

かまって欲しい…

 

●1年前の今日:なかよし姉妹

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  存在 承認 あるがまま 聴く こども コミュニケーション 

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解らないことを受信しようとする姿勢

むしろ逆ですよね。何を言っているのかはっきりわからないことを受信する能力のことでしょう、コミュニケーション能力って。聞いたことのない語を受信することによって、「あっ、こういう言葉が存在するのか」というふうに驚くことを通じて語彙だって獲得されるものなんですから。

14歳の子を持つ親たちへ : 内田樹/名越康文

そうそう。

「何を言っているのかはっきりわからない」ときこそ
聴く力が発揮されるときであって
そこを踏ん張って聴いて、理解しようとするところに
コミュニケーションの本来の姿があるのでしょう。

聴くこと そのものよりも
理解すること そのものよりも
解らないことを受信しようとする姿勢
つながろうとする姿勢 というものが
コミュニケーションなのではないかと思います。

「何を言っているのかはっきりわからない」ことを聴く。
これこそ コミュニケーションの基本的な第一歩ですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:夢の架け橋

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  コミュニケーション 聴く 姿勢 態度 

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「聴き上手」になるには…

ときどき…
「聴き上手」になるにはどうすればイイですか?
という質問をされることがあります。

「聴き上手」というと
聴き方が上手いということだと思われがちですが
実は、聴き方の技術が高いかどうかではなくて
聴きたい欲求が強いかどうかというところに
かかっているのだと思うのです。

つまり、
相手に興味があるかどうか?

興味のない相手の話を
積極的に聴くことは難しいし、
たとえ訓練によって聴けるようになったとしても
その相手が表現しないでいる内なる声を聴くことは
なかなかできないものです。

確かに、聴き方にも いくつかのポイントがあって
そのポイントを押さえて注意を向けることによって
相手が表現したことを理解することは可能です。

けれども、
「聴き上手」な人というのは、それにとどまらず
相手が表現しなかったことまで理解できたり
共感していることを相手に伝えることができたり
相手が更に多くのことを表現しようという気にさせ
コミュニケーションが拡がっていったり
深まっていったりすることが少なくありません。

その差は、やはり!
相手に興味があるかどうか?

好奇心旺盛な心の状況というのが
いわゆる「聴き上手」ということなのだと思うのです。

「聴く」という行為にこだわらず、とどまらず、
知りたい… 関わりたい… という欲求が
自分自身の心を開き、相手の心も開いて
意思疎通が活性化する可能性が高まるのです。

そういう意味で、「聴き上手」な人というのは
「好きこそものの上手なれ」を地でいく人です。

というわけで、
「聴き上手」になるには…と訊かれたなら
「相手を好きになること」とでも答えるほかありません。

これでは、現実的なノウハウではありませんが
テクニックの世界ではないという意味なのだと思います。

言い方を変えると、
テクニックが必要なのではなく
好奇心旺盛な人であれば誰でも
「聴き上手」になれるということです。

聴く態度や技術を磨くことは
とても有意義なことであると思いますが、
「聴き上手」を目指すのであれば、まず、
何にでも興味を持って触れてみることを繰り返し
好奇心旺盛なキモチを養うのが良いのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

あなたを・もっと・知りたくて

 

●1年前の今日:ハンロンの剃刀

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待つこと

教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。
「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」
というメッセージを相手にどう伝えてあげるかです。

via: まなめはうす

なにかが わかるようになるためには

なにかが できるようになるためには

すごく時間がかかることも あるんだよ

すごく時間をかけなきゃならないことも あるんだよ

ながい時間をかけて ようやく わかってきたこと

ながい時間をかけて はじめて わかってきたこと

などと・・・
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

3分間待つのだぞ…
カップメン/アッシュコンセプト

 

●1年前の今日:WE ARE FREE AT LAST!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  教育 承認 待つ 聴く 信じる  

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なんと読むか わかりますか?

聴す

コレ、なんと読むか わかりますか?

知っている人にはカンタンな問題かもしれません。

でも、
日常、あまり使わない書き表し方ですよね。

実は、そういう自分も
最近まで 知りませんでした(^^ゞ

そして、
この読み方を知った瞬間、
思わず、膝を打って 納得してしまいました。

普段から知っている文字の意味と
この読みが意味するところが
あまりにも敵っていることに驚きました。

衝撃的な共感を覚えました。

聴す   と書いて

ゆるす   と読むんです!

スゴイでしょ!

何が スゴイって?

「聴く」ことは 「ゆるす」ことなんです。

これまで 十数年間 「聴く」ことを追求してきました。

「聴かれる」ということは「認められる」ことであり、
「聴く」ということは「認め、尊重する」ということ。

そのことに気がついて以来、ずっとベースにあったのが
「聴く」ことは 「ゆるす」ことでした。

まさか、そのことが
そのまんま 字に表されていたなんて・・・!

とっても驚いて、とっても歓んでいます(^^)/

「聴く」ことは 「ゆるす」こと、
「聴く」は受身ではなく能動的な行動、
人は「聴く」人に向かって「話す」、
「聴く」から「伝わる」  ・・・などについて
今では、迷いなく確信を持っていますが、
「聴す」と書いて「ゆるす」と読むことを知った今、
その確信は、さらに揺るぎないものへとなりました。

この確信を改めて胸に熱く刻み直し
これからも「聴く」「聴す」を追求し続けます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

いや、完全に 思ってる!

では、お気楽に...(^^)/~~~

ゆる・す【許す】

[動サ五(四)]《「緩(ゆる)」「緩(ゆる)い」と同語源》

  1. (「聴す」とも書く)不都合なことがないとして、そうすることを認める。希望や要求などを聞き入れる。「外出が―・される」「営業を―・す」
  2. (「赦す」とも書く)過失や失敗などを責めないでおく。とがめないことにする。「あやまちを―・す」
  3. (「赦す」とも書く)義務や負担などを引き受けなくて済むようにする。免除する。「税を―・す」「兵役を―・す」
  4. 相手がしたいようにさせる。まかせる。「追加点を―・す」「わがままを―・す」「肌を―・す」
  5. そうするだけの自由を認める。ある物事を可能にする。「楽観は―・されない」「時間が―・せば」「事情の―・すかぎり」
  6. 警戒や緊張状態などをゆるめる。うちとける。「気を―・す」「心を―・した友」
  7. 高い評価を与える。世間が認める。「自他ともに―・すその道の大家」
  8. 引き張ったものをゆるめる。
    「猫の綱―・しつれば」〈源・若菜上〉
  9. 捕らえたものを逃がす。
    「つととらへて、さらに―・し聞こえず」〈源・紅葉賀〉

via: ゆるす【許す】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

聴す

via: ひでぶー

 

●1年前の今日:みんなちがって みんないい

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「私も…」は危うい

「私も…」という言葉は、
「お前も頑張れよ」 と聞こえる時もある

via: 人知れず微笑まん

 
うん  そうやねん
「私も…」は 意外と伝わらない。

「私も一緒」という意味では
受けとってもらえないことが多い。

 
共感を示しているつもりでいても
そんな風にはとってもらえないことが少なくない。

実は、自分のことが話したいだけだったり
表面的にしか理解していないなんていうことや
それでも共感だけは示したいという意図なんかが
見え見えのバレバレで伝わってしまっている。

隠しているつもりなのは本人だけ、
頭隠して尻隠さず状態に陥りやすい。

 
原因は ただ1つ。

コトバと行動が一致していないから。

本当の「私も…」になっていないから。

 
「私も…」を使う場面というのは
他者の話を聞き、それを受けて話すとき。

相手の話を受けなきゃならない場面で
ちゃんと話を聞くことに専念せずに
自分の話に切り替えてしまったのでは
話した相手が覚めてしまうのは もちろん、
自分の話に耳を傾けてもらうことなどできない。

今は、相手が話す場面なのだということを
うっかり忘れてしまっていたり、
ひと通り聞いたのだから今度はコチラから…
などと一方的に話を切り替えてしまうことは
いわゆる「話しの腰を折る」こと そのものだ。

他者の話を聞いていて
カンタンに「私も…」と続けることは
意図せずして互いの距離を遠ざけてしまう。

そして、
距離が空いてしまった関係では
「私も…」は
「私もそうだったが乗り切った。お前も頑張れ」
と受け取られても仕方がない。

 
とことん聞いて聞いて聞ききったとき初めて
「私も…」は
「あなたほどではないかもしれないけど、私は…」
と受け取ってもらえるのようになる。

けれども、
とことん聞いて聞いて聞ききるなんてことは
想像以上にカンタンなことではない。

聞いて聞いて聞き過ぎるほどに聞いて
さらに念を押すために聞くくらいまで聞いたつもりでも
相手が聞いてもらったと感じない限りは
聞ききったとは言えないのだから。

聞く場面での「私も…」は、とても危うい。

いや、
聞く場面でしか使わない「私も…」は、いつも危うい。

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:ハッとしては また忘れる...

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言葉のない物語


言葉のない物語

 
伝えることばかり意識していても
言葉は伝わらないんだよ。

まず、自分に伝わってなきゃ始まらない。

伝えたいだけの人達の言葉は
五月蝿いだけで ちっとも響かない。

言葉にならない言葉を聴いているからこそ
言葉に頼らないメッセージをおくることができる。

 
いろいろ あるけれど
世の中 捨てたもんじゃない。

あの後、彼は どんな行動で 応えただろうか?

自分なら どんな風に応えるだろうか?

言葉のない物語の続きに 興味津々...

言葉のない物語

 

●1年前の今日:「一音一会」 成尾亜矢子ピアノリサイタル

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一緒に感じ合えること

Q. 好きな人に告白する言葉を教えて (小6・女の子)

A. 永先生:言葉は一番大切です。でも、好きな人に「あ、この子好きだな」とか「いい人だな」と思われるには、「おなべをいっしょに食べて同じものをおいしいと思う」、「夕やけを見て、両方が美しいなと思う」というような同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります。
例えば、「いただきます」とか元気な声で言っていると、それだけで「あの子いただきますって言ってるな。きっといい子なんだろうな」と思うじゃないですか。「あなたがすき」ですとか、「キミを僕のものにしたい」とか、「世界のどこかで待ってる」とか、そういうのはあんまり効果がありません。
「きれいだな、おいしいな、うれしいな」ということが同時に感じあえる環境が一番大事。だから、「好きです、嫌いです」という言葉ではなく、いい言葉を使っている子は好きになれる。「あの人ならこの言葉は好きだろうな」と思った言葉を何気なく使っているときの方がドキンとします。「あなたが好きです」というのは最悪な言葉です。
だから、いっしょの環境にいるときに同じ感動をする場面に出来るだけいっしょにいる。スポーツの応援でもいいです。そうすると、使いあっている同じ言葉にドキンとすることがあって、それが愛なんです。
自分でいうのもおかしいけど、ひとりでご飯を食べてておいしいことないです。ひとりで野菜を食べているときは本当にさみしい。やっぱり家族、好きな人といっしょのほうがいい。二人っきり、まずはふたりになること。きれいな言葉を使いあうこと、きれいなことに感動すること、ふたりで声をそろえて感動してください。

via: 全国こども電話相談室

 
あぁ もっと若いうちに、こんな技を習得していたら…
なんて、思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

でも、そう言えば、
知らないうちに、やっていたかも知れないなぁ。コレ。

いや、ただ単に...
ストレートに告白するなんてことができなかったから、
テレ隠しに そうしていただけなんだろうけれど、
こういう風に、一緒に喜べたらイイなぁって、いつも思ってた。

相手が喜ぶことや感動することに
自分も一緒になって触れてみてみると、
今まで興味がなかったことなんかでも
なんだか楽しかったり、感動したりすることは
意外に少なくないもの。

だから、迎合するっていうのとは違って
けっこう素直に 一緒に感動できたりしたし、
そうすることが 嬉しかったりもした。

あるいは、相手も今まで興味のなかったことなのに
こちらが好きな分野のことに首をつっこんできたり
一緒に楽しもうとしてくれたりした時には
当然、悪い気はしないし、
少しずつ共通の話題が増えていくことが嬉しかった。

今になって振り返ってみれば、
これって、「和み的」な「聴く」姿勢なんだなって思う。

相手が考えていること、興味のあること、信じていること、
そういう相手のキモチに焦点を当てて全面的に受けてみる。

それに対して良し悪しとか好き嫌いの評価をせず
とにかく、ただただ受けてみる。

すると、
意外にも共感を感じることが多い。

100%そうだとは言えないのだろうけれど、
たとえ趣向や意見が違っていたとしても
意外にその立場も理解できることは多い。

そして、また
こちらが共感を持った時には、
相手も 共感を感じることが多い。

それぞれの表層部分が違っていても
根っこのところでは共通点があるものだ...とか、
深いところでは一体なんだ...ということを
無意識に感じているからなのかも知れない。

やっぱり、「聴く」ことは、受身ではないよ。

一体感や繋がりを確認する積極的な行動だと思う。

 

●1年前の今日:冬枯れの靱公園

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声なき声 !?

各地に広がる「伊達直人」現象に関して、単なる美談としてだけではなく、「施設にいる親のいない子供たちには『子ども手当』が給付されていないこと、『伊達直人』現象よりもずっと前から寄付をし続けている人もいること、を知って欲しい」とコメントしていた、とちぎテレビの篠田キャスターGJ!

via: Twitter / junichi saito

 
今朝、このツイートを tumblrで引用したら
アッという間にリブログがリブログを呼んで
予想外の拡散に驚かされた。

 
確かに、今まさに、
"伊達直人"は、時の人となっている。

既に第2第3の"伊達直人"が出現したかと思ったら
"伊達直子"や"伊達政宗"も現れたようだ。

このままでいくと
"伊達公子"を名乗る者が出るのも時間の問題...
といったトンデモ分析も飛び交っている。

 
しかし、このツイートにもあるように
施設にいる子は『子ども手当』の恩恵はないことや、
施設や子どもたちを支援し続けている人たちがいることを
ほとんど報道しないマスコミは
非効率な低俗エンタメ配給業者であり
既得権者のプロパガンダ組織であって、
ジャーナリズムを担うメディアとは思えない。

リブログ拡散した理由は
単なる"伊達直人"フィーバーなのか?
マスコミに失望したネットユーザの本音なのか?

果たして、それは
両方の効果によるものだとは思うのだけれど、
Twitterや tumblrの上では
こういった本音を さりげなく出しやすい...
ということが あるような気もする。

いや... 間違いなく あるな。

何もコメントせず、何も付け加えることなく
気ままにリツイートやリブログするということは、
決して 何も感じていないということではない。

この無言の反応の中に、声なき声が隠されている。

というよりも...
隠されているのではなく
ただ目や耳を塞いでいる人が見聞きしていないだけ。

実際には、大きなリアクションと共に、
声高に叫ばれた大衆のメッセージなのである。

拡散に加わった人たちは、その姿を、その声を
ハッキリと見聞きしているからこそ、行動を起す。

たとえ それが 無言の行動であっても、
行動の量や速度の大きさを見れば、容易に確信できる。

・・・などと、
思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

 
ところで、…

どうでもイイことなんだけど、
今回の騒ぎで感じているボクの本音...というか、
本家・伊達直人の声なき声は、こんな感じじゃないかと...^_^;

本家・伊達直人は、隠れ蓑としてタイガーマスクを名乗っていたのに、昨今の伊達直人は、伊達直人って名乗っちゃうんねんな。…ってか、その人は実はホンモノの伊達直人じゃないからイイのか? でも、本家・伊達直人は、こんなに目立ちたくなかったろうに、せめてタイガーマスクを名乗った方がイイね。

via: Twitter / どくとる☆はにわ

いいかげんにせんか

 

●1年前の今日:「するどい」 と 「にぶい」

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「なぜ」「どうして」は答えにくい

なぜ そんなことするの?

 
「なぜ…」「どうして…」は、答えにくい。

答えたところで、
また「なぜ…」「どうして…」が続く。

 
「なぜ…」「どうして…」の代わりに
「何を…」「どのようにして…」を使わなきゃ...

解っているつもりでも ときどき忘れる...
忘れちゃならない 大事なこと。 再確認。

 

●1年前の今日:リスクテイカーのすすめ

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間違っても大丈夫な雰囲気

やっちゃったあ!と思ったその瞬間、
ファシリテーターは言った。
「あなた、先いってるね」

そう言われた途端、
間違ったというより、
わかっちゃってるからこその間違い!!!と
思えて、
凹むよりなんだかうきうきしてくることを
感じた。

via: 今のところではありますが……

 
間違っても大丈夫な雰囲気作りというのは
こういうことなんだと思う。    うん。

もちろん、
「間違ったって、いいんだよ」
って言うことも悪くないんだろうけれど、
こっちの方が断然!イイ気分になれる。

 
許してもらった...
認めてもらった... というのは、
確かに 嬉しいことなのだけど、
・・・してもらった...という負い目や
上から目線的なものを感じてしまうこともある。

でも、間接的っていうか
なんとなく... さりげなく...
許されてるな... 認められてるな...
っていう雰囲気を感じられるとしたら
それは、どんなに心が開放されることだろう。

間違ってしまったことが
凹みじゃなくて、
真反対の勇気になるとしたら
それは、どんなに元気がみなぎることだろう。

 
こんな魔法のようなできごとも
全身全霊を研ぎ澄ませ、心の声を聴くことで
実践することが可能なんだと思っただけで、
もう 心ウキウキ…♪ 嬉しくなるね~(^^)/

 

●1年前の今日:闇を受入れよう

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  許す 承認 大丈夫 間違い 聴く コミュニケーション 

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