元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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果たして、主体となっているか?

耳掃除を人にやってもらうと痛い。自分でやる分には、多少強くやっても平気だ。
能動/受動とは、このようなものだと思う。
自分でキーを押すと、押した結果が画面に伝わる以外の変化も自分に起きている。
この頭で思って、動き、反応が返ってくる流れが大事に思える。

via: to - 能動、受動

 
主体となっているか否かで
まったく感じ方が違う。

不満を感じた時、
果たして、主体となっているか?

歓びを感じた時、
果たして、主体となっているか?

主体となって、自分事として感じていないとしたら、
何も怒りや不安を抱く必要はないし、
現を抜かして ぬか喜びしている場合ではない。

 
随所に主と為れば 立所皆真なり

 

●1年前の今日:SUPER SHUZO BROS.

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今を創り続ける

「自動車をなくせば人力車や人が担ぐかごの時代が戻ってくる」と本気で考える奴はいないだろうし、冗談じゃなく言ったら恐らく頭蓋骨の中身や脳の疾患を心配されると思うが、「iPodをなくせば音楽CDの時代が戻ってくる」だと本気でそう考えて言い出す人間も存在する。

via: Twitter / RPM

 
同様に、電子書籍化を防げると思っている人間もいるし、
もう少し辛抱すれば右肩上がりになると思っている人間もいるし、
良いモノを作れば売れると思っている人間もいる。

でも、時間は常に不可逆的であり
過去は常に記憶の中にしか存在しない。

今を生きているのは、
今を創り続けている人間だけだ。
 

その場の空気と音をまるごとひとつのマイクで録るっていう、その豊かさを取り戻すことなんだ。

 ~~~(中略)~~~

1940年代頃の音楽の良さは、レンジの狭さとかセピア色とかそういうことじゃなくて、空気をまるごと一本のマイクで録音したっていうことなんだよ。

 ~~~(中略)~~~

マルチレコーディングになって以来、空気を全部削ぎ落として「音」だけの情報にして、空気がなくなった分をエコーで処理して空間をつくっていくことの空虚さ。それを今、痛感してる。

via: 細野晴臣 分福茶釜

 
過去に戻ることはない。

戻るというのは、
何かが後ろに存在している...
ということを前提にした考えであるが、
実のところは
前も後もなく、ただ、今があるだけ。

しかし、記憶や記録の中から
何か感じることのあったモノやコトを
意図的に 今、使ってみることはできる。

それは、
過去に戻ったということではない。

今から見た過去の記憶を、今使うということは
その過去にはできなかった新しい試みだ。

希望や記憶は、今の延長上にあるかのように見え、
さまざまな誤解を生じることもあるが、
そのおかげで、今が創り続けられている。

 
・・・などと
思ったり... 思わなかったり...

では、お気楽に..(^^)/~~~

 

 

●1年前の今日:心に寄り添う

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】  変化 進化 成長 こだわり ノスタルジー  

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ハッとしては また忘れる...

他人に干渉するな、と要求することは、
そういって、他人に干渉している。

自分が特別だと思っている、
それ自体が特別ではない。

via: 「詩的私的ジャック」 森 博嗣

 
この一節、
久しぶりに目の当たりにして
やっぱり!今度もハッとさせられた。

何度ハッとしても
いつの間にか忘れている。

でも そういう自分も
特別なわけじゃないねんて。

いつまでたっても
ハッとしては また忘れる...
これからも 続けていくんやろうな。

たぶん。。。

 
・・・などと、
思ったり... 思わなかったり...

では、お気楽に..(^^)/~~~

 

 

●1年前の今日:持ち出す感覚

コメント:0 | TB:0 【見逃せない!この1冊】  存在  自我  

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即今只今の連続


走れ! "RUN!"

ある男の一生...


John Lewis Advert - April 2010

ある女の一生...

 
どちらも なかなか
意味深いものを感じる動画です^^;

 
長いようで短い人生...
短いようで長い人生...

どんな人生にも
さまざまなイベントや
さまざまなドラマがある。

どんな人生も
一瞬一瞬 即今只今の連続。

 
などと、思ったり... 思わなかったり...

 
即今只今の連続

●1年前の今日:叱るか、褒めるか、その前に…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 人生 イベント  

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ありのまま あるがまま

楽観主義者は言う。

「コップに水が半分もある」

 
悲観主義者は言う。

「コップに水が半分しかない」

 
禅の教えはこうだ。

「コップはいっぱい。半分は水で半分は空気」

 
(ジェームズ・クロムウェル)

 
ハリウッド・スタイル 幸運をつかむ言葉

ハリウッド・スタイル
幸運をつかむ言葉

 

●1年前の今日:断りやすい店は訪れやすい

コメント:0 | TB:0 【ちょっとイイことば】  コトバ お気楽  

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実体と現象

言葉は代表するものであって、実体そのものではない、実体こそ、禅において最も高く評価されるものなのである。

禅において言葉が要るとしても、それは売買における貨幣と同じ価値のものである。

via: 禅と日本文化 (岩波新書)

 
「コトバ」は「言霊」。

思ったこと、考えたこと以上に
口にしたことや、耳にしたこと、
さらに、それを継続したときには
想像を越えた影響力を持つ。

「コトバ」は「現象」をつくる。

愚痴を言えば、
愚痴を言いたくなることが起こる

ありがとうを言えば
感謝したくなることが起こる

確かに それは 間違いない。

ただ...
「コトバ」が大きな影響を与えているのは
「現象」であって「実体」や「存在」ではない。

目の前に展開する「現象」は
それが いかなるものであったとしても
それは やはり 心が現れ出たものであり
見方や見る時によって変化するもの。

しかし、
「実体」や「存在」は
いつも 何ら変化することはなく、
只 在るのみ。

 
…などと、
思ったり... 思わなかったり...

 

 

●1年前の今日:わたしの趣味は、あなたです。

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本当の私って…?

善なる一部を人間のパーソナリティー(個性)として、それを伸ばそうという西洋型の人格感には限界が出てきている。人間は善も悪もあるし、状況の変化で揺らぐ複雑な存在です。状況に関係ない、「本当の私」なんてない。

それなのに現代人は、理解できる本当の自分がいると思い込んでいる。習慣的に出てくる自分に慣れてはいるでしょうが、それを本当の私だと思う必要はない。こんな自分も出てきたぞ、でいいんです。

状況の中でどんな自分にもなれるのに、目標や計画を立て過ぎて、自然に任せることをしないから、目標程度でおさまってしまう。

目標を持って生きることが、是とされすぎているのではないでしょうか。未来の自分に目を向けすぎずに、今というときに、無心で立つことです。

via: 「本当の私」なんてない~臨済宗僧侶・玄侑宗久さんのお話 : マイスピ

 
課題を抽出し、欠点を把握して
それを改善・克服していく...

ごく一般的ではあるけれど
常に批判もされている考え方の
典型的なのが このパターン。

それに対して、最近では、

成功体験を抽出し、長所を把握して
それを更に伸ばしていく...

という考え方が受入れられつつある。

自分でも、ある頃から
そういう考え方にシフトしてきたし、
それを基にして仕事や人間関係にあたってきた。

 
でもね~ 実は…
コレって どっちもどっち ちゃうの?
…とか、感じているのが本音。。。

 
欠点に注目して、そこに捉われるのではなく、
よくできた部分に注目していこう!
というフォーカシングの考え方は、
一見すると、思考の大改革かのように思える。

…というか、
そうなんだという情報が溢れている。

しかし、
欠点だろうが、長所だろうが、
一部に焦点を当てて
それを個性として感じようとするのは
やはり、捉われなんじゃないのかな?

 
人間は善も悪もある
状況の変化で揺らぐ複雑な存在

うん そうやねん。

そういう存在そのものが「本当の私」

だいたい、
欠点だとか、長所だとかいうことも
どこに基準を置くかによって変化しうるし、
状況によって違ってくるのだと思う。

どっちかを見ないフリをしていても
そうじゃない自分がいることは、
実は、自分で解っていたりするのだから、

それで ついつい…
まだ見ぬ「本当の自分」なんていうのを
探し出そうとしてしまうんじゃないのかな?

 
欠点も、長所も、
それら ぜ~んぶ ひっくるめて
「あるがままの自分」なんだと思う。

嬉しい出来事も、悲しい出来事も、
しあわせな時間も、辛い体験も、
それら ぜ~んぶ ひっくるめて
「あるがままの自分」なんだと思う。

 
どれかは 心酔したり 歓喜したり、
どれかは 無視したり 悲しんだり

そういうことが
本当の自分を生きられないでいる
原因になっているような気がしている。

 
巷の常識や流行に合わせて変化するために
自分自身をコントロールしていくことは、
実は、流れに沿った変化なんかじゃなくて
とっても不自然なことのように感じる。
いや...ついつい やっちゃうけどね(^^ゞ

だけど、本当は、
どんな自分が出てきても
それが常に「あるがままの自分」だと受入れて
その自分を楽しんだり悲しんだり、
とことん満喫し尽すことこそが、
流れに乗った生き方であるように思う。

 
うれしいことは とことん喜ぶ。
悲しいことは とことん悲しむ。

受入れがたい事実や出来事は
予想外に頻繁に目の前に現れるけれど、
そのすべてが、自分の人生そのもの。

あるがままに生きる...とは、
それらすべてを受入れて満喫すること、
そういうことなのかも知れない。

少なくとも...
日本人には、そういう生き方はが
合ってるような気がするな (^_^)v

 
流されず 流れに逆らわず
流れに乗って 生きていきたい。

…とか、
思ったり、思わなかったり。。。

好きな自分、嫌いな自分、本当の自分―自分の中に答えがみつかる方法 本当の自分―幸せな生き方の発見 「本当の自分」はどこにいる (PHP文庫)

 

●1年前の今日:家族でダウン その後…

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今を生きる

マザー・テレサにあるインタビュアーがこう問うた。

「本当にあなたのやっている方法で人々を救えるんでしょうか?」

すると彼女は間髪を容れず返した。

「昨日は過ぎ去った。明日はまだ来ていない。そして私はここにいて、あなたといましゃべっている」

ある種の人はこれを禅問答のように、あるいははぐらかしとして見てとるだろう。

インタビュアーの問いには、どこにもいない仮想された他人の経験との比較を通じた正しさが、いまここにいる私を離れ、客観的なものとして存在するという考えに基づいている様が見て取れる。

インタビュアーは想定の話をしている。マザーテレサはリアルタイムの話をしている。

いったいどちらが現実を生きているだろうか?

彼女には不安の忍び入る余地がない。もしもという想定がないから。

via: 一切方法序説 尹雄大
「マザー・テレサのリアルタイム」

 
もしも という想定がない...!?

そうか!
もしも という想定は
しなくってもいいのか!

 
しかし…

もしもはない、と想定することで
実行しようとすると上手くいきそうにない。

だから…

もしも、
もしもという想定をしなかったら
どうなるのかな~?

…とか 考えてしまうと
かなり厳しいチャレンジになるな (^^ゞ

これもまた、

「やる」ことよりも
「しない」ことの方が難しい

という代表的な一例。

 
以前に比べると少しは
今を満喫できるようになってきたものの
まだまだ 過去を省みては悔やんでみたり、
ついつい 未来を憂いて立ち止まってしまうこともある。

「今」以外の諸々を捨てきれないために
いかに「今」を見えなくしているのか...

改めて、忘れないようにしたい。

マザーテレサ

 

●2年前の今日:原因と結果

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現状否定は進歩の条件か?

現状に満足することと、現状を“良きもの”として捉えることは、同じ様に思えて実は違う。
それは、山をみて「山はいいなあ」と言うのと、山を登って「山はいいなあ」と言う様に。
「現状に満足せずひたすら精進していく」姿は確かに正しい姿勢のように思えるけれども、今自分の持っているものに不満を持って新しい何かを求める姿勢では、残念ながら何も得ることができない。

現状の自分を認め、それが良いものだと信じ、その中で何が出来るのだろう…と考えて、初めて物事は新しい価値観を見出されていくという事実。現状に不満があって、それに替わるもの、それ以外のものを探すことは、現在の自分を否定することであって、否定された現状から生み出されるものはやっぱり良いものにはならないからだ。

via: 「満足せず“良きもの”と捉える」
心に効く言葉: ayanpaさん

 
いつも感じていることを
的確にテキスト化していただいて
とっても ありがたいです。。。

 
現状に満足と感謝を感じることと
現状に甘んじて流されることは違うと思う。

 
そんな風に思っているから、
2週間ほど前、とある勉強会で
今、充分に幸せを感じているということを
グループ討議の場で発表してみたら、
「そんな進歩のない考えはダメですよ。」って
諭されるように やんわりと否定された。

「まずは、疑ってみること。
 これでイイのか?今のままで充分なのか?
 現状の否定が上昇志向に繋がるんですよ。」 …って

さすがは、成功哲学とか やってる人は厳しいな~^^;

 
ん~~...

言わんとすることは、解ってるつもりなんだけど…
別に、進歩しようとしてないよわけじゃなくって、
むしろ、もっと良くなりたいな!と思ってるし、
ただね...
なぜ現状を否定しなきゃいけないのか?
それに関しては、まったく納得できない…

というか、
現状を否定しちゃうと、
うまく進歩できないんじゃないかと思うな。

 
ayanpaさんが書いてる通り、
否定された現状から生み出されるものは
やっぱり良いものにはならないんだと思う。

自己の現状否定から始めると
それは、上昇とか進歩発展じゃなくて
白紙に戻して出直しするみたいなことで
実際には、そんなことできないのに
無理してやろうとするから余計しんどくなるよ。
 

そう考えると、僕達の求めているものは今ある自分に必要なものであって、今“ない”自分に必要なものではないんだろう。ならば、今現在の自分はすでに “ある”存在であり、未来に対して持つ夢のようなものも、その存在があるからこそなのだ。

だから大切なこととは、今まで“ない”と思い込んでいたものを無理矢理“ある”と考え直すことじゃなくて、一度自分の足元を見てどこに立っているのかを“見直す”ことだと思う。
もしくは、その“ない”という事実を忘れることだ。

まるで部屋をくまなく掃除するかのように、順番に片付けていくと意外なものを見つけることができるかもしれない。ないものを探してもやっぱりない。でも、あるものは必ずどこかに埃をかぶって隠れているのだとは思いませんか?

via: 「満足せず“良きもの”と捉える」
心に効く言葉: ayanpaさん

 
そもそも 生まれてこれたことが
既に有難い状況なのだと思っているし、
それにケチをつけることは忍びない。

手の内にあるもの、天与の機会を
ありのままに満喫してこそ、
なお、その先の発展向上があるのじゃないのかな?

 
禅的な観方では、
我々は既に生まれながらにして佛性が備わっていて
ある意味で完成された存在であるにも関わらず、
それでも尚、修行を重ねていくのであって、
それをして、佛向上と言うらしい。。。

 
向上心は大賛成なんやけど…
現状否定には、どうも 共感できないな。。。

参照元の全文を読むと解るのだけど
冷蔵庫の残り物でできる料理はかなりある。

もちろん、少しは材料の買い増しをしたってイイけれど、
それを否定して、無駄にしてしまっては
いつも買い替え、取り替えの連続になるわけで、
発展向上ではなく、新規参入の繰り返しじゃないの?

否定する前に、
本当に否定するほど価値のない状況なのか?
まったく使い物にならない状況なのか?
まずは、そうして自分に向合ってみることが
大切なんじゃないかと…
思ったり... 思わなかったり...

 
…って、 完全に 思ってる。

いや...
いつも、このパターンやな(^^ゞ

 

 

●1年前の今日:再び小布施にて...

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忘れたころに、願いはかなう

よく、願い事をかなえるには、「強くイメージすること」って言うじゃないですか。
目標が実現できた様子を、細かいところまで頭の中で何度も再現すると、実際にそれが現実になるという。

てな話をしていたら、前にもチラと紹介した、野口整体と古代ヨガを収め、インドにたびたび修行に行っているという身体感覚の達人、松田恵美子(エメさん)さんが、こんなことを言っていました。

 
 
 
「それは西洋のやり方ね。東洋ではね、忘れたころに願いはかなうのよ」
 
 
 

何やら腹の底に響くような異様な説得力があります。
確かに、今までの自分を思い返してみても……あまりギラギラと追い求めるよりは、力を抜いて、ほとんど思い出さなくなったときくらいの方が、結果的には目標を達成できていたような気がします。無意識の海の中に願いを投げ込み、集合的無意識を活用するような、そんなイメージでしょうか?

via: 「忘れたころに、願いはかなう」 小鳥ピヨピヨ

 
うん。そうそう!
確かに!そう思う。

流されず…流れに逆らわず…
そういうのが エエ感じ。。。
 

受動的に運に身を任せるのではなく、周囲の流れや空気を無視してガツガツつきすすむのでもない。
「ミカンが欲しいと願ったらリンゴが落ちてきたけど、それはそれで満足」的な、あるいは、自分でも波を探すけどイメージと違う波にも乗って楽しむサーフィン的な、そういう身体感覚を、最近は求めています。
それと、願いごとを忘れる、との間には、強い関連があるような、そんな気がしています。

via: 「忘れたころに、願いはかなう」 小鳥ピヨピヨ

 
波に乗る... 流れに乗る...
そういう感じ。。。

波に乗っていると、
さらわれることも 打たれることもない。

流れに乗っていると、
なめらかに滑るように動いていく。

波や流れに対峙することなく
波や流れと一体一如になることで
自然な生き方ができるように思う。

 
乗るということは
常に今を感じて、今と一如になること。

そうでなければ、
波に打たれ、流れに翻弄され、さらわれてしまう。

未来に求めず、過去に求めず、
先のことに期待せず、過ぎたことに捕らわれず、
今という不連続の連続を
ただ ひたすら 感じるのみ。

それが 願いを忘れるとき なのか?

 
いや… な~んとなく
そんなことを思ってみたり... (^^ゞ

忘れたころに、願いはかなう

 

●1年前の今日:その猫、凶暴につき…

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逆らわず 流されず

先月、椅子を新調したのに続いて
新しいデスクと机上棚を購入。

今日の午後は、その組立てと
PCの移動・再セットアップ、
片付け・掃除に集中してました。

小型のPCラックから
W1200mmのデスクに変わって
なかなか快適なシゴト部屋が完成。

なかなか イイ気分転換になりました。

 
育児休暇!?に入って 丸半年が経過。
そろそろ社会復帰の準備も始めましょう。

とは言うものの…
まだ時間をかけて解決したいこともあるし、
今しかできないことも見失いたくないし、
相変わらず世間は不況風が吹いているんだし、

これからも まぁ 慌てて動かず お気楽に…
機を観て 流れにのっていこうと思います。

 
自己をはこびて万法を修証するを迷とす。
万法すすみて自己を修証するは悟りなり。

(正法眼蔵・現成公案)

 

●1年前の今日:視点を得意点に置く

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禅 ZEN

禅 ZEN

アカデミー賞の発表以後、
ネコも杓子も「おくりびと」一色ですが、
なんばパークスシネマも例外ではなく…
週末のロードショー初日かと思うほどの賑わい。

そんな中…
いまさらながら(^^ゞ
禅 ZEN を観てきた。

 
歴史ロマンとは言うものの
大衆向の娯楽作品という枠の中で
道元禅師を表現しきれるのか?
心身脱落をどう理解させるのか?
そんな想いを抱きつつ…
本日たった1回きりの上映に足を運んだ。

 
果たして...
素直に心を揺さぶられる作品だった。

 
未だ「文字」に捕らわれていた自分に気付いた。

同時に、
悟りを意図することなく「今、此処」、
そして、「自分」に向きあいつつあること...
そんなチャンスを迎えていることに気付いた。

 
あわてずに あせらずに 自分に向きあう時間を
しっくり... ゆっくり... しっかりと... 過ごします。

よかった よかった(^^)/

 

●1年前の今日:結果オーライ

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いつか必ず死ぬ

日本の仏教宗派・曹洞宗の開祖
道元禅師とその弟子のやりとり

 

弟子が道元(禅師)に聞いた。

「人には皆、仏性があるというのに
 成功する人としない人がでるのはなぜか」

すると道元は
「努力する人としない人の差だ」と答える。

 

弟子は、
「人には皆、仏性があるのに、
 なぜ努力する人としない人がでるのか」
と食い下がる。

 

道元は、
「努力するものは志をもち、
 努力しないものにはそれがない」
と答える。

 

さらに弟子は食い下がる。

「仏性をもつ人間に、どうして志の有無がでるのか」

 

すると道元は
「志のある人間は、
 いつか自分は必ず死ぬということを知っている。

 それにひきかえ、志のない人間は
 自分が必ず死ぬということを
 本当の意味で知らない」

 

 

●1年前の今日:ボディコンスーツ

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不立文字

「禅」は不立文字の世界。

毎日の実践と坐禅修行で真実を掴み、
釈尊の悟りを伝承と体験で継承している。

知識や技術は、ついつい言葉や文字から入りがちになるけれど、
やはり!体験と行動、実践にキモがあると...改めて感じる。

 

●1年前の今日:みんな ありがとう

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