元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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毎晩 眠りについて、毎朝 目が覚めるのは…

実は俺ふと思ったんだけどさ。
毎日寝るよね。
寝る瞬間とか分からずに知らない間に眠って朝勝手に目覚めるよね。
この毎日寝るのってさ死んだときの練習してるんじゃないかって思うんだ。
いつ死んでも大丈夫なように。
そう思うと毎日死んでるんだから死ぬのもあんな感じかなって思うと気が楽になるよ

via: 2chコピペ保存道場
毎日寝るのってさ死んだときの練習してるんじゃないか?

あぁ なるほど…
そう言われてみると そうかもしれません。

赤ちゃんが眠たくなると
グズって泣いたりするのは
眠るのが死ぬ感覚に似ているのを知っていて
それが怖いからだと言う人もいるし。

毎日、同じような日が続いていても
実は同じ日が繰り返されているわけではなく
今日の自分は昨日の自分ではなく
睡眠と生死は少なからず共通点がありますね。

ということは・・・

毎晩、眠りにつくことが死ぬ練習なのなら…
毎朝、目覚めることは生まれる練習なのかな?

スッキリと目覚める朝もあれば
睡眠不足で目覚めが悪い朝もあるし
目覚めた直後から活動的な朝もあれば
具合が悪くて起きられない朝もある。

いろいろな一日の始まりがあるわけで
それは もしかしたら
いろいろな人生を体験してる…
っていうことなのかもしれません。

細胞、分子、原子、素粒子と
無限に続いているようにみえるミクロな世界…
国、地球、太陽系、銀河系、宇宙の果てまで
無限に続いているようにみえる大きな世界…

いろいろな単位のいろいろな世界があるように
生死のリズムにもいろいろな単位があって
人の一生の中にも小さな生死があったとしても
不思議ではないような気もします。

練習しているのかどうかは別にしても
生死のリズムというものは
自分たちが日頃認識しているもの以外に
存在する可能性はあるかもしれませんね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

眠るのは死ぬ練習なのかも?

 

●1年前の今日:言葉のない物語

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今年も後半にさしかかりました…

上るもよし 下るもまたよし

早いもので 今年も半分が過ぎました。

いつもよりも アッという間に
駆け抜けていったような気がします。

たいした成果を出せないまま
ほとんど前向きな行動ができないまま
なんだか1年の半分を浪費してしまったようで
ちょっと不甲斐ない今年の前半でした。

特に この2ヶ月くらいは
身の回りに起こる出来事に対して
なかなか前向きに捉えることができず
悲しい 辛い 切ない思いを募らせる日々でした。

けれども、よくよく振り返ってみると
これほど自分自身の内面に向き合った時間は
これまでに一度もなかった… と思えるほど
自分と自分の生き方を直視できた2ヶ月間でした。

そして、生き方と同様に
死に方というものを強く意識するようになりました。

思えば、これまでの成長や向上心のベクトルは
いつも外にある光を追い求めていたような気がします。

気がつけは、平均寿命の半分以上に達し
既に人生の後半へと突入しています。

もう そろそろ
外の光に惑わされてる場合じゃない、
求めてばかりいる場合じゃないことに気づきました。

もっと早くに気づきたかったくらい...

一見すると停滞していた今年前半でしたが
静かな激しさに揉まれながら
とても大事な時期を過ごせたのかもしれません。

今年の後半、人生の後半が
なんだか楽しみな 今日この頃です。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

禅語に学ぶ生き方。死に方。
禅語に学ぶ生き方。死に方。

 

●1年前の今日:仔犬の冒険

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観念しました…

知人の実父が亡くなられ
昨晩の通夜につづいて
今日、告別式に参列しました。

このところ少し不幸が続いています。

ある程度の年齢に達すると
どうしても そういうことが増えるのは
ある意味で当然のことだと言えます。

ただ、今は そのことを勘案してもなお
急激に別れが多くなったように感じています。

思えば、先月の中旬くらいから
この1ヶ月余りの間、ずっと
いつになく心が重い日が続いていました。

最初のうちは
生きていればこんな日もあるさと
あまり気にせずに気分の落ち込みを
しみじみと受止めていました。

けれども、
度重なる大切な人たちとの別離や
体力や集中力の衰え、環境の変化などを
たてつづけに目の当たりにすることになり
次第に心の余裕がなくなっていきました。

さらに一歩進んだステージへ踏み出し
天命を全うするための覚悟を決めるために
意識や行動、環境などの変化を
余儀なくされている時期なのだと
否が応にも自覚せざるを得ませんでした。

ところが
そのことを自覚しているつもりでいても
真摯に受け容れることができず
不安をつのらせ、エゴを高ぶらせ、狼狽えて
自己嫌悪に陥り、自暴自棄になりかけていました。

若い頃にも何度かスランプ期はありましたが
これほどの諦め感を味わうことはありませんでした。

とにかく ただただ
淋しい 切ない やるせない気持ちで一杯でした。

そして、
さまざまな別離を余儀なくされ
そう感じているのだと思っていましたが、
最近になって、それは単に、他者との別離に対する
淋しさや無力感だけではないことに気がつきました。

他者への喪失感とともに
自分自身がいずれなくなってしまう
つまり、自分も死ぬのだということを
あからさまに実感してしまったのだと思います。

もちろん、人は誰しも死ぬのだということは
当たり前のこととして認識してはいました。

家族や大切な人の死に接する度に
そのことを再確認させられていました。

それでも
自分自身が老いること、死ぬことは
まだまだ先だと思っていたのでしょう。

いえ... 今とくに
具合の悪いところがあるわけではありません。
心労苦悩による自害を企てるようなこともありません。

死に臨んでいるという意味ではなくて
やっと今になって生老病死というものを認識し
我がものとして受け容れ始めたのだと思います。

このことに気がついてからは
狼狽えたり、激しく落ち込んだりすることはなくなりました。

とはいうものの
淋しい 切ない やるせない気持ちに変わりはありません。

むしろ、それは強まったくらいに感じます。

しかしながら
半月前とは違って、その辛さや苦しさ、
淋しい 切ない やるせない気持ちを
しっかり噛み締め味わっているという自覚があります。

齢五十に手が届くところまできて
遅ればせながら、ようやく
少しは 観念できてきたのかもしれません。

1ヶ月前、父親代わりと感じていた恩人の逝去にはじまり、
そして、兄貴分である仲間の実父を見送った今日に至って
この間、これまでになかったくらい自分と向き合いました。

そして今、
昨年、七回忌を終えたる自分の父が
死をもって教えてくれたであろうことの意味を
ここへきて ようやく体得しつつあるような気がします。

まだまだ迷いは拭いきれません。

しかし、不安は ほとんど感じられません。

迷いに不安があると逃避になるが
不安のない迷いは新しい力になる

かねてから予感していたこの感覚が
実感に変わったことを確信した今週末。

本日、やっとのことで
「青春」を終えることができました。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

生老病死

 

●1年前の今日:誰が上手いこと言えと… #02

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ハングリーであり続けろ 愚かであり続けろ


スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

 
Stay Hungry,Stay Foolish(喰らいついて離さないハングリー精神を持ち、バカなことも時々やろう)

今日は素晴らしいスタンフォード大学の卒業式に皆さんと一緒に出席できてとても光栄です。

私は大学を卒業していません。今日の大学の卒業式は本当のことを言えば、初めての経験です。三つばかりお話しします。みんな簡単なことです。聞いてください。

点と点をつなぐということが最初のお話です。

私はリード大学に入学してなんと六ヵ月で中退。本当に辞めるまで一年半ほど大学に居残って授業を聴講していました。なぜそんなに早く退学したのでしょうか。それは私の生まれる前の話ですが、私の母は未婚の大学院生で、私を生む前から育てる気はまったくなく、いずれ養子に出す気でいました。事実、生まれると同時に弁護士夫妻への養子縁組が決まっていたのです。

ただこの弁護士夫妻男の子である私を見て断ってきました。女の子が欲しかったのです。順番待ちの二番目にいた夫妻へ私は養子になることが決まりました。私の生みの母はこの二番目の夫妻の夫が中学校卒、妻が高校卒なので三~四ヵ月躊躇しましたが、私を大学まで行かせるということという約束を取った上で、育ての親になってもらうことが決まりました。

十七年後、私は大学へ入りました。ただこの大学はスタンフォードと同じくらい授業料が高く、収入のそれほどない育ての親の貯金を全部つぎ込むことになりまsちあ。私は最初の六ヵ月で大学の授業に何の価値も感じなくなりました。自分が何になりたかったのかわかりませんでした。そのまま大学にいたとしてもそれが見つかるとは思えませんでした。そんな自分なのに、一生かけて貯めたお金で養ってくれている養父母に申し訳なくなりました。

そして大学など出なくても何とかなるだろうと考え、中退することを決心したのです。たしかに怖かったのですが、いま考えると人生で最良の決断だったと思います。この決断のおかげで自分の興味のわく授業だけに出席できたのですから。

生活は大変でした。寮の部屋もなかったので友だちの部屋の床で寝起きしました。コーラの空きビン回収で五セントを集めて食事代にしました。日曜日の夜は十一キロも歩いて町のはずれの教会で無料の食事にありついていました。生活はひもじかったけれど充実していました。自分の好奇心と感性だけをたよりにしていた生活でした。お金では買えない経験もしました。その一つをお話ししましょう。

リード大学は当時、カリグラフィー(手書きのアルファベット。日本の書道のようなもの)ではアメリカ一とされ、キャンパスの中のポスターやラベル、引き出しの見出しまで美しい手書きの文字であふれていました。自由に科目を選ぼうと思っていた私はこの文字に魅了され、カリグラフィーのコースをとりました。いろいろな字体や文字ごとに微妙に違う文字と文字との間など、カリグラフィーの奥義を学びました。それはサイエンスでは表せない、歴史ある微妙で美しいアートで、私はこの世界にすっかり魅了されてしまったのです。

こんなものを学んでも、現実的に役に立つことなど、同時はありませんでした。ところが十年後に最初のマッキントッシュのコンピュータを設計していたとき、このカリグラフィーが突如として頭によみがえってきたのです。そしてマッキントッシュは世界で最初の、美しいフォントをもつコンピュータとなりました。

もし大学であのコースに出合わなかったら、マッキントッシュにはいまのような美しいフォントがそろっていなかった、もっと味気ないものになっていたでしょう。

大学生当時の私がこのようなことを予見していたのではありません。しかし大きな変化の伏線になっていたのです。

点と点を最初から結ぶのはむずかしいことです。後に振り返ったときに初めて、点と点を結んでいた線が見えるのです。だから、いま一見無関係に見える点もいずれは自分の人生の中で大きな線でつながれることを信じなくてはいけません。自分の勘、運命、輪廻を信じ続ける、そういう考えをもっていると人生に失望することはなく、常に自分に力を与えてくれるようになります。

二番目のお話はラブ(愛)とロス(失うこと)です。私が人生で比較的早く、自分の情熱をもてるものを見つけたのは幸運でした。

両親のガレージで友だちのウォズとアップルを始めたのは二十歳のころで、私たちは脇目もふらずに働きました。十年後気づいてみると、社員四千人、売り上げ二十億ドルの会社に成長していました。その一年前に最初の製品、マッキントッシュを発売したばかりで、私は三十歳でした。

しかし私は突然解任されました。会社を追われたのです。自分で創業した会社をクビになるなんてありえないと思っていました。会社が大きくなるにつれ、会社を経営するために優秀な経営者を外部より招聘しました。最初の一年はその人とうまくやっていましたが、だんだん意見が合わなくなり、ついに対決するはめになったのです。会社の取締役たちは彼に味方し、私は三十歳で自分の創業した会社から追い出されたのです。

マスコミの餌食にもなりました。それまでの人生をかけたものを失い、絶望のどん底に突き落とされました。自分が何をしてよいのかわからず、途方にくれた数ヵ月でした。前世代の起業家の期待を裏切ったのではないかと悩み、ヒューレットパッカードのパッカードさんにも謝りに行きました。マスコミにもさんざんたたかれ、シリコンバレーから逃げ出すことも考えました。

そんな騒動の中で簡単な事実に気がつきました。それは自分の仕事の中身に対する情熱はいささかも衰えていなかったという事実です。アップル社で拒絶されたにもかかわらず、私は自分のやっていたことが大好きでした。その情熱を大切にして私はもう一度やり直す決意をしました。

いまになってみれば、アップル社を解任されたことは私の人生において大変よかったと思います。成長し続けなければならないプレッシャーからも解放され、謙虚な初心者の気軽さを楽しむようになりました。この時期は人生の中でも一番クリエイティブな仕事ができました。

その後五年間で、ネクストとピクサーという会社を立ち上げました。その間すばらしい女性にも出会いました。彼女は私の生涯の伴侶となりました。ピクサー社は世界初のコンピュータアニメーションであるトイストーリーをつくり、今では世界で最も成功しているアニメ制作会社となっています。

運命のいたずらと言いますか、このネクスト社はアップル社に買収されました。それによって私は期せずしてアップル社に復帰することになったのです。ネクスト者で培った技術はいまアップル社の新技術の核心となっています。

一方で私は妻のロレーヌとともに幸せな家庭を築き始めました。

このような出来事はアップル社をクビにならなければ起こらなかったことです。たいへん苦い薬でしたが、私という患者には必要だったのです。人生においては時々レンガで頭を殴られるようなこともあります。そんなときは自分と運命を信じることです。

苦難のなかで私が前向きでいられたのは、自分のやっていることが好きでたまらなかったからです。自分が情熱のもてることを見つけなければなりません。これは仕事でも恋人でも同じです。仕事は人生のなかで大きな部分を占めます。情熱をもてる仕事につければすばらしい結果を生みます。あなたがまだそのような仕事を見つけられないのなら、探し続けてください。妥協してはいけません。情熱のもてるものに出合ったときは、頭ではなく心が自動的に反応します。そして愛情深い人間関係と同じように、年月がたつにつれどんどん良くなっていきます。情熱を捧げることができるものを探しましょう。中途半端な妥協はやめましょう。

三つ目のお話は、死についてです。

十七歳のときに読んだ本に書いてありました。

「毎日を人生最後の日と思って努力すれば、いずれ望みはかなえられる」

この考えは私に大きな影響を与えました。過去三十三年間、毎日朝起きて自分の顔を鏡で見ながら、「もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日の予定をそのままこなすか?」を問い続けました。そして何日もその答えがノーであれば、何かを変えなくてはいけないと思いました。

いずれは自分も死を迎えるという考えは人生で大きな決断をする際に大変役に立ちます。見栄、他人の目、失敗の恥ずかしさ、そして恐れ。それらの感情は死を前にすると色あせてしまう。何が一番大切かを教えてくれます。死を意識することで「自分には失うものがある」というのは幻想であると気づくのです。我々はみな裸で生まれ、裸で死んでいきます。自分の心の叫びを指針にすべきです。

一年ほど前に私はガンを宣告されました。朝の七時半に病院でスキャンを受けたとき、すい臓に腫瘍が見つかったのです。それまですい臓とは何かさえ知りませんでした。医師によるとこのガンは確実には治療できないガンで、余命は三ヵ月から六ヵ月と宣告され、心の準備をするように言われました。

子どもだちに何と言えばいいのでしょう?目の前が真っ暗になりました。とても言葉で言い表すことはできません。

この宣告を受けた後は、一日中途方に暮れていました。その夜、私は病院に戻り、喉、胃、腸に針を通してすい臓の生体検査を受けました。その結果、奇跡的にも私のガンは手術によって治せる稀な腫瘍ということがわかったのです。すぐに手術を受け、私は一命を取り留めました。

これは、私が死に一番近づいた経験です。少なくともあと数十年はこんな経験がないよう祈っています。頭のなかだけではなく、実際に臨死の体験をしてみて確実に言えるのは、人は誰も死にたくないということです。天国には行きたいけれど死にたくはない。でも人間はいつか死にます。死は壮大な自然の摂理の結果です。死ぬことにより、より新しい種が生まれてくるのです。死は有無を言わさず、変革の動機となります。あなたもいずれは老いぼれ、後進に道を譲らねばならないのです。

時間は限られています。他人の人生を歩むのはやめましょう。他人のつくった固定観念の罠にとらわれないようにしましょう。他人の意見に左右されず、自分の心の叫びに耳を澄ませましょう。そして自分の心と直感を道標としましょう。どういうわけか、心と直感は自分が何になりたいかを常に知っているのです。

私が子どものころ、『The Whole Earth Catalogue』という素晴らしい本がありました。私の世代ではバイブルのような位置づけで、いまのグーグルのような情報の宝庫で新鮮なアイディアが山のように詰まっていました。

出版者のスチュアートがこの本の最後の版を出したのは一九七〇年代半ばころ。私はちょうど皆さんの年ごろでした。最終号の裏表紙に早朝の田舎道の写真がありました。これから皆さんがヒッチハイクの旅に出るような光景です。その写真のしたに“Stay Hungry,Stay Foolish.”という言葉が書いてあります。出版者から読者へのお別れの言葉でした。

これは、私が当時からずっと大切にしてきた言葉です。これから社会へ巣立っていく皆さんのはなむけの言葉にしたいと思います。

「ハングリー精神と遊び心を持ち続けよう」――。

ありがとうございました。

(寺澤芳男訳)

 
スピーチの奥義 (光文社新書)
スピーチの奥義 (光文社新書)

 
 
今さらながらの名スピーチですが、
今、改めて聴き直し、刻みこみたいと思いました。

 
ハングリーであり続けろ。
愚かであり続けろ。

 
らじゃー! 了解。
スティーヴの名を継ぐ者の一人として。

ご冥福をお祈りします。

 

●1年前の今日:ここが うわさの…

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THE FORCE

村上ポンタ秀一 THE FORCE

昨晩は、周防町の新しいライヴハウス
心斎橋JANUSで 楽しんできた。

 
先月、12~3年ぶりに再会した
青春時代のバンド仲間と2人で待ち合わせ。

整理券番号1番&2番だから
難なく中央のかぶりつきに陣取る。

 
19:30からのステージは、
村上ポンタ秀一(Dr)率いる「THE FORCE」

山下洋輔(P)/坂井紅介(B)/天田透(bass-flute)

いずれ劣らぬビッグネームのライヴが
たっぷり2時間 楽しめて5000円!

とりわけ!
ベニスケ坂井のベースはサイコー(^_^)v

年齢層かなり高めのオーディエンスも盛り上がりをみせ
円熟味を増したスペシャルトリオ+1のパフォーマンスは
予想以上の興奮と感動を与えてくれた。。。

 
それにしても...
ポンタ老けたなぁ~

大病に伏してから急激に痩せこけて
かつてのナイスガイの風情はどこへやら...
すっかりジジイになってしまって
エロイ毒舌も 呂律が回らず歯切れが良くない。

プレイは 最盛期とは比べられないとしても
けっして大人しくはなく、前向きなキモチは伝わってくる。

変化・進化し続ける姿には恐れ入る。。。

…が、やはり、
その変化は、同時に衰えでもあることは否定できず、
かつて無比の存在として君臨していた偉大なる存在の
確実に着々と枯れてゆく姿を目の当たりにして
進化や熟成という表現が 虚しく感じる自分がいた。

大人になってから 父親を見るようなキモチか。。。

 
同行した元ギタリストは、今や立派な会社の支店長。

しかし、先月の再会の時とは うってかわって
な~んとなく 元気がない。 ゴキゲンなライヴなのに...

年齢とともに、経験とともに、
いろんな 複雑な 面倒くさいことが降りかかる。

もちろん、そういう厄介なことだけじゃなくて
うれしいこと 楽しいことも いっぱいあるのだけど...

それらは
選択して掴んだり避けたりできることだけじゃくて
どう転んでも避けられない宿命といっていいようなものか?

少なくとも 老いや死は 誰にも避けられない。

自分みたいに のんびり お気楽にしていても
それだけでは済まされないことはある。

ましてや 責任ある立場で頑張っている人なら…
ましてや 人気も実績も豊富な一流の演奏家なら…

 
ホンマに いろいろ あるわ。。。

 
そんなセンチなおっさんの寝言とは関係なく、
ポンタや山下さんたちは、
ホンマに心底 楽しそうに奏っていたな。

だから あんなに盛り上がったんやと思う。。。

 
考えたってどうしようもないことに憂えず、
といって、それらに対して見て見ぬふりをせず、
厄介や面倒にも しっかり向き合って、
それでいて なおかつ その時々を満喫する。。。

それが お気楽な生き方。
それが お気楽なFORCE!

なんにも考えず、ぼんやりと...じゃない「お気楽」を
ちゃ~んと実践していく時期に入ってきているな。。。

 
などと、思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

 

村上"ポンタ"秀一インタビュー

 

●1年前の今日:すべては選択できる!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 音楽 JAZZ ライブ 生きる 変化 進化 老い 生死  

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そのままでいいよ

20代会社員女性。2か月前に亡くした愛猫のことをずっと考えています。10年余り一緒に暮らしてきましたが昨年末、重い病気に。家族全員で世話をしましたが、猫にしてみれば薬や注射で嫌な思いをしただけだったかも。苦しみながら逝(い)った顔を思い出すたび胸が張り裂けそうです。

 写真を見ると幸せだった日々を思い出しますが、猫に対して抱くのは申し訳ないという気持ちばかり。実は猫には生まれつきの病気もあって普通の猫が食べるおいしい食事が与えられず外にも出せませんでした。ずっと我慢させてきたのに、やりきれない思いです。

 猫は、私がつらい時にはそばに来て慰めてくれたし、いつも味方でいてくれました。ただ私があの子に出会えて幸せだったと心から思うようになったのは、ごく最近のこと。「生きていることがむなしい」と私が感じていた頃、どうして猫がいてくれることに喜びを感じなかったのだろうと、悔やんでも悔やみきれません。私が今、できることは何でしょうか。(大阪・O子)

 私も2匹の猫を見送りましたが、その時気がついたのは、後悔は残された者の宿命だということです。どんなに完璧(かんぺき)に世話をしても人は後悔するもの。例えば、あなたがもし猫に普通の食事を与えていたとしても、別の治療法をとっていたとしても、あなたはきっと後悔したでしょう。あなたが選んだ道が最良かつ唯一の道だったのだと思います。

 気づいていただきたいことが一つあります。それは猫は決して自分にうそをつかない生き物だということです。あなたの味方をして慰めてくれたのは猫が心からそうしたかったから。そばにいることが喜びだったはず。そしてあえて病気の猫を選んだこと自体があなたの猫への愛で、お互いが唯一無二の存在だったはずです。

 猫のためにできることは何かというお尋ねですが、猫が生きている時、あの子に何を求めましたか。そのままでいいよって思っていたはずです。あの子も天国で言ってますよ。そのままでいいよ。十分だよってね。

 (海原 純子・心療内科医)

via: 「愛猫の死 後悔ばかり」 YOMIURI ONLINE

 
いろいろ求めちゃってた場合だって
いなくなっちゃった時には、やっぱり、
いてくれるだけでよかった...って思うもの。

そのままでいいよ。十分だよってね。

だから やっぱり、 天国で言ってますよ。

そのままでいいよ。十分だよってね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:ハイタッチプロジェクト

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満員御礼

トークライブショー

産婦人科医とカウンセラーによる
異色のトークライブショーは
満員御礼、大盛況でした。。。

 
胎内記憶…

産まれても、そうでなくても
苦労の仕方が違うだけのこと…

生きて産まれることに
意識が向きすぎている。

死んだ子の声にも耳を傾けてみて!

人を殺してはいけないことに理由はいらない。
それを学ぶために殺し、殺される人がいる。

生きるということは
破壊と再生の連続...

つわりというのは
赤ちゃんの時差ボケのようなもの...

池川明先生...
あいかわらす飛ばしていました(^^ゞ

そして、今日は、
意外な お気楽さ加減を垣間見ることができて
なんか とっても!イイ感じ。

6時間弱、立ちっ放しだったけどね。。。(^^ゞ

よかった よかった(^^)/

 

●1年前の今日:我が心のジョージア

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もう一度産んでもらった

――お母さん、僕は死ぬのだろうか?

――私は、あなたが死なないと思います。死なないようにねがっています。

――お医者さんが、この子は死ぬだろう、もうどうすることもできない、といわれた。それが聞こえていた。僕は死ぬのだろうと思う。

 
 母はしばらく黙っていました。それからこういったのです。

 
――もしあなたが死んでも、私がもう一度、産んであげるから、大丈夫。

――けれども、その子供は、いま死んでゆく僕とは違う子供でしょう?

――いいえ、同じですよ、と母はいいました。私から生まれて、あなたがいままで見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしてきたこと、それを全部新しいあなたに話してあげます。それから、いまのあなたが知っている言葉を、新しいあなたも話すことになるのだから、ふたりの子供はすっかり同じですよ

『自分の木』 大江健三郎

 

ボクたちは
あのお母さんに
もう一度産んでもらった
子どもなんじゃないだろうか

 

 

●1年前の今日:Wanted!

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