元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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花束ではありません…

ツツジの季節になりました

ここに養分を送り続けたのすごい

via: Twitter / nyanpooo

ここに養分を送り続けたのすごい

かなり長い間
日の目を見ない時を
過ごしてきたのでしょうね…

植物の生命力に脱帽!

っていうか

定期的に剪定してやらないと
こんなに伸び放題なのか!?

と、改めて恐れ入ります!!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
たいていの場合、批判は効き目がない

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22年目の祈り

22年目の祈り

via: 産経フォト

22年目の1月17日。
今年も寒い朝になりました。

テレビ各局とも早朝の特別番組はなく、かろうじてBS1だけが追悼のつどいの様子を生中継していました。
神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼のつどいには、午後5時までに約3万人が訪れましたが、昨年と並んでこれまでで最も少ないとのことです。
SNSで繋がっている人たちは震災体験者や同年代の人も多いので、震災関連の投稿も目につきましたが、既に少数派になっている感は拭えません。

1.17は、こうして少しずつ霞んできました。
震災を目の当たりにした人にとっては実に哀しいことですし、防災面でも過去の体験を活かしていく上で風化は望ましいことではありません。

とは言え、いつまでも旧態依然とていては新たな息吹を注ぎ込んで活力ある街づくりをすることはできません。
旧きを淘汰し新しきを取り入れることは被災地の復興や活性化そのものであるとも言えます。

神戸市が昨年11月に行った調査によると、震災後に生まれたり転入してきたりした人は全市民の約44%に達しており、過半数を占める日も近いでしょう。
震災体験者や震災を知る人たちは少しずつ着実にこの世を去り、いつしか震災は伝説になっていきますが、それもまた復興の証なのです。

特別な日だったはずの1.17は、20年余の年月を経て普通の日になりつつあります。

けれども、自分にとっての1.17は、やはり特別な日であることに変わりありません。
今年も変わらず静かに祈りを捧げ誓います。
追悼のつどいで灯された灯籠の如く、たとえ微かであっても生命の光になれますように…

・・・などと、
思いを巡らせながら過ごした22年目の断食日。

●1年前の今日:
未来につなげる

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こんなこと書かれたら試してみたくなる

「どじょう」 活き締め急速冷凍!

ンンンンンンンンン!?

via: Twitter / murasakiigai

※ごく稀に生き返る場合がございます

そういうことが
あったんですね^^;

ところで…

それって
あたり?

それとも
はずれ?

個人的には「あたり」なんだけどなぁ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
生活に密着した三角関数

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逞しさとは健気さと共にある

排水溝に溜まった土埃で発芽してる!!

今日も雨でした。

ふと、ベランダの隅に目を向けてみると…

排水溝に溜まった僅かな土埃で
発芽してました!!

スゴイ!
こんなところでも力強く根を張り芽を出しているんですね。
生命力を感じます。

おそらくアサガオの双葉ですね。
明日プランターに植え替えてあげようと思います。

バイタリティというのは、生まれ持った素質としての圧倒的な強さや大きさじゃないですね。

吹けば飛ぶような弱々しくか細い生命を少しずつ着実に積み上げていくように育まれるものなんですね。

どんなところでも、どんな日でも、たゆまぬ歩みを続ける…
それでようやく滲み出てくる力なんですね。

まだしばらくはジメジメした梅雨が続きます。

でも、どんより沈んでいるだけじゃなくて、今できる準備を欠かさないようにします。
もうスグやってくる煌めく夏の日のために…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
この夏、うどんを着る!?

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一元生命の新陳代謝

死もまた生成発展の姿

今日が松下幸之助の命日であることを、覚えている人達は、一体、どれぐらいいるだろうか。

私はある時、「万物発展の法則が働いているのに、どうして人間は死に、滅びるのですか」と質問したことがある。

松下幸之助は、「死もまた、生成発展の姿や」と言う。「一人の人間が死ぬことは、確かに悲しいことである。しかし君、もし人間が死ななかったら、人類は滅びるぜ」と言った。

人間が死ななかったら、人類は過密になって、窒息し、滅びてしまうだろう。死ぬからこそ、新しい命が力強く生きるのだ。そんなやり取りを、命日に、思い出した。

via: 上甲晃塾長一日一語

一元生命の新陳代謝
死もまた生成発展の姿

輪廻転生を信じろと言っているのではない。

めいっぱい新たな酸素を吸い込むためには肺の中の息を吐ききらなければならないということ。

知識や技能はこの世で使ってこそのもの。

貯め込まずに活かしきり昇華する。

それでこそ志は子々孫々まで受継がれることになる。

残すのではない。
遺ってしまうのだ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
公園に佇む謎の野菜!?

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未来につなげる

21年目を迎えた「1・17のつどい」

21年目の1月17日。
しばらく暖かい日が続いていましたが、今朝はグッと冷え込みました。

例年通り震災関連のニュースがトップ記事として取り上げられていました。

しかし話題は、今年成人を迎えた人たちはあの震災を知らないこと、被災者の高齢化や被災地への転入者が過半数を超えていること、追悼行事やその参加者が激減していることなど、風化を指摘するものばかりが目立ちました。

TwitterなどSNSへの投稿には「忘れてはならない」「語り継ごう」といった声が多く見られましたが、それは確実に風化が進んでいるからこその思いなのだとも感じます。

数年前からボクは震災の記憶が風化することに対しての考えが変わりました。
個人が感じている震災への思いと、街や社会が捉えている震災の記憶は、別に考えなければならないと思うようになりました。
あの大惨事を目の当たりにした者としては決して忘れることのできない出来事ですが、その思いを街や社会に求める必要はないと感じるようになりました。

街の復興が進むということは震災の傷跡がなくなっていこことでもあります。
精神が安定し笑顔の溢れる生活者が増えるということも復興の証の一つです。
復興は震災を知らない人たちによって更に推し進められていきます。
復興に伴うこうした傾向こそが風化を示すものでもあるのです。

だから、いずれは忘れ去られていくのです。
復興を誰よりも望んでいた被災者や関係者なら、これを嘆く必要はありません。

ただし、表向きの復興だけでは真の復興とは言えません。
震災後に抱えてしまった社会的課題は未だ残されています。
時を経て新たに表面化してきた課題も少なくありません。
個人的な感傷が当事者の減少とともに失われていくことは仕方のないことですが、社会全体の課題は簡単に風化させてはなりません。
今を生きる市民の責務として継続して取組んでいく必要があります。
そのことが犠牲者への弔いであり、新たな犠牲者を出さないための使命であるはずです。

神戸市中央区の東遊園地で行われた「1・17のつどい」では、「1・17」の形に並べられた6434本の竹灯籠に火が灯されました。
今年は市民からの応募作品から選ばれた「未来」の文字が加えられました。
21年目を象徴する印象的な追悼行事でした。

これからのキーワードは当に「未来」。
「忘れてはならない」「風化させてはならない」から、「歴史に学ぶ」「未来につなげる」へ進化させていこう! そう確信させてくれた灯籠の文字でした。

・・・などと、
思いを巡らせながら過ごした21年目のの断食日。

21年目の竹の灯籠「1.17」に加えて「未来」の文字
●1年前の今日:
経験を活かすことが最大の供養

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それって命よりも大切ですか?

チラ見 please! Thank you!

どのポストも
どのチラ見も
どのメールも
どのサーチも
どのSMSも
命の価値はない

後にしましょう

ちょっとくらい大丈夫だろうが
取り返しのつかない結果を招く

たとえ致命的でなくとも
二度とない貴重な時間や体験を
無闇に捨ててしまっていることは少なくない

ましてや大切な人の命を代償にするなんて…

どんな後悔や反省も後の祭り

今一度、心に留め置きます

それって命よりも大切ですか?
●1年前の今日:
スーパームーンの皆既月食

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あれから14年…

14年を経過したマンハッタン

あれから14年。

もう14年なんですね。

しかし、あれほどの大惨事です。

そう簡単に忘れることはできません。

ですが、最近はニュースでも
あまり取り上げられることはありません。

風化してしまうには
あまりにも早過ぎます。

謎の多い事件ですが
紛れもない事実の一つは
多くの一般市民が巻き込まれたということ。

市民が知る由もない謎なら
あえて知ろうとも思いません。

ただ、たった一つ見過ごせないことは
多くの一般市民が巻き込まれたということ。

そちらの世界のことは
そちらの世界だけでやってください。

もうこれ以上
関係ない人を巻き込まないで!

犠牲になった方々のご冥福を心からお祈りします。

●1年前の今日:
任される人の絶対条件

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失敗から学ぶためには…

失敗から学ぶためには、まず生き残らなければならない。致命傷を負ってはならないのだ。刺し違えてはならないのだ。心理臨床の大前提だ。

via: Twitter / kubi0213

これまで何度となく無謀な総力戦に身を投げ出してしまいました。

今こうして暮らしていけるのは、ただ運が良かっただけのことだと思います。

若気の至りと言わざるを得ません。

イイおっさんになってからも そんな傾向が抜け切っていませんでしたが、今改めて、肝心の目的を見失ってはならないことを再認識しました。

攻めるも 逃げるも 生き残るため
成功も 失敗も 生き残るため

生き残らなければ、生き方に拘ることもできません。

悲劇の主人公のような生き方は真剣とは言えません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●関連記事:
真剣に... お気楽に...
●1年前の今日:
一日の終りの充実感・開放感を得るために

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経験を活かすことが最大の供養

阪神淡路大震災から20年

20年目の1月17日。
5時46分、黙祷を捧げました。

ほとんどのテレビ番組の中継は6時前に終了しました。
20年の節目という機会よりも、20年の歳月による風化を改めて感じざるをえませんでした。

都市機能は完全に回復し、震災による傷跡はほとんどなくなりましたし、震災後に誕生、転入した市民が半数を占めるようになり、当時を知る人の割合は年々小さくなっています。

被災者やその関係者からすると淋しいことではありますが、風化と再生は表裏一体であることも確かで、20年分の風化と再生、そして次世代への転換なのだと実感しています。
街や社会の新陳代謝と引き換えに個人的な感傷がフェードアウトしていくことは仕方のないことでしょう。

けれども、震災によって顕になった街や社会の課題は、震災後に生きる市民の課題として真摯に取り組んでいかなくてはならないと思います。

阪神淡路大震災による教訓がなければ、東日本大震災での被害は、さらに何倍にも膨れ上がっていたかもしれません。 防災対策や危機管理、災害ボランティアなどについては、117の教訓が活かされたところが少にからず見られたと思います。

それらとは対照的に、まったく教訓が活かされることなく課題を風化させてしまったと感じる点もあります。
その一つの現われが「復興災害」と呼ばれる現象でしょう。

災害発生直後の緊急対応としての復旧活動はもちろん大切ですが、その後10年以上にわたる本格的な復興活動はさらに重要です。

復興の期間、仮説住宅で孤独死をしたり、街の産業が衰退していくことは珍しくありません。
そんな災害後の様々な被害は「復興災害」と呼ばれていますが、これらは復興政策の間違いが引き起こしたものだとも指摘されています。

たとえば、新長田地区の再開発ビルは20年経った現在、活性化どころかシャッター街と化していますし、復興住宅における孤独死の事例は枚挙の暇がありません。

また、復興住宅の約2割は民間の借上げ住宅を利用したものですが、震災後20年となる今年、借上げ期間が満期となります。 これによって一部の復興住宅の住民は既に退去が求められています。

法の下の正論ではありますが、復興住宅の住民の多くは高齢者であり、病弱な人も少なくありません。
住み慣れた土地を捨てて移り住み、20年経ってようやく近隣との人間関係も育ってきた今、彼らにとって転居の負担はあまりにも大きいものです。

自治体は復興住宅の退去を進める理由として財政悪化を挙げているようですが、それはお門違いと言うものです。

弱者への福祉政策であるはずの復興住宅からの退去勧告は、住生活基本法や公団住宅法の理念にも反します。
そして、財政悪化を言い訳にできない最大の問題が復興費の流用です。

阪神淡路大震災に当てられ復興費は16兆3000億円。
その内、震災と直接関係しない通常事業に 23%、約3兆8000億円も使われているのです。

通常事業の大半は、本州四国連絡道路等の整備、地下鉄海岸線建設、関西空港二期埋立工事などに当てられていますが、これらが被災地の生活再建や復興に直接関係ないことは明らかです。
しかも、その大半は赤字事業として市民の足かせになっているのです。

この4兆円近い資金があれば、復興住宅からの退去に対して、もっと長期間の猶予を与えることができます。
あるいは、再開発地区においてはビルの建設にとどまらず、そこに入居する事業者への振興支援を増やすこともできるはずです。 大切な復興費を説得力のない理由を盾に既得権者のために流用することはあってはならない行政の課題です。

ところが、復興費の流用問題は東日本大震災の被災地でも起こっています。

阪神淡路大震災ではなされなかった増税までして19兆円もの資金が復興人して当てられていますが、その多くは被災地と関係のない事業にに使われています。

あの地獄絵図を目の当たりにし大切な人を失った個人の思いは、生命ある限り消えることはありませんが、当事者が少なくなるにつれて風化していきます。それは仕方のないことです。

けれども、社会全体の課題は、今を生きる市民の課題として、風化させることなく継続して取り組んでいかなくてはなりません。
そのことが犠牲者への弔いであり、新たな犠牲者を出さないための使命であるはずです。

・・・などと、
考えながら過ごした20年目のの断食日。

●1年前の今日:
人それぞれに天与の役割は違う

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永遠に変わらないものは何一つないからこそ

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と、栖とまたかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀なり。或は去年焼けて、今年作れり。或は大家亡びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず、生れ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖と、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし

(方丈記)

今日は知人の訃報を受け
少なからず心がざわめいています。

親や恩師ならいざしらず
兄弟や同僚、同級生を亡くすことも
珍しくない年齢になってきました。

それにしても御仁は
いくつも年下の若い経営者で
しかも、つい一昨日までは
何事もなくブログも更新していました。

まさに、人生朝露の如し。

有為転変は世の習いなのですね。

どうしようもない儚さに
うちひしがれる思いです。

上掲の方丈記は
このような生命の儚さや無常感を
日本人ならではの感覚で著した書物として
広く知られています。

儚さや無常感というと
悲しく切なくやるせない気分を
連想してしまうことが少なくありませんが
鴨長明は必ずしも負の感覚としてだけで
捉えていたのではないような気がしています。

永遠に変わらないものは何一つないからこそ
逆境や不遇ですら永く続きはしない…

永遠に変わらないものは何一つないからこそ
今この瞬間を一所懸命に生き切ろうではないか…

愛別離苦、会者定離を避けることはできませんが
生命ある限り、今の生き方次第で
誰にでも輝き華を咲かせることはできるという
前向きな意味合いが込められていると思うのです。

三日見ぬ間の桜の如く
逝ってしまった知人の訃報は
悲しみと切なさとやるせなさとともに
今を一所懸命に生き切る大切さを
思い出させてくれました。

過去に囚われず、未来に憂うことなく
今 此処に 全力を出し切ることを
改めて肝に銘じて生命を輝かせます。

まーちゃん ありがとう!
心よりご冥福をお祈りします。

では、お気楽に...(^^)/~~~

方丈記

 

●1年前の今日:うさぎリンゴ

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思い通りにはならないぞ…

思い通りにはならないぞ…

なんでも かんでも
人間の思い通りにはならないぞ!

とでも言いたげな街路樹です^^;

親の心 子知らず

などと言い返したいところですが
まぁ 親でもなんでもないので
苦笑するほかありません。

…っていうか

幼木の時に整えてやれば
こうなることはなかったはずなので
実は植樹後は放ったらかしだった…
というのが真実なのでしょうね~

親なら 責任持って面倒みろよ!

と街路樹に言われそうな気もしますが
やっぱり親じゃないので
聞かなかったことにしたいところですwww

でも、植えたら植えたで
ちゃんと世話しなきゃね… やっぱり(^^)v

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:紙一重…

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人それぞれに天与の役割は違う

19年目の1月17日。

朝の参拝散歩を済ませて
一息いれた後テレビを点けました。

普段と違う父の行動をみて
側にいた長女が不思議そうな顔をしています。

5時46分、
画面の向こう側にいる人たちと共に
黙祷を捧げました。

ようやく娘にも
状況が把握できたようです。

けれども
彼女には黙祷する人たちの思いが
どれほどのものなのかは理解し難いでしょう。

体験していない、知らないということは
そういうことなのだと思います。

被災者とその関係者の高齢化が進み
震災後に誕生、転入した住民は増える一方です。

ウチの娘たちと同様に
震災を知らない人たちが
過半数を占める日も遠くありません。

こうして忌まわしい惨事が風化していきます。

去年もここに書きましたが
それもまた復興の姿なのだと思います。

だからもう
何もなかったように人々が暮らす様子を見て
寂しがったり心配したりすることはしない…
そう思うようになりました。

とは言うものの
為す術もなく風化に向き合うのは
やはり、切なくやるせなやいものです。

この日ばかりは思いが込み上げてきます。

先の戦争を体験した人たちは
原爆忌や終戦記念日に
同じようなやるせなさを
感じているのかもしれません。

自分たちは自分たちなりに
戦争の悲惨さと平和の尊さを
理解しているつもりでいますが
先達から見れば不充分なものかもしれません。

そう思うと複雑な気持ちになります。

自分にとって19年前のあの大惨事は
けっして忘れることのできない出来事ですが、
その思いを街や社会に求める必要はありません。

自分は自分らしく生き切ることに専念します。

各々が天命を果たすということは
きっと、そういうことなのだと思います。

19年目の1.17

 

●1年前の今日:生命ある限り…

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無意味な殺生はしたくない

ニホンミツパチの分蜂群

何だか解りますか?

これは
ニホンミツバチの大群です。

1万匹はいるようです!

寒気がするほど
怖いですね~(>_<)

というわけで
多くのミツバチが
殺虫剤で駆除されています。

でも実は…

ニホンミツバチが
刺すことは殆どありません。


ニホンミツバチは刺さない!

ニホンミツバチは春に巣分かれをします。

増えた群れが集団で引越をするのですが
新しい巣が見つかるまでの間
上記の写真のように木や軒下などに
群れで集まって待機していることがあります。

これを「分蜂群れ」というそうです。

「分蜂群れ」のニホンミツバチも
滅多に刺すことはないようです。


ニホンミツバチの分蜂群れを素手で触ってみる

数時間から3日間くらいで
新しい巣へ引っ越していき
「分蜂群れ」はなくなってしまいます。

危害を加えない限り
何も悪さはしないんですね。

にも関わらず
ニホンミツバチは
蜂だというだけで
「分蜂群れ」ごと
殺虫剤で一網打尽に
駆除されているのです。

京都ニホンミツバチ週末養蜂の会では、無知によって殺される多くのニホンミツバチを救いたいと考えています。

駆除の中でも、特に不条理なのが、春の分蜂群(ぶんぽうむれ)です。

数千匹のミツバチが
木や軒下に固まっていても
殺虫材をかけないでください

via: 週末養蜂家のニホンミツバチのおいしいはちみつ

たしかに
スズメバチなど
危険な昆虫もいます。

けれども
蜂の仲間でも
ニホンミツバチのように
おとなしい昆虫も多いのです。

そのような昆虫たちを
正当な理由もなく
無知からくる恐怖心を抑えるためだけに
皆殺しにしてしまって良いのでしょうか?

また
ニホンミツバチは
植物の受粉を助ける
重要な役割も果たしています。

もしも
ニホンミツバチの数が極端に減ると
植物をはじめとした生態系に
大きな影響を与えることも予測できます。

もちろん!
ミツバチであることが確認できない場合は
危険に晒される可能性も否定できません。

むやみに虫を怖がらないよう
日頃から危ない昆虫の知識を
身につけておきたいですね。

ウチの近所では
「分蜂群れ」を見かけたことはありませんが
都市部であってもミツバチが飛んでいる姿は
わりと目にする機会はあるものです。

そんなとき
いたずらに怖がって払いのけるのではなく
生態系を下支えしてくれている彼らに
優しい眼差しでエールを送ってあげたいものです。

そして
そんなニホンミツバチの話を
子どもたちにも伝えてあげたいと思います。

むやみな殺生はしたくありませんし
誰にも して欲しくありません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:季節はずれの「福笑い」

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思いを寄せる


天皇陛下 東日本大震災追悼式典でのお言葉(12/03/11)

 本日、東日本大震災から2周年を迎えるに当たり、ここに一同と共に、震災によりかけがえのない命を失われた多くの人々とその遺族に対し、改めて深く哀悼の意を表します。

 2年前の今日、東日本を襲った巨大地震とそれに伴う大津波により、2万人を超す死者、行方不明者が生じました。震災後に訪れた被災地では、永年(ながねん)にわたって人々が築いてきたふるさとが痛々しく破壊されており、被災者の悲しみはいかばかりかと察せられました。一方、この厳しい状況の中、被災地で、また、それぞれの避難の地で、気丈に困難に耐え、日々生活している被災者の姿には、常に深く心を打たれ、この人々のことを、私どもはこれからも常に見守り、この苦しみを、少しでも分かち合っていくことが大切だとの思いを新たにしています。

 この度の大震災に際して、厳しい環境の下、専心救援活動に当たった自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体関係者、多くのボランティア、そして原発事故の対応に当たった関係者の献身的な努力に対し、改めて深くねぎらいたく思います。

 諸外国からも実に多くの善意が寄せられました。物資や義援金が送られ、また、救援の人々も多数来日し、日本の救援活動を助けてくれました。また駐日外国大使など日本に住んでいる外国人を始め、災害発生後の日本を訪れる多くの外国人が、被災地に赴き、被災者を励ましてくださっていることに感謝しています。

 この度の津波災害において、私どもは災害に関し、日頃の避難訓練と津波防災教育がいかに大切であるかを学びました。この教訓を決して忘れることなく、これから育つ世代に伝えていくことが大切と思います。今後とも施設面の充実と共に、地域における過去の災害の記憶の継承、日頃からの訓練と教育などにより、今後災害の危険から少しでも多くの人々が守られることを期待しています。危険な業務に携わる人々も、この度の経験をいかし、身の安全が確保されることに工夫と訓練を重ねていくよう願っています。

 今なお多くの苦難を背負う被災地に思いを寄せるとともに、被災者一人びとりの上に一日も早く安らかな日々の戻ることを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。

被災地に思いを寄せる

このこと抜きにしては
本当の意味での復興支援はあり得ません。

地震や津波、原発事故については
今なお強く印象づけられていると思いますが
私たちは被災地と被災者に対して
どれほど心を向けることができているでしょうか。

今日の追悼式典でのお言葉に接して
「被災地に思いを寄せる」ということを
改めて意識し直す機会となりました。

そして
被災地と被災者お一人お一人が
一日も早く心安らかな日常を取り戻せますように
心から祈っています。

被災地に思いを寄せる

 

●1年前の今日:思いを受け継ぐ

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