元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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ただ春の夜の夢の如し

キンモクセイ=トイレの芳香剤 の印象が付きすぎた結果、各メーカーがキンモクセイの匂いを採用しなくなり、一定以上の年齢にしかキンモクセイ=トイレが通用しないということを知った……最近の若い子はキンモクセイ=トイレじゃないらしいよ……

via: Twitter / 801_CHAN

えぇーっ!!
そうだったんですか!?

そう言えば最近とんと見かけませんね
「キンモクセイ」の芳香剤。

「キンモクセイ」の香りを嗅いだだけでトイレをイメージしてしまったり…
「キンモクセイ」の香りのことをトイレの匂いと言う人までいたり…
「キンモクセイ」といえば芳香剤の代名詞といっても過言ではなかったのに…

ちょっと調べてみたところ、消臭剤の香りが変化した理由は、嗜好の多様化と消臭技術の発達なのだとか。

クサイ匂いを強い香りで覆い隠さなくても匂いを抑えることができるようになったため、ほのかな香りも使えるようになったとのこと。

ちなみに、「キンモクセイ」に代わって主流になったのは「ラベンダー」の香り。

ところが、既に「ラベンダー」の香りもトイレの匂いとして定着しつつあり、最近のトレンドは「せっけん」の香りに流れているらしい。

さらに、「森林」の香りや「柑橘系」の香りなど、さまざまな香りが採用されています。

芳香剤といえば「キンモクセイ」だったはずが、いつの間に…

やはり時代は移ろいゆくものなのですね。

なんだか一気にジジくさくなった気分…
せっけんの芳香剤で消臭しておきますか(^^ゞ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
若々しいにも程があるwww

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見事な散りっぷりです

一面のサクラ絨毯

そろそろ神社のサクラも見納めです。

一昨日からの雨と昨日の強い風のせいもあって多くの花が散ってしまいました。

見事な散りっぷりです!

一面に敷き詰められたサクラの絨毯は見応えがありますね。

まだ誰も足を踏み入れていない早朝ならではの光景です。

今年もまた散ってなお咲くサクラを愛でる朝の参拝を満喫することができました。

見事な散りっぷりです

人はサクラが咲くと花の美しさを愛でて宴を楽しみます。
その花が散ると無常を感じたり死を意識したりします。

しかしサクラは年に十日ほどしか開花しません。 それは花という表面的な現象であって、花を咲かせる植物の一生の一部分に過ぎません。

サクラは、誰もが愛でる花の盛りの時だけでなく、儚さを覚える散り際の時だけでなく、いつも常にサクラであり続けています。それが本当のサクラの姿なのですね。

散ってなお咲く有終の美

人生もまた然り。
栄枯盛衰はあれども常に人は人、自分はいつも自分です。

一部の現象でしかない出来事に囚われることなく、全体を観る視座に立ち、真の姿を捉えたいものです。
そうすることで、今・此処を味わい人生そのものを満喫することができるのでしょう。

いよいよ次は葉桜のシーズン。
五十の齢を過ぎても新芽の季節は訪れます。
ワクワク! ドキドキ! あらゆる場面を味わいきります。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

雨上がり、朝のほんの一時だけのお楽しみ
●関連記事:
散れば咲き 咲けばまた散る
散って 尚 咲く...
●1年前の今日:
不案内板

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サクラサク '16 夜桜です

サクラサク '16 夜桜です

ウチの向かいの神社のサクラが見頃になりました。

今日は一日ぐずついた空模様との予報でしたが、雨のピークは明日以降にずれ込んだようです。
午前中から降っていた雨が夕方にはやんだのを見計らって、夕食の後に夜桜を観に行ってみました。

サクラサク '16 夜桜です

ほぼ満開です。

今年も見事な咲きっぷりです。
週明けに天候が回復するのが待ち遠しいですね。

それまで花はもってくれるでしょうか…

サクラサク '16 夜桜です

さて、この花を、あと何日 愛でていられるでしょう?

この花を、あと何回 楽しむことができるでしょう?

いずれにしても、今この眼を楽しませてくれているこの夜桜は、今この瞬間にしか見ることのできない花ですね。

だからこそ、儚くも美しく感じられるのですね。

サクラサク
咲いたばかりの この時期に
いつ散るものか もはや憂いて

花の季節は短くて
儚きこの世の写し絵か
夢か 現か 幻か
一念無想に咲いて散る

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

サクラサク '16 夜桜です
●1年前の今日:
自分の長所は人に教えてもらうのがオススメ!

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さよなら… こども文化センター

大阪市立こども文化センター

振替休日だった昨日の午後、家族そろって大阪市立こども文化センターに行ってきました。
この日は市立西高校・吹奏楽部の定期演奏会でした。

大阪西高 吹奏楽部 第12回定期演奏会

西高の定期演奏会は今年で12回目だそうですが、初めて聴きに行きました。
来月から中学生になる長女は入部を検討している部活の候補に吹奏楽部もリストアップしているので興味津々。
演目には馴染み深い曲が多く、次女も楽しそうに聴き入っていました。

大阪市立こども文化センターは、さまざまな文化活動を通じて次代をになう健全なこどもを育成することを目的として昭和54年に開館しました。
緞帳付きで奥行きのある大型の舞台と400人収容の階段式観覧席を備えた大ホールがあり、演者・観客ともに区民センターなどのホールでは味わえない本格的な施設による芸術文化を体験することができます。

本格的なホールでのコンサート

ところが、開館以来37年が経過し老朽化が目立ってきており、最新の耐震基準を満たしていない建物であるため補修や建替の必要性も指摘されていました。

そして、維新市政の下この施設が事業仕分の対象となり、実は来月からは別の場所へ移転することが決まりました。
今日から月末までは臨時休業となり移転作業が行われます。
昨日の定期演奏会が、この施設での最終イベントとなりました。

しかし移転というのは名ばかりで、西九条のクレオ大阪西という既存施設のホールの名称をこども文化センターに変更するだけに過ぎず、事実上の廃止となってしまいました。

ウチからも程近いロケーションですし、愛娘たちもバレエやピアノの発表会で何度か舞台に立ったこともあります。
馴染み深く歴史もある地元の施設の廃止は残念の一言です。

大ホール前の壁面レリーフ

昨年次女が卒園した幼稚園は創立140年以上の歴史があり、現在のところ入園希望者も非常に多いのですが、こども文化センターと同様に廃止が決まっています。
少子化・人口減少が進む中、かつてのような右肩上がりの経済成長は期待できません。このような公共施設の廃止はますます増えることが予想されます。

廃止以外の改善方法があるのではとも思いますし、残念な気持ちで一杯なのですが、長い目で見れば時の流れに逆らうことはできません。
こどもたちが成長していくように、自分たちが歳を重ねて老いていくように、施設も街も自然さえもとどまることなく変わり続けています。
過去を引きずらず未来を憂えず期待し過ぎず、今此処を一所懸命に満喫していこうと改めて心に誓いました。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
春の彼岸の墓参り

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もうすぐ春ですね

もうすぐ春ですね

堤防の遊歩道で春の花々が咲いているのをみつけました!

もうすぐ春ですね

ですが、このところ寒い日が続きますね。
一時は4月下旬の陽気かという日もありましたが、最近はまた冷え込んでいます。

もうすぐ春ですね

三寒四温を繰り返すうちに、しずかに、それでいて着実に、季節は移ろってゆくのですね。

もうすぐ春ですね

もうすぐ そこまで春は来ています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

もうすぐ春ですね
●1年前の今日:
必殺技のコマンドか!?

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失われた街角

失われた記憶

ある日、自宅の近くで更地を見つけました。

「そういえば、ここ、以前は何があったんだっけ?」

こんなに近いところなのに…
しょっちゅう前を通っていたのに…
どうしても思い出すことができません。

確かにそこにあったはずの建物、生活していたはずの人たちの記憶が消えてしまっていることに唖然としました。

こんな経験したことありませんか?
きっと自分だけではないと思うのです。

どんなに近くても、何度も目にしたはずの場所だったとしても、いつも利用する店や何かの目的地ではない場合、人はほとんど覚えていません。

しかし、たとえ僅かでも関係が維持されていれば、日頃は忘れていても必要な時に思い出すことができるから不思議なものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
小正月の誓い

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懐かしい記憶の中の街を訪ねてみた

懐かしい電車

かねてからの懸案事項について、どうにも頭が回らず、策もアイデアも思いつかず、すっかり煮詰まっていました。

このままでは拉致があかないと思い、ちょっと気分転換に出かけることにしました。

気まぐれな秋のプチ遠足…

ふと思い立って向かった先は
子どもの頃に住んでいた街でした。

懐かしい街

三歳の時に暮らしていた街ですから、ハッキリした場所は覚えていません。
ですが、最寄りの駅と町名、そして近所の風景は意外としっかりした記憶がありました。
その僅かな記憶を頼りに、とにかく行ってみることにしました。

今の自宅から30分強で最寄りの駅に到着。
高架工事中の駅舎に昔の面影は微塵もありませんでした。

そこから先は Google Mapのお世話になりながらのアプローチです。

駅から街までの道のりに思い出深いものはありませんでした。
たまに遊園地や梅田のデパートへ連れて行ってもらった時くらいしか町内を出たことがなかったので当然のことでしょう。

しかし程なく、なんとなく見覚えのある公園が目に入りました。
ここは来たことがある公園だ!
懐かしい街は目の前だと確信しました。

懐かしい街

公園の向かい側の道を少し覗き込んでみるとアーケードが見えました。
スグに、ここが住んでいた街だとハッキリ分かりました。

すっかり廃れてしまった商店街に人通りはほとんどありません。
多くの買い物客で賑わっていた市場も既にシャッター街と化しています。

初めてお遣いに行った本屋さんもなくなっていました。
幼なじみのマーブ君の家の写真屋も、銭湯も散髪屋もありませんでした。

けれども、不思議と寂しさや切なさは感じませんでした。

懐かしい家

そして、懐かしい文化住宅を見つけることができました。

家の前は曲がり角になっていたはずですが、北側の道路はなくなってマンションになっていました。
けれども、それ以外はほとんど記憶のままに残っていました。
50年近く経過しているだけあって古さや痛みは目立ちますが、ここで暮らしていた時のことが走馬灯のように蘇ってきます。

あの頃は貧しかったけれど、しあわせに満ちていました。
街には希望を持って前向きに生きている人が溢れていました。

そんな街もすっかり廃れていました。
住んでいた家が朽ちて建替えられるのも遠くはなさそうです。

けれども、やはり寂しさや切なさは感じませんでした。

それは、辺りに新しい建物や施設ができたり、新しい住民がこの街に越して来て、新しい生活をしていることを目の当たりにしたからかもしれません。

記憶の中にある懐かしい街は廃れてしまいましたが、人が住まなくなって街がなくなってしまったわけではありません。
新しい住民の新しい街として今ここにあるのだと思いました。

ある意味で、もうここは自分の住んでいた街ではありません。
別の時空間なのですね。
あの懐かしい街は目の前にある街ではないと思えたことで、悲観的なノスタルジーに苛まされることがなかったのかもしれません。

あの懐かしい街や家は既にここにはありませんでした。
知らないうちに失ってしまったのではなく、引っ越したと同時になくなっていたのです。
こうして目の当たりにしている出来事はみな、刻一刻と目の前を通り過ぎているのですね。

一見すると寂しげな出来事ではありましたが、むしろ今は清々しい気分です。
なぜなら、ここには既にない懐かしいあの街や家は、自分の記憶な中に永遠にあり続けるのだと気付いたからに違いありません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

懐かしい風景
●1年前の今日:
この際、行くところまで行ってください!

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夏の終わりを感じさせるもの

長かった夏休みが終わり愛娘たちの通学が再開しました

長かった夏休みが終わり、昨日から愛娘たちは再び学校へ通い始めました。

あれほど賑やかだったわが家も日中は静寂と落ち着を取り戻し、少なからずシゴトが捗ることでしょう。
作業の合間のコーヒータイムも、リラックス度合いが格段に増しています。

しかし、なんなんでしょうね…
この得体のしれない無常感というか寂しさは^^;

いわゆる「祭りの後」のような感覚です。

まだまだ日中は残暑が厳しい日も少なくありません。

ですが、朝晩の気温が下がってきたり、朝顔や向日葵が種子をつけたり、蝉に替わって秋の虫の声が聴こえ始めたりすると、なんとなく秋の到来を感じます。

そして、去りゆく夏を名残惜しく感じたり、もの寂しさを覚えたりするものです。

向かいの公園で遊んでいる子どもたちはもう誰もいません。
騒がしく中庭に響き渡っていた黄色い声はもう聴こえません。

身近に子どもたちのいる生活で「祭りの後」を感じさせているのは、涼やかな風や虫の鳴き声だけでなく、通学の再開も一因なのだと気づかされました。

夏の終わり…
それは
夏休みの終わり…
でもあるのですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
めんどくさいことをやってる時

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サクラサク '15 満開です!

サクラサク '15 満開です!

ウチの向かいの神社のサクラが満開です。

せっかく見頃を迎えたにも関わらず、ここ二日間、雨が降ったり止んだりで気をもんでいたのですが、今日はスッキリ晴れました!

明日からは再びぐずついた天気になるとの予報が出ており、このチャンスを逃してはなるまいと、取るものもとりあえず家族で花見へ繰り出しました(^^)v

お昼休みの時間とあって、春休み中の子ども連れだけでなく、近所で働くOLさんやビジネスマンたちもお弁当を持って集まってきています。

誰もがこの日この時を待ちわびていたのでしょうね。

今日の大阪は日中20度を超える汗ばむくらいの温かさ…
春爛漫! サクラ咲くこの季節は、無性に心が弾みます(^^)/

サクラサク '15 満開です!

今年も見事な咲きっぷりです。

さて…
この花を、あと何日 愛でていられるでしょう?

この花を、あと何回 楽しむことができるでしょう?

いずれにしても、今この眼を楽しませてくれているこの花は、今この瞬間にしか見ることのできない花ですね。

だからこそ、儚くも美しく感じられるのですね。

サクラサク
咲いたばかりの この時期に
いつ散るものか もはや憂いて

花の季節は短くて
儚きこの世の写し絵か
夢か 現か 幻か
一念無想に咲いて散る

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

サクラサク '15 満開です!

●1年前の今日:
早口言葉を噛まずに言えるようになる!?

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これは面白い!? 古くて新しい街のアート

電話ボックス水槽

いつの頃からか
とんと見かけることがなくなりましたが
このようなカタチで再利用されているようです。

これは目を惹きますね。

思わず立ち止まって
写真を撮ってしまうのも無理はありません。

それにしても
電話ボックスを水槽にしてみようなんて
面白いことを考える人がいるものです。

などと思っているうちに
ふと、気がついたことがあります。

もしかして
これを面白いと感じている人は
電話ボックスを知っている人だけなんじゃないか?

・・・っていうこと。

たしかに
街中に水槽があること自体が
面白いと言えば面白いのですが
この場合の面白さというのは
電話ホックスが再利用されている
というところだと思うのです。

だとしたら
電話ボックスを知らない人にとっては
面白さ半減なんですよね。

15年くらい前から
激減している電話ボックスですが
若い人の中には既に
見たことのない人も少なくないはず。

当たり前だと思っていたのに
知らず知らずのうちに
過去の遺物になっているモノって
予想以上に多いような気がします。

ボクが子どもの頃にはSPレコードは
既に販売されていませんでしたが
LPやEPは音楽の主力メディアでした。

いつしかCDが普及して
アナログレコードはなくなりました。

その取って代わったはずのCDですら
今では影が薄くなってきています。

かつてはカセットテープを駆逐したMDも
今や過去のメディアと化しています。

ウチには未だに
大量のレコードやCD、カセットテープ、
そしてVHSテープなどが保存されていますが
身近にあるとはいえ、よくよく考えてみると
当分の間、再生していないことに気づきます。

べつに過去にしがみついているわけではなく
今は今で最新のメディアを利用しているのですが
昔の当たり前を、今でも当たり前だと
うっかり勘違いしてしまうことはあるかもしれません。

うん… やっぱり…

今の子たちの多くは
電話ボックスなんて知らないですよね。

知らなきゃ、こういうのを見ても
感じることは違うんだろうな・・・

たとえ面白いと思ったとしても
おっさんたちが感じている面白さとは
違う面白さなんだろうな・・・

そんなことを考えながら
この電話ボックス水槽を見ていると
なんだか甘じょっぱさが漂いつつも
さらに面白さが増してくるのでした。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

電話ボックス水槽

 

●1年前の今日:変わりたい… けど、変われない…

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見頃です! というわけで花見です!

神社のサクラが見頃です

昨日の雨もすっかりあがり
今日は爽やかな晴天となりました。

神社のサクラは
見頃を迎えています。

神社のサクラが見頃です

七分咲きから満開となっていますが
年度末と週初めが重なったためか
昼間の人出はあまり多くありません

のんびり静かにサクラを満喫できました。

神社のサクラが見頃です

長引く不況に増税と
暗い話題が多い昨今ですが
サクラが咲く この季節は
なぜかウキウキ無性に心が弾みます(^_-)

神社のサクラが見頃です

公園には屋台が出ていますし
神社では夜桜行事も始まります。

今はただ、この花を
存分に愛でていたいと思います。

というわけで今夜は
さっそく今年最初の花見です!

夜桜を眺めながら楽しい話題にも
たっぷり花を咲かせることができました。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

神社のサクラが見頃です

 

●1年前の今日:笑う門には福来る とは言いますが…

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永遠に変わらないものは何一つないからこそ

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と、栖とまたかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀なり。或は去年焼けて、今年作れり。或は大家亡びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず、生れ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖と、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし

(方丈記)

今日は知人の訃報を受け
少なからず心がざわめいています。

親や恩師ならいざしらず
兄弟や同僚、同級生を亡くすことも
珍しくない年齢になってきました。

それにしても御仁は
いくつも年下の若い経営者で
しかも、つい一昨日までは
何事もなくブログも更新していました。

まさに、人生朝露の如し。

有為転変は世の習いなのですね。

どうしようもない儚さに
うちひしがれる思いです。

上掲の方丈記は
このような生命の儚さや無常感を
日本人ならではの感覚で著した書物として
広く知られています。

儚さや無常感というと
悲しく切なくやるせない気分を
連想してしまうことが少なくありませんが
鴨長明は必ずしも負の感覚としてだけで
捉えていたのではないような気がしています。

永遠に変わらないものは何一つないからこそ
逆境や不遇ですら永く続きはしない…

永遠に変わらないものは何一つないからこそ
今この瞬間を一所懸命に生き切ろうではないか…

愛別離苦、会者定離を避けることはできませんが
生命ある限り、今の生き方次第で
誰にでも輝き華を咲かせることはできるという
前向きな意味合いが込められていると思うのです。

三日見ぬ間の桜の如く
逝ってしまった知人の訃報は
悲しみと切なさとやるせなさとともに
今を一所懸命に生き切る大切さを
思い出させてくれました。

過去に囚われず、未来に憂うことなく
今 此処に 全力を出し切ることを
改めて肝に銘じて生命を輝かせます。

まーちゃん ありがとう!
心よりご冥福をお祈りします。

では、お気楽に...(^^)/~~~

方丈記

 

●1年前の今日:うさぎリンゴ

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大阪市内最後の屋上遊園56年の歴史に幕

阪神百貨店 屋上遊園

早いもので今日で2月も終わりですが
半世紀にわたって親しまれてきた
阪神百貨店 梅田本店の 屋上遊園が
今日を最後に営業を終了しました。

昭和生まれの関西人としては
いてもたってもいられずに
最終日の様子を見に行ってきました。

阪神百貨店 屋上遊園

開店間もない10:30頃だったせいもあり
屋上遊園は閑散としていました。

…というか、何年も前から
休日でも100組程度しか
利用者がいなかったようなので
これが日常の風景なのでしょう。

阪神百貨店 屋上遊園

夏にはビアガーデンも営業していましたが
阪神タイガースが優勝争いに加わらない限り
あまり賑わうことはありませんでした。

阪神百貨店 屋上遊園

ボクが子どもの頃の遊具と比べれば
新しい方だということになりますが
どう見ても一昔前の設備ばかりが目立ちます。

それでも
小さな子どもや その保護者にとっては
買い物と合わせて手軽に楽しめる
行楽施設であることは間違いありません。

阪神百貨店 屋上遊園

絶叫マシンや豪華なショーアトラクションなど
最新の設備を擁したテーマパークが増えましたが
昔ながらの遊園地や屋上遊園は廃れる一方で
次々に撤退・廃止されてきています。

けれども、こういう手軽に楽しめる場所が
必要でなくなったわけではありません。

幼児や高齢者、その同伴者はもちろんのこと
一般の人にとってもホッと一息入れられる
とっても有難いスポットになっています。

阪神百貨店 屋上遊園

そんな思いを理解していてくれたのか
阪神百貨店は大阪市内で唯一
屋上遊園の営業を存続してくれていました。

しかし、時代の流れには逆らえませんでした。

利用客の減少だけではなく
このビルの建て替え計画の具体化に伴って
ついに閉園の日を迎えてしまいました。

阪神百貨店 屋上遊園

ゲームコーナーには
涙がちょちょ切れるくらい懐かしい機材が
これでもかと言わんばかりに並んでいます。

もう懐かしいというよりも
骨董品の域に達しているように感じます^^;

阪神百貨店 屋上庭園

屋上遊園の東側
二階分低くなったところには
芝生が植えられた屋上庭園があります。

実は、このエリアに
もっと規模の大きな遊園地がありました。

ミニ観覧車やモノレールもありました。

芝生がサークル状になっているところが
モノレールの軌道があったところです。

阪神百貨店 屋上庭園

まだ幼稚園に通う前、3歳位の頃に
ここへ連れてきてもらったことを思い出します。

デパートのおもちゃ売場…
大食堂で食べるお子さまランチ…
そして、屋上遊園で遊ぶという流れは
当時、最も楽しいレジャーのひとつでした。

あの頃の屋上遊園は
まさに夢の国でした。

大阪神ビル

そんな楽しい思い出を残してくれた屋上遊園は
今日で営業を終了し、その百貨店が入っている
大阪神ビルも建て替えられることになっています。

cf: 梅田1丁目1番地計画について

阪神百貨店の南側にある新阪急ビルと
一体的な再開発が行われる予定です。

地上38階190mの超高層ビルになる計画です。

大阪神ビル

おそらく今度のビルには
屋上遊園が再現されることはないでしょう。

ですが
新しいビルの
新しいデパートには
また新しい思い出が
育まれることになるのでしょうね。

時は止めどなく流れ移ろい
こうして街も人も新陳代謝していきます。

寂しい思いもありますが
未だ見ぬ次の時代への期待も
少しずつ盛上がってくるに違いありません。

でも、やっぱり…
せめて、低層部の屋上には
オープンエアな憩いのスペースくらいは
作っておいて欲しいなぁ(^^ゞ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

梅田1丁目1番地計画ビル(仮称)

via: 大阪市・報道発表資料

 

●1年前の今日:七つの真実

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はっぴーえんど ふぉーえばー


大滝詠一 - 君は天然色

今年も残るは今日一日・・・

いつも通りの大晦日…
やり残していた大掃除や仕事を片付けて
慌ただしくも淡々とした平和な時間を過ごして
いつも通りに一年を終えるはずでした・・・。

そこへ
寝耳に水の如く入ってきた訃報。

大滝詠一さんが
二度と帰らぬロングバケーションに
旅立たれたというニュースでした。


はっぴいえんど - 12月の雨の日

ミュージシャンの大滝詠一(おおたき・えいいち、本名=大瀧 榮一)さんが亡くなったことが31日、分かった。岩手県出身、65歳だった。

30日に午後7時すぎ、東京都瑞穂町の自宅で倒れ病院に運ばれたが帰らぬ人となった。警視庁福生署などによると、大滝さんは当時家族と一緒だった。119番通報で救急搬送する際には既に心肺停止状態だった。死因は解離性動脈瘤(りゅう)という。

via: スポニチアネックス - Yahoo!ニュース


大滝詠一 - 風立ちぬ

最も影響を受けたグルーブの一つ
はっぴーえんどのボーカルとして、

J-Popを下支えした
最大の功労者の一人として

数えきれないくらいの
CMソングプレゼンターの王者として、

音楽漬けだった青春時代に
好き嫌いを超えた強烈なインパクトを
与え続けてくれた大滝詠一さん。

ショックを隠しきれません。

今月は青山純さんが逝ってしまった。
そして、大滝詠一さんまでも・・・

着実に代替わりが進んでいます。

代わり映えしない日々を過ごしているうちに
時代は刻々と変化し続けていたんですね。

ここへ来てまた
認めたくない事実を突きつけられ
驚きと悲しさと情けなさなどが交じり合った気分が
覆いかぶさってくるのを
無抵抗で受入れざるをえませんでした。

心より ご冥福をお祈りします。


はっぴいえんど - 続はっぴーいいえーんど

けれども
ボクとボクの家族は

今年もまた
当たり前のように大晦日の行事を続けます。

いつも通り
年越し蕎麦も食べて
除夜の鐘を撞きに出かけます。

そして
いつも通り
摂津一の宮・坐摩神社に初詣。。。

何も変わりません。

だからといって
何もかもが
いつもと同じってわけじゃ
ないんですね。

これが初めての戒めではなく
これまで何度も思い知らされてきた
極々当たり前のこと。

そんな当たり前のことなのに
見て見ぬふりをしてきたのですね。

今、此処を大切に!
そう言い聞かせてきたはずなのに
ちっとも解っていませんでした。


はっぴいえんど - かくれんぼ ~ 春よ来い

毎年毎年 繰り返される
年末年始の家族の行事。

いつまで続けられるかわかりません。

続けられる限り続けていきたい!
心の底から そう思います。

こうして例年通り
続けられていることが
なによりの歓び! 感謝!

残り僅かな2013年ですが
一寸の悔いもないように
とことん味わい尽くします。

そして
生かされたチャンスを大切にして
2014年を徹底的に満喫し尽くします。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

では、お気楽に...(^^)/~~~

自家製の年越し蕎麦は、おせちの残りでトッピング!
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●1年前の今日:いつも通りで いつも通りでない大晦日

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  無常 家族 年越し蕎麦 除夜の鐘 年末年始 感謝  

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「思考停止」も「考え過ぎ」も

思考停止の周辺に見え隠れするもの

「明確な目標、夢が欲しい」「自分のことを知りたい」「一生愛せる人が欲しい」これらすべてに共通する根源的な願望は「思考を停止したい」。

via: Twitter / shh7

一見すると前向きな姿勢のようですが
実は「とにかく早く結論を出したい」という願いが
滲み出ている… ということなのでしょうね。

しかしながら
安易に結論を急ぐことは
その後の行動にも良い影響を与えないでしょう。

もちろん
考え過ぎも よくありませんね。

いずれ自分なりの落とし所を決断し
行動に移すべき時が来るわけです。

ところが
自分たちをとりまく状況は
そのままでいてくれることはありません。

ひとつ結論を出せたとしても
スグにまた別の課題や疑問が現れ出てきます。

自分自身がじっとして
何も見ず、何も考えないようにしていても
時間は止まることなく過ぎていき
身の回りの環境は変化し続けていきます。

自分の頭でものを考えるとは、
常に「揺らぎ」続けることでもある。
絶対というものを持たず、不安定なまま、
自分の内面、まわりの人間や状況に応じて、
その場、できる限りの
ベストな判断をしていこうとすることだ。

ところが、これは、なかなかしんどい作業だ。
だから、
揺らぎを止めて、ゆるぎないものに
どかん! と腰を下ろしたくなる。
それが「思考停止のポイント」だ。

via: おとなの小論文教室。

たしかに
常に状況をみて対応し続けていくことは
容易いことではないし
できることなら避けて通りたいものです。

にも関わらず
考えている間にも状況は変化していき
スグに結論を出すことなど
できない場合も少なくありません。

深い思考の末に出した結論を
アッという間に覆され
ふりだしに戻さざるをえないこともあるでしょう。

このようなことを繰返していると
一体いつになったら本当の結論が出るのか
分からなくなってしまうかもしれません。

でも、実のところ
最終結論なんて出ないんじゃないでしょうか。

留まることなく変化していく状況の中では
今の結論は次の瞬間に過去のものになってしまいます。

つまり
この移ろいゆく世界で生きていくには
常に未確定の状況に立ち向かい
対応していかなくてはならず
しかも
常にそれを繰返さなくてはなりません。

「思考停止」は
早計に結論を出すことで
「考え過ぎ」は
なかなか結論を出さないことによって
無常を生きる苦痛から
逃れようとする行為なのかもしれません。

しかし図らずも
「思考停止」も「考え過ぎ」も
苦痛を逃れるために感じ考えて出した結論であり
これらが後に引き起こすであろう悪影響に対しても
感じ考えて結論を出し対応していくことになるのは
目に見えて明らかです。

嗚呼、無常…

常なることなのない世の中にあって
常に感応していかなくてはなりません。

生きていくことは
なかなか しんどいことですね。

ですが
大変ありがたいことに
けっして退屈することはありません。

退屈したくても
放っておいてくれません^^;

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:オスなのに…!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  無常 

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