元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

EDIT

今こそ再認識したい基礎教育の重要性

国民全体に対する基礎教育の徹底は最重要課題

基礎教育っていうのは、一言でいうと昔のエラい人たちが発見・発明してきた原理を学び、3000年ぶんくらいの文明の叡智を10年そこそこで吸収することだよ。必然的に暗記中心だよ。逆にいうと、基礎教育を軽んじることは、3000年ぶんの人類の叡智を軽んじることだよ。

via: Twitter / 5chneewei55

いや ホント…

義務教育の意味はココにあるんですね。

日本が豊かでいられる理由は、基礎教育が広く行き渡っているからに他なりません。

鎖国していた江戸期に日本を訪れた欧米人たちは、一般市民たちの識字率の高さに驚いたと言いますから、他国に増して基礎教育を重んじてきた歴史があることは間違いないでしょう。

にも関わらず、現代社会においては、この人類の叡智を軽んじる傾向が強くなりつつある気もします。

生活や仕事に直結する知識や技術を身につけることは大切なことですが、それを使いこなし、さらに発展させた智慧として次の世代に受け継ぐためには、やはり基礎教育あってのことではないかと思うのです。

本人の好きなことを自由にやらせるという教育は一見すると非の打ち所がないようですが、やはり義務教育の期間中は好き嫌いに関係なく基礎教育を徹底させることを疎かにしてはなりません。

社会に出る前に約3000年分の人類の叡智に触れておくことで、その後の選択肢が圧倒的に広がり、自分のやりたいことを実現させる可能性を高くすることもできます。

マイナス成長の時代、長期化する不景気の最中、経済政策や福祉政策に注目が集まりがちですが、今こそ手を緩めてはならないのは全国民に対する基礎教育の徹底です。

わが国では既に義務教育が一般化しているので、つい忘れられがちですが、決して忘れてはならない最重要課題として再認識しておきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
グリコといえば…

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  智慧 基本 真理  天命 

ページTOPへ↑

EDIT

人間でもこんな罠にかかるのだろうか?

点々とエサを巻くことで
網やトラップのある場所までおびき寄せ
射程距離に入った時点で捕獲する…

マンガに出てくるような
バレバレのウソ臭い罠ですね(^^ゞ

小鳥や小動物ならまだしも
赤ちゃんとはいえ人間が
こんな罠にかかるのでしょうか?


Baby, Piece of candy

果たして・・・

かかってしまいました~^^;

備わりし才能もさることながら
経験による知恵が身を助けるということが
よーく解った気がしますwww

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:あぁ勘違い…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   経験 体験 赤ちゃん こども 智慧 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

人学ばざれば道を知らず

大和の後部が白煙を上げているのが私にも分かりました。
なおも攻撃が続けられ、魚雷が的中した時は
震度5にも感じられるほど激しく揺れました。

次第に船は傾いていきます。

砲術学校では、戦艦は十五度傾いたら限界と習ってきましたが、
二十五度、三十度とどんどん傾いていきます。
それでも、戦闘中は命令がない限り
持ち場を離れることはできません。

その時「総員、最上甲板へ」との命令が出ました。
軍には「逃げる」という言葉はありませんが、
これが事実上「逃げろ」という意味です。

すでに大和は五十度ほど傾いていましたが、
この時初めて、「大和は沈没するのか」と思いました。
それまでは本当に「不沈戦艦」だと思っていたのです。

もう海に飛び込むしかない。

そう思った時、衝撃的な光景を目の当たりにしました。


私が仕えていた少尉が日本刀を抜いたかと思うと、
自分の腹を掻っ捌いたのです。

噴き出す鮮血を前に、私は凍り付いてしまいました。

船はますます傾斜がきつくなっていきました。
九十度近く傾いた時、私はようやく海へ飛び込みました。
 

* *

 
飛び込んだのも束の間、沈む大和が生み出す渦の中へ
巻き込まれてしまいました。
その時、私の頭に過ったのは海軍で教わった
「生きるための数々の方策」です。

海軍に入ってからというもの、私たちが教わったのは、
ひたすら「生きる」ことでした。海で溺れた時、
どうしても苦しかったら水を飲め。

漂流した時は体力を消耗してしまうから泳いではならない……。
陸軍は違ったのかもしれませんが、海軍では
「お国のために死ね、天皇陛下のために死ね」などと
言われたことは一度もありません。

ひたすら「生きること、生き延びること」を教わったのです。

だからこの時も海の渦に巻き込まれた時の対処法を思い返し、
実践しました。しかしどんどん巻き込まれ、
あまりの水圧と酸欠で次第に意識が薄れていきます。

その時、ドーンという轟音とともに
オレンジ色の閃光が走りました。
戦艦大和が大爆破したのです。
そこで私の記憶はなくなりました。
 

* *

 
気づいたら私の体は水面に浮き上がっていました。
幸運にも、爆発の衝撃で水面に押し出されたようです。

しかし、一所懸命泳ぐものの、次第に力尽きてきて、
重油まみれの海水を飲み込んでしまいました。

「助けてくれ!」と叫んだと同時に、
なんともいえない恥ずかしさが込み上げてきました。
この期に及んで情けない、誰にも聞かれてなければいいが……。

すると、すぐ後ろに川崎勝己高射長がいらっしゃいました。
「軍人らしく黙って死ね」と怒られるのではないか。

そう思って身構える私に、彼は優しい声で


「落ち着いて、いいか、落ち着くんだ」


と言って、自分がつかまっていた丸太を押し出しました。
そして、なおもこう言ったのです。

「もう大丈夫だ。おまえは若いんだから、頑張って生きろ」

四時間に及ぶ地獄の漂流後、駆逐艦が救助を始めると、
川崎高射長はそれに背を向けて、
大和が沈んだ方向へ泳ぎ出しました。

高射長は大和を空から守る最高責任者でした。
大和を守れなかったという思いから、
死を以て責任を取られたのでしょう。

高射長が私にくださったのは、浮きの丸太ではなく、
彼の命そのものだったのです。

via: 人間力.com
『致知』2006年8月号 特集「人学ばざれば道を知らず」より

せめて、この時期くらいは、
改めて 史実に目を向け、戦没者への哀悼の意を表し、
戦争と平和、日本人などについて学び直したい。

できる限りのことを後世に伝え遺していきながら、
「これからの自分たちは、いかに生きるべきか」を
いつも心の根に抱き、意識し合っていきたい。

それこそが、日本人に与えられた使命であり
日本人が 知り、深め、体得し、伝えていくべき「叡智」。

昭和六十年のことです。

いつもピアノの発表会などでお会いしていた女性から
喫茶店に呼び出されました。

彼女は辺見さんが書かれた『男たちの大和』を取り出し、
こう言ったのです。


「八杉さん、実は川崎勝己は私の父です」


驚いたなんていうものじゃありません。
戦後、何とかしてお墓参りをしたいと思い、
厚生省など方々に問い合わせても何の手がかりもなかったのに、
前から知っていたこの人が高射長のお嬢さんだったなんて……。

念願叶って佐賀にある高射長の墓前に
手を合わせることができましたが、
墓石には「享年三十一歳」とあり、驚きました。
もっとずっと年上の人だと思い込んでいたからです。

その時私は五十歳を超えていましたが、
自分が三十一歳だった時を思い返すと
ただただ恥ずかしい思いがしました。

そして不思議なことに、それまでの晴天が
急に曇天となったかと思うと、突然の雷雨となり、
まるで「十七歳のあの日」が巡ってきたかのようでした。

天皇も国家も関係ない、自分の愛する福山を、
そして日本を守ろうと憧れの戦艦大和へ乗った感動。

不沈戦艦といわれた大和の沈没、
原爆投下によって被爆者になる、そして敗戦。
そのすべてが十七歳の時に一気に起こったのです。

十七歳といえば、いまの高校二年生にあたります。

最近は学校関係へ講演に行く機会もありますが、
現在の学生の姿を見ると、明らかに戦後の教育が
間違ったと思わざるを得ません。

いや、生徒たちだけではない。
間違った教育を受けた人が先生となり、親となって、
地域社会を動かしているのです。

その元凶は昭和史を学ばないことに
あるような気がしてなりません。

自分の両親、祖父母、曾祖父母が
どれほどの激動の時代を生きてきたかを知らず、
いくら石器時代を学んだところで、
真の日本人にはなれるはずがない。

現に「日本に誇りを持っていますか」と聞くと、
学校の先生ですら「持ってどうするんですか?」と
真顔で聞き返すのですから。

よく「日本は平和ボケ」などと言われますが、
毎日のように親と子が殺し合うこの日本のどこが平和ですか?

確かに昔も殺しはありました。
しかし、「殺してみたかった」などと、
意味もなく殺すことは考えられませんでした。

真の平和とは、歴史から学び、つくり上げていくほかありません。
鶴を折ったり、徒党を組んでデモをすれば
天から降ってくるものではないのです。

しかし、一流の国立大学の大学院生ですら、

「昭和史は教えてもらっていないので分かりません」

と平気で言います。

ならば自分で学べと私は言いたい。
自分で学び、考えることなしに、
自分の生きる意味が分かるはずがないのです。

人として生きたなら、その証を残さなければなりません。
大きくなくてもいいのです。

小さくても、精一杯生きた証を残してほしい。
戦友たちは若くして戦艦大和と運命をともにしましたが、
いまなお未来へ生きる我々に大きな示唆を与え続けています。

復員後、長く私の中に渦巻いていた
「生き残ってしまった」という罪悪感。

それはいま使命感へと変わりました。

私の一生は私だけの人生ではなく、
生きたくても生きられなかった戦友たちの人生でもあるのです。

うかうかと老年を過ごし、死んでいくわけにはいきません。
未来の日本を託す若者たちが歴史を学び、
真の日本人になってくれるよう私は大和の真実を語り続け、
いつか再び戦友たちに会った時、
「俺も生かされた人生でこれだけ頑張った」と
胸を張りたいと思います。

via: 人間力.com
『致知』2006年8月号 特集「人学ばざれば道を知らず」より

玉不琢不成器 人不学不知道

 

●1年前の今日:知のジムナスティックス

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  智慧 戦争 原爆 伝える  

ページTOPへ↑

EDIT

長崎 映像の証言


The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 1/5


The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 2/5


The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 3/5


The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 4/5


The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 5/5

 
2008年8月6日の記事
このように書いたことがある。

戦争や原爆をテーマにした本や映画は、
ショッキングで恐ろしい描写が多い。

戦争の悲惨を伝えることは大切だと思うし、
原爆の恐ろしさを伝えたいのは…  わかる。

被爆国の日本であっても
充分に知らない人が多いし、
他人事になっている感もある。

でも...
実際のところ、それで伝わるものは何か?

---(中略)---

事実を伝えることの 本来の意図は、
「これからの自分たちは、いかに生きるべきか」
それを意識しあうことにあるはずであって、
そうならない方法での伝え方は
そろそろ考え直してもイイように思う。

 
今でも、その思いは変わらない。

ただ、今年は、
原発事故という一大事が起こった今年は、
事故の真相が明らかにされない今年は、
二次被害の防止策が充分だと思えない今年は、

核の1つの横顔として
原爆の惨事を改めて認識し直した方が良いと思う。

むやみに危機感を煽るという意味ではなく、
歴史的な事実から目を逸らさないという意味で、
核の恐ろしい一面について再確認することは、
今、最も重要なことの1つだと思う。

 

●1年前の今日:餃子づくりデビュー

コメント:2 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  智慧 戦争 原爆 伝える 

ページTOPへ↑

EDIT

知のジムナスティックス

知のジムナスティックス

昨晩、
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターが主催する
知のジムナスティックス~学問の臨床、人間力の鍛錬とは何か~
という公開講座に参加した。

生きる為の智恵と術に長けた多分野のゲストと学生有志を交えた
ラウンドテーブル形式のシンポジウム型講座で、
18時から3時間半(予定では3時間)にも及ぶ
新たな視点や気づきの多い、刺激的なイベントだった。

七大陸最高峰登頂、人力踏破の写真家の 石川直樹さん、
原子力工学研究の第一人者、東北大名誉教授、北村正晴さん、
ソーシャルプロデューサー、文部科学副大臣、鈴木寛さん、
ドキュメンタリー映画監督で作家の 森達也さん、
文章表現・コミュニケーションインストラクター、山田ズーニーさん、
哲学者、大阪大学総長、鷲田清一さん、
そして、東北大、阪大、京大、神大の院生・学部生5名、
進行役は、阪大CSCD教授・小林傳司さん。

現在を如何に乗り越え、未来を生きていけるのか。
バラエティ豊かで知的好奇心をくすぐるパネラーによって、
知性の体力や耐性/複眼をもつこととしての教養と
人生における学びの重要性について議論が展開された。

 
手垢のついた知、感情が大切

知とは、体一つで向き合うこと

ブリコラージュ

聞くことの力

だよねじゃないところから議論してみる

知ることが怖い

問いを見つける

立脚点を明確にする

大学が工業化している

ダイナミックに変化して行く時代に
権利、義務、保証などというものはそぐわない

インターネットはベストエフォート

大学に入って世界が広がったと思っていたが、
本質的な学びは田舎でもできたように思う

教育がサービスになってからおかしくなった

パスワークしかしてこなかった

現代と結びついた学問をやって行きたい

先の大震災は、見て見ぬふりをしてきた現実を
目の当たりにさせられる機会になった

・・・など、
新たな視点や気づきを得るとともに、
薄ぼんやりと感じていたことを確信させキーワードに触れ、
ギャラリーの1人でしかないにも関わらず
ラウンドテーブルに どっぷりと浸からせていただいた。

 
そして、今日は、広島原爆投下忌。

唯一の被爆国であると言われながらも
年々風化していく惨事の記憶。

今年は奇しくも未曾有の大震災の被害を受け、
あってはならない原発の大事故を目の当たりにし
原爆投下への関心がやや高まったように思う。

しかし、それは、
未だに終息の目処がたたない放射能汚染への関心であり、
原発の存続に関する利害についての関心であり、
政局運営のための政治的な関心であって、
戦争や人権などに対しての関心ではないように見える。

ある一面で、前向きな姿勢であると言えなくはないが、
歴史に目を背け省みない愚行である色合いが強い。

 
なぜ、このようなことが繰り返されるのか?
どうすれば、同じ過ちを繰り返さずに済むのか?

 
その疑問に答え、改善できる余地があるとすれば、
まさに それが 「人智」 ではないだろうか?

 
この時期は、広島・長崎原爆投下忌、終戦の日と、
大切な問題を考え直し、「人智」を養うための機会が
われわれ日本人には与えられている。

震災や原発事故の対策は最重要課題ではあるけれど、
せめて、この時期くらいは、
改めて 史実に目を向け、戦没者への哀悼の意を表し、
戦争と平和、日本人などについて学び直したい。

できる限りのことを後世に伝え遺していきながら、
「これからの自分たちは、いかに生きるべきか」を
いつも心の根に抱き、意識し合っていきたいと思う。

それこそが、日本人に与えられた使命であり
日本人が 知り、深め、体得し、伝えていくべき
「知」というものではないか。

昨晩の講座を受けて迎えた66回目の広島原爆投下忌。
今、改めて、そう確信している自分の責任の重さを感じた。

 

●1年前の今日:花があったら

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  智慧 戦争 原爆 伝える   

ページTOPへ↑

| PAGE-SELECT |