元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

EDIT

主役だけでなく周囲を写すことも大切

シャパネットたかた 高田明さん

ジャパネットたかたの高田社長がビデオカメラを売る際に 子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんて ぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親が どれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だというような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。

同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。

via: 周囲を写すこと - いつかの昨日

半年ぐらい前でしょうか…
この記事を初めて目にした時、ハッ!としたのを覚えています。

茫然自失とまではいかずとも、その衝撃は相当大きなものでした。

いや、ホントに そうですよね!

今、自分が撮っている写真やビデオを、将来 子どもたちが観るとき最も興味のある被写体は、子どもたち自身よりも、そこにいた周りの人。きっと、そうなのだと思います。

にも関わらず自分は、子どもたちばかり撮っていました。

もっと周囲を写しておけばよかった…
もっと自分たち親も撮っておけばよかった…

大いに反省しました。

かなり後悔もしました。

これからは必ず、もっと周囲を意識的に撮ろう!
強くそう思いました。

ところが、その半年後…
今も あまり周囲を撮る量は増えていません。

正直なところ、ハッ! としたのは一瞬のことで、その後は うっかり忘れていたのですが^^; まぁ それは、衝撃から身を守るための自己防衛本能からなのかもしれません。

そして今日、ふとしたことから再びこの記事を目にすることになったのですが、あの頃のような強い後悔に苛まされることはありませんでした。

やはり、記事の視点の鋭さには、ハッ! とさせられるものがありましたが、半年前とは少し違う捉え方ができたのです。

たしかに、自分が撮る写真やビデオは、愛娘たちを中心に自分の興味のある被写体に偏っています。自撮りはほとんどありません。

それは、まさに、自分視点そのものです。

後にその映像を見る人たちが何に興味を持っているかなど、考えの及ぶところではありませんでした。

そのことを思い知らされて、かつては反省し後悔したわけです。

けれども今では、こう考えています。

自分のエゴの塊のような自分視点で撮った映像は、たとえ自分が写っていなくても自分そのものが現れているのではないか?

自分が強く興味を持っていることは何か?
自分が喜んだり悲しんだりしていることは何か?
それが一体どの程度のものなのか?
そういうことが写しだされているのではないか?

つまり、その映像こそが自分なのではないか?

ならば、将来その映像を見た被写体の人たちは、興味があるであろう周囲の人の一人である自分を、その視点に立って味わうことができるのではないか?

そう思うと、すーっと力が抜けて、お気楽な気分になれたのです。

そうやんな… そうやんな…

嬉しがって愛娘ばかり撮ってるねんな。

そんなことは自分の顔が写っていなくても、ちゃんとバレてるよな(^^ゞ

だから、エエねん!
気にせんでもエエねんて!

でもね…
今では少しだけ周囲も撮るようになりました。

ほんの ちょっとだけですけどね^^;

撮っている自分だけじゃなくて、そこにいる他の周囲の人たちも同じキモチでいたんだよ… っていうことを、残しておきたいなと思ったからです。

それにしても高田(元)社長…
エエこと言うよなぁ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
「歩いている」実感があるかどうか

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