元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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ノーモア ヒバクシャ

長崎平和宣言 長崎平和祈念式典 2017年8月9日

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

via: Huffington Post Japan

長崎は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、核保有国を含む58カ国の代表と被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3551人の原爆死没者が名簿に書き加えられ、長崎原爆の死没者は計17万5743人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、国連で核兵器禁止条約が採択されたことを被爆者の長年の願いが形になったとして意義を強調するとともに、核兵器廃絶に向けた歩みをさらに進めることの重要性を訴えました。

そして、先の広島平和宣言と同じく、条約に反対する核保有国や日本を含む核の傘の下にある国々に対して核兵器に依存する安全保障の在り方を見直すよう強く求めました。

これに対して安倍首相の挨拶には、広島に引き続き条約についての言及はありませんでした。

今年もまた政治色の強い平和宣言になりましたが、核兵器禁止条約の話題が大きく取り上げられ、極東におけるきな臭い動きが活発になっている昨今、当然のことであろうと思います。

外交や国際政治には一筋縄では解決できな問題が山積している上に、難しい駆け引きが要求されますから理想や正論だけを声高に訴えることはできません。

しかし、世界唯一の被爆国であり、多くの罪のない市民の生命を失った我が国において核兵器廃絶の実現は責任であり悲願です。
キレイ事だけでは済まない難局もあるかと思いますが、とるべき進路の先にある核心部分については、日本国民の意志として常に明確にし決してブレることがあってはなりません。

被爆国の原点。

決して忘れてはならない譲ることのできない絶対条件です。

これだけは絶対に譲れないという姿勢を堅持するよう政府関係者に強く希望します。

長崎平和祈念式典2017
●1年前の今日:
核兵器の歴史は不信感の歴史です

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   戦争 原爆 日本人 天命 責任 

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元号に思いを馳せる

元号に思いを馳せる

今日は昭和の日。

昭和天皇の誕生日に因んで制定された祝日「昭和の日」は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日とされています。

その昭和の時代が終わってから早30年近くが経過しました。

そして、今上天皇の生前退位に向けての準備も進められており、2年後には再び改元の時を迎えることになりそうです。

日本における元号は、西暦645年の「大化」が最初だと言われています。
701年に「大宝」に改元されてから現在に至るまでまで継承されています。

もともと元号は中国で使われていた制度で、中国の勢力に屈して属国化していた周辺各国では、中国と同じ元号を使用させられていました。

そのような状況の中にあっても日本は古くから独自の元号を使い続けてきた歴史を持っています。

既に中国では失われてしまった元号制は日本にのみ存続しており、元号は日本にとって国家独立の象徴だと言っても過言ではありません。

30年ぶりの改元を控えて、再び元号への関心も高まってくるものと思われますが、元号制と深い関わりを持つ天皇制についても今まで以上に注目度は高まることでしょう。

これを機会に皇位継承問題などについても真剣な議論が進むことを期待します。

加えて、元号とともに刻まれてきた我が国の歴史を振り返り、これからの日本のあり方や、国民として何をすべきなのかを考えていきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
どっちに見えますか?

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原爆投下にも匹敵する大空襲を忘るまじ

大空襲から72年、東京都慰霊堂で法要

10万人が犠牲になった東京大空襲から今日で72年。
東京都慰霊堂では秋篠宮ご夫妻や小池都知事をはじめ遺族ら約600人が参列して法要が営まれました。

都慰霊協会によると、犠牲者名簿の人数は計8万905人。
慰霊堂には約10万5千人分の戦災犠牲者の遺骨を安置されています。

太平洋戦争の記憶は年々風化していますが、広島・長崎への原爆投下や沖縄での地上戦については比較的広く知られていると言えるかもしれません。

しかし、東京をはじめとする日本全国の市街地への空襲については、その実態があまり語り継がれていないのが現状です。

1945年3月10日未明の東京大空襲は今日の法要などでニュースになることもありますが、実は東京だけでも1944年11月14日から106回も空襲にみまわれています。

一晩で10万人の民間人が致命傷を負い100万人が罹災した空襲があったこと、そのような市街地への爆撃が日本全土で何百回も繰り返されたこと、軍事施設や軍需工場ではなく民間人が無差別に爆撃を受けていたこと、このような事実があまり報じられることなく風化していくことは、残念でなりません。
遺族の方々であればなおのことでしょう。

あえて今日は詳しいことには触れませんが、72年前の今日、東京で10万人が犠牲となった空襲があったということだけは、記しておきたいと思います。

明日3月11日は東日本大震災から6年目となります。

大震災も忘れ得ぬ大惨事ではありますが、その前日3月10日も日本人にとって、平和を願う世界の人々にとって忘れてはならない一日です。

戦争の犠牲になったすべての方々のご冥福を心よりお祈りします。

大空襲から72年、一面焼け野原になった東京
●関連記事:
花があったら
●1年前の今日:
ピントがズレ過ぎている

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核兵器の歴史は不信感の歴史です

被爆71周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

長崎平和宣言 2016年

長崎平和宣言

核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。

1945年8月9日午前11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸(なきがら)、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。

原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。

核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。

今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。

核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。

今年、ジュネーブの国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。

核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。

国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。

核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。

今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。

日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。

核兵器の歴史は、不信感の歴史です。

国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未(いま)だに1万5000発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。

この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。

我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。

市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。

被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。

若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。

戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。

若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。

福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。

日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧(ささ)げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。

2016年(平成28年)8月9日

長崎市長 田上 富久

via: 長崎市│平成28年長崎平和宣言(宣言文)

長崎は今日、71回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、53カ国の代表を含む約5600人の被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3487人の原爆死没者の名簿が奉安され、長崎原爆の死没者は計17万2230人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、核兵器保有国の首脳らに被爆地訪問を促すとともに、核軍縮交渉を前進させる枠組みを話し合う国連の会議への参加を要求。
日本政府には、非核三原則の法制化や北東アジア非核兵器地帯の検討を求め、唯一の戦争被爆国として行動に移すリーダーシップを発揮して欲しいと述べました。

年を重ねる毎に政治色の強くなる平和宣言ではありますが、それでも恒久平和の実現と核兵器廃絶を懇願する被爆地の首長スピーチとしては妥当な内容であったと思います。

例年同様この宣言に賛同しない意見も散見しますが、平和記念式典を主義主張の駆け引きの場に利用することなく、この日ばかりは平和の祈りを捧げ犠牲者の慰霊に注力していただきたいと切に願います。

そして自分自身もまた、世界唯一の被爆国の国民として、それ以前に日本人として、戦争の悲惨さと平和の大切さを忘れることなく、僅かでも後世に伝えていくことを改めて誓います。

●1年前の今日:
平和の理念

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平和の理念

70回目の長崎原爆の日

phot: mainichi.jp

長崎平和宣言

昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。

大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4000人が亡くなり、7万5000人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを一日たりとも忘れることはできません。

原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。

原子爆弾の凄まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省の中から生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。

今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

原爆や戦争を体験した日本、そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。

今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

NPT加盟国の首脳に訴えます。

今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

改めて、長崎から呼びかけます。

オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、人類の一員として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

日本政府に訴えます。

国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、「核の傘」から「非核の傘」への転換について、ぜひ検討してください。

この夏、長崎では世界の128の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。

現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。

被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2015年(平成27年)8月9日
長崎市長 田上富久

via: ハフィントンポスト

長崎で70回目の原爆の日を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には約6千人の被爆者や遺族らが参列し、7万人もの犠牲者の冥福を祈りました。

長崎市の田上富久市長が平和宣言の中で、「日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています」と安倍政権が国会に提出した安保法案について触れ、会場は大きな拍手で共鳴しました。

一方、世論の中には宣言に賛同しないものも散見します

国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、「核の傘」から「非核の傘」への転換について、ぜひ検討してください。

そんな綺麗事で再発は防げない…
抑止力があればあの原爆投下も防げたはず…
北東アジア非核兵器地帯など夢物語…
田上市長の平和宣言に対して批判的なコメントを見かけました。

昨今は集団的自衛権や憲法論が話題となっている状況下、賛否を問わず鮮明な意思表示をする人が増えているのも頷けます。

実際のところ容易く解決できる問題ではないと思います。
状況の変化に応じて打つ手を考えていかなくてはならないのも事実です。
どのような方法であれ最善を尽くす他ありません。

そこで思い出すのは、終戦直前の昭和天皇の決断です。

当時の日本は、ジェット戦闘機や新型爆弾を既に完成させていました。ここで言う新型爆弾とは原爆のことだと言われています。

それが実際に使用されなかったのは、既に敗戦が確実となり資金資材ともに困窮していたためだとされていますが、昭和天皇がその使用を禁じたためだという記録が残っています。
「新型爆弾によって戦況が有利になったとしても、そのために新型爆弾の投下合戦になったり、何百万もの無辜の民が死ぬようなことになるとしたら先祖に申し訳がたたない」と。
国益のみならず世界平和を意識して苦渋の決断をした背景には、日本人としての生き方がありありと感じられます。

確かに、理想論だけでは平和を実現できないでしょう。
国際情勢を鑑みて何らかの抑止力を持つ必要もあると思います。
効果的かつ即効性の高い策があるかもしれません。
しかし我々が日本人である限りは、あくまで日本人らしい方法をとることが天与の役割ではないかと思うのです。
ギリギリの選択になると思いますが、最善を尽くすことを忘れたくありません。

世界唯一の被爆国の国民として、それ以前に日本人として、戦争の悲惨さと平和の大切さを改めて考え、僅かでも後世に伝えていきたいと思います。

●1年前の今日:
平和の原点が揺らいでいる

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川の字

留学中、女性の外国人教師に
「川の字で寝るとはどういうことか?」と聞かれた日本人女性
「子供を真ん中にして夫婦が寝るというコトです」
「こちらでは乳幼児でも別の寝室で寝る。夫婦の時間は大事!」

日本人女性、実家の母に電話して川の字の理由を聞く。再度説明。
「寄り添って眠っていれば、子供は安心する。いつもと違う寝息で 体調の変化などもすぐわかる。そういえば子供の頃怖い夢を見て泣いていると、すぐに母親が‘それは夢よ、大丈夫’と言ってくれて安心した」
それを聞いた女教師なぜかハラハラと涙を流す。

後日、その外国人女性は日本人男性と結婚。家族川の字で寝るという。
「子供の足に自分の足を絡ませて暖めるとき、幸せを感じる」とのこと。

via: なんで川の字で寝るの? : 2chコピペ保存道場

そーかー…

あまり意識したことはなかったけれど
欧米人にとっては
川の字で寝るっていうのは
かなり違和感があるんですね。

個人主義的だし、ベッドの文化だし
ちょっと考えれば解ることかもしれません。

従来型の日本の家なら
ふすまで仕切られた狭い部屋で
畳に布団を敷いて寝ているわけですからね。

違うのも当然です。

どちらが良くて
どちらが悪いというわけではなく
一長一短があり
それぞれの歴史や文化の違いは
必要に応じて受継がれてきたのでしょう。

欧米風の暮らし方だと
自立心が育まれるでしょうし
日本風なら
協調性が養われると考えられるように
各々の良さがあるのだと思います。

どちらにも良さがあるということですね。

ならば
生まれ育った国や地域の
歴史や伝統的習慣に従って暮らすことは
最も自然で理に適った生活だと言っても
過言ではないでしょう。

グローバル化の名の下に
欧米化志向はさらに強まっていますが
グローバル時代だからこそ
日本人は日本人のアイデンティティを
より強く発揮することが必要なはずです。

国や地域によって
習慣や意識に違いはあるもの
その違いを認め合って
役割分担していくところに
本当の国際化があると思うのです。

そのためにも
まずは、時刻の歴史や習慣を再認識し
自信を持って受け継いでいきたいもの。

正反対と言ってもいい異文化の人々にとっても
納得のいく素晴らしい文化風習を
日本人は受け継いできたのですから。

国際社会の中でも、日本人として
しっかり日本人を担当していきたいものです。

ちなみに、ウチは
変形ながらも親子「川の字」で寝ていますよ(^^)v

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

川の字

via: Webマガジン幻冬舎: 片岡 K ジワジワ来る猫猫

 

●1年前の今日:優しさは伝染する

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  親子 文化 風習  日本人 

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やむにやまれぬ大和魂

そうだ、うれしいんだ生きる喜び

たとえ胸のキズが痛んでも

なんのために生まれて、なにをして生きるのか?

答えられないなんて、そんなのはイヤだ

今を生きることで、熱い心燃える

だから君は行くんだ微笑んで

そうだ、うれしいんだ生きる喜び

たとえ胸のキズが痛んでも

ああアンパンマン

やさしい君は 行け
みんなの夢守るため

やなせたかし 「アンパンマンのマーチ」

「アンパンマン」などで知られる漫画家、
やなせたかし(本名=柳瀬嵩)さんが13日、
心不全のため逝去されました。

94歳でした。

葬儀・告別式は近親者のみで執り行われ
後日、しのぶ会を開く予定だそうです。

故やなせたかしさん

どのメディアでも
「アンパンマンの作者」として
この訃報を伝えていましたが
ホクにとっての やなせたかしさんは
「詩人」でした。

やなせさんは
童謡の名曲「手のひらを太陽に」の
作詞者としても知られていますが、
まだ あまり漫画を描いていなかった頃
山梨シルクセンター(現サンリオ)から
「愛する歌」という詩集を出版しており
10万部を超えるベストセラーになっています。

その後も詩集はヒットし、勢いに乗り
詩の雑誌「詩とメルヘン」を創刊します。

この頃の詩集を何冊か父が持っていて
小中学生だったボクも よく読みました。

やさしい挿絵と
音調の良いフレーズが
とても印象的でした。

いま思えば
この時の体験は後の自分に
少なからぬ影響を与えるものだったと思います。

正しいことをする場合、必ず報いられるかというと、そんなことはなくて、逆に傷ついてしまうこともあるんです。傷つくかもしれないけれど、それでもやらなければいけないときがある。

そして、正義というのは、非常に情けないところもある。ある会社が不正をしていたとします。社員がそれを内部告発すると、会社の不正はあばかれて正されますが、その告発した人はどうなるか。正しいことをしたのに、あいつは密告するといわれて、全部の業者から阻害されてしまうかもしれません。それで、まったく仕事がなくなってしまった人がいます。

ですから、アンパンマンは、顔を渡すたびにエネルギーが落ちていくんです。落ちていくけれども、それをせずにはいられないんですね。自分が犠牲になることもあるけれど、困っている人を助けずにはいられない。そういうことなんです。

via: 心に響く世界最弱のヒーロー アンパンマンの正義
~やなせたかしさんに聞く : 日経トレンディネット

やなせさんが
アンパンマンなどの作品に込めた
「正義」や「愛」のメッセージについては
ずいぶん後になってから知りました。

とても強く共感しました。

アンパンマン自体には
ほとんど興味がありませんでしたが…^^;

報われないかもしれない、
傷つくかもしれない状況にあっても
やらなくてはならない時がある…
犠牲になっても、やらずにはいられない…
そんな想いと行動を
自分自身も共有していました。

ウチにある詩集の中の作品には
そのような強い想いは
直接的には著されていないように感じます。

けれども実は
あの やさしいコトバの裏にも
やなせさんの人生が広がっていたわけで
もしかすると、知らず知らずのうちに
無意識レベルの影響を受けていたのかもしれません。

ヒーローというのは、そんなにすごいものじゃない、とぼくは思う。先程も話しましたが、線路に飛び込んだ警官がいて、その人は、普段もすごく強くて勇敢かというと、おそらく、そうではなくて、ごく普通の人ですよ。火事になって、子どもがまだ家の中にいて火に包まれていたら、おかあさんはそこに飛び込んでいくんです。それは強いおかあさんかというと、そうじゃない。ごく普通の人でしょう。しかし、いざというときにはそういうヒーローみたいなことをやってしまうんです。

アンパンマンも、だから普段はごくおとなしい人なんですよ。そうして、世界中のヒーローを見ても、こんなに弱いヒーローはいませんよ。ちょっと雨に濡れるとダメっていうし、ちょっと顔が変形すると「ジャムおじさんに知らせて~」と泣きだしてしまう。しかし、いざというときは戦う。

ぼくらと同じなんです。

ぼくらも非常に弱い。強い人間じゃない。でも、なにかのときには、やっぱりやってしまう。ヒーローというのは、そういうものだと思います。

via: 心に響く世界最弱のヒーロー アンパンマンの正義
~やなせたかしさんに聞く : 日経トレンディネット

そう!
実は、ヒーローというのは
そんなにすごいものじゃない。

っていうか、
普段は そんなにすごくない人が
いざという時にヒーローになるのだと…

そう思います。

それは、なんとなく
とっても日本人的な気がするなぁ。

普段、おとなしい人も
今、自信を持てないでいる人も
とりたてて得意なことがない人も
それでも、きっと!
いざというときには
ヒーローになる可能性がある…

いや、きっと!
ヒーローにならずにはいられない時がある…

そう思います。

だって
自分たちは日本人なのですから。

これからも そう信じて生きていきます。

やなせたかしさんのご逝去を悼み
謹んで お悔やみ申し上げます。

おそれるな がんばるんだ 勇気の花がひらくとき ぼくが空をとんでいくから きっと君を助けるから

 

●1年前の今日:超難問!

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  アンパンマン  天命 正義  日本人 

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先達への敬意と感謝を忘れてはならない

今日は終戦記念日です。

大東亜戦争の苛烈を極めた戦いの中で
多くの将兵が家族を思い
祖国の安寧と民族の幸せを念じつつ戦場に赴き
雄々 しく戦い、散華されました。

数多くの市民の方々も戦災の犠牲となられました。

その数は国内外で約310万人とも言われています。

これらの尊い犠牲が礎となって
現代日本の平和と繁栄があることを鑑みれば
戦没者に対して敬意と感謝の念を忘れることなく
それを次の世代に伝えていくことこそ
今に生きる国民の責務であると改めて痛感します。


18歳の回天特攻隊員の遺書

お母さん私はあと3時間で祖国の為に散っていきます。

胸は日本晴れ。

本当ですよお母さん。

少しも怖くない。

しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。

それは、今日私が戦死する通知が届く。

お父さんは男だからわかっていただけると思います。

が、お母さん。

お母さんは女だから、優しいから涙が出るのではありませんか。

弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。

お母さん。

こんなことを考えていましたら、私も人の子。

やはり寂しい。

しかしお母さん。

考えてみてください。

今日私が特攻隊で行かなければ、どうなると思いますか。

戦争はこの日本本土まで迫って、
この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。

母さん。

今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで銃を取るようになりますよ。

だからね。

お母さん。

今日私が戦死したからといって、どうか涙だけは耐えてくださいね。

でもやっぱりだめだろうな。

母さんは優しい人だったから。

お母さん、私はどんな敵だって怖くありません。

私が一番怖いのは

母さんの涙です。

もちろん!
軍国主義や特攻を肯定するつもりはありません。

しかし
せめて年に一度、この日くらいは
私たちが当たり前に享受している自由や平和が
数えきれない英霊の方々のおかげで成り立っていることを
噛み締めながら過ごしたいものです。

回天特攻隊員

 

●1年前の今日:今こそ本当の意味での終戦を!

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  日本人  天命 平和 戦争 生きる  

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英語なんかより得意なことあるんだけどな

だからよー日本人のグローバルコミュ力の低さの原因は英語力じゃないっていい加減気付けよ。日本人は日本語ペラペラの外人とだってロクに付き合おうとしねーよ。日本人にねぇのは英語力じゃなくて、自分と常識がまったく異なる人間とのコミュノウハウだよ。

via: Twitter / liliput

いや… ホント!

英語は直接関係ないと思います。

とはいえ、実際には
日本語以外で話しかけられたりすると
一瞬にして凍りついてしまったりしますが…

日本語がペラペラでも
彫りの深い金髪の人だったりすると
ついつい後退りしてしまうことは少なくないし
口数が少なくなってしまうものです。

そんな外国人に対する反応は
コトバの影響もさることながら
やはり、外国人=外部という認識が
そうさせているのではないかと思うのです。

もっと言うと
外国人に限らず
外部の人に対しては
同様に一線引いて構えてしまいます。

たとえば
「家族」に対する「他家の人」
「村人」に対する「他所者」
「社内」に対する「社外」 …などのように
日本人は、内部と外部を明確に区分して
外に対して最初から気を許さないところが
習慣的にあるのではないかと感じます。

その一例が
「邦人」に対する「外国人」なのですね。

このことは
ムラ社会の弊害だとか
井の中の蛙的な発想だとか
批判的な評価をされることが
多いような気もするのですが
果たして、本当に悪いことばかりでしょうか。

たしかに
日本人は部外者に対して
警戒心が強く、内弁慶なところはありますが
それは、会ったばかりの時の反応であって
慣れてくるにしたがって
内部の人と同様に気を許すようななってきます。

しかも
その取り込みスピードというか
内部化するまでの時間というものは
意外なほどに早いのではないかと思うのです。

具体的にデータを比較したわけではありませんが…^^;

若い頃、海外のユースホステルなどで知り会った
さまざまな国の人たちの交流を通じて感じたのは
日本人は、最初はフレンドリーになれないけれど
一旦、仲良くなると開けっぴろげになるのですが
他国の人たちは冷静にプライバシーをキープしていて
最後まで一線を引いているということでした。

あくまで一例に過ぎませんが
このような傾向は一般的に言えるのではないでしょうか?

つまり
日本人は概して
最初は外部に対して警戒しながら接しているが
交流を続けて互いに知り合うにしたがって仲良くなり
その後、一気に内部化するところまで行き着く…
という流れがあるのだと思います。

これは
コミュニティ機能の保全と
外部資源の積極的取り込みを
バランスを取りながら実践している

と言うことができます。

一般的に批判的な眼で見られている
ムラ社会の弊害というよりは
むしろ、利点・長所ではないでしょうか?

日本は古くから
地理的、歴史的、宗教的に
島国であり、単一(もしくは寡占的)民族国家で
家族・地域・国家などという
コミュニティの単位を大切にしてきました。

それは自然に組織を最優先する行動を促しましたが
同時に、次々と新しい外部の物事を取り込み
自分たちの使いやすいものへと改善を加えて
自らの文化に統合していくという
世界的にも稀な特徴も併せ持っています。

というわけで

日本人のグローバルコミュ力の低さの原因は
英語力じゃない… ことは、もちろんのこと、

日本人は
グローバルコミュ力が低くない!

というのが真実なのだと確信しています。

…というような話は

英語の苦手なボクが力説したところで
イマイチ説得力ないのですが…(^^ゞ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

日本人のグローバルコミュ力の低さの原因は英語力じゃない

 

●1年前の今日:実際にやってみる…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  思い込み 日本人 和の心 コミュニケーション 

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止むに止まれぬ大和魂

大東亜戦争 開戦の詔勅 (米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)

太平洋戦争 開戦の詔勅
(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)
現代語訳

神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。

私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。

私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、私の国民はおのおのその本分をつくし、一億の心をひとつにして国家の総力を挙げこの戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。

そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、私が常に心がけている事である。

そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、 帝国の外交の要としているところである。

今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。

まことにやむをえない事態となった。

このような事態は、私の本意ではない。

中華民国政府は、以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態にいたらしめ、もう四年以上経過している。

さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。

帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石の政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。

米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。

あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。

私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。

このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。

皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。

御名 御璽

昭和十六年十二月八日

玉音放送(終戦の詔勅)は
若い人の間でも比較的よく知られていると思いますが
開戦の詔勅を知る人は、意外に少ないのではないでしょうか。

なぜ戦争をしたのか?
その理由が簡潔に書かれています。

これは日本の立場から見た理由ですが
欧米列強の覇権から東アジアを守るためという名目は
正論であり正義であると思います。

もちろん、
欧米には欧米の正論があり正義があって
互いの大義正論がぶつかり合った時
戦争という道を選んでしまうのだと思います。

しかし、
互いの正論が真正面から対立してしまった時
それを打開する方法は
本当に戦争以外にはないのでしょうか。

個人的には、
日本が先の戦争に踏み切ったことは
やむを得なかったことだと認識しています。

ただ、
やむを得なくなる前にするべきことが
あったのではないかと思っています。

あるいは、
やむを得ないということを当たり前に
むやみに正当化することに対しては
否定的な印象を抱かざるを得ません。

黒船の来航以来、現在に至るまで
日本は欧米列強に不平等な条件や契約を
受け入れさせられ続けてきました。

けれども、その受容力こそが
独立国としての地位を保っている原動力であり
消極的な自衛戦であったとも思います。

アジア各国では
列強の植民地と化するところが続出しましたが
日本が大戦直後を除いて独立を維持しているのは
やむを得ず不平等を受け入れてきたことも
一因になっているような気がします。

つまり
大きな戦を避けるために
やむを得ず不平等な条件を受け入れてきたと。

それは一見すると
その場しのぎや優柔不断で後向きな態度だと
言えないこともないでしょう。

しかし、それが実のところ
日本的な方法であるとも言えるように思います。

勇猛果敢に生命を投げうってでも戦う姿は美談ですが
自己満足の無駄死には武士道にも適っていません。

本当の意味で大義を貫き
本当に大切な人やものを守ろうとするためには
戦争という方法以外にも
もっと日本的な方法があったように思います。

そういう意味で、
開戦がやむを得なくなる前にするべきは
やむを得なく不恰好な方法を執ること
であったのかもしれません。

維新以後の日本は
急激に欧米化がすすんで
日本古来の文化や思想の輝きが
曇りつつある流れに呑み込まれていたと思います。

大戦後の占領政策による洗脳教育については
多くの人に知られているのですが
それ以前から、日本人が自ら
日本の良さや日本的な方法を
忘れかけていたことについては
あまり指摘されることがありません。

とはいえ
当時の国民の大半と皇室は
けっして日本人の心を忘れていませんでした。

だからこその現れとして
列強の挑発と国内の強硬派に対して
やむを得ず開戦を認めざるを得なかった
ということではないかと思うのです。

なかなか上手く説明ができませんが
長い日本の歴史の中で
ほとんど対外的な戦争がなかったことや
内紛の規模が諸外国よりも小さかったことは
島国であるという地理的な条件にとどまらず
日本人が古来から受継いできた文化や思想が
大きく影響していると思っています。

その日本人らしさを忘れた時こそが
日本の平和は危ぶまれるのではないでしょうか。

何でもかんでも「のらりくらり…」
では良いはずはありませかんが
時と場合によっては
その「のらりくらり…」が
日本人らしい方法であることも否定できません。

日本人には 日本人に合ったやり方がある。

日本人には 日本人に合った生き方がある。

止むに止まれぬ大和魂は
和の心をもって
家族、社会、国家、地球を尊しとする…
そう確信しています。

今できることを通じて
今の最善を尽くして
今の時点で最高の平和を
守り、育てていくために。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~


John Lennon - Stand By Me

 

●1年前の今日:今できること

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  日本人 和の心 天命 自分らしさ 平和 戦争 

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今こそ本当の意味での終戦を!

私は、深く世界の大勢と日本の現状を考えて、
特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、
ここに忠義の気持ちを持った国民に告げます。

私は政府に、米・英・中国・ソ連の四国に対して
ポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。

もともと 日本国民の安全 と 世界の共存 を共にすることは、
わが歴代天皇の残した教えで私も大切にしていることです。

アメリカやイギリスと戦争をしたのも、
日本の自立とアジアの平和を願うからであり、

もともと他国の主権を侵したり、
領土に侵入することは私の気持ちではありません。

開戦以来すでに四年たち、わが陸海軍の将兵が勇ましく戦い、
役人たちが懸命に働き 一億の国民が力を尽くし、
それぞれ最善をつくしたにもかかわらず、
戦局はかならずしも好転しません。

世界の大勢もまた我々に利がないことを示しています。

その上、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、
罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれません。

このまま戦争を続ければ
最後には わが民族が滅亡するだけでなく、
人類の文明をも破壊するでしょう。

もしそうなれば 一億の国民を預かっている私として
どうやってわが歴代天皇の霊に謝ることができましょう。

このことが 私が 政府に対し
共同宣言に応じさせるに至った理由です。

私は、日本とともにアジアの解放に協力した国々に
申し訳なく思わずにはいられません。

日本国民で、戦地で死んだり職場で命を落とした人々と、
その遺族のことを思うと、悲しみで心が裂ける思いです。

また戦傷を負い、災難で家業を失った人々についても
私はたいへん心配しています。

考えると、これから日本が受けるであろう苦しみは
大変なものがあると思います。

国民の悔しい思いは私がよく知っています。

しかし 私は時の運に従って、
堪え難きを耐え、 忍びがたきを忍んで、
後の世のために平和をもたらしたいと思っているのです。

私は 日本の国家を譲ることができたので、
忠義で善良な国民の真心に信頼を寄せ、
いつも 国民と一緒にいます。

感情のままにみだりに事件を起こしたり、
国民同士が争って時勢を乱して、
そのために道を誤って世界の信用を失うようなことは、
私がもっとも戒めるところです。

国を挙げて子孫に伝え、神国の不滅を信じ、
任務は重く道は遠いことを思い、
将来の国の再建に向けて総力をあげ、
道義を厚くして志を堅くして、
日本のすぐれたところを更にたかめ、
世界の進歩に遅れないよう決意すべきです。

きみたち国民よ
私の気持ちを汲んで 身をもって行いなさい。

via: 終戦の詔勅(玉音放送)現代語訳

白人以外は人間に非ずとする世界からアジア人を解放する…
その志が道半ばで打ち砕かれることへの断腸の無念の思い

言うまでもなく
戦争は肯定されるものではありません。

日本と日本人の全てを
都合の良いように肯定するつもりもありません。

間違い誤った行動もあるでしょう。
どんな理由があろうとも避けるべき方法を
とったことがなかったとも言い切れません。

それは、償っても償いきれないくらい
重い罪深い過ちであることも理解できます。

しかし、そこには
全ての文化思想を、全ての歴史を、全ての人格を
全面的に否定する理由はありません。

悪いことは悪い。
良いことは良い。

反省すべき点は反省する。
誇りを持って受け継ぐべきものは受け継ぐ。

冷静かつ客観的にみて
常識と言っていい普遍的な考え方です。

戦前の日本を全否定することは
どう考えても非常識で自虐的な行為です。

どちらが悪い、どちらが正しい、そういう観点ではなく、
自らの国の歴史と文化を見直して
反省すべき点は反省し
誇りを持って受け継ぐべきものは受け継ぐという
人間の叡智を活かした未来づくりを心がけたいものです。

日本の美風を発掘することは現代人の責任です。

千年以上の永きにわたって培われてきた伝統の精神や美風は
私たちの先人の生きる誇りであったはずです。

先人の誇りを感じ取ることは、
私たちの人生に誇りを取り戻す第一歩だと思います。

多くの国民がそれを自覚し
実践していくことができた時、
本当の意味での終戦と言えるのではないかと思います。

まずは、自分自身から
たとえ僅かでも実践し継続していきます。

せめて 私くらいは… の気持ちで。

 

終戦の詔勅

 

●1年前の今日:終戦の詔勅を改めて噛み締める

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論より情緒

かつてない情報化社会の中で最も重要なのは、
過剰な情報に溺れずに、本質を選択する能力だ。
この能力は論理的思考によって得られるのではない。
論理はどれも筋が通っているから何を選択するかに、
論理は役立たない

via: ぼくは見ておこう

多くの場合、戦争は
いや、殆ど全てと言っていいくらいに
互いが互いの正義を守るために戦うのです。

愛国心と正義の旗の下に生命を賭けています。

それは、敵もまた同じです。

イスラエルもパレスチナも
互いが信じる論理を貫いています。

それは正論です。大儀です。

歴史的にどう評価されようとも、
その時、紛れもなく
複数の「正しい論理」があったということです。

にも関わらず、
「どちらが正しい」と言っていたのでは
収まるものも収まらないわけです。

我々は、その複数ある「正しい論理」の中から
1つを選んで、それに沿った生き方をしています。

どれも「正しい論理」なのですから
どれを選んだから正しいということはありません。

どうして それを選んだのかは
実は、正しいか、正しくないかではないところの
何かが決定付けているはずです。

引用元では、
「通常その選択は情緒によってなされる」
と言っています。

そうですね。

「情報」の価値や正確さよりも
「情緒」によって行動が制御されていることは
自分自身をふり返ってみても実感があります。

ビジネスの世界はもとより
子どもたちの教育の世界にまで
近代的合理主義や、ロジカルシンキングの
偏重傾向がますます強くなってきています。

このままでは、複数あるはずの「正しい論理」を
正しく認識することができずに
不幸な闘争に無用なエネルギーを費やすことになります。

自然に対する感受性… 相手を慮る心…
「仁・義・礼・智・信」など…
伝統的に受継いできた徳目は、
日本人が本来もっている「情緒力」によって
培われてきたものだと思います。

情報化社会と言われ、その処理が最優先される
合理主義一辺倒の論理思考だけではなく、
今こそ、われわれ日本人の「情緒力」を
活用すべき時代なのではないかと思います。

高齢少子化、人口減少、市場縮小など
経済面では先細りの感が拭いきれませんが、
こうした新たな役割を日本人が担うことで
新たなシゴトも生まれてくるのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

論より情緒

 

●1年前の今日:スタイリッシュなスリッパの準備方法

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建国記念の日に思う…

でも、「生活に困っている人は国が助けるものだ」という暗黙のルールはどこからきているのでしょうか。身内以外の人間を助ける必要はないし、それは国の役割であるという信仰は未だに日本社会においてマジョリティを成している印象があります。ですが、こういう考え方は古くなるかもしれません。

via: visionary people

お上がなんとかしてくれる…というぶら下がり志向や
大人たちの社会の担い手である意識の低下は
確かに日本の行く末に不安を感じてしまうものがあります。

この引用文の筆者は、
そんな状況を憂い、意識改革を呼びかけ、
おそらく自ら率先して行動に移しているのだと思います。

だからこそ説得力と熱意のあるメッセージになっているし
その論旨にも概ね共感することができます。

ただ、1つだけ気になったのは…
「身内以外の人間を助ける必要はないし…」の部分。

そう そう
必ずしも身内以外の人間を助ける必要はないですね。

もちろん、余裕があれば助けるに越したことはありませんが。

けど、身内くらいは助けなきゃね。

身内同士は助けるのが当たり前ですよね。

だから…
身内だから…
国や地域社会が助けてきたんですよ。

実のところ、日本人って民族は
伝統的に 身の回りの人たちのことを
「身内」だと捉えて暮らしてきたんですね。

家族はもちろん「身内」
所属する集団の人たちも「身内」
地域社会の人たちも「身内」
そして、日本人も「身内」
国家そのものが「身内」の感覚。

これが古来から受け継がれてきた
日本文化の根底に根ざしている感覚だし
洋の東西を問わず稀にみる国家感になっている
…そういうことがあると思うのです。

誰もが身内を助けるために
自分のできること、自分の役割を果たすことで
身内社会の担い手として暮らしていたから
互いが互いの存在を尊重し、助け合って
全体の繁栄を築き続けてきたのが日本人です。

父親が家族の全てを担っているのではなく
父親は父親としての、母親は母親としての、
子は子としての、年寄りは年寄りとしての、
各々の役割に徹して助け合っていることを
共通の認識として持っている社会だと思うのです。

自分一人だけが自立すればいいというのではなく
身内とともに皆で自立しようという考えです。

少なくとも近代までの日本は…

ですから、
ぶら下がり志向が強まっている現実や
責任感や社会の担い手としての意識の低下は
このままではマズイなぁ…とは思いますが、
お上も含めて、みんなで助け合う姿勢は
まんざら悪くないんじゃないか…というか
むしろ良いことなんじゃないかと思うのです。

自虐史観と呼ばれる戦後の教育や
急激な経済の発展による効率偏重の時流は
日本人が本来持っている素晴らしい特徴と
日本人が果たすべき役割を忘れさせようとしていて
年々、日本人らしさを失いつつあります。

けれども、
千年以上もの永きに渡って脈々と続いてきた
「日本人らしさ」というものは
1世代や2世代くらいで途切れるとは思えません。

欧米文化や経済の影響を受けて
忘れかかっているのかも知れませんが
私たちは完全に忘れてしまったわけではないはずです。

一人一人が
家族のために
所属する集団のために
地域社会のために
そして、日本のために
「身内」のために働くことは
日本人らしい生き方だと思うのです。

だから、これからも…
身内として 互いに
助け合っていきたいものです。
身内として 互いに
責任と役割を負っていきたいものです。

自分一人だけが自立すればいいというのではなく
身内とともに皆で自立しようという先人の知恵。

私たちも 確かに受け継いでいる
そんな日本人らしい生き方を
今一度、振り返り、意識し直して
決意も新たに改めて 淡々と実践していくこと。

それが、先行きの不安を解消していくための
最も大切なことの一つではないでしょうか。

・・・などと、 思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

建国記念の日に思う…

 

●1年前の今日:ゆきやこんこ

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  日本人 家族 天命  自主自立 

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終戦の詔勅を改めて噛み締める

終戦の詔勅 (玉音放送)

 
66回目の終戦の日。

風化させるなとの想いとは裏腹に
体験者が逝かれる毎に風化はすすんでいる。

正午のTVニュースでの式典の報道は
わずか5分程度のものであった。

戦争や平和をテーマにした番組も少なく
再放送番組や映画が中心で
多くの予算を割いて新規制作された特番は
ほとんど見られなかった。

今年は、先の大震災や原発事故があり
原爆や太平洋戦争に関心が高まるのではと予想したが
思ったほどに風化を抑えることはなかったようだ。

 
あの敗戦を境に、
軍部主導の恐怖政治は根絶したが、
それと同時に
日本人の良き心、日本人の良き文化、
かけがえのない日本人の歴史が
完全に封印され、自虐史観が植えつけられた。

民間人が無差別に虐殺された大空襲や
原爆による未曾有の大惨事もまた、
日本人も悪かったのだから仕方がない、
やむを得なかったという理由で肯定された。

このような占領軍や戦勝国による思想統制は
一日も早く風化させるべきであろう。

しかし、
たとえ戦時中であれ、
何十万人もの民間人が無差別に虐殺されたこと、
そうなることが明らかである原爆を投下されたこと、
そのようなことは、いかなる理由があろうとも
二度と繰り返されてはならないということは、
決して忘れてはならない史実なのだ。

 
災害や事故、長引く不況などに加えて
国民の安全でしあわせな生活をないがしろにする政治、
政権と癒着する既得権益企業や官僚等によって
戦後もっとも厳しい局面を迎えている今こそ、
本来の日本人が持っている叡智を駆って
日本人の使命を全うすべき時代なのではないか。

我々 日本人のDNAに
刻み込まれた歴史、文化、そして生き様は
決して風化することはないはず。

今、その意志に目覚めていようがいまいが
我らは この生き様を受け継いだ者なのだから。

本当の意味での日本の自立を成すための一助として
子に 孫に 末代に至るまで 伝えていくことを続けよう。

 

●1年前の今日:風化

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EDIT

ここは瑞穂の国、日本なのに

震災報道で"絆"だとか
"ひとつになろう日本"とか言ってたのは
何だったんだよ!

結局、人の不幸を飯のタネにしてただけだろうが!

表ではきれい事を並べ、裏ではこれだ

こいつらは自分の番組に誇りなど持ってない

だから農家の誇りをオモチャにできるんだよ

原発事故や政府の無策に
打ちのめされても前に進もうとする、
農家の誇りを踏みにじる放送局など
大嫌いだ!

 
しかし福島近県でセシウム被害が発生し…

 
去年の米まで危険視する奴など大嫌いだ!
バァカ!

 
でも、放送事故と韓流ごり押しは無関係では…

 
根は同じだろうが!
おまえの目は節穴かよ
チキショウめ!

あいつらが"絆"を感じるのは金だけだ
日本の農家が苦しもうが自殺しようが関係ない

だから韓国や中国に喜んで利用され
国益を損ねる電波を平気で垂れ流せるんだよ

ニュース枠まで使った連日の韓流ごり押し宣伝は
もはや洗脳であり、露骨な文化侵略というべきものだ

台湾では自国番組を守る法律が可決されるというのに
他国のために
自国民を犠牲にするような非道は
スターリンでさえやらぬわ!

 
 
日本人なら冗談でも米を蔑むような
まねができるはずがない

米は神話にまで遡る神聖なものであり
日本人の命の源であり、日本人そのものだ

陛下がどういうお気持ちで毎年
お田植え、お稲刈りされているのか
あの連中はこれっぽっちも関心ないんだろうよ

だから農家への二感謝の心などあるはずがない

六十数年前に、その米がないばかりに
数十万人もの日本人が餓死したことさえ頭にないのだろう

何が「汚染されたお米 セシウムさん」だ!
どこまで日本人の誇りを傷つけるんだ!

 
あなたもTVのせいで、かたつむりクリームを…

 
 
高岡はどうして粛清された?

日本人が日本人であろうとしただけじゃないか

高岡はこう呟いている

「日本人が日本人らしく
いられなくなるのは時間の問題です」と

ここは瑞穂の国、日本なのに

米作りの誇りも
日本人の誇りももてない時代になるつつある

もう時間がない

via:フジTV系東海テレビに速攻で削除される動画

 
これを パロディだなんて言えるだろうか。

これは 日本人の心の叫びだ。

泣けてくる。。。

 

●1年前の今日:冷し中華の季節です 2010

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