元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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明日は衆議院選挙の投票日です

明日は衆議院選挙の投票日です。

誰に投票すればいいものか…
いつも以上に悩ましいと感じてる人も
少なくないのではないでしょうか?

そんなときに役立つかもしれない
議員活動をまとめたデータベースが
無料で公開されています。

衆議院議員活動統計

46期衆議院議員活動統計

23期(1947年)から 46期(現在)までの
全衆議院議員の国会・委員会での発言数などを
並べ替え可能な一覧表で見ることができます。

実際に見てみると
かなり個人差があることが判ります。

さまざまな事情が絡んでいるのでしょうけれど
活発に活動している人もいれば
全く発言をしていない人も少なくありません。

国会での議員の活動記録ですから
このデータが活動の全てではありませんし
代議士経験のない新人候補は掲載されていませんが
非常に興味深い資料だと思います。

明日の選挙の立候補者の一覧も公開されています。
2014年衆議院議員選挙立候補者一覧

併せて投票前に一度は目を通しておきたいですね。

国会議事堂

これまでにも何度となく触れていますが
改めて確認しておきたいことがあります。

民主主義は、権利と義務がセットであり、
権利は義務が伴って初めて保証されるということ。

さまざまな市民の権利を享受するなら、
投票による参政は欠かせない責任だということ。

そして「投票する人がいない」状況なら
自ら出馬するか、支持者を立てて支援をすること。

そこまでできないのであれば
たとえ消去法であってもベターを選択して投票し、
自らが選んだという意志と責任を持つということが
権利を主張する上で必要な市民の義務。

「選挙権」と「被選挙権」は、
「権利」であり「責任」でもあるのです。

「投票したい人がいない」という理由で
棄権したり白票を投じるという行為は、
一方的に権利を放棄しているつもりでも
実は、「投票により参政する責任」と
「支持者を立てる責任」を負ってはいません。

気に喰わない政権ができてしまうことも、
投票したい人がいないことも、
民主主義においては選挙権者の責任です。

とは言うものの
今回も誰に投票するかで悩んでしまいます。

本当に頭の痛いことですが
そんな状況をつくったのも
任せっきりになっている自分たちの責任。

不本意であっても必ず一票を投じて
その責任の一端を果たしたいと思います。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:正論めいた偏見

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  政治 責任 権利 

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「政治」と「経済」は両輪

復興策や原発事故への対応、
守られることのないマニフェスト等…
政府、政治家の惨状が明白にする情報は
日に日に増え続け、後を絶ちません。

このことが、ガセネタや情報操作でないことは
自分の身の回りの生活の変化を見れば明らかですし、
多くの人が実感していることでしょう。

 
・・・で、
こう言う人が増えるわけです。

政治に力はあるのか?
政治では世の中は変わらない。
 …と。

そして、
さらに、こう付け加えるのです。

政治より経済の方が力がある。
経済が日本を支えるのだ。
 …と。

 
なるほど、そう言いたくなるのは解ります。

政治家や行政機関を当てにするよりも
自らの手で自らの権利を勝ち取りにいくのだ。
そういう意気込みで世の中を少しでも良くしたい…
考えるのも不思議ではありません。

 
でも、
もう一歩下がって視野を拡げて観ると・・・

政治家の資金源になっているのは民間企業。
行政の天下り先になっているのは民間企業。
贈収賄の片棒をかついでいるのは民間企業。
使途不明金の支払先は全て民間企業。
選挙の大票田になっている民間企業労組。
原発の誘致に賛成したのは地元の市民と企業。
課税を免れた資金で圧力団体になっている宗教組織。
投票率を下げて既得権益をサポートしている市民。
利権維持のために行政に汚職を薦める民間企業。

こういう事例は、枚挙に暇がありません。

「政治」と「経済」は、強く癒着しています。
少なくとも、その一部では。

そして、
その結果に不都合が生じないように...
その活動を独占的に継続できるように...
少なからぬ「政治」と「経済」が結託することによって
真面目な市民、無知な市民、弱者たちに
多大な負担となって しわ寄せが生じています。

 
ボクは、こう思います。

「政治」と「経済」は両輪 なのだ。

「政治」がダメだから「経済」に期待しよう…
それは、ちょっと違う...っていうか、
かなり言葉足らずな説明ではないかと思います。

今の「政治」がダメになったのは、
それに加担した「経済」にも責任があります。

「政治」だけのせいにしてはいけないと思うのです。

 
かつて高度成長期には、
日本の政治は比較的安定していました。

明治政府発足以来、最も安定していたかも知れません。

それは、経済が順調に成長していたからです。

一部の特権企業だけではなく、全体が伸びていたから
国民の間に不満が蓄積することはなかったと言えます。

だから、だからこそ、
今、「経済」が頑張って成長すること、
そのことが「政治」の安定にも、被災地の復興にも、
そして何よりも国民1人1人の生活の糧となります。

そうです。そのことは正しいと思います。

けれども、高度成長期だって、
「政治」と「経済」は強く癒着していました。
良い意味でも、悪い意味でも。

「政治」は、積極的に経済政策を打ち出しました。
「経済」は、その財源を安定的に支えてきました。

それが、今は、
「政治」は、一部既得者だけの利権を保護しています。
「経済」は、自分だけの生き残りのために活動しています。

 
「政治」に力があった時、「経済」にも力があった。
「政治」に力がない今は、「経済」にも力が不足している。

つまり、今は、
「経済」が頑張ることによって
「政治」を支えることが必要なのであって、
「経済」だけで何とかしようというのではなく、
「政治」と共にという姿勢が必要なのではないか。

「政治」と「経済」が、互いの役割を全うし、
互いの存在を認め合い、互いに協力し合うことでしか、
この両輪を上手く回していくことはできないのではないか…
そんな風に思います。

 
そして、こうも思うのです。

自分たちは「経済」側の立場にいると思い込んでいるけれど、
果たして、それは事実なんだろうか。

少しでも経済活動をしているなら、それは事実なんだけれど、
それだけでは「政治」側でない理由にはならない。

つまり、自分たちは「政治」側であるかも知れない。

実際、成人には参政権が誰にも平等に与えられていて
日本国民には、選挙権と被選挙権がもれなく付いてくる。

その権利は自由に行使することができるわけで、
そういう意味では、自分たちも「政治」側にも立っている。

その権利を充分に活用することなく政治屋や官僚に任せ切り
文句や責任追及だけする市民たちは、
彼らが非難している政治屋たちと何ら違いはない。

そんな風に感じています。

「政治」には力がない。あてにならない。
そんな風に「政治」に ますます無関心になるのではなく、
もっと「政治」を支える一員として自覚を持って、
その上で「経済」の発展にも貢献していきたいものです。

 
「政治」にだけ責任転嫁することのないように…
「経済」の力を過信して「政治」を軽視することなく…
「経済」の大儀が、経世済民にあることを忘れずに…

「政治」と「経済」は二人三脚で歩んでいくもの。

「政治」は「経済」を補完し「経済」は「政治」を補完して
まさに両輪の如く、互いの役割を果たしきることによって
バランス良く前進して行けるのだと思うのです。

「経済」には、まだ力が残っているのなら、
「政治」にも、まだ秘めたる力があるはずです。

今一度、自身にも「政治」責任があることを自覚して、
「経済」を支えることで「政治」を支えていきましょう。

「政治」と「経済」は両輪 なのだ。

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

今日は やたら長いなぁ

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:お気楽ライフは視点から…

コメント:2 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  一体 政治 経済 責任 権利 

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