元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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否定は否定を、肯定は肯定を連鎖し誘発させる

状況がダメなのではなくて、状況をダメと捉えてしまうことがダメなのだ。

via: 社会人大学人見知り学部 卒業見込

同じ花を見たとき、その美しさに感動する人もいれば、何も感じない人もいる。
雨が降ってきたとき、傘をさすのが面倒くさいと言う人もいれば、待ちに待った恵みの雨だと言う人もいる。

同じモノや出来事でも、それをどう捉えるかは人それぞれ。
人によって感じ方や接し方はさまざまです。

花が美しいのではなく、花を美しいと感じる人がいる。
雨が厄介ものなのではなく、雨を厄介なものだと感じる人がいる。

つまり、モノや出来事に意味や価値があるのではなく、そのモノや出来事に対する人の感じ方や捉え方に意味や価値があるのですね。

ならば、できるだけ何事にも肯定的な感じ方や捉え方をしたいもの。

そうすれば、そこには肯定的な意味や価値が生まれるのですから。

だから、状況がダメなのではなくて、状況をダメだと捉えてしまうことがダメ。
ということなんだけど、せっかくなら、こういう場面でも肯定的でいたい。

状況をダメだと捉えることで一時的に自己防衛することができてよかった。けれども、自分を承認し続けるためには、状況を肯定的に捉えた方がより効果的。
ちょっと強引だけど、こんな感じで…

否定は否定を、肯定は肯定を連鎖し誘発させる。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
アイアイを歌うニャンコ

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  コトバ 肯定 承認 お気楽 

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電車内で携帯電話を使わざるを得ない人もいる

優先座席付近では携帯電話の電源をお切りください

電車に乗った時に,時間が知りたくて携帯電話を開いたときのことだ。
「こんなとこで電話したらアカンやろ!」と中年のおばさんに怒鳴られたそうだ。
優先座席の近くだったということもあるが,『目の不自由な人=白杖を持っている』という認識は広まってきているが,時間を知りたいときには音声が出る時計や携帯電話を使うということは,ほとんど知られていないのだ。
そのとき,父は説明しようと思ったが,どうせ分かってもらえないと思い「すみません。」と謝り,とても悲しい気持ちになったそうだ。
見えている人は,時間が知りたければ時計を見ればすぐに分かる。
だが,目が不自由だと音で聞くしかないのだ。

via: 「少しずつ…一歩づつ…」
全国中学生人権作文コンテスト(PDF)

ハッ! としました。

恥ずかしながら知りませんでした。

目の不自由な人は時間を知りたい時、音声が出る時計や携帯電話を使うのだということを。

ちょっと考えれば当たり前のことです。
ちょっと思いを寄せれば分かったはずです。

でも、知らなかった。

もちろん悪意はありませんが、知らなかったことによって、もしかしたら誰かに嫌な思いをさせたことがあったかもしれません。

そう考えると、この事実を遅ればせながら知ることができてよかったと思います。

電車に乗るとマナーの悪い人を見かけることは少なくありません。
明らかに他の乗客の迷惑になっていることもあります。

そんな時、勇気を出して注意してくれる人がいます。

ありがたいなと思います。
見習わないといけないとも思います。

でも、少し確認してみる必要もあるんですね。

その人が単にマナーの悪い人なのか。
理解と協力を必要としている人なのか。

独善的にならないよう注意しながら、大人としての行動を心がけなければならないんですね。

そして、昨日までの自分と同じく、目の不自由な人は時間を知りたい時、音声端末を使わざるを得ないということを知らない人がいるかもしれません。

知っている人が増えれば理解者・協力者は増えるはず。

既に知っている者になった一人として、少しでも多くの人に知ってもらう行動を実践します。

まずは、その第一歩としてのエントリー!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

否、ハッキリと確信しています。

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ついつい探してみたくなります

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  理解 協力 互助 承認 コミュニケーション  

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自分はそれほど悪くない

自分はそれほど悪くない

つまり何が言いたいかっていうと「自分は怠惰な人間だ」って思い込んでいる人は非常にもったいなくて、生命をここまで維持してきている時点で実は十分なエネルギーを既に内在して毎日使っているんだけどそれが行動っていう客観的に分かりやすい形に変換されていないだけ。変換の仕方を考えればいい。

via: Twitter / shh7

どう変換すればよいのかは未だにハッキリと解らないのだが「自分は生命をここまで維持してきたのだ」ということだけは認めることができる。

実は充分なエネルギーを内在していて、知らず知らずのうちにであったとしても、それを活用しながら生き延びてきたということは間違いない。

だからどうしたと言われればそれまでだが、たったそれだけのことを朧気ながらも感じることができたということは、これからも生きていく上で大きな糧になるであう。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
見事な散りっぷりです

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  自信 承認 自分らしさ お気楽 

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お見通し

相手は自分を写す鏡

相手の打算やいやらしさにに気づいちゃうのは、自分もそれやった事あるから。

via: Twitter / shh7

うわっ! 耳が痛い!!

けど、その通り(^^ゞ
たしかに、自分もやったことあるある…

そんな打算はバレてるんだよ…
いやらしい魂胆も読めてるんだよ…
などと、上から目線で批判したくなる。

…かというと、そうでもなくて、そういうことに気づいちゃった時は、なんとも言えない気持ち悪さを感じてしまう。

打算もわかる。いやらしさもわかる。
自分だってやったことあるから。

だからこそ、そういうことやってしまった時、そういうこと考えてしまった時の気持ちもわかるんじゃないのかな。

ちょっと楽してやろうとか、有利にすすめてやろうとか、セコイこと考えたり、コスイことやってみたりした時、たとえそれが首尾よくできたとしても、なんだかスッキリしないことが多い。
セコイからね。コスイし^^;

だったら、今そこにいる相手も同じかもしれない。
いや、きっと同じだろうと思う。

手に取るようにリアルに感じることができるのは、やっぱり自分だってやったことあるから。

相手は自分を写す鏡。
相手の打算やいやらしさにに気づいちゃう自分は、その相手の気持ちだって理解できるんだな。

そういう時、相手がどんな気持ちでいるかがわかるのなら、その相手にどんな風に接すればイイのかもわかるはず。
自分自身がどんな風に接して欲しいのかを考えればイイのだから。

やったことある人だから気づくこと。
気づいた人だからこそできること。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
勇気と行動が生きる力につながる

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イチロー選手の記録よりもスゴイ偉業

イチロー(日米通算4257)歴代最多安打記録達成

マーリンズのイチロー外野手が15日(日本時間16日)の敵地パドレス戦で日米通算4257安打(NPB1278本、MLB2979安打)とし、ピート・ローズの歴代最多安打記録(4256安打)を抜き去った。第1打席で内野安打を放ちローズに並ぶと、第5打席で二塁打をマークし、“ローズ超え”を果たした。

via: Full-count | フルカウント

イチロー(日米通算4257)歴代最多安打記録達成

イチロー選手 おめでとう!!

ついに、ついにこの日がやって来ました!

長かった。本当におつかれさまです。

報道によると「あっさり抜き去る」などの表現がなされていますが、そんなことはありません。

この日の試合でも2打席目までは凡打ですし、5打席目は回って来なかった可能性の高かった流れでした。
この数年は年間打率が3割に達せず、昨シーズンは自身最低の打率を記録してしまっています。

これまでイチロー選手は何度も「苦労している姿を人に見せるつもりはない」と発言しているように、プロとしての結果をファンに見せる姿勢を貫いています。
だから、スーパープレーや大記録をすんなりとやってのけているように見えますが、想像を絶する難関を繰返し乗り越えてきた結果が大記録に繋がっているんですね。難産ですよ。難産。

イチロー(日米通算4257)歴代最多安打記録達成

ですが大方の予想通り、「日米通算」ということで大リーグの記録としては認められないようです。

そりゃ~ そうでしょう!
大リーグのオフィシャルがそんなことを認めたら記録の基準が曖昧になってしまいますし、アメリカ人が認めたくない気持ちも解ります。

にも関わらず、複数の在米メディアがイチローの記録を大絶賛する報道をしました。
たくさんの野球ファンや他チームの選手たちも、イチロー選手に賛辞を送っていました。

これには驚きました!
当然すべてのメディアが正式記録ではないことを強調したり、大きく報道しない姿勢をとると思っていたからです。

イチロー(日米通算4257)歴代最多安打記録達成

参考記録でしかないイチロー選手の記録が、どうしてこんなに評価されたのでしょうか?

2本目のヒットを放って記録を達成した後、ベンチへ戻ってきた場面の写真を見て、なんとなくその理由が分かったような気がしました。

チームメートが総立ちで偉大な記録保持者を迎え入れていました。

かつてマリーズ時代にイチロー選手はチームメイトとの人間関係に悩まされた時期がありました。
自分の記録を優先するがためにチームプレイをしていないと、ファンやマスコミから非難されたこともありました。
けれども、今のイチロー選手にはその片鱗は見当たりません。

いろいろあったけれど、そんなこんなを乗り越えて、本当に認められているんだなと確信しました。
国籍を超え、主義主張や志向の違いを超え、多くの大リーグファンと大リーグで活躍する選手たちから圧倒的な支持を得ているのですね。

それは記録という成果によるものだけではなく、愛され尊敬される存在として認められているということに他なりません。
記録もスゴイけど、もっとスゴイことです!

しかし ホンマに
あんたはエライ!

イチロー選手の本当の偉業とは…」という記事でも触れましたが、とてつもないところまで行っちゃってますよね。
この先まだまだ、大リーグでの3000本安打などの記録への期待もされているイチロー選手ではありますが、もう記録なんて関係ない世界に達しているのかもしれません。

いや、もちろん! 公言しているように50歳まで現役でいて欲しいですし、記録にも挑戦して欲しいのですけれどね^^;
既に彼は「記録に残る選手」であることはもちろん「記憶に残る選手」になったということなのでしょう。

イチロー選手、本当に
おめでとうございます!!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

否、本当に本当に おめでとう(^^)/

イチロー(日米通算4257)歴代最多安打記録達成

●イチロー関連エントリー

●1年前の今日:
待ってました~っ!!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  イチロー    積み重ね 承認 

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「話し合い」よりも「聴き合い」

「話し合い」よりも「聴き合い」

相手に、「これって、これこれこういうことですよね?」って質問されたときに、「はい、その通りです」って言い切れる人って意外と少ない。微妙な認識の違いを言い直して、「はい、これこれそういうことです」ってつい、言い直しちゃう。相手の表現をそのまんま肯定してあげるのって思いのほか難しい。

via: Twitter / shh7

いやホント! そうですよね~

自分の考えをできるだけ正確に表現して伝えたい! っていう思いが、ついつい言い直しちゃうんですよね。

決して悪気があるわけじゃないんですが、自分の考えをちゃんと聴いて欲しい! っていうキモチが、相手のコトバを受け容れる余裕すらなくしてしまう…
逆に自分がそんな風にされると気分が良くないことはカンタンに想像できるにも関わらずにです^^;

ところで、この話題って「話し方・表現の仕方」の問題であるようでいて、実は「話の聴き方」の問題でもあると思うのです。

ときどき「聴き上手になるにはどうしたらイイんでしょう?」とか「相手の話をよく聴くコツってありますか?」というような質問を受けることがあるのですが、この引用ツイートがヒントになるのではないでしょうか。

相手の考え、相手のコトバ、相手の存在自体を、ありのままに受け容れること。それがいわゆる上手な聴き方なのかもしれません。

自分と考えが違う場合は、ムリに肯定する必要はないんです。
ただ「そうかそうか、この人はこう考えてるんだ」と認めればイイだけなんですね。

同意も肯定もできなくたって相手の意見を聴くことはできます。
自分との違いを言う前に、まずは聴く。即ち認めるんですね。

こういう態度で話を聴いてみると、不思議なことに話を聴いてくれた相手、認めてくれた相手、つまりコチラの話にも耳を傾けようとしてくれることが圧倒的に多いんです。

このことは経験的に間違いないと思います。
自分だってそう思いますもん。
自分の話をちゃんと聴いてくれる人の話なら、ちょっとくらい聴いてみようかと思いますよね。

だから慌てなくてイイんです。
急いで自分と相手の意見の違いを説明して解らせようとしなくてもイイんです。
ちゃんと相手の話を聴けば、相手もちゃんと聴いてくれますから。

話の内容の理解度や共感度などが重要なのも確かですが、なにより大切なことは、相手を尊重するということだと思います。

互いに尊重し合う「話し合い」。
それはもう「話し合い」というよりも「聴き合い」といった方がイイのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
あるにはあるんですがね~^^;

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】  承認 聴く コミュニケーション 和の心 お気楽 

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たいていの場合、批判は効き目がない

  1. とにかく批判しない、承認する、を徹底する
  2. 外的コントロールを排除する
  3. 「気持ちはわかる」と言う
  4. ほめずに承認する
  5. 自分で自分を承認する
  6. 相手に期待しない

via: 人間関係にうんざりしたときに読む本

今となっては誰でも知っているコミュニケーションの基本。
ですが実際のところ、腑に落ちていない人も多いようです。

「承認などとヤワなことを言ってばかりじゃなく時にはビシッと言い訊かせてやらなくちゃならない!」と考えている人は少なくないでしょう。

このような考え方の奥にはコントロール思考が根ざしているようです。
決して悪気があるわけではなく、「間違いをおかしている人を変えたい」と願っているんですね。
他人を変えようとする発想が批判や叱責という行動につながります。

けれども、人は外的コントロールでは変えられません。
批判されると逆に「変わりたくない」と思わせてしまう。
一時的に強制されることはあっても、人は根本的に外的コントロールによって変ることを嫌っているからです。

果たして、相手のためと思ってやった批判や叱責は功を奏さず、その相手は不機嫌になり、自分自身もまた不甲斐なさに心を傷つけられることになりかねません。

これは変えようとした相手に自分が承認されなかったということでもあるのです。
相手を承認しなかった自分もまた、そのことによって承認を得ることができず、自ら心を萎えさせてしまうのです。

だからこそ! 批判ではなく承認が大切なのですね。

上記6項目に共通するポイントは、「相手の承認欲求を傷つけないこと」だと思います。

人は批判されると反抗的になりがちですが、承認されると耳の痛い話にも理解を示そうとするものです。

つまり、人は反論や注意そのものに傷つけられるのではなく、承認されないことに傷つくのだということ。

「言いたいことはわかるけれど…」と言われると耳を貸そうと思うのに、頭ごなしに「そんなことではダメだ!」と言われると完全に聞く耳を閉ざしてしまうのですね。

そしてもちろん、承認するということは、相手を褒めるということではありません。
褒めることも承認の一つではありますが、とても褒めれたものではないことを口にするときにも相手を承認することが必要だということ。

相手の間違いを指摘したり、自分の反論を聞いてもらいたいときは、批判的なアプローチをするのではなく、むやみに褒めるのでもなく、まず相手の存在や考えを承認する態度が大切なんですね。
聞いてもらえなければ話になりませんから。

では、承認とはどのようにすれば良いのか?

たとえば挨拶…
「こんにちは」というコトバは褒め言葉ではありませんが、相手の存在を認め尊重する態度を表しています。
このような姿勢や態度なら実践できそうですね。

さらに承認は、他者だけではなく自分自身に対しても忘れてはならないものです。
自分の不甲斐なさや劣等感を覚えることがあったとしても、その部分と自分の存在自体は別のものであり、自分全体を批判的な目で観る必要はありません。

人は反論や注意そのものに傷つけられるのではなく、承認されないことに傷つくのだということ。
これは自分自身にも当てはまります。

まずは批判せず承認すること。
その上で必要とあれば耳の痛いことを言う。

いつも頭の片隅において忘れないでいたいことです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
憲法記念日なので憲法について考えてみる

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自分の価値は自分が決めている

人が自分の価値を決めるのではない。自分を認めてくれる人を、自分で探す責任がある。

自分がどんなふうに見られたいかなんていうのは自分で決められることなのだ。実は人が決めることじゃない。人が自分の価値を決めるのではない。自分を認めてくれる人を、自分で探す責任がある。人に認められるために自分を磨く努力と、自分を認めてくれる人、市場を自ら探す努力。どっちも必要だ。

via: Twitter / shh7

ダメ出しする人の期待に片っ端から応える必要などない。

自分を認めてくれない人にかまっている暇があったら、もっと自分を認めてくれる人に時間を割いたほうがイイ。

誰かれ構わずイイ顔しようったって、そんな上手くいきっこないし、むしろ自分の価値を下げることになる。

自分の価値を最大限に活かしたいなら、自分の価値を認めてくれる人を自分で選ぶことが肝心。

自分の価値は自分の心構えと行動で決まる。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ついつい…

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共存共栄の可能性を探ってみる

VHSビデオカセットテープ

VHSテープ全盛の時代の米国のレンタルビデオ店での話。「見終わったあとはテープ巻き戻してから返却してください」とシールを貼っておいても、巻き戻さずに返却する人が多く、店としては頭を抱えていた。そのまま次の客に貸してしまうと次の客の気分が悪くなるし、店でいちいち巻き戻していては手間がかかって仕方がない。

これを「マナーの問題」としてしまうと、ほぼ解決不可能な難問になってしまうが、この店では思い切ってルールを変更してしまうことにより、この問題をみごとに解決したのだ。VHSテープに貼り付けるシールの文言を「このテープは一度最初まで巻き戻してからご覧ください。返却時は巻き戻さなくても結構です」に変更しただけだ。

こうやって基本ルールを変えただけで、借りたばかりのテープが巻き戻っていなくても気分を害する客はいなくなったし、逆に巻き戻してあると「得をした気になる」ようになったのである。注目すべきは、誰も行動パターンを大きく変えたわけでもないのに、皆の気分が良くなった点である。

via: Life is beautiful

同じ手間でも感じ方は正反対ですね!

「いつもキレイにお使いいただき、どうもありがとうございます」と書かれたトイレにも通ずるものがありますね。
さらに、男性用小便器の中央に的形を付けることで便器周辺の汚れが激減するという事例においては、命令はおろか依頼嘆願すらなしに美化促進を実現しています。

概して、ココロのすれ違いは、見方やコトバのすれ違いから生じます。

視点の置き方次第で価値は変化します。
自分の立場で目的を達成することを考えるだけではなく、そこに関わる人たちの立場で見直してみることによって、両者の利害がぶつかり合わないポイントを見つけることも可能です。

心理をついたテクニックは無闇に多用するべきではないと思いますが、感謝や思いやりを意識した工夫で生活はもっと良くなるはず。

対決する前に共存共栄の可能性を探ってみよう!
「自分さえ良ければ」より「共に良くなる」の方が上手くいく。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ステキ過ぎる非常口誘導サイン

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心配のコトバで愛は伝わらない

心配のコトバで愛は伝わらない

自分が失敗したことがあるからこそ、
人に同じ思いをして欲しくない、
だから「気をつけて!」と言いたくなる。

でも言われる側としては、
「気をつけて!」と言われびくびくしながらやるよりも、
「大丈夫、失敗したってなんとかなる。
 私がなんとかしてあげるから、思う存分やってごらん!」
と言われた方が、
私を気遣ってくれている思いが伝わってくる。

via: おとなの小論文教室。

そうそう! そうなんですよね。
実に耳の痛い話です(^^ゞ

相手のためを思ってのコトバなんですよね。
もちろん、悪気なんてありません。

ところが、それは往々にして相手のためにならないんですよね。
自分の意志とは裏腹に…

そもそも相手のためにというのは自分自身の希望ですからね。
相手が要求してきたことではないんです。
自己満足であったり、おせっかいであったり、むしろ足を引っ張ることになっていたり、自分のエゴからくる行為なんですよね。

解っていても気になって声をかけ過ぎてしまう。
相手のことを心配していたり、応援してあげたいと思っているキモチにウソはないのです。

だからこそ、本当に応援になることだけをするように注意します。
まったく心配せずにはいられないと思いますが、意識して減らしてみます。

そういえば…
今日引用したコラムは、随分前に書いたエントリーで引用したつぶやきと同じものだと気がつきました。

あの時も同じような内容の記事を書いていました。
4年経っても進歩がないな(^^ゞ

いや、大事なことを思い出させてくれて良かった。
絶好のタイミングでした。

というわけで、改めて…

自分勝手な都合で心配して、負担をかけてしまったり、嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい。

充分に注意しますが、どういう風に接して良いのか分からなくなることがあるかもしれません。
今までとは逆に無口になってしまうかもしれません。
ですが、言いたいことはいつも同じです。

あなたが いつも いつも
しあわせでいて欲しいと願っています。

あなたは 私の 大切な存在です。

伝えたいことは これだけです。
こういうキモチを上手く伝えるコトバや態度を使いこなせるとイイなぁ 難しそうではありますが^^;

そして、また
こんな思いをしている人は、きっと自分だけじゃないと思うのです。

だから今度こそ、余計な心配をしてくる人や面倒くさいおせっかいをしてくる人がいたら「ありがとう」を言おうと思います。

思いを伝えることは難しい。

それは おたがいさまですから。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●関連記事:
思いを伝えることは難しい
●1年前の今日:
白マグロ解体実演販売!?

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手本となり、見守り、共感する

「しつけとはどういうことですか」と。

先生は、「自覚者が、し続けることだ」とおっしゃる。

「自覚者といいますと?」
と聞くと、

「それは君じゃないか。
君がやる必要があると認めているんだろう?
それなら君がし続けることだ」

「息子は?」

「放っておけばいい」

via: ●子どもをしつけるための秘訣とは?

「やれ!」と言うだけでは人は動きませんね。

やはり、実績がモノを言う。

しかも、現役なら尚さらですね。

さらに、その場で実際にやって見せることができるなら、何の説明すら要らないかもしれません。

背中で語るということですね。

とは言え、相手に要求すること全てをそのまま実行して見せなくてはならないかと言うと、必ずしもそうではありません。

「実践の人」「口先だけではない行動の人」「言行一致の人」だということを見せなくてはならないということですね。

そして、もう一点、重要なポイントは…
相手が要求する行動をしない場合でも「放っておく」ということです。

それは、まずい部分に注目しないということ。

マイナスの視点をもって相手の至らなさを避難することは、教育の名の下に多様されています。
愛娘が言うことを訊かない時など、自分もそうしてしまうことは日常茶飯事です。

けれども、それは全く効果を発揮しないばかりか、むしろ逆効果になってしまうことが多いものです。

意思の疎通を円滑に深めるためには、プラスの視点をもって相手に接することが大切です。
不必要な高評価やお世辞を言っておだてることではなく、相手の存在や立場を認め、共感できる視点ですね。

相手に求めていることが正しく素晴らしいことなのなら、まずは自分自身が楽しんで実践し続けること。
それを見た相手が、正しさや素晴らしさを感じることができたなら、自然に見倣って行動するようになる。

そうなれば、相手が気づいたこと、実行に移したこと、上手くできたことなどに、この上ない歓びを感じることができるでしょう。

そんなプラスの感情を素直に相手に伝えることで、相手もまた歓びを覚えることは間違いありません。

この歓びがプラスの連鎖を引き起こし、コミュニケーションは加速度的に円滑に深まっていきます。

手本となり、見守り、共感する…
親や上司にとって常に忘れてはならない姿勢ですね。

他人事のように書き連ねましたが、実に耳の痛い話です^^;
何年も前から解っていることなのですが、ついうっかり忘れてしまいがちです。

今ここで再確認し、改めて実践に励みます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

手本となり、見守り、共感する
●1年前の今日:
サムライ in ブラジル

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ハイタッチ式改札機に一票!

ハイタッチ式改札機

改札を通る人たちがイマイチ元気がないのでハイタッチ式にしてはどうだろう(提案)

via: Twitter / imomushio

これイイ!
実に素敵なアイデアですね。

半ばウケ狙いでのつぶやきなのかもしれませんが、いやいや… なかなか… マジで悪くないですよ、この提案。

背筋を伸ばしたり上を向いた状態ではネガティブになりにくいということは臨床心理学でも検証されていますし、それなりに効果が見込めると思います。
また、うつむき加減ではなく胸を張った状態では、後ろめたいことをしづらくなるという傾向もあるようですから、不正乗車などの防止にも役立つかもしれません。

それよりも何よりも、こういう発想ができること、そして共有できること自体がイイ感じです。

このイラストのままでは様々な課題を抱えた設備になってしまうでしょうけれどね^^;
それでもアイデアをアウトプットして公開しておくことには大きな意味があると思います。

一般的に多くの場合、リスクを下げるため、効率を上げるためにと、無難なアイデアや製品が出されがちです。
けれども、可能性としてこういう方向性もあるなということに気づくため、そして忘れないためにも、一見くだらないように感じるアイデアも否定したり埋没させたりしたくないものですね。

しかし、
このニャンコまがいの謎の動物をはどうかとwww

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
楽園の正体

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頷きや相槌をする前に必要なこと

人の話を聞いて、間髪入れずに「あー」と高い声で相槌を打つクライアントがいた。彼はコミュニケーションがうまくいかないことについて悩んでいる。

(中略)

彼は「あー」と言いながら、話をなんとか繋ごうと頑張って考えている。頑張って考えて、相手に何らかの質問をする。質問をされた方はまた答えるが、彼にまた「あー」と分かっているような動作を示されたのちに、分かっていないことが分かるような質問をされる。

(中略)

「分かっていないなら、あーと言わずに、ゆっくり言われたことを咀嚼してみたらどうかな? それで分からないことがあったら聞いてみたっていいわけだし」
と彼に伝えた。

すると、彼は「あー」と言わずに、人の話をじっくりと咀嚼するようになった。そうすることでようやく他人との会話のキャッチボールが始まった。

via: あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

頷きや相槌は話を聴いた結果として湧き出てくる行為であって、話を聴いていることを示すための意思表示ではありません。

人の話を聴く時の態度として、頷いたり相槌を打ったりすることを薦められることがありますが、カタチだけの聴いているフリが通用するのは最初の一時に限られると思います。

誠実に話を聴いているのなら、理解できないことに出くわした時、カタチだけの相槌を打つのではなく、再度聴かせてもらったり、疑問点を投げ返したりするのが自然ではないでしょうか。

相手が少しでも話しやすいようにという配慮として、頷いたり相槌を打ったりすることは悪くないと思うのですが、それは「通じた」ということを伝える手段であって、「通じたフリ」をすることではないはずです。

話を聴いていることを伝えたいのであれば、まず、しっかりと話を聴くことが大切。
相手の話を聴くこと一点に集中することが必要です。

自分自身の意思表示に気を取られている場合ではないですね。

頷きや相槌と同様に、オウム返しや要約、形式的な共感表現なども、相手の話を集中して聴けていることが前提にあってこそ有効なテクニックです。

聴くということの基本は相手シフトを貫くこと。
自分の主張や評価を一切排除して受け容れることに徹するということ。
そうすることで相手が自分の内へと染みこんでくるわけです。

その結果として頷きや相槌が自然に出てくることもあるでしょう。
染みこんでくるまではフリをせず、聴き直して確かめる。
その態度は頷きや相槌以上に相手にも響きます。
それが本当の共感ですね。

こうして共感できた相手は、自分が説明したり主張したり意思表示をした時、しっかり話を聴いてくれる傾向が強くなります。
聴いてくれる人の話は聴きたくなるんですね。

そして、今度は自分が相手の内へと染みこんでいきます。

こうして互いの理解が深まり、共感は信頼へと育まれていくのですね。

聴くということは受け身ではありません。
深いコミュニケーションの実現と関係性強化のための積極的な行動なのです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
集中力をONにするスイッチ!

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我慢しても良くならない

あるとき、ある高名なカメラマンから「もっと人を信じたら」と言われ、以降、できるだけ怒鳴らないようにしました。でも我慢しているだけでは足りなかったのです。我慢とは、僕自身は何も変わってない状況です。結局、無意識下で相手にプレッシャーを与え続けているわけです。

via: 「人望がない人」は、大体"話しすぎ"ている
東洋経済オンライン

我慢しても何も良くならない
自分自身は何も変わっていないから

我慢っていうのは、無理やり抑え込んでるだけですからね。マズイところが表面化しないように蓋を閉めているだけ。
たしかに、何も変わっちゃいないんですよね。

まぁね… 我慢して、一旦流れを止めることによって違った状況が見えてくるということもあるとは思います。
でも、それは我慢の効能じゃなくて、暫し待って一呼吸入れるということによるメリットだと言えそうですね。

やはり、我慢だけじゃ足りないんですね。

だいたい我慢しなきゃ抑えられないっていう時点で、既に我欲一辺倒になっているのでしょう。
相手の声に耳を傾けたり表情の変化を感じる余裕もないほど、強烈な自我を主張しているということです。
そこで、ただ単に感情や熱弁を我慢して表面的な攻撃性を一時的に抑えたとしても、当人の考え方やものの観方は何も変わっていないのですから、状況が改善しないのも無理はありません。

禅の言葉に「喫茶去(きっさこ)」という教えがあります。お茶を召し上がれ、お茶を差し出すこと、嫌いな人にも1杯のお茶を差し出せる余裕――という意味です。

自分とは相いれない考え方に対して、どう対応するかは難しいものです。苦しくなるのは、自分の意見に同意させようとするからではないでしょうか。しかしお茶を差し出す余裕とは、違うということを肯定していると思うのです。自分と違う考え方、違う意見があって当然ととらえる心は、コミュニケーションに幅を持たせます。

via: 「人望がない人」は、大体"話しすぎ"ている
東洋経済オンライン

コミュニケーションは双方向性があってはじめて成立します。
人間関係もまた、二人以上の人が互いの存在を承認した時はじめて発生します。
コミュニケーションや人間関係に問題がある場合の多くは、この前提条件を満たしていません。

別個の人格を尊重しない限り、コミュニケーションも人間関係も成り立たないということです。
「違うということを肯定する」というよりは「ありのまま違いを認めて互いに尊重し合う」姿勢が大切です。

必ずしも肯定や同意をする必要はありません。
ただ「そういう人もいるのだ」「そういう考えもあるのだ」ということを素直に認識するということ。

そうすることなしに、やみくもに我慢しても仕方がありません。
ましてや、我慢もせず、説得しようとしたり屈服させようとしたり、逆に迎合したりするテクニックを使ってみても何の改善も見られないわけです。

「承認する」「尊重する」
改めて心に留め置きたいと思います。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

我慢しても良くならない

●1年前の今日:
できないと思ったときは…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 承認 受容 コミュニケーション 

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EDIT

批判は何も産み出さない

人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。

(吉野 弘)

何度読み返しても心に沁みわたります。
強く共感するとともに、耳の痛い思いに打ちひしがられます。

批判というものは、間違いを正して導こうとする気持ちに悪意がなかったとしても、往々にして思いとは裏腹の結果を招いてしまいがちです。

人は各々の役割を持って生まれてきています。
自分にできることを自分なりに一所懸命やり切りたいものです。
そして、誰も皆その人なりにできることを一所懸命やっているのです。

立場や役割が違えば、自ずと考えや行動にも違いが出てきます。
自分の立場、自分の役割から見た視点だけで、あらゆる物事を善悪いずれかの一方に決めつけることはできません。

批判からは何も産み出されません。
退け合うのではなく、補い合う姿勢が大切ですね。

ところが、知識としては理解できていても、時折その真意を忘れてしまうことがあります。
解っているつもりでも、うっかり批判を浴びせかけてしまう自分が情けなく感じることもあります。

批判というのは、引き寄せたいがための心の叫び。
良かれと思ってやっているつもりでも、実は歩み寄る姿勢ではありません。

けれども、やはり、批判からは何も産み出されません。
相手を批判しないだけでなく、自分自身のことも軽々しく批判しないことです。

気がつかせてくれたことに感謝して、今一度、改めて心に留め置きます。

人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
なんとも健気なワンコ

コメント:2 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  和の心 承認 受容 コミュニケーション 

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