元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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時は儚く移ろいやすくとも思いは変わらない

73回目の終戦の日 平成最後の「全国戦没者追悼式」(2018年8月15日)

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に七十三年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: 戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉全文 - 産経ニュース

今日は73回目の終戦の日。

平成では最後となる全国戦没者追悼式が開かれ臨席した天皇陛下がお言葉を述べられました。

陛下は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」との表現を新たに加え「深い反省」との言葉を4年連続で用い、追悼の意と世界の平和への願いを強く表されました。

ご高齢となった今上天皇のご臨席も今年が最後となりますが、心から恒久的な世界平和を望んでおられる陛下のご意思を受け、今後この平和を自分たちが守っていかなければならないと改めて感じます。

先の戦争に至った経緯や責任についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては紛れもなく日本国民の悲願であり誓いです。

戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れず、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが我々国民の責務であると改めて確信しました。

平成最後全国戦没者追悼式

そして平和な時代に生まれ育ち、今年もお盆の墓参りをすることができました。

朝からぐずついた空模様でしたので暑さは堪えませんでしたが、雨の中での墓参となりました。

平成最後のお盆となりますが、この墓にお参りするのも最後になるかもしれません。

時代が変わっていくとともに生活の事情や環境も変わっていきます。

来年は新たな時代を迎え新たなお墓でお盆を迎えることになる予定ですが、恒久平和への思いはいつの時代にも変わりなく持ち続けていきたいものです。

この墓では最後の墓参となるか!?
●1年前の今日:
この自由と平和を守る責任は自分たちにある

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市民社会の力で世界中に広げていきましょう

長崎平和祈念式典2018

 73年前のきょう、8月9日午前11時2分。真夏の空にさく裂した一発の原子爆弾により、長崎の街は無残な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるものすべてが焼き尽くされ、廃虚と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮き沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と体に深い傷を負い、今も放射線の後障害に苦しみ続けています。

 原爆は、人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです。

 1946年、創設されたばかりの国際連合は、核兵器など大量破壊兵器の廃絶を国連総会決議第1号としました。同じ年に公布された日本国憲法は、平和主義を揺るぎない柱の一つに据えました。広島・長崎が体験した原爆の惨禍とそれをもたらした戦争を、二度と繰り返さないという強い決意を示し、その実現を未来に託したのです。

 昨年、この決意を実現しようと訴え続けた国々と被爆者をはじめとする多くの人々の努力が実り、国連で核兵器禁止条約が採択されました。そして、条約の採択に大きな貢献をした核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞しました。この二つの出来事は、地球上の多くの人々が、核兵器のない世界の実現を求め続けている証しです。

 しかし、第2次世界大戦終結から73年がたった今も、世界には1万4450発の核弾頭が存在しています。しかも、核兵器は必要だと平然と主張し、核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに、被爆地は強い懸念を持っています。

 核兵器を持つ国々と核の傘に依存している国々のリーダーに訴えます。国連総会決議第1号で核兵器の廃絶を目標とした決意を忘れないでください。そして50年前に核拡散防止条約(NPT)で交わした「核軍縮に誠実に取り組む」という世界との約束を果たしてください。人類がもう一度被爆者を生む過ちを犯してしまう前に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換することを強く求めます。

 そして世界の皆さん、核兵器禁止条約が一日も早く発効するよう、自分の国の政府と国会に条約の署名と批准を求めてください。

 日本政府は、核兵器禁止条約に署名しない立場をとっています。それに対して今、300を超える地方議会が条約の署名と批准を求める声を上げています。日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます。

 今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります。南北首脳による「板門店宣言」や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向けた努力を求めます。

 長崎の核兵器廃絶運動を長年けん引してきた二人の被爆者が、昨年、相次いで亡くなりました。その一人の土山秀夫さんは、核兵器に頼ろうとする国々のリーダーに対し、こう述べています。「あなた方が核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである」。もう一人の被爆者、谷口稜曄さんはこう述べました。「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはなりません」。

 二人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました。二人がいなくなった今、改めて「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いを次世代に引き継がなければならないと思います。

 平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりにできることはたくさんあります。

 被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。

 長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は、高校生たちの発案で始まりました。若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っています。

 折り鶴を折って被爆地に送り続けている人もいます。文化や風習の異なる国の人たちと交流することで、相互理解を深めることも平和につながります。自分の好きな音楽やスポーツを通して平和への思いを表現することもできます。市民社会こそ平和を生む基盤です。「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を、市民社会の力で世界中に広げていきましょう。

 東日本大震災の原発事故から7年が経過した今も、放射線の影響は福島の皆さんを苦しめ続けています。長崎は、復興に向け努力されている福島の皆さんを引き続き応援していきます。

 被爆者の平均年齢は82歳を超えました。日本政府には、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、今も被爆者と認定されていない「被爆体験者」の一日も早い救済を求めます。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意をささげ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界と恒久平和の実現のため、世界の皆さんとともに力を尽くし続けることをここに宣言します。

2018年(平成30年)8月9日
長崎市長 田上 富久

via: 長崎市│平成30年長崎平和宣言(宣言文)

被爆から73年目を迎えた今日、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が催された。

式典には被爆者や遺族、米国やロシアなど核保有国を含めた71カ国の大使ら計約5800人が参列。
国連のグテレス事務総長も現職として初めて出席し、核兵器廃絶の重要性を訴えた。

長崎市の田上市長は平和宣言の中で、先の広島平和宣言と同様に日本政府に対し核兵器禁止条約に賛同するよう求めるとともに、原爆の後障害に苦しむ被爆者の援護の充実と、未だ被爆者と認定されていない被爆者の一日も早い救済を求めた。

ここ長崎でも被爆者の平均年齢は82歳を超え、次世代にどう被爆体験を伝えていくかが大きな課題になっている。

一方、地元の高校生らは爆心地を示す慰霊碑を囲んで手を取り合い、人間の鎖をつくって核兵器を廃絶と平和な世界を目指すことを誓った。

核兵器廃絶一万人署名活動は、長崎の高校生たちの発案で始まった。

若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っている。

核廃絶と世界平和の実現のためには、さらにこの若い力が必要不可欠。

だからこそ私たちは「ナガサキ・ヒロシマ」を継続して語り伝えなければならない。

●1年前の今日:
ノーモア ヒバクシャ

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歴史を忘れ直視することをやめないために

【日本ニュース】広島原爆の日:広島平和宣言(全文)

73年前、今日と同じ月曜日の朝。広島には真夏の太陽が照りつけ、いつも通りの一日が始まろうとしていました。皆さん、あなたや大切な家族がそこにいたらと想像しながら聞いてください。8時15分、目もくらむ一瞬の閃光。摂氏100万度を超える火の球からの強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風。立ち昇ったきのこ雲の下で何の罪もない多くの命が奪われ、街は破壊し尽くされました。「熱いよう!痛いよう!」潰(つぶ)れた家の下から母親に助けを求め叫ぶ子どもの声。「水を、水を下さい!」息絶え絶えの呻(うめ)き声、唸(うな)り声。人が焦げる臭気の中、赤い肉をむき出しにして亡霊のごとくさまよう人々。随所で降った黒い雨。脳裏に焼きついた地獄絵図と放射線障害は、生き延びた被爆者の心身を蝕(むしば)み続け、今なお苦悩の根源となっています。

世界にいまだ1万4千発を超える核兵器がある中、意図的であれ偶発的であれ、核兵器が炸裂(さくれつ)したあの日の広島の姿を再現させ、人々を苦難に陥れる可能性が高まっています。

被爆者の訴えは、核兵器の恐ろしさを熟知し、それを手にしたいという誘惑を断ち切るための警鐘です。年々被爆者の数が減少する中、その声に耳を傾けることが一層重要になっています。20歳だった被爆者は「核兵器が使われたなら、生あるもの全て死滅し、美しい地球は廃墟と化すでしょう。世界の指導者は被爆地に集い、その惨状に触れ、核兵器廃絶に向かう道筋だけでもつけてもらいたい。核廃絶ができるような万物の霊長たる人間であってほしい。」と訴え、命を大切にし、地球の破局を避けるため、為政者に対し「理性」と洞察力を持って核兵器廃絶に向かうよう求めています。

昨年、核兵器禁止条約の成立に貢献したICANがノーベル平和賞を受賞し、被爆者の思いが世界に広まりつつあります。その一方で、今世界では自国第一主義が台頭し、核兵器の近代化が進められるなど、各国間に東西冷戦期の緊張関係が再現しかねない状況にあります。

同じく20歳だった別の被爆者は訴えます。「あのような惨事が二度と世界に起こらないことを願う。過去の事だとして忘却や風化させてしまうことがあっては絶対にならない。人類の英知を傾けることで地球が平和に満ちた場所となることを切に願う。」人類は歴史を忘れ、あるいは直視することを止めたとき、再び重大な過ちを犯してしまいます。だからこそ私たちは「ヒロシマ」を「継続」して語り伝えなければなりません。核兵器の廃絶に向けた取組が、各国の為政者の「理性」に基づく行動によって「継続」するようにしなければなりません。

核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい。

私たち市民社会は、朝鮮半島の緊張緩和が今後も対話によって平和裏に進むことを心から希望しています。為政者が勇気を持って行動するために、市民社会は多様性を尊重しながら互いに信頼関係を醸成し、核兵器の廃絶を人類共通の価値観にしていかなければなりません。世界の7,600を超える都市で構成する平和首長会議は、そのための環境づくりに力を注ぎます。

日本政府には、核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

本日、私たちは思いを新たに、原爆犠牲者の御霊に衷心より哀悼の誠を捧げ、被爆地長崎、そして世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

平成30年(2018年)8月6日

広島市長 松井 一實

via: 広島市 - 平和宣言【平成30年(2018年)】

広島は今日6日、73回目の「原爆の日」を迎え、平和記念式典が催された。

松井一実広島市長は平和宣言の中で、自国第一主義の台頭、核兵器の近代化などに対して懸念を訴えるとともに、日本政府に対して核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めることを求めた。

一方、安倍晋三首相は今年も禁止条約には触れず、核の保有国と非保有国の橋渡しに努めると述べた。

この1年で死亡が確認されたのは5393名。奉安箱に納められた原爆死没者名簿は115冊、記載人数は31万4118名となった。

全国の被爆者健康手帳所持者は今年3月末で15万4859名と年々減少を続けており、平均年齢は82.06歳に達した。

次世代にどう被爆体験を伝えていくかが大きな課題になっている。

このまま時間に任せてフェードアウトさせてしまってよいのか?

核兵器をやむを得ないものとして認めてしまってよいのか?

核抑止や核の傘という考え方は極めて不安定で危険極まりない。

人類は歴史を忘れ直視することをやめたとき重大な過ちを犯してしまう。

だからこそ私たちは「ヒロシマ」を「継続」して語り伝えなければならない。

平成30年(2018年)広島平和記念式典
●1年前の今日:
絶対に譲れないことがある

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この自由と平和を守る責任は自分たちにある

天皇陛下おことば・全文 終戦72年全国戦没者追悼式(17/08/15)

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に七十二年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: 【終戦の日】全国戦没者追悼式 天皇陛下お言葉・全文 - 産経ニュース

今日は72回目の終戦の日

日本武道館で行われた全国戦没者追悼式において、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた一昨年から3年連続で「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域の情勢に対して憂慮されているのではないでしょうか。

気のせいかもしれませんが、少々ご高齢を感じさせる所作が見受けられました。
心底から恒久的な世界平和を望んでおられる陛下の心中お察しいたします。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れず、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが我々国民の責務であると改めて確信しました。

というわけで…
今夕は、家族揃って参拝してから食事に出かけました。

昨日14回目の誕生日を迎えた長女のお祝いのためです。

長女のリクエストで焼肉パーティーでした。

家族4人が揃っての焼肉は、改めて考えてみると初めてのこと。

美味しくおなか一杯いただきました。
とっても楽しいひと時でした。
お姉ちゃんも満足してくれたようで良かったです。

多くの先人のおかげで、こうして平和としあわせな家族団らんを謳歌させていただいていることに感謝。

そして今後は、自分たちがこの平和を守っていかなければならないと、更に強く感じた一日でした。

長女14歳の誕生日は焼肉パーティ
●1年前の今日:
世界の平和と一層の発展を祈ります

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ノーモア ヒバクシャ

長崎平和宣言 長崎平和祈念式典 2017年8月9日

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

via: Huffington Post Japan

長崎は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、核保有国を含む58カ国の代表と被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3551人の原爆死没者が名簿に書き加えられ、長崎原爆の死没者は計17万5743人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、国連で核兵器禁止条約が採択されたことを被爆者の長年の願いが形になったとして意義を強調するとともに、核兵器廃絶に向けた歩みをさらに進めることの重要性を訴えました。

そして、先の広島平和宣言と同じく、条約に反対する核保有国や日本を含む核の傘の下にある国々に対して核兵器に依存する安全保障の在り方を見直すよう強く求めました。

これに対して安倍首相の挨拶には、広島に引き続き条約についての言及はありませんでした。

今年もまた政治色の強い平和宣言になりましたが、核兵器禁止条約の話題が大きく取り上げられ、極東におけるきな臭い動きが活発になっている昨今、当然のことであろうと思います。

外交や国際政治には一筋縄では解決できな問題が山積している上に、難しい駆け引きが要求されますから理想や正論だけを声高に訴えることはできません。

しかし、世界唯一の被爆国であり、多くの罪のない市民の生命を失った我が国において核兵器廃絶の実現は責任であり悲願です。
キレイ事だけでは済まない難局もあるかと思いますが、とるべき進路の先にある核心部分については、日本国民の意志として常に明確にし決してブレることがあってはなりません。

被爆国の原点。

決して忘れてはならない譲ることのできない絶対条件です。

これだけは絶対に譲れないという姿勢を堅持するよう政府関係者に強く希望します。

長崎平和祈念式典2017
●1年前の今日:
核兵器の歴史は不信感の歴史です

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絶対に譲れないことがある

平和宣言 広島平和記念式典 2017年8月6日

皆さん、72年前の今日、8月6日8時15分、広島の空に「絶対悪」が放たれ、立ち昇ったきのこ雲の下で何が起こったかを思い浮かべてみませんか。鋭い閃光がピカーッと走り、凄まじい放射線と熱線。ドーンという地響きと爆風。真っ暗闇の後に現れた景色のそこかしこには、男女の区別もつかないほど黒く焼け焦げて散らばる多数の屍。その間をぬって、髪は縮れ真っ黒い顔をした人々が、焼けただれ裸同然で?がれた皮膚を垂らし、燃え広がる炎の中を水を求めてさまよう。目の前の川は死体で覆われ、河原は火傷(やけど)した半裸の人で足の踏み場もない。正に地獄です。「絶対悪」である原子爆弾は、きのこ雲の下で罪のない多くの人々に惨たらしい死をもたらしただけでなく、放射線障害や健康不安など心身に深い傷を残し、社会的な差別や偏見を生じさせ、辛うじて生き延びた人々の人生をも大きく歪めてしまいました。

このような地獄は、決して過去のものではありません。核兵器が存在し、その使用を仄めかす為政者がいる限り、いつ何時、遭遇するかもしれないものであり、惨たらしい目に遭うのは、あなたかもしれません。

それ故、皆さんには是非とも、被爆者の声を聞いてもらいたいと思います。

15歳だった被爆者は、「地獄図の中で亡くなっていった知人、友人のことを偲ぶと、今でも耐えられない気持ちになります。」と言います。そして、「一人一人が生かされていることの有難さを感じ、慈愛の心、尊敬の念を抱いて周りに接していくことが世界平和実現への一歩ではないでしょうか。」と私たちに問い掛けます。

また、17歳だった被爆者は、「地球が破滅しないよう、核保有国の指導者たちは、核抑止という概念にとらわれず、一刻も早く原水爆を廃絶し、後世の人たちにかけがえのない地球を残すよう誠心誠意努力してほしい。」と語っています。

皆さん、このような被爆者の体験に根差した「良心」への問い掛けと為政者に対する「誠実」な対応への要請を我々のものとし、世界の人々に広げ、そして次の世代に受け渡していこうではありませんか。

為政者の皆さんには、特に、互いに相違点を認め合い、その相違点を克服するための努力を「誠実」に行っていただきたい。また、そのためには、核兵器の非人道性についての認識を深めた上で、自国のことのみに専念して他国を無視することなく、共に生きるための世界をつくる責務があるということを自覚しておくことが重要です。

市民社会は、既に核兵器というものが自国の安全保障にとって何の役にも立たないということを知り尽くし、核を管理することの危うさに気付いてもいます。核兵器の使用は、一発の威力が72年前の数千倍にもなった今、敵対国のみならず自国をも含む全世界の人々を地獄へと突き落とす行為であり、人類として決して許されない行為です。そのような核兵器を保有することは、人類全体に危険を及ぼすための巨額な費用投入にすぎないと言って差し支えありません。

今や世界中からの訪問者が年間170万人を超える平和記念公園ですが、これからもできるだけ多くの人々が訪れ、被爆の実相を見て、被爆者の証言を聴いていただきたい。そして、きのこ雲の下で何が起こったかを知り、被爆者の核兵器廃絶への願いを受け止めた上で、世界中に「共感」の輪を広げていただきたい。特に、若い人たちには、広島を訪れ、非核大使として友情の輪を広げていただきたい。広島は、世界の人々がそのための交流をし、行動を始める場であり続けます。

その広島が会長都市となって世界の7,400を超える都市で構成する平和首長会議は、市民社会において世界中の為政者が、核兵器廃絶に向け、「良心」に基づき国家の枠を超えた「誠実」な対応を行えるような環境づくりを後押ししていきます。

今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取組を更に前進させなければなりません。

特に、日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。また、平均年齢が81歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々に寄り添い、その支援策を一層充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

平成29年(2017年)8月6日

広島市長 松井 一實

広島市長の平和宣言全文 - 日本経済新聞

広島は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

平和公園で行われた式典には、80か国の代表を含む約5万人が参列しました。
この1年間に亡くなった人や新たに死亡が確認された5530名を含む30万8725名の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められ、原爆が投下された午前8時15分に、参列者全員で黙とうを捧げました。

松井一実広島市長は、平和宣言の中で、国連で採択された核兵器禁止条約に反対した日本政府に対して、核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたいと強く求めました。

これに対して安倍首相は条約に言及することはありませんでした。

国際政治や外交においては一筋縄ではいかない駆け引きや困難な交渉が常につきまとっていることと思います。

しかし、核兵器は絶対悪です。

我が国にとっては、核兵器禁止条約は是が非でも締結を推進すべき課題の一つであるはずです。
唯一の被爆国である我が国の責任であるとも言えます。

平和を維持するために譲らざるをえない条件も少なくないとは思いますが、こればかりは如何なる難題を突きつけられても決して譲ることのできないこと。
今こそ大志、大義を貫いて自立した日本国民としての主張をして、日本の未来のために、世界の平和のためのに、役目を果たしていきたいものです。

平成29年(2017年)広島平和記念式典
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被爆71年目の広島原爆忌に思うこと

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原爆投下にも匹敵する大空襲を忘るまじ

大空襲から72年、東京都慰霊堂で法要

10万人が犠牲になった東京大空襲から今日で72年。
東京都慰霊堂では秋篠宮ご夫妻や小池都知事をはじめ遺族ら約600人が参列して法要が営まれました。

都慰霊協会によると、犠牲者名簿の人数は計8万905人。
慰霊堂には約10万5千人分の戦災犠牲者の遺骨を安置されています。

太平洋戦争の記憶は年々風化していますが、広島・長崎への原爆投下や沖縄での地上戦については比較的広く知られていると言えるかもしれません。

しかし、東京をはじめとする日本全国の市街地への空襲については、その実態があまり語り継がれていないのが現状です。

1945年3月10日未明の東京大空襲は今日の法要などでニュースになることもありますが、実は東京だけでも1944年11月14日から106回も空襲にみまわれています。

一晩で10万人の民間人が致命傷を負い100万人が罹災した空襲があったこと、そのような市街地への爆撃が日本全土で何百回も繰り返されたこと、軍事施設や軍需工場ではなく民間人が無差別に爆撃を受けていたこと、このような事実があまり報じられることなく風化していくことは、残念でなりません。
遺族の方々であればなおのことでしょう。

あえて今日は詳しいことには触れませんが、72年前の今日、東京で10万人が犠牲となった空襲があったということだけは、記しておきたいと思います。

明日3月11日は東日本大震災から6年目となります。

大震災も忘れ得ぬ大惨事ではありますが、その前日3月10日も日本人にとって、平和を願う世界の人々にとって忘れてはならない一日です。

戦争の犠牲になったすべての方々のご冥福を心よりお祈りします。

大空襲から72年、一面焼け野原になった東京
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花があったら
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ピントがズレ過ぎている

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世界の平和と一層の発展を祈ります

天皇陛下のお言葉!【全国戦没者追悼式 2016年8月15日】

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることはありません。

ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: BLOGOS

今日、日本武道館で行われた71回目の全国戦没者追悼式で、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた昨年に引き続き「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

この「反省」は、敵味方に関わらず戦争による悲惨な経験をしたあらゆる人々に向けられた「反省」であり、心底から恒久的な世界平和を望んでおられることが感じられます。

また、長い間大きな変化のなかった全国戦没者追悼式でのお言葉にこのような特徴的な内容を2年連続で盛り込まれたことは、その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域での情勢に対して憂慮されているのではないかとも考えられます。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

惨禍の犠牲となった戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れることなく、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが今を生きる国民の責務であると改めて確信しました。

全国戦没者追悼式
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戦争の惨禍が再び繰り返されぬための反省を

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核兵器の歴史は不信感の歴史です

被爆71周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

長崎平和宣言 2016年

長崎平和宣言

核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。

1945年8月9日午前11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸(なきがら)、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。

原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。

核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。

今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。

核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。

今年、ジュネーブの国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。

核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。

国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。

核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。

今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。

日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。

核兵器の歴史は、不信感の歴史です。

国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未(いま)だに1万5000発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。

この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。

我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。

市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。

被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。

若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。

戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。

若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。

福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。

日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧(ささ)げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。

2016年(平成28年)8月9日

長崎市長 田上 富久

via: 長崎市│平成28年長崎平和宣言(宣言文)

長崎は今日、71回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、53カ国の代表を含む約5600人の被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3487人の原爆死没者の名簿が奉安され、長崎原爆の死没者は計17万2230人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、核兵器保有国の首脳らに被爆地訪問を促すとともに、核軍縮交渉を前進させる枠組みを話し合う国連の会議への参加を要求。
日本政府には、非核三原則の法制化や北東アジア非核兵器地帯の検討を求め、唯一の戦争被爆国として行動に移すリーダーシップを発揮して欲しいと述べました。

年を重ねる毎に政治色の強くなる平和宣言ではありますが、それでも恒久平和の実現と核兵器廃絶を懇願する被爆地の首長スピーチとしては妥当な内容であったと思います。

例年同様この宣言に賛同しない意見も散見しますが、平和記念式典を主義主張の駆け引きの場に利用することなく、この日ばかりは平和の祈りを捧げ犠牲者の慰霊に注力していただきたいと切に願います。

そして自分自身もまた、世界唯一の被爆国の国民として、それ以前に日本人として、戦争の悲惨さと平和の大切さを忘れることなく、僅かでも後世に伝えていくことを改めて誓います。

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平和の理念

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被爆71年目の広島原爆忌に思うこと

(全録)広島「原爆の日」 松井一實市長が平和宣言

広島は今日、71回目の原爆忌を迎えました。

平和記念公園では例年通り平和記念式典が開かれ、約5万人が犠牲者を悼むとともに改めて平和を誓いました。

松井一実市長は平和宣言で、現職の米大統領として初めて広島を訪問したオバマ氏のスピーチを引用して、核兵器廃絶へ、情熱を持ち、世界が連帯して行動を起こすよう呼びかけました。

また、今日〈現地時間では5日〉リオデジャネイロではオリンピックの開会式が行われました。
21日までの会期中はオリンピックの話題が目白押しになることでしょう。

それは今日の朝刊が広島原爆忌よりもオリンピックの記事を大きく掲載していることを見ても明らかです。

オリンピックはスポーツを通じた世界的かつ平和的なイベントですから大きく取り上げられることに不思議はありません。
けれども、広島原爆忌は世界で初めて原爆が実践に使用された日であり、わが国はもちろん、世界各国で平和や核廃絶について考えるに相応しい日として認知されるべきだと思います。
オリンピックと比較することの是非はともかく、原爆忌の意義を軽んじてはならないし、繰り返してはならない過ちとしての認識が薄らぐことがあってはならないと思うのです。

被爆後71年が経過し被爆者の平均年齢が80歳を超えた今、ただでさえ風化を避けることができない状況を迎えていますが、だからこそ忘れてはならない日として強く意識したいものです。

オリンピックの開会式は、この日を避けてもらいたかったですし、意図的に同じ日にしたのではないことを強く願って止みません。

さらに、今夜は全国各地で花火大会が開催されました。
花火には鎮魂の意が込められていると言われていますから、これも行事自体には問題はないのですが、個人的にはこの日の花火見物は複雑な思いを抱かざるを得ません。
毎年このブログでも「なにわ淀川花火大会」の記事を掲載していますが、今年ばかりは爆音と閃光の映像をアップする気にはなれませんでした。

昨年の今日ここに、自分たちにできることは祈りだけではないはずだと書きました。
戦争や原爆の悲惨さにとどまらず、戦争や原爆投下に至る状況を知り、それを後世に伝えていかなくてはならないことにも触れました。
本質的な取り組みをさらに進めることを誓いました。
が、この一年を振り返ってみて、まだまだ実践が不足していることを反省させられた一日でした。

核兵器廃絶へ、情熱を持ち、世界が連帯して行動を起こす…
これをスピーチの台詞で終わらせることなく実行するために、自分は具体的に何をすれば良いのか再確認し、たとえ一つでも実践を増やしていきます。

被爆71周年 広島平和記念式典
●1年前の今日:
自分たちにできることは祈りだけではないはず

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戦争の惨禍が再び繰り返されぬための反省を

全国戦没者追悼式

今日は70回目の終戦の日。
全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で開かれました。

天皇、皇后両陛下をはじめ、安倍首相や遺族と各界の代表ら約7000人が参列。
先の大戦の犠牲になった約31万人を悼み、平和への誓いを新たにしました。

これに先立って昨日14日、安部首相は記者会見を開き、戦後70年を迎えての談話を発表しています。

安倍晋三 70年談話【全24分】

この談話については各所で多数の解説が出されていますので、ここでは詳しく書きませんが、近年稀に見る非常にバランスの良いスピーチであったと思います。

欧米からの評価は芳しくありませんでしたが目立った批判はなく、アジア太平洋諸国からは歓迎されているようです。
近年、反日姿勢を強めている中共と韓国からも強い批判は出されていません。
また国内でも左右・中道を問わず、概ね突っ込みどころのないスピーチとして評価されている模様です。

この談話の発表に当たっては当初、もっと勇ましい内容になるのではと言われてきましたが、様々な要因が重なってこのような内容に落ち着いたようですが、現政権の立場での国益保守の体面を維持しながらも、内外のあらゆる方面からの批判を避けることに成功しています。

また、多くの関係先に配慮した政治的に優れたスピーチだと言えると思いますが、今回の談話の内容に最も影響を与えたのは皇室だと言われています。

安倍首相が、これまでの政権が発表してきた談話と大きく路線を変えたものを発表する場合は、天皇陛下が特別に戦後70年に際してのお言葉を発表するであろうとみられ、それと大きく異る内容にすることは首相談話を格下げしてしまい、政権維持も危うくなる懸念があったためだと思われます。

年内は終戦70年に際したスピーチが出される可能性がありますので、政府や皇室の今後の動きにも注目したいところです。

一方、全国戦没者追悼式では、首相式辞、黙祷に続いて、天皇陛下が以下の様なお言葉を述べられました。

「終戦の日」70回目迎える、戦没者追悼式

 「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に70年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません。

 ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: mainichi.jp
【全国戦没者追悼式】天皇陛下おことば全文

過去20年近くにわたって全国戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉はほとんど変化がありませんでしたが、今回は「先の大戦に対する深い反省」について初めて言及されました。

ここで言う「反省」は、特定の相手に対する特定の行為に向けられたものだけでなく、敵味方に関わらず戦争による悲惨な経験をしたあらゆる人々に向けられた「反省」であると思います。
陛下もまた、あらゆる方面へ配慮してお言葉に変化を持たせたのでしょう。

ご自身もまた戦争を直に体験されたお一人として、心底から恒久平和を望んでおられることと、その思いは日本の国益にとどまらず、世界平和を強く意識していることがありありと感じられました。

昨日の安部首相の談話は政治的に評価の高いスピーチでしたが、今日の天皇陛下のお言葉は、平和への願いをより率直に表したという意味で日本国民はもとより世界中の市民に受け容れられるものであり、洋の東西、主義主張を問わず共通の真理に基づいた人類の願いであると思います。

現実問題と真理に不整合が生じないようにバランスをとって、世界平和を実現できることを切に願います。

全国戦没者追悼式

戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、まさに悲願であり誓いです。

惨禍の犠牲となった戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れることなく、それを次の世代に伝えていくことこそ今に生きる国民の責務であると、終戦の日の今日、改めて確信しました。

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恒久平和への思いを言霊に込める

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平和の理念

70回目の長崎原爆の日

phot: mainichi.jp

長崎平和宣言

昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。

大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4000人が亡くなり、7万5000人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを一日たりとも忘れることはできません。

原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。

原子爆弾の凄まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省の中から生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。

今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

原爆や戦争を体験した日本、そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。

今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

NPT加盟国の首脳に訴えます。

今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

改めて、長崎から呼びかけます。

オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、人類の一員として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

日本政府に訴えます。

国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、「核の傘」から「非核の傘」への転換について、ぜひ検討してください。

この夏、長崎では世界の128の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。

現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。

被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2015年(平成27年)8月9日
長崎市長 田上富久

via: ハフィントンポスト

長崎で70回目の原爆の日を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には約6千人の被爆者や遺族らが参列し、7万人もの犠牲者の冥福を祈りました。

長崎市の田上富久市長が平和宣言の中で、「日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています」と安倍政権が国会に提出した安保法案について触れ、会場は大きな拍手で共鳴しました。

一方、世論の中には宣言に賛同しないものも散見します

国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、「核の傘」から「非核の傘」への転換について、ぜひ検討してください。

そんな綺麗事で再発は防げない…
抑止力があればあの原爆投下も防げたはず…
北東アジア非核兵器地帯など夢物語…
田上市長の平和宣言に対して批判的なコメントを見かけました。

昨今は集団的自衛権や憲法論が話題となっている状況下、賛否を問わず鮮明な意思表示をする人が増えているのも頷けます。

実際のところ容易く解決できる問題ではないと思います。
状況の変化に応じて打つ手を考えていかなくてはならないのも事実です。
どのような方法であれ最善を尽くす他ありません。

そこで思い出すのは、終戦直前の昭和天皇の決断です。

当時の日本は、ジェット戦闘機や新型爆弾を既に完成させていました。ここで言う新型爆弾とは原爆のことだと言われています。

それが実際に使用されなかったのは、既に敗戦が確実となり資金資材ともに困窮していたためだとされていますが、昭和天皇がその使用を禁じたためだという記録が残っています。
「新型爆弾によって戦況が有利になったとしても、そのために新型爆弾の投下合戦になったり、何百万もの無辜の民が死ぬようなことになるとしたら先祖に申し訳がたたない」と。
国益のみならず世界平和を意識して苦渋の決断をした背景には、日本人としての生き方がありありと感じられます。

確かに、理想論だけでは平和を実現できないでしょう。
国際情勢を鑑みて何らかの抑止力を持つ必要もあると思います。
効果的かつ即効性の高い策があるかもしれません。
しかし我々が日本人である限りは、あくまで日本人らしい方法をとることが天与の役割ではないかと思うのです。
ギリギリの選択になると思いますが、最善を尽くすことを忘れたくありません。

世界唯一の被爆国の国民として、それ以前に日本人として、戦争の悲惨さと平和の大切さを改めて考え、僅かでも後世に伝えていきたいと思います。

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平和の原点が揺らいでいる

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自分たちにできることは祈りだけではないはず

2015年 原爆死没者慰霊式・平和祈念式

 私たちの故郷には、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。

 1945年8月6日午前8時15分、その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。きのこ雲の下には、抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、焼け崩れた建物。幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、その中には朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども含まれていました。

 辛うじて生き延びた人々も人生を大きく歪められ、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきました。生きるために盗みと喧嘩を繰り返した子どもたち、幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、被爆が分かり離婚させられた女性など――苦しみは続いたのです。

 「広島をまどうてくれ!」。これは、故郷や家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫びです。

 広島県物産陳列館として開館し100年、被爆から70年。歴史の証人として、今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、皆さんと共に、改めて原爆被害の実相を受け止め、被爆者の思いを噛みしめたいと思います。

 しかし、世界には、いまだに1万5000発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

 核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。

 当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ」と強調します。

 辛く悲しい境遇の中で思い悩み、「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、紡ぎ出した悲痛なメッセージです。その心には、人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。

 人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは「共に生きる」ために、「非人道性の極み」「絶対悪」である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。そのための行動を始めるのは今です。既に若い人々による署名や投稿、行進など様々な取り組みも始まっています。共に大きなうねりを創りましょう。

 被爆70年という節目の今年、被爆者の平均年齢は80歳を超えました。広島市は、被爆の実相を守り、世界中に広め、次世代に伝えるための取り組みを強化するとともに、加盟都市が6700を超えた平和首長会議の会長として、2020年までの核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます。

 今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。

 来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。

 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、議論の開始を主導するよう期待するとともに、広島を議論と発信の場とすることを提案します。また、高齢となった被爆者をはじめ、今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、被爆者をはじめ先人が、これまで核兵器廃絶と広島の復興に生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。そして、世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。

平成27年(2015年)8月6日

広島市長 松井一実

via: 広島平和宣言全文 : 読売新聞

70回目の広島原爆忌を迎えました。

午前8時から広島市中区の平和記念公園で開かれた平和記念式典(原爆死没者慰霊式・平和祈念式)には約5万5千人が参列し犠牲者を悼みました。

被曝70年という節目を迎え注目を浴びた今年の平和記念式典でしたが、マスコミ等の報道は例年のそれと大きく変ることはありませんでした。

式典への参列者が例年より多かったり、海外からも過去最多の100ヶ国以上の代表者が出席したりしたことは、ある意味で象徴的な出来事であったと思いますが、それ以外には「いつも通り」を払拭する強いメッセージを感じることができませんでした。

このことこそが、未だに見えてこない核兵器廃絶への道を最も象徴しているような気がします。

原爆の悲惨さや平和の大切さを後世に伝えることについては、かねてから盛んに言われていることですし、そのことは紛れもなく重要な課題です。

しかし、なぜドイツやイタリアではなく日本に原爆が投下されたのか?、なぜ先の戦争をしなければならなかったのか?、そういった国際情勢や思想的な背景については、未だに詳しく語られることが多くありません。

どうしてこのような悲劇が起こってしまったのか?
それは地震や洪水のような自然災害とは違います。

このような本質的な議論がなされないまま、世界初、世界唯一の被曝を不幸な事故や天変地異と同じように悲観するだけでは、積極的に核兵器を廃絶する運動を盛り上げることは難しいのではないかと感じます。

被爆者の平均年齢が80歳を超えた今、体験者から直接話を伺う機会は多くありません。また、あまり市民に賢くなって欲しくない人たちは、あえて本質的な情報を広く報せようとはしません。
もっと自主的に本質的なことに目を向け、耳を傾け、自発的に考えて状況を判断しなければ、本当の平和を手にすることはできないのではないでしょうか?

単に戦争や原爆の悲惨さにとどまらず、戦争や原爆投下に至る状況を知り、それを後世に伝えていかなくてはなりません。

被曝の風化を避けることはできません。

しかも、戦争や核の脅威は今なお身近に潜んでいます。

複雑難解な国際情勢や国家レベルの利害関係に対して自分たち市民ができることは多くないかもしれません。

けれども、自分たちにできることは祈りだけではないはずです。

もっと主体的に本質を学び知ること…
もっと主体的に本質に迫り考えること…
もっと主体的に本質を伝えること…
戦後70年を本当の節目とするべく、本質的な取り組みをさらに進めます。

●1年前の今日:
「忘れない」とは「他人事にしない」ということ

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恒久平和への思いを言霊に込める

今日は69回目の終戦の日。

全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で開かれました。

天皇、皇后両陛下をはじめ
安倍首相や遺族と各界の代表ら約6000人が参列。

先の大戦の犠牲になった約31万人を悼み
平和への誓いを新たにしました。


(全録)全国戦没者追悼式 天皇陛下がお言葉を述べられる

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々と、その遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来すでに69年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時を忍ぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と、我が国の一層の発展を祈ります。

歴史を顧み、戦争の惨禍が
再び繰り返されないことを切に願う…

戦争に至った経緯や責任問題については
さまざまな議論があろうかと思いますが
「戦争の惨禍を再び繰り返さない」
この一点に関しては、まさに悲願であり誓いです。

そして、そんな惨禍の犠牲となった戦没者に対し
敬意と感謝の念を忘れることなく
それを次の世代に伝えていくことこそ
今に生きる国民の責務であると改めて痛感します。

改めてそう感じた今年の終戦の日…
こんなwebサービスを見つけました。

第2次世界大戦を「さいごの世界大戦」にリネームしよう

第2次世界大戦を「さいごの世界大戦」にリネームしよう

第2次世界大戦を「さいごの世界大戦」に変換する
ブックマークレットとGoogle Chrome拡張機能です。

web上で「第2次世界大戦という語を確認すると
自動的に「さいごの世界大戦」に変換して表示します。

再び戦争が続かないように…
第3次世界大戦なんて起きないように…
これで最後になるようにという思いから
作成されたプログラムだそうです。

ふざけた遊びだ…
戦争を軽々しく扱いすぎだ…
などと言う意見も見受けられますが
個人的には新たな試みとしては
興味深いチャレンジだと思いました。

遊び半分で戦争の惨劇を扱うことは
もちろん! 賛成できることではありませんが
再びあの悲惨な戦争を起こさない…
という思いを叶えるための一案としては
摘み取ってしまう必要はないと思うのです。

戦争を避けたいと願っている人は
世界の大多数であると信じていますが
少なからず戦争に必要性を感じている人もいます。

戦争を避けたいと思っていても
戦争を完全に防ぐ特効薬がない現状では
このような言霊の力を使ってでも
恒久平和を実現したいと願うことも
否定できないのではないでしょうか。

二度と戦争の惨禍を繰り返さないという
強い思いがあるならばこそ
それを言葉に明確に表して
習慣として心身に染み込ませることについては
積極的に検討してみて良いと思います。

「さいごの世界大戦」で犠牲になった方々と
そのご遺族に対して深く哀悼の意を表し
改めてここに恒久平和を誓います。

 

●1年前の今日:先達への敬意と感謝を忘れてはならない

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  平和  天命 戦争 

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平和の原点が揺らいでいる

69年前のこの時刻、この丘から見上げる空は真っ黒な原子雲で覆われていました。米軍機から投下された一発の原子爆弾により、家々は吹き飛び、炎に包まれ、黒焦げの死体が散乱する中を多くの市民が逃げまどいました。凄まじい熱線と爆風と放射線は、7万4千人もの尊い命を奪い、7万5千人の負傷者を出し、かろうじて生き残った人々の心と体に、69年たった今も癒えることのない深い傷を刻みこみました。
今も世界には1万6千発以上の核弾頭が存在します。核兵器の恐ろしさを身をもって知る被爆者は、核兵器は二度と使われてはならない、と必死で警鐘を鳴らし続けてきました。広島、長崎の原爆以降、戦争で核兵器が使われなかったのは、被爆者の存在とその声があったからです。

もし今、核兵器が戦争で使われたら、世界はどうなるのでしょうか。 今年2月メキシコで開かれた「核兵器の非人道性に関する国際会議」では、146か国の代表が、人体や経済、環境、気候変動など、さまざまな視点から、核兵器がいかに非人道的な兵器であるかを明らかにしました。その中で、もし核戦争になれば、傷ついた人々を助けることもできず、「核の冬」の到来で食糧がなくなり、世界の20億人以上が飢餓状態に陥るという恐るべき予測が発表されました。
核兵器の恐怖は決して過去の広島、長崎だけのものではありません。まさに世界がかかえる“今と未来の問題”なのです。
こうした核兵器の非人道性に着目する国々の間で、核兵器禁止条約などの検討に向けた動きが始まっています。
しかし一方で、核兵器保有国とその傘の下にいる国々は、核兵器によって国の安全を守ろうとする考えを依然として手放そうとせず、核兵器の禁止を先送りしようとしています。
この対立を越えることができなければ、来年開かれる5年に一度の核不拡散条約(NPT)再検討会議は、なんの前進もないまま終わるかもしれません。
核兵器保有国とその傘の下にいる国々に呼びかけます。
「核兵器のない世界」の実現のために、いつまでに、何をするのかについて、核兵器の法的禁止を求めている国々と協議ができる場をまずつくり、対立を越える第一歩を踏み出してください。日本政府は、核兵器の非人道性を一番理解している国として、その先頭に立ってください。
核戦争から未来を守る地域的な方法として「非核兵器地帯」があります。現在、地球の陸地の半分以上が既に非核兵器地帯に属しています。日本政府には、韓国、北朝鮮、日本が属する北東アジア地域を核兵器から守る方法の一つとして、非核三原則の法制化とともに、「北東アジア非核兵器地帯構想」の検討を始めるよう提言します。この構想には、わが国の500人以上の自治体の首長が賛同しており、これからも賛同の輪を広げていきます。

いまわが国では、集団的自衛権の議論を機に、「平和国家」としての安全保障のあり方についてさまざまな意見が交わされています。
長崎は「ノーモア・ナガサキ」とともに、「ノーモア・ウォー」と叫び続けてきました。日本国憲法に込められた「戦争をしない」という誓いは、被爆国日本の原点であるとともに、被爆地長崎の原点でもあります。
被爆者たちが自らの体験を語ることで伝え続けてきた、その平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれています。日本政府にはこの不安と懸念の声に、真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求めます。
長崎では、若い世代が、核兵器について自分たちで考え、議論し、新しい活動を始めています。大学生たちは海外にネットワークを広げ始めました。高校生たちが国連に届けた核兵器廃絶を求める署名の数は、すでに100万人を超えました。
その高校生たちの合言葉「ビリョクだけどムリョクじゃない」は、一人ひとりの人々の集まりである市民社会こそがもっとも大きな力の源泉だ、ということを私たちに思い起こさせてくれます。長崎はこれからも市民社会の一員として、仲間を増やし、NGOと連携し、目標を同じくする国々や国連と力を合わせて、核兵器のない世界の実現に向けて行動し続けます。世界の皆さん、次の世代に「核兵器のない世界」を引き継ぎましょう。
東京電力福島第一原子力発電所の事故から、3年がたちました。今も多くの方々が不安な暮らしを強いられています。長崎は今後とも福島の一日も早い復興を願い、さまざまな支援を続けていきます。

来年は被爆からちょうど70年になります。
被爆者はますます高齢化しており、原爆症の認定制度の改善など実態に応じた援護の充実を望みます。
被爆70年までの一年が、平和への思いを共有する世界の人たちとともに目指してきた「核兵器のない世界」の実現に向けて大きく前進する一年になることを願い、原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市とともに核兵器廃絶と恒久平和の実現に努力することをここに宣言します。

2014年(平成26年)8月9日

長崎市長 田上 富久

via: ハフィントンポスト

台風11号が接近する中
今日、長崎では
69回目の原爆の日を迎えました。

爆心地近くの平和公園では
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれ
6千人近くの被爆者や遺族らが
約7万人の犠牲者の冥福を祈りました。

田上富久長崎市長は平和宣言で
来年開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議で
日本が唯一の被爆国として主導的役割を果たすよう
政府に求めるなど、改めて核兵器廃絶を訴えました。

また
政府が閣議決定した集団的自衛権の行使容認にも言及し
憲法に込められた不戦への誓いは
被爆国日本の原点であるとともに
被爆地長崎の原点でもあると述べ
国民に広がる不安や懸念に対して
真摯に向き合うことを政府に強く求めました。

これに対して式典に出席した安倍総理大臣は
来年は被爆から70年目という節目の年であり
核兵器のない世界を実現するための取り組みを
さらに前に進めると述べるに留まりました。

いつの頃からでしょうか。

原爆の日のニュースと言えば
このような政治家の発言を中心に
報道されるようになったのは…

しかも、そんなニュースですら
僅かな時間しか報じられなくなりました。

もちろん、政治家たちの発言は
不戦、非核を中心とした恒久平和に関するものですが
毎年、理想論やべき論が繰り返され
市民が政治家に期待しているものとは
かけ離れたものになっている気がしてなりません。

さらに
戦前戦後の歴史的社会的背景や
被爆者の並々ならぬ生活の様子、
被曝直後の惨劇の詳細を伝える番組や記事は
年々少なくなってきています。

終戦後69年を経て
被爆者や戦争体験者も少なくなり
先の戦争の真実は風化してゆく一方です。

けっして忘れてはならないと言いつつ
薄れゆく記憶を止めようとする行動や
風化を防ぐ対策はあまりにも少ないように感じます。

既得権者たちの政治的駆け引きが優先となり
被爆者や戦没者、その遺族への配慮や
本当の意味での恒久平和への思いが
薄れてきているような気がしてなりません。

かく言う自分もまた
史実の風化防止や平和のための具体的行動を
積極的に実行しているわけでもありませんから
偉そうなことは言えないのですが
せめて、原爆投下忌や終戦の日くらいは
世界唯一の被爆国の国民として
戦争の悲惨さと平和の大切さを改めて考え
身近な人たちと話合う日にし続けて
僅かでも後世に伝えていきたいと思います。

長崎平和宣言2014

 

●1年前の今日:被爆国の原点に返れ

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