元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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それって電器屋さんだけじゃないですよね

秋葉原の老舗家電量販店オノデン

「なんでも相談にのってくれる電器屋さんというのは、以前は街の電器屋さんがそうだったと思うんですが、まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

via: 秋葉原 変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由

「なにもしなかったからだよ」

秋葉原の老舗家電量販店オノデンの三代目社長は、インタビューの中で「なぜオノデンさんだけが秋葉原で生き残ったのか?」という質問にこう答えています。

そして、「誰もが商売を大きくしたいと望むが、うちは密度が薄くなる経営はしたくなかった」という創業者の精神を語っています。

「目の届く範囲内で商いをしたい」

商売を拡大するためにはタイミングを見計らって一気呵成に攻めの姿勢に出ることも必要ですが、それはリスクの高い投資であることも少なくありません。
一時代の覇者となったとしても、巨大化してフットワークが鈍くなってしまった構造では時代の変化に追いつかず、勢いを永く保つことは困難です。

時代によって変化する市場のニーズや環境に対応していくためには、目の届く範囲内で密度の高い経営が合っていたということでしょう。

時代の変化による他社の動向を意識し過ぎて流れに呑み込まれてしまうことなく、ブレない理念に則って積極的に「なにもしない」という選択をしたことが生き残りの鍵だったということですね。

しかし、その鍵ですらも今後の時代の変化に合わなくなってしまう時が来るかもしれません。

理念というのは表面的な具体策ではありません。

「親切な電器店」というオノデンの社是は、ただ時代の流れに合った経営や商売をするという意味のみならず、お客さまや取引先、そして従業員と関係を深めていくことを目指している。だからこそ永く続ける必要があるという意義が込められているのだと思います。

自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現する経営。
その一つのカタチが「親切な電器店」なのでしょう。

そう言われてみれば、昔は街の電器屋さんには「親切な電器店」が多かったように思います。

それは街の電器屋さんだけではありません。

ただの懐古的な印象ではなく、日本では商工業が発達した近世はもちろん、もっと前の農業の時代から三方良しの発想が根付いていました。

近年になって始まったことじゃないんですね。
まさに日本人的なやり方なのだと言えるでしょう。

つまり、「親切な電器店」的な生き方は、一時代の潮流ではなく、これからも求められる本質的な生き方だと言うことができます。

見通しが立ちにくいこれからの時代を生き抜いていくためにも、自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現すること。これが大切なのだということですね。

「まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

「この街は赤が緑になるわけじゃなくて、赤の上に緑や青が重なって、十二単みたいになっていくの。昔ながらのパーツ屋さんだってあるし、ネジだけ売っている店もいまだにあるからね。ひとつひとつのボリュームは小さくなっても、地層のように重なり合ってまだ残っています。お客様もそれぞれが自分の波長にあうお店に行っている」

日本人が日本人である限り、この需要に応える役割は求められています。

自分自身のシゴトにも当てはまること。
肝に命じます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
次女の力作

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愚直に行動を継続する

一年で一回しか振り返らない人と、一年で三六五回振り返る人と、いったいどちらの人生がうまくいくか。
考えるまでもありません。
一日一日、愚直に、自分を振り返る習慣を継続して持つことで、やがては自分の人生を自分でコントロールできるようになっていくのだと思います。

via: あたりまえのことをバカになってちゃんとやる

世の中には超人的な天才もいるし
まぐれ当りやビギナーズラックもある。

けれども基本は積み重ね。

美しい宝石も元々は石ころ同然の原石。

それを磨いて磨いて
磨き尽くしてやっと宝石になる。

何かを上達させたいと思うのなら
とにかく練習や稽古を積み重ねること。

派手な成果を上げている人だって
長い下積みを経験していることは多いし
毎日の地味な練習を欠かさない人は少なくない。

その練習や稽古には非効率なものもあれば
効果的に成果が得られるものもある。

しかし、どんな効率的な方法であっても
それを実行しない限り成果は望めないし
より多く繰り返している人には追いつかない。

早いもの勝ちっていうのは
急がば回れを早く実行したもの勝ちということ。

効率的な方法を探している間に
愚直な練習を積み重ねよう!

途中で良い方法に巡り合ったら
既存のやり方にとらわれずに変えていけばイイ。

やはり基本は積み重ね。
つまり、数稽古。

量の伴わない質はない。

優れた才能も
画期的なアイデアも
圧倒的な効率化策も
愚直な試行錯誤を伴って初めて成果が出る。

上手くいかなくてもスグに諦めない。
上手くいかないときは工夫を加えて繰り返す。
一回ごとの失敗は実は真の失敗ではない。

上手くいったら何度でも繰り返して習慣にする。
上手くいってもさらに改善すればより強くなる。
一回きりの成功は真の成功とは限らない。

もしかすると、天才っていうのは
愚直に行動を継続できる人のことなのかもしれない。

ならば、誰しも天才になれるチャンスはある。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
好きと嫌いは両立する

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野心と大志

野心と大志

ある中小企業の経営者の方が「すべての従業員がマイホームのローンを払えて、二人以上の子供を安心して育てて大学に送れるような会社にしたい」と言って小さい夢だと批判されてたのだけど、僕は、そういう生き方を皆が望むわけじゃないとしても、それはぜんぜん「小さい」夢ではないと思ったのだ。

via: Twitter / tsukuru_agender

いやホント…
ぜんぜん小さくないですね。

むしろ、その大志に頭が下がります。

これを批判した人は、せっかく事業をするのなら、数千億円以上の年商とか、株価の高騰とか、世界進出とかを狙うべきだと考えているのでしょう。

それはある意味で正しいと思いますが、批判された経営者の語ったことが小さい夢だとは言えないとも思うのです。

また、この批判に対して「決して小さな夢ではない」と逆批判として寄せられているコメントに「金額的には決して小さいものではない」「社員を使い捨てる企業が少なくないのに素晴らしい」「大企業にもできていないこと」といったものが見受けられます。

「小さな夢ではない」と共感している人が非常に多いことがよく分かります。が、それと同時に件の経営者氏の発言の趣旨とは少し感覚が違うような気もします。

批判している人も、それを逆批判している人の何割かも、規模や金額の大小を各々の基準で主張しています。

しかし、件の経営者氏やツイート主は、そういう部分だけでなくて別の視点で見ているんじゃないかと思うのです。

たとえば、「将来それが何につながるのか」とか「社会全体の中での自分自身の役割」とか、そういう視点。

語られた内容そのものだけではなく、その先に見ているもの。

それはまさしく天下国家レベルの課題であり、百年の計を成し遂げる一助となろうとする責任と覚悟です。

これをどうして「小さな夢」だと言えましょうか?

同じ夢は夢でも、目先の成果の大小を語る夢を「野心」と呼び、国家百年の計を語る夢を「大志」と呼ぶ。
その違いは桁違いに大きい。
そう確信しています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
恐るべし北海道

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シャンプーの容器に見る利他の精神

シャンプーの容器にギザギザ状のきざみがついているのをご存知でしょうか?

シャンプーとリンス、シャンプーの方だけギザギザがついてるのは花王が考えたんだけど、特許を取らなかった。さらに他のメーカーに働きかけて、今ではどのシャンプーにもついてる。企業の利益より消費者の利便性を優先した姿勢は素晴らしいと思う。

via: Twitter / yamazaki_design

ほほぉ~ 天晴おみごと!!

シャンプーのボトルにギザギザがついているのは聞いたことがあったのですが、こんなエピソードがあったとは知りませんでした。

(シャンプーのきざみができるまで|花王株式会社)

消費者や市場への貢献もさることながら、業界や社会全体の共存共栄を考えての行動が実に素晴らしいですね。

とか言いつつ、2年くらい前から湯シャン(シャンプーや石鹸を使わない洗髪法)にしているので、ギザギザの良さを実感できていなくて どうもスミマセンです^^;

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
今こそ再認識したい基礎教育の重要性

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挑戦し続けることの価値

何度でも積み上げる

きれいに積み上げた積み木を崩れないように大切に守る技術よりも、何度でもきれいに積み上げる技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

via: Twitter / fta7

転ばないようにする技術よりも、何度転んでも立ち上がる技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

短期間で仕上げる技術よりも、きちんと仕上げるまで継続できる技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

経費を減らす技術よりも、少しでも利益を増やす技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

批判されるのを避ける技術よりも、たとえ一人でも支持者を生み出す技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

誰もが注目するブログ記事を書く技術よりも、定期的にブログを更新し続ける技術を磨いた方がたぶん役に立つ。

前者が役に立たないということではない。

しかし、前者にこだわる必要はない。

成功の秘訣は成功するまでチャレンジし続けること。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
組合せの効果

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この自由と平和を守る責任は自分たちにある

天皇陛下おことば・全文 終戦72年全国戦没者追悼式(17/08/15)

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に七十二年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: 【終戦の日】全国戦没者追悼式 天皇陛下お言葉・全文 - 産経ニュース

今日は72回目の終戦の日

日本武道館で行われた全国戦没者追悼式において、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた一昨年から3年連続で「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域の情勢に対して憂慮されているのではないでしょうか。

気のせいかもしれませんが、少々ご高齢を感じさせる所作が見受けられました。
心底から恒久的な世界平和を望んでおられる陛下の心中お察しいたします。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れず、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが我々国民の責務であると改めて確信しました。

というわけで…
今夕は、家族揃って参拝してから食事に出かけました。

昨日14回目の誕生日を迎えた長女のお祝いのためです。

長女のリクエストで焼肉パーティーでした。

家族4人が揃っての焼肉は、改めて考えてみると初めてのこと。

美味しくおなか一杯いただきました。
とっても楽しいひと時でした。
お姉ちゃんも満足してくれたようで良かったです。

多くの先人のおかげで、こうして平和としあわせな家族団らんを謳歌させていただいていることに感謝。

そして今後は、自分たちがこの平和を守っていかなければならないと、更に強く感じた一日でした。

長女14歳の誕生日は焼肉パーティ
●1年前の今日:
世界の平和と一層の発展を祈ります

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ノーモア ヒバクシャ

長崎平和宣言 長崎平和祈念式典 2017年8月9日

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

via: Huffington Post Japan

長崎は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、核保有国を含む58カ国の代表と被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3551人の原爆死没者が名簿に書き加えられ、長崎原爆の死没者は計17万5743人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、国連で核兵器禁止条約が採択されたことを被爆者の長年の願いが形になったとして意義を強調するとともに、核兵器廃絶に向けた歩みをさらに進めることの重要性を訴えました。

そして、先の広島平和宣言と同じく、条約に反対する核保有国や日本を含む核の傘の下にある国々に対して核兵器に依存する安全保障の在り方を見直すよう強く求めました。

これに対して安倍首相の挨拶には、広島に引き続き条約についての言及はありませんでした。

今年もまた政治色の強い平和宣言になりましたが、核兵器禁止条約の話題が大きく取り上げられ、極東におけるきな臭い動きが活発になっている昨今、当然のことであろうと思います。

外交や国際政治には一筋縄では解決できな問題が山積している上に、難しい駆け引きが要求されますから理想や正論だけを声高に訴えることはできません。

しかし、世界唯一の被爆国であり、多くの罪のない市民の生命を失った我が国において核兵器廃絶の実現は責任であり悲願です。
キレイ事だけでは済まない難局もあるかと思いますが、とるべき進路の先にある核心部分については、日本国民の意志として常に明確にし決してブレることがあってはなりません。

被爆国の原点。

決して忘れてはならない譲ることのできない絶対条件です。

これだけは絶対に譲れないという姿勢を堅持するよう政府関係者に強く希望します。

長崎平和祈念式典2017
●1年前の今日:
核兵器の歴史は不信感の歴史です

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絶対に譲れないことがある

平和宣言 広島平和記念式典 2017年8月6日

皆さん、72年前の今日、8月6日8時15分、広島の空に「絶対悪」が放たれ、立ち昇ったきのこ雲の下で何が起こったかを思い浮かべてみませんか。鋭い閃光がピカーッと走り、凄まじい放射線と熱線。ドーンという地響きと爆風。真っ暗闇の後に現れた景色のそこかしこには、男女の区別もつかないほど黒く焼け焦げて散らばる多数の屍。その間をぬって、髪は縮れ真っ黒い顔をした人々が、焼けただれ裸同然で?がれた皮膚を垂らし、燃え広がる炎の中を水を求めてさまよう。目の前の川は死体で覆われ、河原は火傷(やけど)した半裸の人で足の踏み場もない。正に地獄です。「絶対悪」である原子爆弾は、きのこ雲の下で罪のない多くの人々に惨たらしい死をもたらしただけでなく、放射線障害や健康不安など心身に深い傷を残し、社会的な差別や偏見を生じさせ、辛うじて生き延びた人々の人生をも大きく歪めてしまいました。

このような地獄は、決して過去のものではありません。核兵器が存在し、その使用を仄めかす為政者がいる限り、いつ何時、遭遇するかもしれないものであり、惨たらしい目に遭うのは、あなたかもしれません。

それ故、皆さんには是非とも、被爆者の声を聞いてもらいたいと思います。

15歳だった被爆者は、「地獄図の中で亡くなっていった知人、友人のことを偲ぶと、今でも耐えられない気持ちになります。」と言います。そして、「一人一人が生かされていることの有難さを感じ、慈愛の心、尊敬の念を抱いて周りに接していくことが世界平和実現への一歩ではないでしょうか。」と私たちに問い掛けます。

また、17歳だった被爆者は、「地球が破滅しないよう、核保有国の指導者たちは、核抑止という概念にとらわれず、一刻も早く原水爆を廃絶し、後世の人たちにかけがえのない地球を残すよう誠心誠意努力してほしい。」と語っています。

皆さん、このような被爆者の体験に根差した「良心」への問い掛けと為政者に対する「誠実」な対応への要請を我々のものとし、世界の人々に広げ、そして次の世代に受け渡していこうではありませんか。

為政者の皆さんには、特に、互いに相違点を認め合い、その相違点を克服するための努力を「誠実」に行っていただきたい。また、そのためには、核兵器の非人道性についての認識を深めた上で、自国のことのみに専念して他国を無視することなく、共に生きるための世界をつくる責務があるということを自覚しておくことが重要です。

市民社会は、既に核兵器というものが自国の安全保障にとって何の役にも立たないということを知り尽くし、核を管理することの危うさに気付いてもいます。核兵器の使用は、一発の威力が72年前の数千倍にもなった今、敵対国のみならず自国をも含む全世界の人々を地獄へと突き落とす行為であり、人類として決して許されない行為です。そのような核兵器を保有することは、人類全体に危険を及ぼすための巨額な費用投入にすぎないと言って差し支えありません。

今や世界中からの訪問者が年間170万人を超える平和記念公園ですが、これからもできるだけ多くの人々が訪れ、被爆の実相を見て、被爆者の証言を聴いていただきたい。そして、きのこ雲の下で何が起こったかを知り、被爆者の核兵器廃絶への願いを受け止めた上で、世界中に「共感」の輪を広げていただきたい。特に、若い人たちには、広島を訪れ、非核大使として友情の輪を広げていただきたい。広島は、世界の人々がそのための交流をし、行動を始める場であり続けます。

その広島が会長都市となって世界の7,400を超える都市で構成する平和首長会議は、市民社会において世界中の為政者が、核兵器廃絶に向け、「良心」に基づき国家の枠を超えた「誠実」な対応を行えるような環境づくりを後押ししていきます。

今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取組を更に前進させなければなりません。

特に、日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。また、平均年齢が81歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々に寄り添い、その支援策を一層充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

平成29年(2017年)8月6日

広島市長 松井 一實

広島市長の平和宣言全文 - 日本経済新聞

広島は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

平和公園で行われた式典には、80か国の代表を含む約5万人が参列しました。
この1年間に亡くなった人や新たに死亡が確認された5530名を含む30万8725名の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められ、原爆が投下された午前8時15分に、参列者全員で黙とうを捧げました。

松井一実広島市長は、平和宣言の中で、国連で採択された核兵器禁止条約に反対した日本政府に対して、核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたいと強く求めました。

これに対して安倍首相は条約に言及することはありませんでした。

国際政治や外交においては一筋縄ではいかない駆け引きや困難な交渉が常につきまとっていることと思います。

しかし、核兵器は絶対悪です。

我が国にとっては、核兵器禁止条約は是が非でも締結を推進すべき課題の一つであるはずです。
唯一の被爆国である我が国の責任であるとも言えます。

平和を維持するために譲らざるをえない条件も少なくないとは思いますが、こればかりは如何なる難題を突きつけられても決して譲ることのできないこと。
今こそ大志、大義を貫いて自立した日本国民としての主張をして、日本の未来のために、世界の平和のためのに、役目を果たしていきたいものです。

平成29年(2017年)広島平和記念式典
●1年前の今日:
被爆71年目の広島原爆忌に思うこと

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玉に瑕とは言いますが…

玉に瑕とは言いますが…

玉に瑕

【読み】 たまにきず

【意味】 玉に瑕とは、ほとんど完全に近いものなのに、わずかな欠点があることのたとえ。

【注釈】 「瑕」とは宝玉の表面にできたきずのことで、過失や欠陥という意味もある。
それさえなければ完全なのに、惜しいことにほんの少しの欠点がある場合にいう。

via: 故事ことわざ辞典

そう! 玉に瑕。
「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんです。

なのに何故だか気になるんですね。

気になるから更にキズへの意識が強くなる。

そして、ますます気になってしまう。

これを繰返しているうちに大問題に仕立て上げてしまう。

でも、このときの判断に合理性はないですね。
「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんですから。

そのキズは、きっと 0.01%くらいのものですよ。
99.99%は まったく問題のない美しい宝石そのもの。

それを全体が無価値であるかの如く批判的な評価をする必要はありませんし、むしろ精度や純度の高い素晴らしい宝石だと言えるのではないでしょうか?

「そのキズさえなければ完全なのに」
「たった0.01%が全てを台無しにしている」
中には、こう考える人がいるかもしれません。

人によって判断基準はさまざまですから、もちろん、そういう考えがあっても不思議ではありません。

ですが、もう少し視野を拡げて改めて考えてみてください。

この世の中に「玉に瑕」を持たない人がいるでしょうか?

全人類を検証する術はありませんから断言してはならないのかもしれませんが、おそらく、100%完璧な人など人類誕生以来これまでに一人も存在しなかったのではないかと思うのです。
万が一いたとしても極々僅かであるはずです。

ならば…

世の中に「玉に瑕」を持たない人がいないならば…
自分が気になって気になって仕方がないそのキズは、「人並み」ってことじゃないんですかね。
誰もが必ず持っている「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんですから。

そのキズは、0.01%くらいのものです。
99.99%は まったく問題のない美しい宝石そのもの。

この精度や純度の高い素晴らしい宝石を、もっと愛でてあげたい。

ましてや、周りの人たちから感謝され、温かく見守られているのだとしたら、その人たちのキモチを裏切らないためにも、キズに目を奪われている場合ではありません。

自分の「大部分を占める美点」「圧倒的な長所」を素直に認め、とことん活用して、自分の大切な人たちのお役にたちたいものです。

「疵」に囚われず「玉」を活かし切る。
「玉に瑕」の本意は、ここにあるんじゃないでしょうか。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

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動物をフラッシュ撮影しないでください

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たいていの大人は虫嫌いだが…

たいていの大人は虫嫌いだ

たいていの大人は虫嫌いだ。当然、世のお母さんたちにも虫嫌いは多く、博物館に虫を見に来る親子の中にも、お母さんは虫嫌いということがかなりある。しかしそういう場合、決まってお母さんが子供の前で「嫌い」、「気持ち悪い」と言わない。子供に自分の好き嫌いを植えつけない姿勢は立派だなと思う。

via: Twitter / dantyutei

人はハッキリした目的があるとき
自分のポテンシャルを最大限に発揮させて
その目的を達成させようとする。

ましてや、その目的が
何にも代えがたい大切な人のためなら
なおさら想像以上の力を発揮するものだ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

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子どもには大人に見えないものも見えている!?

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パクチーが好きな人はパクチーがないと困る

どんなに優れていても万人に好かれるのは無理って事はカレーやハンバーグが証明してくれてるし、色んな人に嫌われている様に見えても深く愛してくれる人がいるって事はパクチーが証明してくれてるし、俺たちはもうちょっと気楽に生きてもいいな。

via: Twitter / Rock_ozanari

いやホンマ!!

自分って、パクチーかもな…
と思ったとしても気にしなくてイイし
もし希望通りカレーになれたとしても
誰からも愛される保証なんてない。

カレーに憧れるキモチは解るけど
パクチーに生まれた限りは
パクチーとして全力を尽くす方がイイ。

けっして妥協しろということではない。
パクチーはカレーに劣ってはいないということ。

パクチーにはパクチーの役割があるし
パクチーがなければ困る人もいるわけで
カレーにパクチーの代わりはできないということ。

大切なことは
好きなこととは限らない。

大切なことは
自分の役割に徹するということ。
自分の素質を活かしきれること。

大切な人とは
憧れの人とは限らない。

大切な人とは
自分を理解してくれている人。
自分を必要としてくれている人。

できること
誰かの役に立てること
自分を高められることを
死ぬまで大切にした方がイイ。

気の合う人
自分を信頼してくれる人
自分を好きでいてくれる人を
死ぬほど大切にした方がイイ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
何かに反対する時は

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怖くたってイイ。心配になってもイイ。

怖くたってイイ。心配になってもイイ。

「想いに忠実に×自分の頭でよく考えて×勇気を出して=選択したこと」に人は後悔しない。うまくいくかいかないか未来は誰にもわからない。失敗するかも苦労するかもしれない。それでも選ばなければ一生後悔しただろう。想いに添った道での苦労は、自分を損なわない、コツコツ自分を満たしていく。

via: Twitter / zoonieyamada

そうそう!

大切なことは
自分で選ぶこと。
自分で決めること。
自分で実践し続けること。

だから、そうしてきたのでしょう。

波風や逆風にもめげすに頑張ってきた。
しんどいながらも楽しんできた。
そこに生き甲斐を感じてきたのでしょう。

ところが、ときには
思い切って清水の舞台から飛び降りたのに…
せっかく考え抜き迷い切り実践したのに…
こんなはずではなかったのに…
そんな思いがよぎることもある。

けれども、それは
後悔とは似て非なるもの。

見えないだけなんだよ。

見えないから心配になることもある。

誰だって一寸先も見えないんだよ。

だから誰だって心配になることもある。

けれども、それは
後悔とは似て非なるもの。

だって、その証拠に
まだ前を向いているじゃないか。

前が見えないから心配なんでしょう。

選んで決めて行動に移したことを
後悔しているわけじゃない。

だったら、そうやって
心配をつのらせながらも
疲れや恐れに翻弄されながらも
次の一歩の置き所を探っていこう。

想いに添った道での苦労は
決して自分を損なわない、
コツコツ自分を満たしていく。

怖くたってイイ。
心配になってもイイ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
やっぱり親子だね

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誰だって見ようと思えば見られるのに

虹は誰だって見ようと思えば見られるのに…

虹は誰だって見ようと思えば見られるのに、空を見上げていないと虹に気づかない。出会いの不思議を感じるかもしれませんが、人と人の関係も同じで、積極的に良い出会いがあると思ってないと、その人とは出会えないのです。

via: JBpress

見ようと思えば見えるのに…
つまり
見ようとしなければ見えない…
ということ。

見えない…
出会えない…
できない…
などと思っているときは

見ようとしていない…
会おうとしていない…
やろうとしていない…
そんなことがないかどうか
念のため自問してみたい。

いや その… 今日は
虹が出ていたわけではないので
見ようとしたって
見えなかったのもムリはありませんが…

今宵は満月…
夜空が晴れている限りは
まんまるお月さまを拝めます。

もちろん
夜空を見上げた人だけが
見ることのできるお楽しみ!

月は誰だって見ようと思えば見られるのに…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

月は誰だって見ようと思えば見れるのに…
●1年前の今日:
日本語はむずかしい… のか!?

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悩みは理想を知る人の特権

自分の理想を見つめてみる

優しくなれない、と悩むのは
優しさを知っている人の特権。

強がる自分に疲れたと思うのは、
自分の弱さを知っている人の特権。

許せない人がいると悩むのは、
もう許そうと思ってる優しい人。

なら、
・優しい言葉を口にしてみる。

自分の弱さを語って
・人に頼ってみる。

あの時は尖ってたねって
・笑ってみる。

こんな些細なことが
今日の景色を変えてくれる。

via: 自分の理想を見つめてみる

ハイ!
わかりました。

少しでも優しい言葉を口にしてみます。

誰か人に頼ってみます。

まずは、とにかく笑ってみます。

悩みは理想を知る人の特権。

ならば、理想に向かって一歩踏み出すのみ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
そして伝説へ…

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】   悩み 視点 行動 心理 お気楽 

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電車内で携帯電話を使わざるを得ない人もいる

優先座席付近では携帯電話の電源をお切りください

電車に乗った時に,時間が知りたくて携帯電話を開いたときのことだ。
「こんなとこで電話したらアカンやろ!」と中年のおばさんに怒鳴られたそうだ。
優先座席の近くだったということもあるが,『目の不自由な人=白杖を持っている』という認識は広まってきているが,時間を知りたいときには音声が出る時計や携帯電話を使うということは,ほとんど知られていないのだ。
そのとき,父は説明しようと思ったが,どうせ分かってもらえないと思い「すみません。」と謝り,とても悲しい気持ちになったそうだ。
見えている人は,時間が知りたければ時計を見ればすぐに分かる。
だが,目が不自由だと音で聞くしかないのだ。

via: 「少しずつ…一歩づつ…」
全国中学生人権作文コンテスト(PDF)

ハッ! としました。

恥ずかしながら知りませんでした。

目の不自由な人は時間を知りたい時、音声が出る時計や携帯電話を使うのだということを。

ちょっと考えれば当たり前のことです。
ちょっと思いを寄せれば分かったはずです。

でも、知らなかった。

もちろん悪意はありませんが、知らなかったことによって、もしかしたら誰かに嫌な思いをさせたことがあったかもしれません。

そう考えると、この事実を遅ればせながら知ることができてよかったと思います。

電車に乗るとマナーの悪い人を見かけることは少なくありません。
明らかに他の乗客の迷惑になっていることもあります。

そんな時、勇気を出して注意してくれる人がいます。

ありがたいなと思います。
見習わないといけないとも思います。

でも、少し確認してみる必要もあるんですね。

その人が単にマナーの悪い人なのか。
理解と協力を必要としている人なのか。

独善的にならないよう注意しながら、大人としての行動を心がけなければならないんですね。

そして、昨日までの自分と同じく、目の不自由な人は時間を知りたい時、音声端末を使わざるを得ないということを知らない人がいるかもしれません。

知っている人が増えれば理解者・協力者は増えるはず。

既に知っている者になった一人として、少しでも多くの人に知ってもらう行動を実践します。

まずは、その第一歩としてのエントリー!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

否、ハッキリと確信しています。

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ついつい探してみたくなります

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