元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

EDIT

伝えたいことと伝えなくてはならないこと

23年目の1.17

23年目の1月17日。

冷たい雨がそぼ降る中、いつものように参拝を済ませた後、テレビのスイッチを入れました。
特別な番組はなく、5時46分の黙祷の様子が中継されただけでした。

神戸市民の既に半数近くが、震災後に生まれたり転居してきた人になっています。
ましてや、他の地域の人たちにとって震災への記憶や関心はなくなりつつあるのも当然です。

悪天候が重なったこともあり、神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼のつどいに訪れた人は、最少だった昨年をさらに割り込みました。
震災を直に体験した人にとっては残念でなりません。

しかし、旧きを淘汰し新しい息吹を取り入れることは、被災地の復興や活性化そのものであることも確かです。

震災後23年、先の戦争が終結してからボクが生まれるまでの期間よりも長い時間が経過しています。
戦争で日本中が焼け野原になったことは教科書などでしか見たことがありませんから、目覚ましい高度成長やバブル経済の華やかさを何食わぬ顔で謳歌していました。

戦争も震災も伝説となり、新たな暮らしが営まれています。
こうして時代は移ろいゆくのですね。

風化は致し方たないことだと、何年か前から思うようになりました。

ですが、人間は社会を形成して生活している動物です。
個人的な感傷を引きずらせることは、あまり社会の役にたたないかもしれませんが、震災で得た体験や気づきを後世に伝え、次世代の人たちはそれを活かしてより安全で快適な社会を作っていく使命があるはずです。
地震を避けることのできない日本に住んでいる限り、防災面では特に過去の体験を活かしていくことは大切です。

今朝、こんなニュースを目にしました。

時間差が怖い「通電火災」とはー阪神淡路大震災から学ぶー

1995年に発生した阪神淡路大震災では、古い耐震基準だった建物の倒壊、室内の家具の転倒に加え、火災の被害が目立ちました。なぜ火災が起きたのか?それは『通電火災』が原因だったと言われます。

大地震が発生した際は、広範囲で停電が発生する可能性があります。このときブレーカーを落とさずに外へ避難すると…。電気が復旧した際に地震で倒れていたり、家具の下敷きになっていた電気製品が再び作動。これが火元となって起こるのが、通電火災です。

通電火災が怖いのが、時間差で発生するため発見が遅れることです。地震発生とともに出火した場合、人が対応できるのですが、避難し無人となったあとに電気が復旧し、出火する事が多いのです。これにより発見、消火が遅れ、揺れで散乱した室内の物に引火。あっという間に火災が拡大してしまうのです。さらに冬場は、ヒーターやストーブなど熱源となる家電を使う時期のため、リスクが他の季節よりも高くなります。

元を断つ。電気が復旧しても、通電しないように「ブレーカー」をおとして避難すれば通電火災は防げます。もちろん、最近の暖房器具は倒れたら起動しないような安全装置がついていたり、揺れを感知してブレーカーが自動で落ちるような器具もそろっています。ただ、万が一のことを考え、避難時は慌てて外に出る前に、「ブレーカー」をチェックするということをこころがけてください

via: livedoor NEWS

通電火災を防ぐためにブレーカーを切って避難すること

阪神大震災の場合、火災の6割はこの「通電火災」だったとも言われています。
このことを知っていたら、かなりの出火を防ぐことができたのではないでしょうか。 事前にブレーカーを振動感知式のものに交換しておいたり、地震が起きて避難することになった時はブレーカーを切ったりすることができたはず。

悲惨さや無念の思いを伝えることもさることながら、同じ思いをする人を一人でも少なくするために、こうした情報を伝えていかなければならないと思います。

何を伝えたいかとともに何を伝えなくてはならないか

追悼のつどいで灯された「伝」の文字に込められた大切な課題。

今年も静かに祈りを捧げ誓います。
体験者として何か少しでもお役にたてますように…

・・・などと、 思いを巡らせながら過ごした22年目の断食日。

●1年前の今日:
22年目の祈り

コメント:1 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  阪神・淡路大震災 震災 生命 伝える 天命   

ページTOPへ↑

EDIT

幸福になりたかったら…

幸福になりたかったら幸福にしたい人をもつことですです

幸福になりたかったら、幸福にしたい人をもつことです。
子育てには悩みやつまずきも、困難もあるでしょう。しかし、「子どもを幸福にしたい」と思っていると、自分が幸福になる。 しかも、たったひとりの目の前の子どもを愛し続けることは、世界人類のための仕事に比べてもひけをとらない価値があるのです。

via: かわいがり子育て

一所懸命に働いて家族を幸福にしたい。
家族のしあわせそうな顔を見ることができれば疲れも吹っ飛んでしまう。
なんだか優等生ぶった話ではありますが、そういうキモチは誰にでも少なからずあるはずです。

いろんな幸福のカタチがあると思いますが、誰かのために役立ちたいという希望が叶う幸福は、中でも最もしあわせを感じる幸福なのではないでしょうか。

もちろん自分自身の幸福を願わない人はいないと思いますが、誰かの役に立ちたいという希望が叶うことは自分自身の幸福そのものなのです。

その誰かが具体的かつ身近であればあるほど、より幸福度が高くなる傾向もあります。

日本中の人たちを幸福に導く大発明や、世界中の人たちを感動させる歌を作ることはごく限られた人にしか与えられないお役目です。
けれども、目の前の我が子を幸福にすることは、世界を舞台にした大仕事にひけをとらないばかりか、それ以上の大きなしあわせを感じることのできる自分にしかできないお役目なのです。

家族や友人以外でもそう。

毎朝欠かさず来てくれるあのお客さんのために最高の商品をお届けしよう!
年に1回だけど毎年必ず指名してくれるあのお客さんのために最高のサービスをしよう!
そんな風に考えながら目の前のお客さんのために一所懸命にシゴトをする。

その結果、しあわせそうな最高の笑顔で感謝してもらえる。
これこそがシゴトのやり甲斐というもの。
この上ない幸福のカタチ。

幸福になりたかったら、幸福にしたい人をもつこと。

目の前の身近な人を幸福にするための行動をしよう!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
新成人のみなさん おめでとうございます

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   天命  視点 役割 覚悟 和の心 

ページTOPへ↑

EDIT

慌てず 焦らず 時を待て

おみくじ2018

予定通り(笑)、今日もわが家は寝正月。

けれども、おかげさまで熱も下がってきており、みんな少しずつ回復しています。

さて、初詣でひいた今年のおみくじは「小吉」でした。

好運いまだ来たらず
事を求めても遂げ難し

と、かなり厳しい運勢のようですが…

よきところに後援者ありて
しゅびよく相近づき 引立てられる

とのことで一安心です。

よく身を修めて
急がず時の来るのを待てば
自ずと道が開かれます

と、例年同様に「待て」とのお達し。

お気楽者ですから待つことは苦手ではありませんが、毎年そんな呑気でイイのかな…

いえ、急いて事を仕損じたことは何度も覚えがありますから、やはり足固めに専念し、時を待つことにしたいと思います。

正月早々から体調を崩して出鼻をくじかれたようですが、慌てず焦らず、自分のお役目を果たすべく努めます。

というわけで、改めまして
今年も どうぞ よろしく お願いします。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
元日の午前中に届いた宅配便

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  おみくじ  天命 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

打ち込めること

とても鉛筆画とは思えないリアルなボルトナット

ようやく完成、280時間近くかかってしまった。
#イラスト #デッサン #鉛筆画 #絵

via: Instagram - kohei6620

思わず息をのむ素晴らしさ!

これが写真じゃなくて鉛筆画だなんて!

圧倒されます。

そして、憧れます。

その技術の素晴らしさもさることながら、極限まで高めた集中力を維持できることに頭が下がります。

そこまで打ち込めることが自分にはあるだろうか?

なくはないはず。

諦めてしまっていたり、忘れてしまったりしていることを、改めて確認してから年を越したい。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
クリスマス商戦は予定通り終了しました

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  集中 天命 テクニック  

ページTOPへ↑

EDIT

英雄伝説・見ていてくれた正義の味方

歴代のウルトラヒーローたち

子供の頃ウルトラマンショーに行ったんだ。最後に一緒に写真を撮っていいとのことで並んだのだけれど、後ろから来た他の子供達にどんどん割り込まれて、私は一番最後になったんだ。やがて私の番が来た。ウルトラマンは、私を抱き上げて一緒に写真に写ってくれた。割り込みした子には、しなかったのに。

via: Twitter / chilime

さすが正義の味方!

これぞ真のヒーローだ。

ちゃんと見てるところは見てる。

割り込んだ子を蔑ろにしないところも素晴らしい。

この体験は一生モノ。

ウルトラヒーローの魂を受け継ぐ選ばれし者になったはず。

きっと、その後はウルトラマンのような優しいキモチで人に接し続けていることだろう。

ということは…
もしかして、自分だって…!?

自分にも子どもの頃に憧れたヒーローがいた。

ウルトラマンもその一人。

その強さやカッコ良さにもさることながら、正義感や諦めない心にも憧れた。

少なからず生き方に影響を受けていると思う。

ならば、自分もまたウルトラヒーローの魂を受け継ぐ選ばれし者の一人なのかもしれない。

変身できないし、飛べないし、スペシウム光線も使えないけど、ちゃんと見て欲しいところを見ることならできるはず。

そんな地味な行動が、ほんの少しでも誰かの役にたてるのなら、誰かのヒーローになれるかもしれない。

いや、やはり、おっさんはヒーローになれないかもしれないけれど、それでも自分は意識して行動してみたいと思う。

ウルトラヒーローの魂を受け継ぐ選ばれし者の一人なのかもしれないのだから。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
どう捉えるか? 何を捉えるか?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  憧れ  天命 視点 役割 責任 感謝 承認 

ページTOPへ↑

EDIT

勝ち負けや損得の問題ではない

「謝る」という行動は他人からの評価を下げはしない

とても頑固だと思っていた人が、今日突然謝ってきた。「ゴメン、あれは俺の認識違いだった」って。わりと言い合った件で突然謝られて、自分はどう思ったかというと、その人のことがすごい好きになった。自分の間違いを認め、あやまる、という行動は、他人からの評価を下げはしない。下げはしないよ。

via: Twitter / shh7

「謝ったら負け」

利害が絡んだ揉めごとでは、自らの非を認めると争いに負けたということになる。
つまり、敗者として糾弾・非難され、その責任を負わなくてはならない。

しかし、これは常に真実だというわけではない。

「負けるが勝ち」

一見すると負けたように見えても、勝ちを譲って引き下がることで得られるメリットことは案外少なくない。

しかし、これは負けて勝ちを取ったことになるのだろうか。

どちらにしても少なからず違和感を覚える。

確かに勝ち負けを決する必要がある場面もある。

が、日々暮らしていく上での課題は、勝ち負けや損得の問題だけではない。

勝ち負け損得を意識し過ぎるあまり、もっと大切な何かを見失っていることがあるのではなかろうか。

責任を負うということは、負けたものに課せられた罰ではない。

すすんで自らの責任を負うことによって、自分自身の役割りを全うできることになるのではないか。

自省し責任を負うことで失うものは何もない。

あるとすれば、その時までに持ち続けていた執着や我欲のみ。

それらを手放した瞬間、人は自由を与えられるのだ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ついでにやれば先送りは防げる!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  謝る  天命 役割 責任 覚悟 和の心 

ページTOPへ↑

EDIT

誰にでも得手不得手はあものです が…

誰にでも得手不得手はあものです が…

誰にでも
得手不得手があるものです

得手を活かせる場所で
自分らしく咲けばいい

攻撃的な行動が苦手なら
鉄壁の守備で機会を伺う

瞬発力に自信がないのなら
誰よりも永く継続してみる

パワー不足を感じるなら
知識や技術を磨けばいい

自分に与えられた素質と役割りを
活かし切ることで自らを輝かせる

とは言っても
一度や二度の結果だけをみて
得手不得手を決めつけるのは
早計に過ぎるかもしれません

転んでも何食わぬ顔で
立ち上がって再開する

致命的な傷を負っていない限り
何度でもチャレンジすればいい

再挑戦するたびに
必ず工夫を加える

同じ轍を踏まぬように
改善しながら挑戦する

諦めない限り
失敗ではない

気の済むまで努力を重ね
気の済むまで挑戦しよう

人は頑張っている姿をみると
放っておけなくなるものです

努力と挑戦を繰り返すうちに
手を貸してくれる人が現れる

何度も挑戦しているうちに
放っておけない人に化ける

不得手なことは得手な人に
遠慮なく任せてしまうこと

一人の力ではできなかったことが
多くの人の力によって上手くいく

そんな人を惹きつけてしまう行動
それを不得手だと言えるだろうか

そんな努力や挑戦を厭わないこと
それを不得手だと言えるだろうか

それこそが紛れもなく自分らしさ

人の得手不得手というものは
見かけ上の巧拙では判らない

何度でも努力を重ね挑戦できること
人に共感され応援してもらえること

それもまた得手
とてつもない得手

ちょっと休んで一息いれたら
何ごともなかったかのように
しれっと再開してみればいい

まだまだ旅の途中なんだから…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
年賀状のデザインが毎年楽しみです

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  チャレンジ 自分らしさ  天命 役割 覚悟 共感 

ページTOPへ↑

EDIT

他人の荷物は軽いんですよ

不思議なもので、自分の荷物は重たいけれど、他人の荷物は軽いんですよ。
交換すればいいんです。
「ちょっと代わって、僕の荷物持ってくれない?代わりに君のを持つから」。
人数がもっと増えて、五人十人で荷物をくるくる回してゆくと、一人あたりの負荷はますます軽くなる。

via: 「他力資本主義」宣言

自分には重たい荷物を持ってもらう。
他人には重たい荷物を持ってあげる。

なるほど! コレはイイ考えですね。

お互い自分にできないことは任せる。
お互い自分にできることを引受ける。

コレって、社会の役割り分担ですね。

自分の苦手なことをやってもらう。
自分の得意なことをやってあげる。

コレって、シゴトの基本ですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
そこまでやるか!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  役割 天命 自分らしさ 共存 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

それって電器屋さんだけじゃないですよね

秋葉原の老舗家電量販店オノデン

「なんでも相談にのってくれる電器屋さんというのは、以前は街の電器屋さんがそうだったと思うんですが、まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

via: 秋葉原 変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由

「なにもしなかったからだよ」

秋葉原の老舗家電量販店オノデンの三代目社長は、インタビューの中で「なぜオノデンさんだけが秋葉原で生き残ったのか?」という質問にこう答えています。

そして、「誰もが商売を大きくしたいと望むが、うちは密度が薄くなる経営はしたくなかった」という創業者の精神を語っています。

「目の届く範囲内で商いをしたい」

商売を拡大するためにはタイミングを見計らって一気呵成に攻めの姿勢に出ることも必要ですが、それはリスクの高い投資であることも少なくありません。
一時代の覇者となったとしても、巨大化してフットワークが鈍くなってしまった構造では時代の変化に追いつかず、勢いを永く保つことは困難です。

時代によって変化する市場のニーズや環境に対応していくためには、目の届く範囲内で密度の高い経営が合っていたということでしょう。

時代の変化による他社の動向を意識し過ぎて流れに呑み込まれてしまうことなく、ブレない理念に則って積極的に「なにもしない」という選択をしたことが生き残りの鍵だったということですね。

しかし、その鍵ですらも今後の時代の変化に合わなくなってしまう時が来るかもしれません。

理念というのは表面的な具体策ではありません。

「親切な電器店」というオノデンの社是は、ただ時代の流れに合った経営や商売をするという意味のみならず、お客さまや取引先、そして従業員と関係を深めていくことを目指している。だからこそ永く続ける必要があるという意義が込められているのだと思います。

自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現する経営。
その一つのカタチが「親切な電器店」なのでしょう。

そう言われてみれば、昔は街の電器屋さんには「親切な電器店」が多かったように思います。

それは街の電器屋さんだけではありません。

ただの懐古的な印象ではなく、日本では商工業が発達した近世はもちろん、もっと前の農業の時代から三方良しの発想が根付いていました。

近年になって始まったことじゃないんですね。
まさに日本人的なやり方なのだと言えるでしょう。

つまり、「親切な電器店」的な生き方は、一時代の潮流ではなく、これからも求められる本質的な生き方だと言うことができます。

見通しが立ちにくいこれからの時代を生き抜いていくためにも、自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現すること。これが大切なのだということですね。

「まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

「この街は赤が緑になるわけじゃなくて、赤の上に緑や青が重なって、十二単みたいになっていくの。昔ながらのパーツ屋さんだってあるし、ネジだけ売っている店もいまだにあるからね。ひとつひとつのボリュームは小さくなっても、地層のように重なり合ってまだ残っています。お客様もそれぞれが自分の波長にあうお店に行っている」

日本人が日本人である限り、この需要に応える役割は求められています。

自分自身のシゴトにも当てはまること。
肝に命じます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
次女の力作

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  役割 自分らしさ   天命 和の心 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

野心と大志

野心と大志

ある中小企業の経営者の方が「すべての従業員がマイホームのローンを払えて、二人以上の子供を安心して育てて大学に送れるような会社にしたい」と言って小さい夢だと批判されてたのだけど、僕は、そういう生き方を皆が望むわけじゃないとしても、それはぜんぜん「小さい」夢ではないと思ったのだ。

via: Twitter / tsukuru_agender

いやホント…
ぜんぜん小さくないですね。

むしろ、その大志に頭が下がります。

これを批判した人は、せっかく事業をするのなら、数千億円以上の年商とか、株価の高騰とか、世界進出とかを狙うべきだと考えているのでしょう。

それはある意味で正しいと思いますが、批判された経営者の語ったことが小さい夢だとは言えないとも思うのです。

また、この批判に対して「決して小さな夢ではない」と逆批判として寄せられているコメントに「金額的には決して小さいものではない」「社員を使い捨てる企業が少なくないのに素晴らしい」「大企業にもできていないこと」といったものが見受けられます。

「小さな夢ではない」と共感している人が非常に多いことがよく分かります。が、それと同時に件の経営者氏の発言の趣旨とは少し感覚が違うような気もします。

批判している人も、それを逆批判している人の何割かも、規模や金額の大小を各々の基準で主張しています。

しかし、件の経営者氏やツイート主は、そういう部分だけでなくて別の視点で見ているんじゃないかと思うのです。

たとえば、「将来それが何につながるのか」とか「社会全体の中での自分自身の役割」とか、そういう視点。

語られた内容そのものだけではなく、その先に見ているもの。

それはまさしく天下国家レベルの課題であり、百年の計を成し遂げる一助となろうとする責任と覚悟です。

これをどうして「小さな夢」だと言えましょうか?

同じ夢は夢でも、目先の成果の大小を語る夢を「野心」と呼び、国家百年の計を語る夢を「大志」と呼ぶ。
その違いは桁違いに大きい。
そう確信しています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
恐るべし北海道

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】   天命 視点 役割 責任 覚悟 和の心 

ページTOPへ↑

EDIT

親の役割

親の役割

母親が子供にできることは多いが、子供が「良い人間」になるためにできることは、本当はひとつしかない。
それは子供を安心させることだ。
子供が、自分は生まれてきて良かった、望まれて生まれた、生まれてからは愛されている、
と、感じさせることだけが、親の役割といっていい。

via: 船に乗れ! III

烈しく同意!

母親だけじゃない。
もちろん、父親も然り。

そして
烈しく反省!

果たして、自分は愛娘たちに
生まれてきて良かったと
安心させることができているだろうか?

さらに
烈しく感謝!

そう言えば、自分は
あまり意識してはいなかったけれど
生まれてきて良かったと思って生きてきた。

あれこれ思うところはあるものの
ちゃんと安心させてくれていた。

そのことに気づいたら
なにはともあれ感謝しかない。

どうも ありがとうございます。

しっかり受け継いでいきます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
これは納得いかないわ~

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  親子 母親 父親 役割 天命 安心 感謝 

ページTOPへ↑

EDIT

応援されていることを忘れてはならない

批判に耳を傾ける必要はない

「この作品大好き!買っちゃう!」って人が1万人いて、「なんだこれ。買わね」って人が1万人いたら、当然ですが本は1万冊売れるんですよ。決してプラマイで0冊になったりしない。好きだって言ってくれる人の数は重要ですが、好みもあるんだから、嫌いだって人のこと考えてても仕方ないですよ。

via: Twitter / amaneko2

何百人に非難されたって、応援してくれる人の数がマイナスになることはない。
何百人に疑われたって、信じてくれる人の数がマイナスになることはない。

むやみに迷惑をかけるようなことをしない限り、誹謗中傷や反対意見に耳を傾ける必要はない。

たった一人でも応援してくれる人がいるのなら、たった一人でも信じてくれる人がいるのなら、その人のために全力を尽くしたい。

それが自分に与えられたお役目なのだから。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
世界淡水魚園水族館ならではのお土産

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  信頼 応援 天命 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

この自由と平和を守る責任は自分たちにある

天皇陛下おことば・全文 終戦72年全国戦没者追悼式(17/08/15)

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に七十二年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: 【終戦の日】全国戦没者追悼式 天皇陛下お言葉・全文 - 産経ニュース

今日は72回目の終戦の日

日本武道館で行われた全国戦没者追悼式において、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた一昨年から3年連続で「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域の情勢に対して憂慮されているのではないでしょうか。

気のせいかもしれませんが、少々ご高齢を感じさせる所作が見受けられました。
心底から恒久的な世界平和を望んでおられる陛下の心中お察しいたします。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れず、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが我々国民の責務であると改めて確信しました。

というわけで…
今夕は、家族揃って参拝してから食事に出かけました。

昨日14回目の誕生日を迎えた長女のお祝いのためです。

長女のリクエストで焼肉パーティーでした。

家族4人が揃っての焼肉は、改めて考えてみると初めてのこと。

美味しくおなか一杯いただきました。
とっても楽しいひと時でした。
お姉ちゃんも満足してくれたようで良かったです。

多くの先人のおかげで、こうして平和としあわせな家族団らんを謳歌させていただいていることに感謝。

そして今後は、自分たちがこの平和を守っていかなければならないと、更に強く感じた一日でした。

長女14歳の誕生日は焼肉パーティ
●1年前の今日:
世界の平和と一層の発展を祈ります

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  平和  天命 戦争 感謝 

ページTOPへ↑

EDIT

「今さら」な情報を求めている人がいる

ブログ書いてると「今さら」って叩かれることがあるんだけど、知らない人は知らないわけだし、Web上に「今さら」って概念はないと思う。

via: Twitter / hibi_myzk

自分の地域では当たり前
自分の世代では当たり前
自分の業界では当たり前
自分の家族では当たり前

でも、それは

他の地域では当たり前じゃないかもしれない
他の世代では当たり前じゃないかもしれない
他の業界では当たり前じゃないかもしれない
他の家族では当たり前ではないかもしれない

自分が「今さら」と思っていることでも
きっと何処かに「今から」の人がいるはず

「今さら」聞けない人は
「今さら」な情報を求めている

自分にとっての当たり前が
それを求めている誰かの役にたつ

自分にとっての当たり前を発信しよう!

繰返し何度でも当たり前を発信しよう!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
一気に描き上げました

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  天命 自分らしさ 役割 責任 自覚 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

ノーモア ヒバクシャ

長崎平和宣言 長崎平和祈念式典 2017年8月9日

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

via: Huffington Post Japan

長崎は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、核保有国を含む58カ国の代表と被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3551人の原爆死没者が名簿に書き加えられ、長崎原爆の死没者は計17万5743人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、国連で核兵器禁止条約が採択されたことを被爆者の長年の願いが形になったとして意義を強調するとともに、核兵器廃絶に向けた歩みをさらに進めることの重要性を訴えました。

そして、先の広島平和宣言と同じく、条約に反対する核保有国や日本を含む核の傘の下にある国々に対して核兵器に依存する安全保障の在り方を見直すよう強く求めました。

これに対して安倍首相の挨拶には、広島に引き続き条約についての言及はありませんでした。

今年もまた政治色の強い平和宣言になりましたが、核兵器禁止条約の話題が大きく取り上げられ、極東におけるきな臭い動きが活発になっている昨今、当然のことであろうと思います。

外交や国際政治には一筋縄では解決できな問題が山積している上に、難しい駆け引きが要求されますから理想や正論だけを声高に訴えることはできません。

しかし、世界唯一の被爆国であり、多くの罪のない市民の生命を失った我が国において核兵器廃絶の実現は責任であり悲願です。
キレイ事だけでは済まない難局もあるかと思いますが、とるべき進路の先にある核心部分については、日本国民の意志として常に明確にし決してブレることがあってはなりません。

被爆国の原点。

決して忘れてはならない譲ることのできない絶対条件です。

これだけは絶対に譲れないという姿勢を堅持するよう政府関係者に強く希望します。

長崎平和祈念式典2017
●1年前の今日:
核兵器の歴史は不信感の歴史です

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   戦争 原爆 日本人 天命 責任 

ページTOPへ↑

| PAGE-SELECT | NEXT