元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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自分の立ち位置を確認できた30年ぶりのLIVE

30年ぶりの再結成LIVE

この前の日曜日は久しぶりのLIVEでした。

ハイ。観客ではなく演者の方で…^^;

一昨年の暮、忘年会に誘われて行ったのですが、その時に集まったのが若かりし頃の音楽仲間たちでした。

そのメンバーが顔を揃えるのは約30年ぶりのこと。

懐かしい話題や近況報告などで盛り上がり、また時々集まろうということになりました。

いや、あの忘年会が、まさかバンド再結成の招集だったとは思ってもいませんでした。

ところが話はトントン拍子に進んで、昨年夏から月に1回ペースでリハーサルをすることになりまして…

実に30年ぶりの活動再開となったわけですが、それは「このメンバーとして」というだけでなく、すっかり音楽から離れていた自分にとっては、まさに30年ぶりの演奏だったのです。

50の齢を過ぎてからのリハビリは難関続きでした。

カラダがついていかないのは予想通りでしたが、イチバン難儀したのは「記憶力の低下」でした。

一つ覚えては一つ忘れていく状態では練習もままなりません(^^ゞ

実は他のメンバーは、当時から今に至るまで音楽を続けていて、プロやセミプロの活動をしているベテラン・ミュージシャン。
そんな彼らと一緒にやるのは嬉しくもあり辛いことでもあります。

正直、続けるのはムリかもなと思いましたが、なんだかんだで半年あまりをかけて今回のLIVEと相成りました。

元々スキでやっていたことですしね。それに、なんとなく運命的な縁の巡り合わせみたいなものも感じるところがあったので、今となっては自然な成り行きだと思っています。

とはいえ、30年のブランクはカンタンに埋まるものではありませんでした。

今回のLIVE会場では、いつもと違う楽器でいつもと違うアレンジの演奏をせざるを得ないという厳しい条件がついていました。

やっと少し慣れてきたと思ったのに1から出直し。しかも残り時間は1ヶ月。
できる限り練習はしましたが、やはり本番では足を引っ張ってしまいましたね。

ですが意外にも、あまり緊張はしませんでした。

とても楽しく演奏することができました。
いやホントに楽しかった!

他のメンバーも(たぶん)楽しんでいました。
満員のオーディエンスも温かく支えてくれて、会場が一体となって盛り上がることができたと思います。
実に気分良く再結成LIVEを終えることができました。

まぁ自分の演奏自体は酷いものでしたけど^^;

そのLIVEの夜から2日経って感じたことがあります。

それは、自分の立ち位置。

自分が担うべき役割というか、本来のシゴトというか、存在意義にも直結するようなこと。

たしかに、先日の演奏はとても満足のいくものではなかったのですが、それでも自分をメンバーとして受け容れてくれた仲間たちと共に楽しくLIVEができたというのは、演奏テクニック以外の別の要素が働いたからとしか思えません。

この数ヶ月、30年のブランクをいかに埋めるか、なんとかして少しでも仲間に追いつこうということに躍起になっていました。

もちろん演奏が上手いに越したことはないのですが、それだけじゃなかったんですよね、自分の存在意義は。

そう考えると、これから自分がどうしていけばよいのか、どんな役割を果たしていけばよいのか、ぼんやりとではありますが解ったような気がします。

そうそう。そうだった。
30年前も自分はそういう立場で参加してたんだった。

そして、音楽を離れた後の生活やシゴトにおいても、そういう役割をしてきたんだと気づきました。

気張って新しいことを習得したり厳しい訓練を重ねて乗り切ることばかり考えなくても、既に持っている自分らしさがある。
そういう「自分の立ち位置」を確認できたLIVEでした。

今のシゴトも、再開した音楽活動も、これまで培ってきた経験が活かされる舞台なんだということ。自分らしい道なのだということ。

今後、何か迷いが生じる出来事があったとしても、この立ち位置に軸足を置き直せばいいんだ。そう思うと心強いものがあります。

とはいうものの、やっぱり今回のLIVEのビデオはあまり観たくないなぁ^^;

自分にとってエポックメイキングなLIVEではありましたが、演奏自体は黒歴史になりそう┐(´∀`)┌

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

満員御礼 ありがとうございます

満員御礼 ありがとうございます

●1年前の今日:
「阪神大震災被災者からのお願い」より

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  天命  自分らしさ 役割 音楽 仲間 LIVE お気楽 

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原爆投下にも匹敵する大空襲を忘るまじ

大空襲から72年、東京都慰霊堂で法要

10万人が犠牲になった東京大空襲から今日で72年。
東京都慰霊堂では秋篠宮ご夫妻や小池都知事をはじめ遺族ら約600人が参列して法要が営まれました。

都慰霊協会によると、犠牲者名簿の人数は計8万905人。
慰霊堂には約10万5千人分の戦災犠牲者の遺骨を安置されています。

太平洋戦争の記憶は年々風化していますが、広島・長崎への原爆投下や沖縄での地上戦については比較的広く知られていると言えるかもしれません。

しかし、東京をはじめとする日本全国の市街地への空襲については、その実態があまり語り継がれていないのが現状です。

1945年3月10日未明の東京大空襲は今日の法要などでニュースになることもありますが、実は東京だけでも1944年11月14日から106回も空襲にみまわれています。

一晩で10万人の民間人が致命傷を負い100万人が罹災した空襲があったこと、そのような市街地への爆撃が日本全土で何百回も繰り返されたこと、軍事施設や軍需工場ではなく民間人が無差別に爆撃を受けていたこと、このような事実があまり報じられることなく風化していくことは、残念でなりません。
遺族の方々であればなおのことでしょう。

あえて今日は詳しいことには触れませんが、72年前の今日、東京で10万人が犠牲となった空襲があったということだけは、記しておきたいと思います。

明日3月11日は東日本大震災から6年目となります。

大震災も忘れ得ぬ大惨事ではありますが、その前日3月10日も日本人にとって、平和を願う世界の人々にとって忘れてはならない一日です。

戦争の犠牲になったすべての方々のご冥福を心よりお祈りします。

大空襲から72年、一面焼け野原になった東京
●関連記事:
花があったら
●1年前の今日:
ピントがズレ過ぎている

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やっぱり未来には希望がある

人工知能に代わられる主な仕事

via: Sharetube

少し前のことになりますが、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授がカール・ベネディクト・フライ研究員と共に著した「雇用の未来?コンピューター化によって仕事は失われるのか」という論文が世界中で話題となりました。

それ以来これを受けて、マスコミや評論家、一般のブロガーたちまでもが、「人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる」「20年以内に約47%の人の仕事がなくなる」などと悲観的な予測をしています。

おそらく、その予測は的中するでしょう。

様々な状況がとてつもない速さで変化している現代、雇用や職業にも大きな変化が起こり得る可能性は高く、とりわけコンピュータや人工知能が既存職業に与えるインパクトは絶大なものであることは想像に難くありません。 たしかに、今ある仕事の多くはなくなってしまうでしょう。

けれども、悲観的な要素ばかりではありません。

世間の風潮は、「消える仕事」と「生き残る仕事」だけが注目されているわけですが、その視点はあまりにも偏り過ぎています。

世の中の大きな変化に伴って「消える仕事」があれば「生き残る仕事」もあります。
そして、「新たに生まれる仕事」もあるのです。

危機感ばかりが煽られて、これから先に伸びる仕事や、これから新たに生まれてくるはずの仕事についてはほとんど語られることがありません。

ですが、「変化」とは必ずしも「衰退」や「消滅」ではありません。

既存のものが淘汰されるとともに、新規に生まれる価値があり、世代交代が行われるということでもあるのです。

もちろん、今まで通りの発想では「新たに生まれる仕事」に就くことは困難ですから、時代の流れに呑まれて仕事を失ってしまうことになりかねません。

そうならないようにするためには、時代の変化を掴み、時代の求める商品やサービスを開発すること、あるいは時代にマッチした人材に変化することが必要です。

ただ危機感を煽ったり煽られたりしているだけでなく、これから訪れるチャンスを掴み取る準備を進めましょう!

そんなに楽な時代じゃないかもしれません。

でも、捨てたもんじゃないですよ。
これからだって(^^)v

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
お気楽なハニワたちがカワイ過ぎてワロタ

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こういう年寄りになりたいものです

子どもが小さくて手のかかる今のアンタの年頃が一番しんどいねん

母のこの言葉を聞いてから「老い」への不安が減りました。#こうべばあば

via: Twitter / katomayumi

こうべばあば
カッコ良すぎwww

実際のところ、高齢者は心身のポテンシャルが落ちた分以上に、ハードな作業をしなくなっていきます。

それに対して若い人は、持ちうる体力やメンタルを目一杯まで使ってしまうことが多いので、思いのほか疲労がたまったり怪我や病気をしてしまうこともありますね。

年齢とともに心身のポテンシャルは落ちてきますが、その何割くらいを使っているかによって持ちうる余裕が変わってきます。

また、与えられた状況や肉体をどのように捉えるかによっても余裕に変化が生じてくるでしょう。

体力や気力がどんどん落ちていくと捉えるか、まだこんなに残っていると捉えるか、それは自分次第です。

老いや死を意識しながら前向きになることはカンタンなことではありませんが、現時点での状況で何ができるかという視点にはなれそうです。

過去や未来と比較することなく今に集中する。
不足や衰えを憂えず、与えられたものを活かし切る。

今この瞬間を精一杯いきいきと生きる。

やはり、これがポイントになりそうですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
もしかして君はあのときの…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  老い 視点 役割 感謝  天命 

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自ら泥をかぶれるか

老婆心ながら若い人にアドバイスしたいのは、よき先輩を見分けるコツはたった一つしかなくて、それは自ら泥をかぶれるか否か。人脈がありそうとか、派手な仕事をしてそうとか、外面が良さそう…とかに騙されないで。自ら泥をかぶれるか否か、この一点。大人とは逃げない人なり。

via: Twitter / cynanyc

まったくその通り
強く共感します。

さて、
今も自分は泥をかぶれているだろうか?

そして
これからも泥をかぶっていけるだろうか?

理不尽なことの少なくない現代社会…
そんな何にあっても、
最後まで責任をとる人もいるんだと、
信頼できる大人も存在するんだと、
まだ希望を捨てなくてもイイんだと、
そう思ってもらえる一助になりたいもの。

既に初老の域に足を突っ込んでいる身、
年長者の責任として、自らの志として、
今一度、肝に命じておこう!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
変えるも自由 変えないも自由

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   責任 手本 天命 お気楽 

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長い絶望の道のりも抜け切れば希望が待っている

ヤバイ!トイレどこ!トイレあった!やった!

もう漏れる!ヤバイ!トイレどこ!トイレあった!やった!トイレトインォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

via: Twitter / bonnoki

トイレトインォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

長ーーーいっ!
長すぎるwww

目につきやすいことはサインの必須条件ですが、もうちょっと距離感を表現してもらいたかった…
っていうか、
もっと近くトイレを設置して欲しいですね。

さて、先月下旬からインフルエンザでダウンしておりましたが、ダウン12日目に突入することはありませんでした。

今朝も平熱でした。
ダルさは残っておりますが、昨日から丸1日以上平熱が続いており、頭痛・関節痛もまったくありませんので、今日2月6日をもって収束宣言を出させていただきます(^^)/

いや~ 長かった!

ここまで本当に長かった。
先が見えない時はもちろんのこと、トンネルの出口が薄っすらと見えてからも劇的に長く感じました。

でも、もう振り返りません。

やることが一杯です。
やりたいことも一杯です。

健康のありがたみを改めて心に刻み込み、今此処を丁寧に生きていきます。

というわけで、今日から通常業務を始めました。

ところが、さすがに病み上がり…
というか、未だ完治したわけではありませんし、長く寝込んでいたので、いたるところがナマっています。

座っているだけでもスグ疲れるし、集中力は続かないし、手際も悪くなっていたりします。
10日以上もダウンしたのは生まれて初めてでしたが、このくらいの日数でこれほどまでに衰えるとは思いもしませんでした。
それほど長かったということなのですね。

完治までもう少しかかるでしょう。
そして、バリバリ動けるようになるためには、かなり長期間のリハビリが要りそうです。

けれども、イヤな感じはありません。
古い体をすべて捨て、何もかも新しく交換して生まれ変わった気分です。

そういえば、初めて回復の兆しを感じ取ったあの光は節分の日の朝日でした。
兆しが確信に変えてくれたのは立春の朝日でした。
今思えば初春の初日、あのお日さまは初日の出だったのですね!

新しい年、新しい時代の幕開けとともに、体も心も新しくなって、まさに新しい生活がスタートします。

きっと可能性に満ちた未来が拓けると確信しています。

ワクワクとドキドキにあふれています。
正直ドキドキは要らんなぁと思うものの、ワクワクとセットものですから甘んじて受け容れて、たっぷりワクワクを満喫します。

天与の力と才智を活かしきり、自分の役割に徹するため再スタートを切ります。
慣れないことも少なくないでしょうけれど、着実に歩みを進めていきます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
The light is he, shining on you and me.

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一番の自分の味方は自分です

誰に言われてもいい
言わせておけばいい

何を言われてもいい
言わせておけばいい

人それぞれに考えがあって
人それぞれに都合があって
いろんな人がいろんなことを
投げかけたくなるのでしょう

誰かに責められたり
何かを咎められたり
批判されたりしても
自分が正しいと思うなら
自分が信じているのなら
気にしなくてイイのです

うっかり気にしてしまっても
決して自分を悪く言わないで

自分で自分を責めないで
自分で自分を咎めないで
自分の信念を捨てないで

一番の自分の味方は自分です

一人になっても自分のことを
応援し続けなきゃダメですよ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

したものの・・・

何ひとつあってないんやけど…

何ひとつあってないんやけど…

via: Twitter / chronicle_AT

さすがにコレはいただけない^^;

時には素直に非を認め
反省した方がイイ場合もありますねww

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
石鹸は小さくなると なぜ泡立たなくなるのか?

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22年目の祈り

22年目の祈り

via: 産経フォト

22年目の1月17日。
今年も寒い朝になりました。

テレビ各局とも早朝の特別番組はなく、かろうじてBS1だけが追悼のつどいの様子を生中継していました。
神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼のつどいには、午後5時までに約3万人が訪れましたが、昨年と並んでこれまでで最も少ないとのことです。
SNSで繋がっている人たちは震災体験者や同年代の人も多いので、震災関連の投稿も目につきましたが、既に少数派になっている感は拭えません。

1.17は、こうして少しずつ霞んできました。
震災を目の当たりにした人にとっては実に哀しいことですし、防災面でも過去の体験を活かしていく上で風化は望ましいことではありません。

とは言え、いつまでも旧態依然とていては新たな息吹を注ぎ込んで活力ある街づくりをすることはできません。
旧きを淘汰し新しきを取り入れることは被災地の復興や活性化そのものであるとも言えます。

神戸市が昨年11月に行った調査によると、震災後に生まれたり転入してきたりした人は全市民の約44%に達しており、過半数を占める日も近いでしょう。
震災体験者や震災を知る人たちは少しずつ着実にこの世を去り、いつしか震災は伝説になっていきますが、それもまた復興の証なのです。

特別な日だったはずの1.17は、20年余の年月を経て普通の日になりつつあります。

けれども、自分にとっての1.17は、やはり特別な日であることに変わりありません。
今年も変わらず静かに祈りを捧げ誓います。
追悼のつどいで灯された灯籠の如く、たとえ微かであっても生命の光になれますように…

・・・などと、
思いを巡らせながら過ごした22年目の断食日。

●1年前の今日:
未来につなげる

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新年初リハーサル

30年前のオリジナルメンバーで再結成した親父バンド

今日は今年初めてのスタジオリハーサルでした。

昨年の春、再開した音楽活動。
実に29年ぶりのことで何から何まで思うようにいかず戸惑いっぱなしでしたが、なんとか今年も継続できています。

が、再開当初はリハビリの日々に心が折れそうになりました。

50歳を過ぎてパワー、スピード、センスなどは明らかに衰えています。

特にショックだったのは記憶力の低下でした。

曲やフレーズがなかなか覚えられない…

他のメンバーたちは当時からずっと音楽を続けている超ベテラン揃い。
プロやセミプロの人たちに囲まれてプレッシャーは強まるばかり。

とにかく数稽古あるのみと思いつつも、練習の成果は振るわず途方にくれる日も少なくありませんでした。

けれども何故か、ワクワク感と楽しさは常に感じていました。
リハーサルの日を心待ちにしている自分に驚きを隠せませんでした。

そうこうしているうちに、メンバーの励ましに支えられて少しずつ勘を取り戻すことができてきました。

とはいえ、20代前半の状態を完全に復旧することはできるはずもなく、ついには開き直って初心者としてプレイしようと思うにいたりしました。

すると不思議なもので、気持ちが軽くなるだけでなく、プレイも良くなってくるのですね。

若い頃のようなパワーやテクニックは失ってしまいましたが、年齢相応の味といいますか無駄を削ぎ落としたプレイができるようになったように思います。

みんなの足を引っ張らないようにすることばかり気にしていた頃に比べて、今では自分にできることだけに最善を尽くすことを心がけているせいか、伸び伸びとプレイを楽しむことができています。

もちろん、それだけで歓んでいるレベルではなく、まだまだ練習を積み重ねていく必要はあるのですが、一つの峠を越すことはできたのかもしれません。

今日の新年初リハーサルも厳しいオーダーにめまいがするほど翻弄された3時間でしたが、汗ビショになりながらも疲れも忘れて楽しむことができました。

何かと頭を悩ませることも少なくない昨今ではありますが、音楽が生きる糧に少なからず役立っていることを感じています。

今後もこの親父バンドをライフワークにしていきたいものです。
というか、そうなることは自然の流れだと確信しています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
広口缶化の推進を強く要望します!

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徳を積んで容器を大きくせよ

おみくじ2017表

元日にひいた今年のおみくじは「末吉」でした。

末吉というとあまり良いイメージがないかもしれませんが、実はほとんど悪いことは記されていません。

まぁスゴく良いことは期待できないのですけれど、謙虚に過ごせは難なく過ごせるという運気なのでしょう。

自分がひいたおみくじにも特に不吉な戒めはなく、心静かに控えめにして勉強に励めむべしとありました。(去年もこんなこと書いてあったような気もしますが^^;)

とうに人生半ばを過ぎた身としては一気にもう一花咲かせたいと思わなくもありませんが、この一年も身の丈に合った慎ましい生活を心がけていきたいと思います。

なにより健康面での悪いお達しはありませんでしたので、心身を大切に使わせていただき自分のお役目を果たして徳を積めるように努めます。

というわけで、改めまして
今年も どうぞ よろしく お願いします。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

おみくじ2017裏
●1年前の今日:
あせらず さわがず ゆるゆると…

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満月の夜更けに観念したこと

満月の夜更けに観念したこと

どんなに丁寧に説明しても
何度も煩く言い聞かせても
まったく効き目がなく
動いてくれない人がいる。

そればかりか
悪かったと反省する様子もなく
当然の如く改善する気配もなく
暖簾に腕押し、泣かず飛ばず、
挙句の果てに逆ギレすることも。

それでも、自分が肩代わりしたり
面倒をみなきゃならないこともある。

如何ともし難いとしか言いようがなく
腹がたつやら悲しいやら情けないやら
理不尽なことこの上ないと思いつつも
結局は自分でやることになる。

文句言ったり愚痴ったりしても
罵っても怒鳴りつけても
嘆き悲しんで落ち込んでも
結局は自分でやることになる。

逃げることも
放り出すことも
理屈の上では可能だが
そうはしないということは
やはり自分で選んだ道なのだ。

望んだ結果ではないものの
自分自身で決めた選択肢。

なんだかんだ言っても
自分がやるんだと決めている。

ならば…

ただ黙々とやればイイ!

文句言ったり愚痴ったりせず
罵ったり怒鳴りつけたりせず
ふて腐れたり嘆き悲しんだりせず
黙って自分がやればイイ!

そんな我慢を続けたら
神経が参ってしまうかも?

否、むしろ
清々しく諦めることで
気分的には楽になれるもの。

文句言ったり愚痴ったりする自分
罵ったり怒鳴りつけたりする自分
ふて腐れたり嘆き悲しんだりする自分
そういう自分を責めることもなくなる。

そう!
同じ自分でやるのなら
ただ黙々とやればイイ。

それだけのこと。

意志は決まっていたけれど
未だ覚悟が足りなかったよ。

完全に相手に落ち度があっても
まったく相手にやる気がなくても
恨まれても憎まれても無視されても
ただ黙々とやろう!

自分にできることを
自分が信じることを
ただ黙々とやるだけ。

ただ黙々とやる抜くぞ!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
混乱させるメモ

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持ちつ持たれつで行こうじゃないか

持ちつ持たれつ おたがいさま

そんなしんどい状況を、自分一人で乗り越えようってのが甘すぎる。自分がそんなに強い生き物だと思ってんの?諦めて自分の周りの人間にすがったらいい。金を借りるより大きな借りを作ったらいいのだ。借りを返すのに一生かかる?元々一生付き合う予定じゃなかったの?

via: Twitter / shh7

細かいこと気にしなくたって肝心なところは自分でやるしかないんだよ。

そこは誰にも手が出せないし手伝えないから自分でやるしかない。
それ以外は分業の範囲なんだから、お互いに協力すればイイだけのこと。
現代社会で暮らしていて完全自給自足してる人なんていないでしょう。

そんなことよりも、自分にしかできないことに集中しよう!
人が得意なことは人に任せて、自分の得意なことに集中しよう!

そのために踏ん張ってるんだし、借りを返すこと自体が他の人の役にたつってことそのものなんだし。

一生かかってイイんだって。
一生かかった方がイイくらい。

一生つづくかどうかなんて分からないって?
そんな先のこと考えなくてもイイから、さっさと任せることは任しちゃって本業に専念しなよ。

そうこうしてるうちに一生の付き合いになってるよ。きっと!

遠慮なく言ってよね。いつでも聴くから。

…で、ボクが困ったら、その時は相談にのってよね。頼むよ!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
奈良の鹿に困った時はコレが効く …らしい

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今こそ再認識したい基礎教育の重要性

国民全体に対する基礎教育の徹底は最重要課題

基礎教育っていうのは、一言でいうと昔のエラい人たちが発見・発明してきた原理を学び、3000年ぶんくらいの文明の叡智を10年そこそこで吸収することだよ。必然的に暗記中心だよ。逆にいうと、基礎教育を軽んじることは、3000年ぶんの人類の叡智を軽んじることだよ。

via: Twitter / 5chneewei55

いや ホント…

義務教育の意味はココにあるんですね。

日本が豊かでいられる理由は、基礎教育が広く行き渡っているからに他なりません。

鎖国していた江戸期に日本を訪れた欧米人たちは、一般市民たちの識字率の高さに驚いたと言いますから、他国に増して基礎教育を重んじてきた歴史があることは間違いないでしょう。

にも関わらず、現代社会においては、この人類の叡智を軽んじる傾向が強くなりつつある気もします。

生活や仕事に直結する知識や技術を身につけることは大切なことですが、それを使いこなし、さらに発展させた智慧として次の世代に受け継ぐためには、やはり基礎教育あってのことではないかと思うのです。

本人の好きなことを自由にやらせるという教育は一見すると非の打ち所がないようですが、やはり義務教育の期間中は好き嫌いに関係なく基礎教育を徹底させることを疎かにしてはなりません。

社会に出る前に約3000年分の人類の叡智に触れておくことで、その後の選択肢が圧倒的に広がり、自分のやりたいことを実現させる可能性を高くすることもできます。

マイナス成長の時代、長期化する不景気の最中、経済政策や福祉政策に注目が集まりがちですが、今こそ手を緩めてはならないのは全国民に対する基礎教育の徹底です。

わが国では既に義務教育が一般化しているので、つい忘れられがちですが、決して忘れてはならない最重要課題として再認識しておきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
グリコといえば…

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世界の平和と一層の発展を祈ります

天皇陛下のお言葉!【全国戦没者追悼式 2016年8月15日】

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることはありません。

ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: BLOGOS

今日、日本武道館で行われた71回目の全国戦没者追悼式で、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた昨年に引き続き「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

この「反省」は、敵味方に関わらず戦争による悲惨な経験をしたあらゆる人々に向けられた「反省」であり、心底から恒久的な世界平和を望んでおられることが感じられます。

また、長い間大きな変化のなかった全国戦没者追悼式でのお言葉にこのような特徴的な内容を2年連続で盛り込まれたことは、その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域での情勢に対して憂慮されているのではないかとも考えられます。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

惨禍の犠牲となった戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れることなく、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが今を生きる国民の責務であると改めて確信しました。

全国戦没者追悼式
●1年前の今日:
戦争の惨禍が再び繰り返されぬための反省を

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核兵器の歴史は不信感の歴史です

被爆71周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

長崎平和宣言 2016年

長崎平和宣言

核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。

1945年8月9日午前11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸(なきがら)、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。

原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。

核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。

今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。

核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。

今年、ジュネーブの国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。

核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。

国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。

核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。

今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。

日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。

核兵器の歴史は、不信感の歴史です。

国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未(いま)だに1万5000発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。

この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。

我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。

市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。

被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。

若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。

戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。

若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。

福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。

日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧(ささ)げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。

2016年(平成28年)8月9日

長崎市長 田上 富久

via: 長崎市│平成28年長崎平和宣言(宣言文)

長崎は今日、71回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、53カ国の代表を含む約5600人の被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3487人の原爆死没者の名簿が奉安され、長崎原爆の死没者は計17万2230人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、核兵器保有国の首脳らに被爆地訪問を促すとともに、核軍縮交渉を前進させる枠組みを話し合う国連の会議への参加を要求。
日本政府には、非核三原則の法制化や北東アジア非核兵器地帯の検討を求め、唯一の戦争被爆国として行動に移すリーダーシップを発揮して欲しいと述べました。

年を重ねる毎に政治色の強くなる平和宣言ではありますが、それでも恒久平和の実現と核兵器廃絶を懇願する被爆地の首長スピーチとしては妥当な内容であったと思います。

例年同様この宣言に賛同しない意見も散見しますが、平和記念式典を主義主張の駆け引きの場に利用することなく、この日ばかりは平和の祈りを捧げ犠牲者の慰霊に注力していただきたいと切に願います。

そして自分自身もまた、世界唯一の被爆国の国民として、それ以前に日本人として、戦争の悲惨さと平和の大切さを忘れることなく、僅かでも後世に伝えていくことを改めて誓います。

●1年前の今日:
平和の理念

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】   戦争 原爆 伝える 日本人 天命 

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