元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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誰にでも得手不得手はあものです が…

誰にでも得手不得手はあものです が…

誰にでも
得手不得手があるものです

得手を活かせる場所で
自分らしく咲けばいい

攻撃的な行動が苦手なら
鉄壁の守備で機会を伺う

瞬発力に自信がないのなら
誰よりも永く継続してみる

パワー不足を感じるなら
知識や技術を磨けばいい

自分に与えられた素質と役割りを
活かし切ることで自らを輝かせる

とは言っても
一度や二度の結果だけをみて
得手不得手を決めつけるのは
早計に過ぎるかもしれません

転んでも何食わぬ顔で
立ち上がって再開する

致命的な傷を負っていない限り
何度でもチャレンジすればいい

再挑戦するたびに
必ず工夫を加える

同じ轍を踏まぬように
改善しながら挑戦する

諦めない限り
失敗ではない

気の済むまで努力を重ね
気の済むまで挑戦しよう

人は頑張っている姿をみると
放っておけなくなるものです

努力と挑戦を繰り返すうちに
手を貸してくれる人が現れる

何度も挑戦しているうちに
放っておけない人に化ける

不得手なことは得手な人に
遠慮なく任せてしまうこと

一人の力ではできなかったことが
多くの人の力によって上手くいく

そんな人を惹きつけてしまう行動
それを不得手だと言えるだろうか

そんな努力や挑戦を厭わないこと
それを不得手だと言えるだろうか

それこそが紛れもなく自分らしさ

人の得手不得手というものは
見かけ上の巧拙では判らない

何度でも努力を重ね挑戦できること
人に共感され応援してもらえること

それもまた得手
とてつもない得手

ちょっと休んで一息いれたら
何ごともなかったかのように
しれっと再開してみればいい

まだまだ旅の途中なんだから…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
年賀状のデザインが毎年楽しみです

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他人の荷物は軽いんですよ

不思議なもので、自分の荷物は重たいけれど、他人の荷物は軽いんですよ。
交換すればいいんです。
「ちょっと代わって、僕の荷物持ってくれない?代わりに君のを持つから」。
人数がもっと増えて、五人十人で荷物をくるくる回してゆくと、一人あたりの負荷はますます軽くなる。

via: 「他力資本主義」宣言

自分には重たい荷物を持ってもらう。
他人には重たい荷物を持ってあげる。

なるほど! コレはイイ考えですね。

お互い自分にできないことは任せる。
お互い自分にできることを引受ける。

コレって、社会の役割り分担ですね。

自分の苦手なことをやってもらう。
自分の得意なことをやってあげる。

コレって、シゴトの基本ですね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
そこまでやるか!?

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それって電器屋さんだけじゃないですよね

秋葉原の老舗家電量販店オノデン

「なんでも相談にのってくれる電器屋さんというのは、以前は街の電器屋さんがそうだったと思うんですが、まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

via: 秋葉原 変容し続ける街で「なにもしなかった」オノデンが生き残った理由

「なにもしなかったからだよ」

秋葉原の老舗家電量販店オノデンの三代目社長は、インタビューの中で「なぜオノデンさんだけが秋葉原で生き残ったのか?」という質問にこう答えています。

そして、「誰もが商売を大きくしたいと望むが、うちは密度が薄くなる経営はしたくなかった」という創業者の精神を語っています。

「目の届く範囲内で商いをしたい」

商売を拡大するためにはタイミングを見計らって一気呵成に攻めの姿勢に出ることも必要ですが、それはリスクの高い投資であることも少なくありません。
一時代の覇者となったとしても、巨大化してフットワークが鈍くなってしまった構造では時代の変化に追いつかず、勢いを永く保つことは困難です。

時代によって変化する市場のニーズや環境に対応していくためには、目の届く範囲内で密度の高い経営が合っていたということでしょう。

時代の変化による他社の動向を意識し過ぎて流れに呑み込まれてしまうことなく、ブレない理念に則って積極的に「なにもしない」という選択をしたことが生き残りの鍵だったということですね。

しかし、その鍵ですらも今後の時代の変化に合わなくなってしまう時が来るかもしれません。

理念というのは表面的な具体策ではありません。

「親切な電器店」というオノデンの社是は、ただ時代の流れに合った経営や商売をするという意味のみならず、お客さまや取引先、そして従業員と関係を深めていくことを目指している。だからこそ永く続ける必要があるという意義が込められているのだと思います。

自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現する経営。
その一つのカタチが「親切な電器店」なのでしょう。

そう言われてみれば、昔は街の電器屋さんには「親切な電器店」が多かったように思います。

それは街の電器屋さんだけではありません。

ただの懐古的な印象ではなく、日本では商工業が発達した近世はもちろん、もっと前の農業の時代から三方良しの発想が根付いていました。

近年になって始まったことじゃないんですね。
まさに日本人的なやり方なのだと言えるでしょう。

つまり、「親切な電器店」的な生き方は、一時代の潮流ではなく、これからも求められる本質的な生き方だと言うことができます。

見通しが立ちにくいこれからの時代を生き抜いていくためにも、自分たちの役割に徹しきり、自分たちにできることを最大限に発揮することによって三方良しを実現すること。これが大切なのだということですね。

「まだ需要はあると思います。価格の安さだけじゃないです」

「この街は赤が緑になるわけじゃなくて、赤の上に緑や青が重なって、十二単みたいになっていくの。昔ながらのパーツ屋さんだってあるし、ネジだけ売っている店もいまだにあるからね。ひとつひとつのボリュームは小さくなっても、地層のように重なり合ってまだ残っています。お客様もそれぞれが自分の波長にあうお店に行っている」

日本人が日本人である限り、この需要に応える役割は求められています。

自分自身のシゴトにも当てはまること。
肝に命じます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
次女の力作

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野心と大志

野心と大志

ある中小企業の経営者の方が「すべての従業員がマイホームのローンを払えて、二人以上の子供を安心して育てて大学に送れるような会社にしたい」と言って小さい夢だと批判されてたのだけど、僕は、そういう生き方を皆が望むわけじゃないとしても、それはぜんぜん「小さい」夢ではないと思ったのだ。

via: Twitter / tsukuru_agender

いやホント…
ぜんぜん小さくないですね。

むしろ、その大志に頭が下がります。

これを批判した人は、せっかく事業をするのなら、数千億円以上の年商とか、株価の高騰とか、世界進出とかを狙うべきだと考えているのでしょう。

それはある意味で正しいと思いますが、批判された経営者の語ったことが小さい夢だとは言えないとも思うのです。

また、この批判に対して「決して小さな夢ではない」と逆批判として寄せられているコメントに「金額的には決して小さいものではない」「社員を使い捨てる企業が少なくないのに素晴らしい」「大企業にもできていないこと」といったものが見受けられます。

「小さな夢ではない」と共感している人が非常に多いことがよく分かります。が、それと同時に件の経営者氏の発言の趣旨とは少し感覚が違うような気もします。

批判している人も、それを逆批判している人の何割かも、規模や金額の大小を各々の基準で主張しています。

しかし、件の経営者氏やツイート主は、そういう部分だけでなくて別の視点で見ているんじゃないかと思うのです。

たとえば、「将来それが何につながるのか」とか「社会全体の中での自分自身の役割」とか、そういう視点。

語られた内容そのものだけではなく、その先に見ているもの。

それはまさしく天下国家レベルの課題であり、百年の計を成し遂げる一助となろうとする責任と覚悟です。

これをどうして「小さな夢」だと言えましょうか?

同じ夢は夢でも、目先の成果の大小を語る夢を「野心」と呼び、国家百年の計を語る夢を「大志」と呼ぶ。
その違いは桁違いに大きい。
そう確信しています。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
恐るべし北海道

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親の役割

親の役割

母親が子供にできることは多いが、子供が「良い人間」になるためにできることは、本当はひとつしかない。
それは子供を安心させることだ。
子供が、自分は生まれてきて良かった、望まれて生まれた、生まれてからは愛されている、
と、感じさせることだけが、親の役割といっていい。

via: 船に乗れ! III

烈しく同意!

母親だけじゃない。
もちろん、父親も然り。

そして
烈しく反省!

果たして、自分は愛娘たちに
生まれてきて良かったと
安心させることができているだろうか?

さらに
烈しく感謝!

そう言えば、自分は
あまり意識してはいなかったけれど
生まれてきて良かったと思って生きてきた。

あれこれ思うところはあるものの
ちゃんと安心させてくれていた。

そのことに気づいたら
なにはともあれ感謝しかない。

どうも ありがとうございます。

しっかり受け継いでいきます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
これは納得いかないわ~

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応援されていることを忘れてはならない

批判に耳を傾ける必要はない

「この作品大好き!買っちゃう!」って人が1万人いて、「なんだこれ。買わね」って人が1万人いたら、当然ですが本は1万冊売れるんですよ。決してプラマイで0冊になったりしない。好きだって言ってくれる人の数は重要ですが、好みもあるんだから、嫌いだって人のこと考えてても仕方ないですよ。

via: Twitter / amaneko2

何百人に非難されたって、応援してくれる人の数がマイナスになることはない。
何百人に疑われたって、信じてくれる人の数がマイナスになることはない。

むやみに迷惑をかけるようなことをしない限り、誹謗中傷や反対意見に耳を傾ける必要はない。

たった一人でも応援してくれる人がいるのなら、たった一人でも信じてくれる人がいるのなら、その人のために全力を尽くしたい。

それが自分に与えられたお役目なのだから。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
世界淡水魚園水族館ならではのお土産

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この自由と平和を守る責任は自分たちにある

天皇陛下おことば・全文 終戦72年全国戦没者追悼式(17/08/15)

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に七十二年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

via: 【終戦の日】全国戦没者追悼式 天皇陛下お言葉・全文 - 産経ニュース

今日は72回目の終戦の日

日本武道館で行われた全国戦没者追悼式において、天皇陛下は上記のようにお言葉を述べられました。

戦後70年を迎えた一昨年から3年連続で「深い反省」という言葉を用いて世界平和への願いを強く表されました。

その思いの強さが表されていることはもちろん、極東地域の情勢に対して憂慮されているのではないでしょうか。

気のせいかもしれませんが、少々ご高齢を感じさせる所作が見受けられました。
心底から恒久的な世界平和を望んでおられる陛下の心中お察しいたします。

先の戦争に至った経緯や責任問題についてはさまざまな議論があろうかと思いますが、「戦争の惨禍を再び繰り返さない」という一点に関しては、日本国民の悲願であり誓いです。

戦没者に対し敬意と感謝の念を忘れず、それを次の世代に伝えていくこと、そして平和を守ることこそが我々国民の責務であると改めて確信しました。

というわけで…
今夕は、家族揃って参拝してから食事に出かけました。

昨日14回目の誕生日を迎えた長女のお祝いのためです。

長女のリクエストで焼肉パーティーでした。

家族4人が揃っての焼肉は、改めて考えてみると初めてのこと。

美味しくおなか一杯いただきました。
とっても楽しいひと時でした。
お姉ちゃんも満足してくれたようで良かったです。

多くの先人のおかげで、こうして平和としあわせな家族団らんを謳歌させていただいていることに感謝。

そして今後は、自分たちがこの平和を守っていかなければならないと、更に強く感じた一日でした。

長女14歳の誕生日は焼肉パーティ
●1年前の今日:
世界の平和と一層の発展を祈ります

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「今さら」な情報を求めている人がいる

ブログ書いてると「今さら」って叩かれることがあるんだけど、知らない人は知らないわけだし、Web上に「今さら」って概念はないと思う。

via: Twitter / hibi_myzk

自分の地域では当たり前
自分の世代では当たり前
自分の業界では当たり前
自分の家族では当たり前

でも、それは

他の地域では当たり前じゃないかもしれない
他の世代では当たり前じゃないかもしれない
他の業界では当たり前じゃないかもしれない
他の家族では当たり前ではないかもしれない

自分が「今さら」と思っていることでも
きっと何処かに「今から」の人がいるはず

「今さら」聞けない人は
「今さら」な情報を求めている

自分にとっての当たり前が
それを求めている誰かの役にたつ

自分にとっての当たり前を発信しよう!

繰返し何度でも当たり前を発信しよう!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
一気に描き上げました

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ノーモア ヒバクシャ

長崎平和宣言 長崎平和祈念式典 2017年8月9日

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

via: Huffington Post Japan

長崎は今日、72回目の原爆忌を迎えました。

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、核保有国を含む58カ国の代表と被爆者や遺族らが参列し犠牲者の冥福を祈りました。

この1年間で死亡が確認された3551人の原爆死没者が名簿に書き加えられ、長崎原爆の死没者は計17万5743人となりました。

田上市長は平和宣言の中で、国連で核兵器禁止条約が採択されたことを被爆者の長年の願いが形になったとして意義を強調するとともに、核兵器廃絶に向けた歩みをさらに進めることの重要性を訴えました。

そして、先の広島平和宣言と同じく、条約に反対する核保有国や日本を含む核の傘の下にある国々に対して核兵器に依存する安全保障の在り方を見直すよう強く求めました。

これに対して安倍首相の挨拶には、広島に引き続き条約についての言及はありませんでした。

今年もまた政治色の強い平和宣言になりましたが、核兵器禁止条約の話題が大きく取り上げられ、極東におけるきな臭い動きが活発になっている昨今、当然のことであろうと思います。

外交や国際政治には一筋縄では解決できな問題が山積している上に、難しい駆け引きが要求されますから理想や正論だけを声高に訴えることはできません。

しかし、世界唯一の被爆国であり、多くの罪のない市民の生命を失った我が国において核兵器廃絶の実現は責任であり悲願です。
キレイ事だけでは済まない難局もあるかと思いますが、とるべき進路の先にある核心部分については、日本国民の意志として常に明確にし決してブレることがあってはなりません。

被爆国の原点。

決して忘れてはならない譲ることのできない絶対条件です。

これだけは絶対に譲れないという姿勢を堅持するよう政府関係者に強く希望します。

長崎平和祈念式典2017
●1年前の今日:
核兵器の歴史は不信感の歴史です

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玉に瑕とは言いますが…

玉に瑕とは言いますが…

玉に瑕

【読み】 たまにきず

【意味】 玉に瑕とは、ほとんど完全に近いものなのに、わずかな欠点があることのたとえ。

【注釈】 「瑕」とは宝玉の表面にできたきずのことで、過失や欠陥という意味もある。
それさえなければ完全なのに、惜しいことにほんの少しの欠点がある場合にいう。

via: 故事ことわざ辞典

そう! 玉に瑕。
「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんです。

なのに何故だか気になるんですね。

気になるから更にキズへの意識が強くなる。

そして、ますます気になってしまう。

これを繰返しているうちに大問題に仕立て上げてしまう。

でも、このときの判断に合理性はないですね。
「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんですから。

そのキズは、きっと 0.01%くらいのものですよ。
99.99%は まったく問題のない美しい宝石そのもの。

それを全体が無価値であるかの如く批判的な評価をする必要はありませんし、むしろ精度や純度の高い素晴らしい宝石だと言えるのではないでしょうか?

「そのキズさえなければ完全なのに」
「たった0.01%が全てを台無しにしている」
中には、こう考える人がいるかもしれません。

人によって判断基準はさまざまですから、もちろん、そういう考えがあっても不思議ではありません。

ですが、もう少し視野を拡げて改めて考えてみてください。

この世の中に「玉に瑕」を持たない人がいるでしょうか?

全人類を検証する術はありませんから断言してはならないのかもしれませんが、おそらく、100%完璧な人など人類誕生以来これまでに一人も存在しなかったのではないかと思うのです。
万が一いたとしても極々僅かであるはずです。

ならば…

世の中に「玉に瑕」を持たない人がいないならば…
自分が気になって気になって仕方がないそのキズは、「人並み」ってことじゃないんですかね。
誰もが必ず持っている「わずかな欠点」「ほんのすこしの欠点」なんですから。

そのキズは、0.01%くらいのものです。
99.99%は まったく問題のない美しい宝石そのもの。

この精度や純度の高い素晴らしい宝石を、もっと愛でてあげたい。

ましてや、周りの人たちから感謝され、温かく見守られているのだとしたら、その人たちのキモチを裏切らないためにも、キズに目を奪われている場合ではありません。

自分の「大部分を占める美点」「圧倒的な長所」を素直に認め、とことん活用して、自分の大切な人たちのお役にたちたいものです。

「疵」に囚われず「玉」を活かし切る。
「玉に瑕」の本意は、ここにあるんじゃないでしょうか。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
動物をフラッシュ撮影しないでください

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たいていの大人は虫嫌いだが…

たいていの大人は虫嫌いだ

たいていの大人は虫嫌いだ。当然、世のお母さんたちにも虫嫌いは多く、博物館に虫を見に来る親子の中にも、お母さんは虫嫌いということがかなりある。しかしそういう場合、決まってお母さんが子供の前で「嫌い」、「気持ち悪い」と言わない。子供に自分の好き嫌いを植えつけない姿勢は立派だなと思う。

via: Twitter / dantyutei

人はハッキリした目的があるとき
自分のポテンシャルを最大限に発揮させて
その目的を達成させようとする。

ましてや、その目的が
何にも代えがたい大切な人のためなら
なおさら想像以上の力を発揮するものだ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
子どもには大人に見えないものも見えている!?

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パクチーが好きな人はパクチーがないと困る

どんなに優れていても万人に好かれるのは無理って事はカレーやハンバーグが証明してくれてるし、色んな人に嫌われている様に見えても深く愛してくれる人がいるって事はパクチーが証明してくれてるし、俺たちはもうちょっと気楽に生きてもいいな。

via: Twitter / Rock_ozanari

いやホンマ!!

自分って、パクチーかもな…
と思ったとしても気にしなくてイイし
もし希望通りカレーになれたとしても
誰からも愛される保証なんてない。

カレーに憧れるキモチは解るけど
パクチーに生まれた限りは
パクチーとして全力を尽くす方がイイ。

けっして妥協しろということではない。
パクチーはカレーに劣ってはいないということ。

パクチーにはパクチーの役割があるし
パクチーがなければ困る人もいるわけで
カレーにパクチーの代わりはできないということ。

大切なことは
好きなこととは限らない。

大切なことは
自分の役割に徹するということ。
自分の素質を活かしきれること。

大切な人とは
憧れの人とは限らない。

大切な人とは
自分を理解してくれている人。
自分を必要としてくれている人。

できること
誰かの役に立てること
自分を高められることを
死ぬまで大切にした方がイイ。

気の合う人
自分を信頼してくれる人
自分を好きでいてくれる人を
死ぬほど大切にした方がイイ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
何かに反対する時は

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青い鳥はどこにいる?

幸せの青い鳥

身近な人を喜ばせることは自分にしかできないことなのに、そういうのを無視して、「自分にしかできないことで、誰かのために何かできる自分になりたい」と思ってしまう。具体的な「顔」が思い浮かばない自己実現をつい、やりたくなってしまう。

via: Twitter / fta7

モデルがあるからね。

偉人やヒーローっていうのは、国や世界を背負っていたり、利害関係のないアカの他人を救ったりしているしね。

「世のため人のために役立つ存在になれ」とか「世界で通用する人材になれ」とか言われて育ってきているしね。

勘違いしても仕方がない部分もあると思う。

けど大事なのは、対象が誰であれ具体的な「顔」が見えているか? っていうこと。

で、やっぱりイチバン顔が見えやすいのは身近な人だってこと。

偉人やヒーローは、常に具体的な「顔」をちゃんと見ているし、もちろん身近な人の「顔」も忘れることがない。

そんなことができるからこそ、彼らは偉人やヒーローと呼ばれているんだよ。

自分には誰の「顔」が見える? 誰の「顔」を見てる?

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
可愛いんかな????

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元号に思いを馳せる

元号に思いを馳せる

今日は昭和の日。

昭和天皇の誕生日に因んで制定された祝日「昭和の日」は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日とされています。

その昭和の時代が終わってから早30年近くが経過しました。

そして、今上天皇の生前退位に向けての準備も進められており、2年後には再び改元の時を迎えることになりそうです。

日本における元号は、西暦645年の「大化」が最初だと言われています。
701年に「大宝」に改元されてから現在に至るまでまで継承されています。

もともと元号は中国で使われていた制度で、中国の勢力に屈して属国化していた周辺各国では、中国と同じ元号を使用させられていました。

そのような状況の中にあっても日本は古くから独自の元号を使い続けてきた歴史を持っています。

既に中国では失われてしまった元号制は日本にのみ存続しており、元号は日本にとって国家独立の象徴だと言っても過言ではありません。

30年ぶりの改元を控えて、再び元号への関心も高まってくるものと思われますが、元号制と深い関わりを持つ天皇制についても今まで以上に注目度は高まることでしょう。

これを機会に皇位継承問題などについても真剣な議論が進むことを期待します。

加えて、元号とともに刻まれてきた我が国の歴史を振り返り、これからの日本のあり方や、国民として何をすべきなのかを考えていきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
どっちに見えますか?

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自分の立ち位置を確認できた30年ぶりのLIVE

30年ぶりの再結成LIVE

この前の日曜日は久しぶりのLIVEでした。

ハイ。観客ではなく演者の方で…^^;

一昨年の暮、忘年会に誘われて行ったのですが、その時に集まったのが若かりし頃の音楽仲間たちでした。

そのメンバーが顔を揃えるのは約30年ぶりのこと。

懐かしい話題や近況報告などで盛り上がり、また時々集まろうということになりました。

いや、あの忘年会が、まさかバンド再結成の招集だったとは思ってもいませんでした。

ところが話はトントン拍子に進んで、昨年夏から月に1回ペースでリハーサルをすることになりまして…

実に30年ぶりの活動再開となったわけですが、それは「このメンバーとして」というだけでなく、すっかり音楽から離れていた自分にとっては、まさに30年ぶりの演奏だったのです。

50の齢を過ぎてからのリハビリは難関続きでした。

カラダがついていかないのは予想通りでしたが、イチバン難儀したのは「記憶力の低下」でした。

一つ覚えては一つ忘れていく状態では練習もままなりません(^^ゞ

実は他のメンバーは、当時から今に至るまで音楽を続けていて、プロやセミプロの活動をしているベテラン・ミュージシャン。
そんな彼らと一緒にやるのは嬉しくもあり辛いことでもあります。

正直、続けるのはムリかもなと思いましたが、なんだかんだで半年あまりをかけて今回のLIVEと相成りました。

元々スキでやっていたことですしね。それに、なんとなく運命的な縁の巡り合わせみたいなものも感じるところがあったので、今となっては自然な成り行きだと思っています。

とはいえ、30年のブランクはカンタンに埋まるものではありませんでした。

今回のLIVE会場では、いつもと違う楽器でいつもと違うアレンジの演奏をせざるを得ないという厳しい条件がついていました。

やっと少し慣れてきたと思ったのに1から出直し。しかも残り時間は1ヶ月。
できる限り練習はしましたが、やはり本番では足を引っ張ってしまいましたね。

ですが意外にも、あまり緊張はしませんでした。

とても楽しく演奏することができました。
いやホントに楽しかった!

他のメンバーも(たぶん)楽しんでいました。
満員のオーディエンスも温かく支えてくれて、会場が一体となって盛り上がることができたと思います。
実に気分良く再結成LIVEを終えることができました。

まぁ自分の演奏自体は酷いものでしたけど^^;

そのLIVEの夜から2日経って感じたことがあります。

それは、自分の立ち位置。

自分が担うべき役割というか、本来のシゴトというか、存在意義にも直結するようなこと。

たしかに、先日の演奏はとても満足のいくものではなかったのですが、それでも自分をメンバーとして受け容れてくれた仲間たちと共に楽しくLIVEができたというのは、演奏テクニック以外の別の要素が働いたからとしか思えません。

この数ヶ月、30年のブランクをいかに埋めるか、なんとかして少しでも仲間に追いつこうということに躍起になっていました。

もちろん演奏が上手いに越したことはないのですが、それだけじゃなかったんですよね、自分の存在意義は。

そう考えると、これから自分がどうしていけばよいのか、どんな役割を果たしていけばよいのか、ぼんやりとではありますが解ったような気がします。

そうそう。そうだった。
30年前も自分はそういう立場で参加してたんだった。

そして、音楽を離れた後の生活やシゴトにおいても、そういう役割をしてきたんだと気づきました。

気張って新しいことを習得したり厳しい訓練を重ねて乗り切ることばかり考えなくても、既に持っている自分らしさがある。
そういう「自分の立ち位置」を確認できたLIVEでした。

今のシゴトも、再開した音楽活動も、これまで培ってきた経験が活かされる舞台なんだということ。自分らしい道なのだということ。

今後、何か迷いが生じる出来事があったとしても、この立ち位置に軸足を置き直せばいいんだ。そう思うと心強いものがあります。

とはいうものの、やっぱり今回のLIVEのビデオはあまり観たくないなぁ^^;

自分にとってエポックメイキングなLIVEではありましたが、演奏自体は黒歴史になりそう┐(´∀`)┌

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

満員御礼 ありがとうございます

満員御礼 ありがとうございます

●1年前の今日:
「阪神大震災被災者からのお願い」より

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