元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

EDIT

「ゆるし」とは…

「ゆるし」とは、
ひどい行いを大目に見たり、
認めたりする事ではなく、
苦しまないという決意をする事。

裁きの心を捨てる決意、他人と
自分を傷つけるのをやめる決意、
怒りと怖れの循環を
断ち切る決意をする事。

(ジェラルド・G・ジャンポルスキー)

相手は関係ないんだな。

怒り狂っているのも
恐れおののいているのも
不機嫌なのも苦しいのも
自分自身なんだから。

相手は鏡の中の自分自身。

相手を責めれば責めるほど
自分自身を追い詰めていく。

相手をゆるすってことは
自分自身をゆるすこと。

どっちが先でもイイんだよ。
ここらで一旦ゆるめてみよう。

なんにも心配いらないって。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
素朴な味わい…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  許す 和の心  調和 お気楽  

ページTOPへ↑

EDIT

「話し合い」よりも「聴き合い」

「話し合い」よりも「聴き合い」

相手に、「これって、これこれこういうことですよね?」って質問されたときに、「はい、その通りです」って言い切れる人って意外と少ない。微妙な認識の違いを言い直して、「はい、これこれそういうことです」ってつい、言い直しちゃう。相手の表現をそのまんま肯定してあげるのって思いのほか難しい。

via: Twitter / shh7

いやホント! そうですよね~

自分の考えをできるだけ正確に表現して伝えたい! っていう思いが、ついつい言い直しちゃうんですよね。

決して悪気があるわけじゃないんですが、自分の考えをちゃんと聴いて欲しい! っていうキモチが、相手のコトバを受け容れる余裕すらなくしてしまう…
逆に自分がそんな風にされると気分が良くないことはカンタンに想像できるにも関わらずにです^^;

ところで、この話題って「話し方・表現の仕方」の問題であるようでいて、実は「話の聴き方」の問題でもあると思うのです。

ときどき「聴き上手になるにはどうしたらイイんでしょう?」とか「相手の話をよく聴くコツってありますか?」というような質問を受けることがあるのですが、この引用ツイートがヒントになるのではないでしょうか。

相手の考え、相手のコトバ、相手の存在自体を、ありのままに受け容れること。それがいわゆる上手な聴き方なのかもしれません。

自分と考えが違う場合は、ムリに肯定する必要はないんです。
ただ「そうかそうか、この人はこう考えてるんだ」と認めればイイだけなんですね。

同意も肯定もできなくたって相手の意見を聴くことはできます。
自分との違いを言う前に、まずは聴く。即ち認めるんですね。

こういう態度で話を聴いてみると、不思議なことに話を聴いてくれた相手、認めてくれた相手、つまりコチラの話にも耳を傾けようとしてくれることが圧倒的に多いんです。

このことは経験的に間違いないと思います。
自分だってそう思いますもん。
自分の話をちゃんと聴いてくれる人の話なら、ちょっとくらい聴いてみようかと思いますよね。

だから慌てなくてイイんです。
急いで自分と相手の意見の違いを説明して解らせようとしなくてもイイんです。
ちゃんと相手の話を聴けば、相手もちゃんと聴いてくれますから。

話の内容の理解度や共感度などが重要なのも確かですが、なにより大切なことは、相手を尊重するということだと思います。

互いに尊重し合う「話し合い」。
それはもう「話し合い」というよりも「聴き合い」といった方がイイのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
あるにはあるんですがね~^^;

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】  承認 聴く コミュニケーション 和の心 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

たいていの場合、批判は効き目がない

  1. とにかく批判しない、承認する、を徹底する
  2. 外的コントロールを排除する
  3. 「気持ちはわかる」と言う
  4. ほめずに承認する
  5. 自分で自分を承認する
  6. 相手に期待しない

via: 人間関係にうんざりしたときに読む本

今となっては誰でも知っているコミュニケーションの基本。
ですが実際のところ、腑に落ちていない人も多いようです。

「承認などとヤワなことを言ってばかりじゃなく時にはビシッと言い訊かせてやらなくちゃならない!」と考えている人は少なくないでしょう。

このような考え方の奥にはコントロール思考が根ざしているようです。
決して悪気があるわけではなく、「間違いをおかしている人を変えたい」と願っているんですね。
他人を変えようとする発想が批判や叱責という行動につながります。

けれども、人は外的コントロールでは変えられません。
批判されると逆に「変わりたくない」と思わせてしまう。
一時的に強制されることはあっても、人は根本的に外的コントロールによって変ることを嫌っているからです。

果たして、相手のためと思ってやった批判や叱責は功を奏さず、その相手は不機嫌になり、自分自身もまた不甲斐なさに心を傷つけられることになりかねません。

これは変えようとした相手に自分が承認されなかったということでもあるのです。
相手を承認しなかった自分もまた、そのことによって承認を得ることができず、自ら心を萎えさせてしまうのです。

だからこそ! 批判ではなく承認が大切なのですね。

上記6項目に共通するポイントは、「相手の承認欲求を傷つけないこと」だと思います。

人は批判されると反抗的になりがちですが、承認されると耳の痛い話にも理解を示そうとするものです。

つまり、人は反論や注意そのものに傷つけられるのではなく、承認されないことに傷つくのだということ。

「言いたいことはわかるけれど…」と言われると耳を貸そうと思うのに、頭ごなしに「そんなことではダメだ!」と言われると完全に聞く耳を閉ざしてしまうのですね。

そしてもちろん、承認するということは、相手を褒めるということではありません。
褒めることも承認の一つではありますが、とても褒めれたものではないことを口にするときにも相手を承認することが必要だということ。

相手の間違いを指摘したり、自分の反論を聞いてもらいたいときは、批判的なアプローチをするのではなく、むやみに褒めるのでもなく、まず相手の存在や考えを承認する態度が大切なんですね。
聞いてもらえなければ話になりませんから。

では、承認とはどのようにすれば良いのか?

たとえば挨拶…
「こんにちは」というコトバは褒め言葉ではありませんが、相手の存在を認め尊重する態度を表しています。
このような姿勢や態度なら実践できそうですね。

さらに承認は、他者だけではなく自分自身に対しても忘れてはならないものです。
自分の不甲斐なさや劣等感を覚えることがあったとしても、その部分と自分の存在自体は別のものであり、自分全体を批判的な目で観る必要はありません。

人は反論や注意そのものに傷つけられるのではなく、承認されないことに傷つくのだということ。
これは自分自身にも当てはまります。

まずは批判せず承認すること。
その上で必要とあれば耳の痛いことを言う。

いつも頭の片隅において忘れないでいたいことです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
憲法記念日なので憲法について考えてみる

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 共感 承認 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

秘すれば花

秘すれば花

米偏に「九」と「十」と書いて「粋」。
「九」では足りないが「十」では完璧すぎる。その米粒ほどしかない差が「粋」というものだという意味が込められているそうです。

何ごとも程々に留めておくことが肝心。ちょっと足りないくらいのではないかと思うくらいが丁度いい塩梅なのだということでしょう。

圧倒的な差をつけてリードすることで、そのポジションは確固たるものになり、かつ安定度を増すことになるかもしれません。
得意な点や価値を出し惜しみすることなく明らかにすることで、より多くの功名を得ることができるかもしれません。

そういう一面は間違いなくあります。
特にスピードがものを言う現代社会においては、さまざまな場面で自己開示や情報発信が重要になっています。

その一方で、何事も程々に留めておくという生き方が今も尚、大切にされていることも事実です。
ちょっと足りないくらいの塩梅というのは、単なる時代遅れの古い考え方なのかと言うと決してそんなことはありません。

圧倒的に明確で印象的な訴求と、ちょっと足りないくらいの遠慮気味の表現。どちらが正しいというものではありません。
両方とも、それらが上手く機能するか否かは、その手法ではなく何のために用いるのかという志によって明暗が別れるのだと思うのです。

SNS利用者が増えるに従って前者的な情報発信の重要性が強調されるようになってきましたが、それと同時にSNS疲れに代表される消化不良的な不安や不具合も増え続けています。
時代の流れによって主流になるものと影を潜めるものはあると思いますが、その時代にマッチした方法というのは必ずしも唯一つというわけではないということを意味しているのではないでしょうか。

これまで見えなかった物事の多くが一般の目に触れやすくなっているインターネット時代。その特性を効果的に活用して成功例を増やし続けているSNS全盛の現代ではありますが、情報のオープン化だけがインターネットやSNSの特性だとは言えません。
人と人との関係には唯一の正解があるのではなく、様々な様式があるからこそ、それぞれの関係性を大切にすることによってSNSは効果的に活用されるはずです。
インターネット以前の中央集権的な文化にはなかった多様性が進んでいるのですから、多様な生き方があって当然です。

辛いときにも泣き言を堪え、嬉しいときにも浮かれすぎないように心がけ、喜怒哀楽をあからさまにしないで平静を保つ。日本人はこのような表現を美徳としてきました。
一見すると時代遅れに見える消極的な考え方ではありますが、オープン化・多様化の時代だからこそ、その価値はさらに高まっています。

秘すれば花

これからも日本人が潜在的に持っているこの美徳を大切にしていきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
失敗から学ぶためには…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 コミュニケーション  天命 

ページTOPへ↑

EDIT

共存共栄の可能性を探ってみる

VHSビデオカセットテープ

VHSテープ全盛の時代の米国のレンタルビデオ店での話。「見終わったあとはテープ巻き戻してから返却してください」とシールを貼っておいても、巻き戻さずに返却する人が多く、店としては頭を抱えていた。そのまま次の客に貸してしまうと次の客の気分が悪くなるし、店でいちいち巻き戻していては手間がかかって仕方がない。

これを「マナーの問題」としてしまうと、ほぼ解決不可能な難問になってしまうが、この店では思い切ってルールを変更してしまうことにより、この問題をみごとに解決したのだ。VHSテープに貼り付けるシールの文言を「このテープは一度最初まで巻き戻してからご覧ください。返却時は巻き戻さなくても結構です」に変更しただけだ。

こうやって基本ルールを変えただけで、借りたばかりのテープが巻き戻っていなくても気分を害する客はいなくなったし、逆に巻き戻してあると「得をした気になる」ようになったのである。注目すべきは、誰も行動パターンを大きく変えたわけでもないのに、皆の気分が良くなった点である。

via: Life is beautiful

同じ手間でも感じ方は正反対ですね!

「いつもキレイにお使いいただき、どうもありがとうございます」と書かれたトイレにも通ずるものがありますね。
さらに、男性用小便器の中央に的形を付けることで便器周辺の汚れが激減するという事例においては、命令はおろか依頼嘆願すらなしに美化促進を実現しています。

概して、ココロのすれ違いは、見方やコトバのすれ違いから生じます。

視点の置き方次第で価値は変化します。
自分の立場で目的を達成することを考えるだけではなく、そこに関わる人たちの立場で見直してみることによって、両者の利害がぶつかり合わないポイントを見つけることも可能です。

心理をついたテクニックは無闇に多用するべきではないと思いますが、感謝や思いやりを意識した工夫で生活はもっと良くなるはず。

対決する前に共存共栄の可能性を探ってみよう!
「自分さえ良ければ」より「共に良くなる」の方が上手くいく。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ステキ過ぎる非常口誘導サイン

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 共感 承認 信じる お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

心配のコトバで愛は伝わらない

心配のコトバで愛は伝わらない

自分が失敗したことがあるからこそ、
人に同じ思いをして欲しくない、
だから「気をつけて!」と言いたくなる。

でも言われる側としては、
「気をつけて!」と言われびくびくしながらやるよりも、
「大丈夫、失敗したってなんとかなる。
 私がなんとかしてあげるから、思う存分やってごらん!」
と言われた方が、
私を気遣ってくれている思いが伝わってくる。

via: おとなの小論文教室。

そうそう! そうなんですよね。
実に耳の痛い話です(^^ゞ

相手のためを思ってのコトバなんですよね。
もちろん、悪気なんてありません。

ところが、それは往々にして相手のためにならないんですよね。
自分の意志とは裏腹に…

そもそも相手のためにというのは自分自身の希望ですからね。
相手が要求してきたことではないんです。
自己満足であったり、おせっかいであったり、むしろ足を引っ張ることになっていたり、自分のエゴからくる行為なんですよね。

解っていても気になって声をかけ過ぎてしまう。
相手のことを心配していたり、応援してあげたいと思っているキモチにウソはないのです。

だからこそ、本当に応援になることだけをするように注意します。
まったく心配せずにはいられないと思いますが、意識して減らしてみます。

そういえば…
今日引用したコラムは、随分前に書いたエントリーで引用したつぶやきと同じものだと気がつきました。

あの時も同じような内容の記事を書いていました。
4年経っても進歩がないな(^^ゞ

いや、大事なことを思い出させてくれて良かった。
絶好のタイミングでした。

というわけで、改めて…

自分勝手な都合で心配して、負担をかけてしまったり、嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい。

充分に注意しますが、どういう風に接して良いのか分からなくなることがあるかもしれません。
今までとは逆に無口になってしまうかもしれません。
ですが、言いたいことはいつも同じです。

あなたが いつも いつも
しあわせでいて欲しいと願っています。

あなたは 私の 大切な存在です。

伝えたいことは これだけです。
こういうキモチを上手く伝えるコトバや態度を使いこなせるとイイなぁ 難しそうではありますが^^;

そして、また
こんな思いをしている人は、きっと自分だけじゃないと思うのです。

だから今度こそ、余計な心配をしてくる人や面倒くさいおせっかいをしてくる人がいたら「ありがとう」を言おうと思います。

思いを伝えることは難しい。

それは おたがいさまですから。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●関連記事:
思いを伝えることは難しい
●1年前の今日:
白マグロ解体実演販売!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  コミュニケーション 信じる 承認 和の心 

ページTOPへ↑

EDIT

鏡開きだ! 餅食べよう!

鏡開きの朝。トマトスープの洋風雑煮で温まる。

鏡開き(かがみびらき)・鏡割り(かがみわり)とは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事であり、神仏に感謝し、またその供えられたものを頂いて無病息災などを祈って、汁粉・雑煮などで食す。

via: wikipedia

ラジオ体操の後スグに鏡開きをしました。

といっても、ウチの鏡餅はパック餅なんですが^^;
愛娘たちが協力して(パックを)開いてくれました。

というわけで、今朝は雑煮をいただきました。
昨晩のトマト煮込みをとりおきしていたものをベースにした「トマトスープの洋風雑煮」です。

見た目はイマイチですが^^; なかなかの美味。
お餅は洋風にしてもイケますよ!

午後は、甘さ控えめの善哉で一息入れました。

おやつやデザートにしてはズッシリ気味ですが、ペロリとたいらげてしまいました。
あんこには渋いお茶や塩昆布が合いますが、コーヒーとの相性も悪くありませんね。

ちょっとアレンジが過ぎたような気がしなくもありませんが、こうした古くからの風習を続けていくことで、この国この街の風土に馴染んだ自然な暮らし方ができるような気がしています。

そして、家族そろって行事ができることに感謝。
このしあわせを噛み締めながら、これからも続けていこうと改めて心に誓いました。

まぁ みんなでお餅を食べてるだけなんですけどね(^^ゞ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

開きの午後。甘さ控えめの善哉で一息入れます。
●1年前の今日:
ワンコの振り見て我が振り直せ

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】  鏡開き 伝統 文化 和の心 継承  お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

優しさに溢れてる 優しさが連鎖してる

秋晴れに映える万国旗

まっさらさら~で、おはようございます!

あ?よく寝た。12時間寝ました(笑)

でも息子は体育祭が終わってから会場の片付け、夕飯食べてお風呂に入って、近所のお友達のおうちでお泊まり会。
不登校で参加しなかったお友達に、体育祭の報告に行ったみたいです。

朝の6時半に帰ってきて8時半まで寝て、塾に行きました(笑)
14歳はタフだね?(^○^)

体育祭最後のリレー。
赤組トップで走ってきたアンカーの子がふくらはぎがつってしまい、途中から足を引きずりながら走ってきた。
ぶっちぎりだったから、ゴール手前20メートルくらいまではトップだったけど、後ろから陸上部のエースが追い上げてきた。

同じ赤組だから、どちらがゴールしても点数は変わらないんだけどね。

後ろから追い上げてきた子は、抜いて行けばもちろんトップでゴールテープが気持ちよく切れる。

\(^o^)/

でもね陸上部のエースは…

足がつっちゃった子の体操着の袖を引っ張ってゴール前まで連れて行き、その子がゴールテープを切ってから自分がゴールしたの。

中学3年生・15歳。

この年齢で、なかなかできないよね。

大人でも、できないよね。

本当に素晴らしい友情バトンリレーが最後の最後で観られて、感謝・感激です。

足がつっちゃった子は、綱引きの時から違和感があったみたいだけどアンカーの重責を陸上部のエースのフォローを受けてきちんと無事果たせて、こちらも素晴らしかった。

陸上部のエースの子は、陸上をやってるからこそ悔しさがわかったのかな?(^^)
足を引きずりながらゴールした子も他の子達も、友情の深さとあたたかさを再確認だね?

一丸となって一生懸命やってきたからこそ、何も考えずにお友達のフォローできたんだね。

心の純度の高い子供達って、何も考えずにできる。

見習わなくちゃ。

なんと表現したらいいか言葉が見つからないくらい、とにかく素晴らしい?\(^o^)/

いいもの観せてもらいました。

ありがとうございました(^人^)

そうそう。練習に入ってから息子の体育祭の背中に足あとがペタペタ付いてて、何で?と思ってたら本番でわかった。

男子団体競技の棒旗入れで(竹の棒を数人で支え、支えてる子を土台に竹の棒をよじ登り、棒の一番上に旗をさすという競技)土台をやっていたからだ(笑)

まぁ、身体大きいから仕方ないね(^○^)

足あとは縁の下の力持ちの証明。

それもまたよしd(^_^o)

それでは皆様、素敵な日曜日を(^^)/~~~

via: Facebook

今朝、Facebookのタイムラインに流れてきた友達の投稿。

優しい人たちの優しいエピソード。

いろんな優しさに溢れてる。

いろんな優しさが連鎖してる。

とっても気分の良い日曜の朝。

そんな優しさも感じる人がいるからこそ伝わり拡がっていくもの。

これを読んでる貴方の周りにも…

いろんな優しさに溢れてる。

いろんな優しさが連鎖してる。

きっと、そうにちがいない!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

運動会の最後のリレー
●1年前の今日:
本当の失敗とは…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  共感  和の心 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

手本となり、見守り、共感する

「しつけとはどういうことですか」と。

先生は、「自覚者が、し続けることだ」とおっしゃる。

「自覚者といいますと?」
と聞くと、

「それは君じゃないか。
君がやる必要があると認めているんだろう?
それなら君がし続けることだ」

「息子は?」

「放っておけばいい」

via: ●子どもをしつけるための秘訣とは?

「やれ!」と言うだけでは人は動きませんね。

やはり、実績がモノを言う。

しかも、現役なら尚さらですね。

さらに、その場で実際にやって見せることができるなら、何の説明すら要らないかもしれません。

背中で語るということですね。

とは言え、相手に要求すること全てをそのまま実行して見せなくてはならないかと言うと、必ずしもそうではありません。

「実践の人」「口先だけではない行動の人」「言行一致の人」だということを見せなくてはならないということですね。

そして、もう一点、重要なポイントは…
相手が要求する行動をしない場合でも「放っておく」ということです。

それは、まずい部分に注目しないということ。

マイナスの視点をもって相手の至らなさを避難することは、教育の名の下に多様されています。
愛娘が言うことを訊かない時など、自分もそうしてしまうことは日常茶飯事です。

けれども、それは全く効果を発揮しないばかりか、むしろ逆効果になってしまうことが多いものです。

意思の疎通を円滑に深めるためには、プラスの視点をもって相手に接することが大切です。
不必要な高評価やお世辞を言っておだてることではなく、相手の存在や立場を認め、共感できる視点ですね。

相手に求めていることが正しく素晴らしいことなのなら、まずは自分自身が楽しんで実践し続けること。
それを見た相手が、正しさや素晴らしさを感じることができたなら、自然に見倣って行動するようになる。

そうなれば、相手が気づいたこと、実行に移したこと、上手くできたことなどに、この上ない歓びを感じることができるでしょう。

そんなプラスの感情を素直に相手に伝えることで、相手もまた歓びを覚えることは間違いありません。

この歓びがプラスの連鎖を引き起こし、コミュニケーションは加速度的に円滑に深まっていきます。

手本となり、見守り、共感する…
親や上司にとって常に忘れてはならない姿勢ですね。

他人事のように書き連ねましたが、実に耳の痛い話です^^;
何年も前から解っていることなのですが、ついうっかり忘れてしまいがちです。

今ここで再確認し、改めて実践に励みます。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

手本となり、見守り、共感する
●1年前の今日:
サムライ in ブラジル

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  和の心 承認 受容 コミュニケーション お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

我慢しても良くならない

あるとき、ある高名なカメラマンから「もっと人を信じたら」と言われ、以降、できるだけ怒鳴らないようにしました。でも我慢しているだけでは足りなかったのです。我慢とは、僕自身は何も変わってない状況です。結局、無意識下で相手にプレッシャーを与え続けているわけです。

via: 「人望がない人」は、大体"話しすぎ"ている
東洋経済オンライン

我慢しても何も良くならない
自分自身は何も変わっていないから

我慢っていうのは、無理やり抑え込んでるだけですからね。マズイところが表面化しないように蓋を閉めているだけ。
たしかに、何も変わっちゃいないんですよね。

まぁね… 我慢して、一旦流れを止めることによって違った状況が見えてくるということもあるとは思います。
でも、それは我慢の効能じゃなくて、暫し待って一呼吸入れるということによるメリットだと言えそうですね。

やはり、我慢だけじゃ足りないんですね。

だいたい我慢しなきゃ抑えられないっていう時点で、既に我欲一辺倒になっているのでしょう。
相手の声に耳を傾けたり表情の変化を感じる余裕もないほど、強烈な自我を主張しているということです。
そこで、ただ単に感情や熱弁を我慢して表面的な攻撃性を一時的に抑えたとしても、当人の考え方やものの観方は何も変わっていないのですから、状況が改善しないのも無理はありません。

禅の言葉に「喫茶去(きっさこ)」という教えがあります。お茶を召し上がれ、お茶を差し出すこと、嫌いな人にも1杯のお茶を差し出せる余裕――という意味です。

自分とは相いれない考え方に対して、どう対応するかは難しいものです。苦しくなるのは、自分の意見に同意させようとするからではないでしょうか。しかしお茶を差し出す余裕とは、違うということを肯定していると思うのです。自分と違う考え方、違う意見があって当然ととらえる心は、コミュニケーションに幅を持たせます。

via: 「人望がない人」は、大体"話しすぎ"ている
東洋経済オンライン

コミュニケーションは双方向性があってはじめて成立します。
人間関係もまた、二人以上の人が互いの存在を承認した時はじめて発生します。
コミュニケーションや人間関係に問題がある場合の多くは、この前提条件を満たしていません。

別個の人格を尊重しない限り、コミュニケーションも人間関係も成り立たないということです。
「違うということを肯定する」というよりは「ありのまま違いを認めて互いに尊重し合う」姿勢が大切です。

必ずしも肯定や同意をする必要はありません。
ただ「そういう人もいるのだ」「そういう考えもあるのだ」ということを素直に認識するということ。

そうすることなしに、やみくもに我慢しても仕方がありません。
ましてや、我慢もせず、説得しようとしたり屈服させようとしたり、逆に迎合したりするテクニックを使ってみても何の改善も見られないわけです。

「承認する」「尊重する」
改めて心に留め置きたいと思います。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

我慢しても良くならない

●1年前の今日:
できないと思ったときは…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 承認 受容 コミュニケーション 

ページTOPへ↑

EDIT

批判は何も産み出さない

人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。

(吉野 弘)

何度読み返しても心に沁みわたります。
強く共感するとともに、耳の痛い思いに打ちひしがられます。

批判というものは、間違いを正して導こうとする気持ちに悪意がなかったとしても、往々にして思いとは裏腹の結果を招いてしまいがちです。

人は各々の役割を持って生まれてきています。
自分にできることを自分なりに一所懸命やり切りたいものです。
そして、誰も皆その人なりにできることを一所懸命やっているのです。

立場や役割が違えば、自ずと考えや行動にも違いが出てきます。
自分の立場、自分の役割から見た視点だけで、あらゆる物事を善悪いずれかの一方に決めつけることはできません。

批判からは何も産み出されません。
退け合うのではなく、補い合う姿勢が大切ですね。

ところが、知識としては理解できていても、時折その真意を忘れてしまうことがあります。
解っているつもりでも、うっかり批判を浴びせかけてしまう自分が情けなく感じることもあります。

批判というのは、引き寄せたいがための心の叫び。
良かれと思ってやっているつもりでも、実は歩み寄る姿勢ではありません。

けれども、やはり、批判からは何も産み出されません。
相手を批判しないだけでなく、自分自身のことも軽々しく批判しないことです。

気がつかせてくれたことに感謝して、今一度、改めて心に留め置きます。

人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
なんとも健気なワンコ

コメント:2 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  和の心 承認 受容 コミュニケーション 

ページTOPへ↑

EDIT

顔は周りの人のためにある

顔は自分では見えなくて、周りの人しか見えない。
ということは、周りの人のためにあるようなものだ。

周りの人のために顔があるのならば、周りの人のためになる顔をしていなければいけない。

周りの人のためになる顔、そうだね、笑顔だ。

常に笑顔で機嫌良くしているのが、大人としての最低限のつとめだ。

via: 「機嫌を良くする」

あっ そうか!

確かに自分には見えない。
周りの人にしか見えない。

ということは、周りの人のためにあるってことなのか。顔っていうやつは…

なるほど!
これは妙に説得力ありますね。

顔が周りの人のためにあるものなら、周りの人のために使わなくちゃね。

とはいえ・・・
怒りや不満を顔に出しちゃいけない!
大人は不機嫌な顔を見せちゃいけない!
そう自分に言い聞かせて抑えようとしても、肝心な時になかなか上手くいかないものです。

けれども・・・
周りの人が気分良ければ自分も気分がイイ!
周りの人が安心できれば自分も落ち着ける!
周りの人を元気づければ自分も励みになる!
こんな風に考えることができるなら、今までよりも少しは笑顔を増やせそうな気がします。

ムリして抑制するよりも、改善の努力をする方がイイ。
まぁ どっちも難しいことなんですけど、ヤル気が起きることの方がダンゼン成功率は高くなりますよ。きっと(^^)v

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
自宅でカンタンに回転寿司を楽しもう!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  笑顔 和の心 大人 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

財布の落とし主に宅配便が届いた

★財布を紛失してしまった人へ小包が届く!関西人はこういうところがセンスあると思うわー
via: ねたたま

ご依頼主 氏名
財布 拾太

なんと… バレバレの
気の利いた仮名だこと
(^^)v

それにしても恐るべし…
日本人の道徳心と日本の治安!

とはいえ、モノが財布だけに住所氏名が判明している場合は警察に届けた方がイイですね。 非ぬ疑いをかけられたり手続きが面倒だったりするのは解らなくもありませんが^^;

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
そんなにムリしなくてイイよ…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  和の心 親切 日本 安全 駄洒落 

ページTOPへ↑

EDIT

臭くないものに蓋は要らない

電車内で 子供と会話もしないで突っ立ってるだけで、退屈した子供が動き回って悪さすると「じっとしてなさい!」って怒るだけの親と、窓から見える景色に「あれなに?何が見える?」って話しかけて子供が悪さする隙も与えない親が目の前に一組ずついる。こういう違いなんだよ。こういうことなんだよ。

via: Twitter @t_lav95

こういう違いですよ。

こういうことなんですよね。

親も子も周りの乗客も
誰一人イヤな思いをすることなく
あたかも何事もなかったかのように
自然に良い結果に導くこともできるのです。

時処位によっては
行動を制御することを
求められることもあります。

抑制や忍耐を通じて
その訓練をすることも必要でしょう。

ですが、抑制や忍耐を伴わずとも
相応しい成果を得る方法があるということも
覚えておかなくてはなりません。

臭いものに蓋をするのではなく
臭みが出ないように導くこと…

即ち、
感性豊かで何にでも興味を示し
感じたまま即座に行動する子どもたちの
良い面を導き出すことによって
悪い面が出ないようにすることです。

もちろん、子どもたちだけではなく
誰にだって当てはまることですよね。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

臭いものに蓋をするのではなく、臭みが出ないように導く

 

●1年前の今日:超難問!?

コメント:0 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】   工夫 和の心  

ページTOPへ↑

EDIT

今日のところはイイじゃありませんか…

相手の「質問」だけは批判しちゃ駄目だ。「なんでそんなこと分からないの?」「それ前も同じこと聞いたよね?」「前に説明したよね」違うんだ、分かりかけてきたからやっと今、自分の口から質問ができたんだ。それを否定しないでおくれ。「そうだよ」っていってもらえればそれでいいんです。

via: Twitter / fta7

「なんでそんなこと分からないの?」
は論外だとしても…

「それ前も同じこと聞いたよね?」 とか
「前に説明したよね」 なんかは
ついつい口にしてしまうのではないでしょうか?

でも、そのことが
顔を出したばかりの新芽を
摘み取ることになってしまったり
やっとのことで踏み出した第一歩を
つまずかせてしまうかもしれません。

こうして言われてみれば
誰にでもスグに気がつくことです。

否定しちゃダメだよな…って。

責めちゃダメだよな…って。

逆の立場に立ってみれば
よりハッキリと理解できます。

そして
相手も相手だけれど
こっちもダメだな… などと
今度は逆に自分を
責めてしまうことも少なくありません。

そう!

そうなんですよね…

わかっちゃいるけど…
もうひと息なんだけど…

そういうことも
あるんですよね…

誰にでも…

質問してきた相手だって
きっと! そういうことなんです。

それを否定してしまった自分だって
やっぱり そういうことなんです。

だから今度は
同じ質問をせずに済みますよ。

だから今度は
否定することなく聞けますよ。

ちゃんと分かりかけてきたから
質問することができたんですね。

ちゃんと理解しているからこそ
反省と自責を感じてるんですね。

まだ完璧ではありませんが
ちゃんと進歩しているんだから…

うっかりヘマしちゃったけど
しっかり気がついてるんだから…

今日のところは
おたがい それで
イイじゃありませんか。

相手も自分も
責めなくたって
イイじゃありませんか。

責めたり
責められたりするのは
せっかくのキモチを
踏みにじってしまいますから…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:手作りバレンタイン2013

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  承認 和の心 共感 信頼 心の叫び 

ページTOPへ↑

| PAGE-SELECT | NEXT