元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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悩み抜き考え抜く

頭で信じられようが信じられまいが、ひとつ言える確かなことは、悩んでるとき、停滞していると思うときほど、自分の意識の及ばない深遠な層から目まぐるしく変わり始めている。自分の変化に自分の頭が気づくのは、わりと変わりきった最後の段階だったりする。それまでじっと待てるかどうか。

via: Twitter / shh7

いや… ホント…
気がつかないものです、悩んでる真っ只中には。

気がつくも何も、悩みのタネは往々にして外的要因もしくは外部からの刺激にあると決めつけていることが多いので、まさか自分自身の変化が表面化しているなんていう可能性は頭の片隅にもなかったりします^^;

で、なんとか悩みを解決しようとして外に原因を探し求めるのですから、なおさら悩みは深まっていきます。

そうなると、自分にも問題があるんじゃないかと仮定してみますが、外部の変化が問題だという前提で考えていますから、外との関係性以外の自分自身の根本的な課題や変化には思考が及びません。

たいていは、この辺で思考停止に陥りますので、問題を直視しない方法をとるか、考えを深めずに堂々巡りを繰り返して疲労困ぱいしてしまうんですね。

けれども、ここでもう一踏ん張り考えを深めることができれば、今までに見たことも考えたこともないような新たな発見をすることができたり、自信を高めることができたりすることが多いように思います。
これまでの悩んで悩んで悩み抜いた経験を思い出してみても間違いないですね。

こういう感覚は、肉体的なトレーニングに似たようなところがあります。
軽く試してみただけでは身につかない体力や身体能力も、ある程度の負荷をかけて繰り返すことによって会得できるわけです。
同様に、悩んでも軽く考えただけでやめてしまっては得られないことも、悩んで悩んで悩み抜き、考えて考えて考え抜いた結果、気づくことができるんですね。

とはいえ、、カラダやココロを壊してしまっては元も子もありません。
やっぱりムリは禁物!

それに、とことん考え切ったら行動に移すことが肝心です!

カンタンに諦め過ぎず、でも負荷をかけ過ぎず、クヨクヨしない…
悩み抜き考え抜く姿勢を忘れないようにしたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

悩み抜き考え抜く

●1年前の今日:
こういう看板を出している店に限って…

コメント:1 | TB:0 【しあわせメモ♪】  とことん 思考  味わう 

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使い込むほどに…

使い込むほどに味が出てくる消しゴム

これは消しゴムです。

顔が描かれています。

どこにでも転がっていそうな
いたってフツウの消しゴムですね。

ところが、この消しゴム…

使い込めば 使い込むほどに
どんどん味が出てくる消しゴムなのです。

考えて 考えて…
考えつくして…
やっぱり消した あの文章…

何気なくイタズラ書きしただけなのに
ついつい細かい所が気になリだして
何度も消しては書き直した あのイラスト…

かかってくるはずの電話を
イライラしながら待っている間に
書いては消すを繰り返した あの名前…

いろんな文字や絵やカタチを
擦って 消して 使い込むうちに…

まさに身を粉にして働いてくれた消しゴムは
すっかり角がとれて
こんなに丸~くなりました…

使い込むほどに味が出てくる消しゴム

四角四面の仏頂面が
こんなに丸~くなりました…

しっくり手にも馴染むフォルムになって
人間味あふれる表情になったような気もします。

けれども なんだか
少しガンバリ過ぎてしまったのか
お疲れ気味のように見えなくもありません。

そりゃ~ まぁ
気のせいって言えば
気のせいなんですけどね(^^ゞ

使い込むほどに味が出てくる消しゴム

なかなか エエ感じです。

でも やっぱり…
ちょっと心配なこともあるんです。

それは
もっともっと使い込んでしまったら…
と考えてしまうこと。

使い込むほどに味が出てくる…
とは書いてみたものの
やはり限度はあるのですよね。

寂しい思いをしないように
これ以上は使えなくなりそうですwww

形あるもの いずれは滅す

今まで何気なく使ってきた
使い込むほどに味が出る…
というコトバですが
その味と引き換えに
失われているものもあるのだと思うと
親近感や愛着をより強く感じてしまいます。

嗚呼 無常…

・・・って

消しゴムごときに
大げさ過ぎるでしょーか ^^;

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:当店だけの・・・

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  おもしろグッズ 味わう 無常 

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味わうために必要な時間

「音読」の速さで本を読むというのは、
よく噛んで食事をするというのに似てます。
ごちそうを急いでいっぱい食べても、
へんな満腹感しか残らないし、身体にも悪そう。

via: ほぼ日「今日のダーリン 2012/03/19」

うん
そう思います。

とにかく読破することを目的にして読んだり
概要やポイントだけでも頭に叩き込もうとしたり
効率良く読書しようとした時期があったのですが、
あの頃は、ホント!
満腹感はあっても満足感はなかったな~

速読やフォトリーディングなんかは
また別の世界なのかも知れませんが、
何か情報を得るためだとか
少しでも参考になる疑似体験をするためだとか
そう思って先を急いで読み進めるのは
期待ほどの成果があがらないことが多い上に
なんと言っても 楽しくありませんね。

特にビジネス書や実用書は
そういう読み方になってしまいがちですが、
意識的に小説やエッセイを楽読するようになってからは
音読ペースで、しかも何度も同じ箇所を読み直したりするので
1冊を読み終えるまでの時間が
異常なほどに長くなってしまうことがありますが、
本を読んだ後の充実度や満足度は とっても高くなりました。

そして、
もしかすると、他の場面でも
こういうことが当てはまるのかも知れません。

読書だけでなく
新聞やインターネット、クチコミなど…
あらゆるメディアと接するとき、
とにかく栄養を補給しようとするように
よく噛まずにガツガツと食べ漁るかの如く、
ためになるニュースや情報を
いかに早く多く確実に入手するか…
ということばかりに躍起になっていると、
やっぱり満腹感しか残らないし、身体にも悪そうです。

仕事や勉強には能率よくすすめたいものですが
あまりに高効率を意識し過ぎると
逆に効率を下げてしまうこともありそうですね。

消化するために
身に付けるために
そして
味わうためには
それなりの時間が必要なんでしょうね。

もとはと言えば、
仕事も勉強も豊かな生活をするための手段。

豊かな生活を楽しみ満喫するためには
もう少し よく噛んで食事をし
もう少し ゆったりと音読のペースで読書をし
もう少し お気楽に情報とつき合っていきたいものです。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

「音読」の速さで本を読むというのは、 よく噛んで食事をするというのに似てます

 

●1年前の今日:ボトルの中に落ちたコルクをとる方法

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 満喫 味わう 

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情動を味わいつくす

最優先でやるべきは、作者や登場人物の情動回路を自分の脳内で動かすことだと思う。

作者や登場人物になりきって作者や登場人物の目から見える世界を思い浮かべ、

作者や登場人物が感じた息苦しさ、悔しさ、理不尽さ、憤りを自分も味わってみることだ。

それも、作者や登場人物の背の高さ、体の重さ、姿勢の歪みからくるにぶい苦痛、自分の筋肉や骨や間接や胃や腸やさまざまな内臓が蠢いたり痛んだりする生々しい感覚、汗で服が皮膚に貼り付く不快感、まさぐられ、押さえつけられる苦痛、抵抗できない悔しさ、視界から見えたり触っているさまざまなもののディテールを、リアルに生々しく、自分がいままさに体験しているかのように、作者や登場人物の中に「入り込み」そこでわき起こる様々な感情を自分の感情として味わうことだ。

ここで重要なのは、文章に出てきた全ての登場人物や作者の情動を、並列に、あるいは、切り換えながら自分の脳内で血が出るほど誠実にシミュレートすることだ。自分の好きな登場人物や作者の情動の、感情移入しやすい部分だけシミュレートするのは、ただの精神的自慰行為にすぎない。自分がむかついたり反発を感じる作者や登場人物の身体、立場、気持ちになりきって、そこから見える世界を味あわなければならない。

このような情動シミュレーションさえしっかりできれば、文章の論理構造など、さして努力しなくても自然に浮かび上がってくる。

それも、単に論理骨格を追いかけるより、はるかに精密に論理構造が見えるようになる。

意外と知られてない、自分を飛躍的に成長させる読書テクニック

 
知性ではなく情動を通じて味わうことによって
はじめて、構造が見えてくるのだと...

というか、
自分の感情として捉えなければ
味わったとは言えないのであって、
味わって はじめて理解できるものなのだと...

 
すこし乱暴なところもあるけれど(^^ゞ
まさに!その通りだと思う。 うん、納得!

筆者もまた、筆者の情動から湧き出た論理を描いているのであって
その感情に影響下にある登場人物の目線に立つことや
筆者の感情に迫ることで、理解が深まることになるんやね。
 

そもそも、文章の論理構造の把握に、情動シミュレーションが重要であることの、
根本的な理由はなんだろうか?

それは、一切の意味と価値が、究極的には論理ではなく、情動から生じているから、という理由だ。

情動を一切無視した論理というのは、文字通り無意味な論理だからだ。

意外と知られてない、自分を飛躍的に成長させる読書テクニック

 
これは読書に限ったことではなくて、
情緒、情動よりも、論理構造という情報が
たいていの場合、優先されているということ。

そのアンバランスは常識として固定観念化されている...
そのことは、以前から、ちょっと危ないと思ってる。

 
人の話を聞くとき、
何かのメッセージにに触れるときは もちろん!
モノや情報に接するときだって...

その奥に見え隠れしている情緒・情動を捉え
それこそ…"自分の脳内で血が出るほど誠実に"
味わいつくすことによって、
その真意や本当に大切なことが
見えてくるのではないかと思う。。。

しかも、意外に それが近道だったりする。

 
普段、自分の言う「聴き方」ってやつも
まさに、そういうことなんやと 改めて自覚した。

 
「感動」というものは あっても、
「知動」「理動」というものは ない。

情動を味わいつくす

 

●1年前の今日:ぴんぼけ堂

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