元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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褒めて育てろの誤解はなぜ起きるのか?

褒めて育てろの誤解はなぜ起きるのか?

「…ほめて育てろ」ということで、多くの人が誤解しているのは、ダメなところをほめてしまうことです。
それは「ほめる」ではなく「おだてる」です。

via: あたりまえのことをバカになってちゃんとやる

たしかに多いですね、この誤解。

では、どうしてこんなことになるのか?

それは
褒めるべきところが見えていないから。

言い換えると、
ダメなところばかり目に入っているから。

つまり
相手の良いところに気づけていないということです。

良いところに目を向ければ、自然にそこを褒めるでしょう。

日頃から褒めることの少ない人は、そもそも良いところに気づけていないことが多いのではないかと思います。

だから「褒めて育てろ」と言われると、仕方なくダメなところをおだてることになってしまうのだと。

実は、「褒めて育てろ」というのは
「褒める」「褒めない」の問題じゃないんですね。

相手の良いところに目を向ける姿勢、それが肝。

その人の「良さを活かす」「可能性を高める」、そういう建設的な視点で見つめ直してみれば、誰しも必ず良いところが見えてくるはずです。

他者はもちろん、自分自身に対しても…

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
一見するとテレビの箱なんですが…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  視点 承認 前向き 和の心 

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負けてもただでは終わらない

炎天下の長居陸上競技場

今日、長居陸上競技場で
小学生スポーツ交流大会が開催されました。

長女ゆきちゃんは
昨年に引き続いて
400mリレーと100m走に出場。

朝から家族で応援に出掛けました。

国際試合も行われるメインスタジアムの
本格的なトラックを走るということで
去年はかなり緊張していましたが
今回は2度目ということで
意外に落ち着いているようでした。

しかし
レースの結果は
リレー、個人走ともに
残念ながら予選敗退・・・

昨年はリレーで決勝進出していただけに
悔しい思いをしたことでしょう。

でも、練習不足が祟ったということは
当の本人がイチバン解っていること。

試合が終わった後、
「来年はもっと体力とスピードをつけなアカンな」と
早くも次の大会への抱負を語ってくれました。

イイぞ! 姉ちゃん…

こんなことくらいで
へこたれてなんかいられないよね(^^)/

炎天下のスタジアムには
カンカン照りの茹だるような暑さの中、
繰り広げられた熱いレースとは裏腹に
心なしか爽やかな風が吹いていました。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

400mリレーにアンカーで出走

 

●1年前の今日:いたぞいたぞ

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  家族 スポーツ 反省 前向き 

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昔は、良かった

昔は、良かった

だから今は、もっと良くなった

だから未来は、もっともっと良くなる

(福島正伸)

 
確かに、悪くなったところもある...
このままじゃ本当に悪くなってしまうところもある...

でも、昔よりも良くなったことは
数え切れないくらい たくさんある。

 
破綻だ! 沈没だ!

盛んに煽られる危機感が
どう考えても胡散臭いということに
イチバンの危機を感じてしまう。。。

 
…などと、
思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

昔は良かった

 

●1年前の今日:通常通りの営業という姿勢

コメント:0 | TB:0 【ちょっとイイことば】  前向き 楽観 コントロール お気楽 

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現状否定は進歩の条件か?

現状に満足することと、現状を“良きもの”として捉えることは、同じ様に思えて実は違う。
それは、山をみて「山はいいなあ」と言うのと、山を登って「山はいいなあ」と言う様に。
「現状に満足せずひたすら精進していく」姿は確かに正しい姿勢のように思えるけれども、今自分の持っているものに不満を持って新しい何かを求める姿勢では、残念ながら何も得ることができない。

現状の自分を認め、それが良いものだと信じ、その中で何が出来るのだろう…と考えて、初めて物事は新しい価値観を見出されていくという事実。現状に不満があって、それに替わるもの、それ以外のものを探すことは、現在の自分を否定することであって、否定された現状から生み出されるものはやっぱり良いものにはならないからだ。

via: 「満足せず“良きもの”と捉える」
心に効く言葉: ayanpaさん

 
いつも感じていることを
的確にテキスト化していただいて
とっても ありがたいです。。。

 
現状に満足と感謝を感じることと
現状に甘んじて流されることは違うと思う。

 
そんな風に思っているから、
2週間ほど前、とある勉強会で
今、充分に幸せを感じているということを
グループ討議の場で発表してみたら、
「そんな進歩のない考えはダメですよ。」って
諭されるように やんわりと否定された。

「まずは、疑ってみること。
 これでイイのか?今のままで充分なのか?
 現状の否定が上昇志向に繋がるんですよ。」 …って

さすがは、成功哲学とか やってる人は厳しいな~^^;

 
ん~~...

言わんとすることは、解ってるつもりなんだけど…
別に、進歩しようとしてないよわけじゃなくって、
むしろ、もっと良くなりたいな!と思ってるし、
ただね...
なぜ現状を否定しなきゃいけないのか?
それに関しては、まったく納得できない…

というか、
現状を否定しちゃうと、
うまく進歩できないんじゃないかと思うな。

 
ayanpaさんが書いてる通り、
否定された現状から生み出されるものは
やっぱり良いものにはならないんだと思う。

自己の現状否定から始めると
それは、上昇とか進歩発展じゃなくて
白紙に戻して出直しするみたいなことで
実際には、そんなことできないのに
無理してやろうとするから余計しんどくなるよ。
 

そう考えると、僕達の求めているものは今ある自分に必要なものであって、今“ない”自分に必要なものではないんだろう。ならば、今現在の自分はすでに “ある”存在であり、未来に対して持つ夢のようなものも、その存在があるからこそなのだ。

だから大切なこととは、今まで“ない”と思い込んでいたものを無理矢理“ある”と考え直すことじゃなくて、一度自分の足元を見てどこに立っているのかを“見直す”ことだと思う。
もしくは、その“ない”という事実を忘れることだ。

まるで部屋をくまなく掃除するかのように、順番に片付けていくと意外なものを見つけることができるかもしれない。ないものを探してもやっぱりない。でも、あるものは必ずどこかに埃をかぶって隠れているのだとは思いませんか?

via: 「満足せず“良きもの”と捉える」
心に効く言葉: ayanpaさん

 
そもそも 生まれてこれたことが
既に有難い状況なのだと思っているし、
それにケチをつけることは忍びない。

手の内にあるもの、天与の機会を
ありのままに満喫してこそ、
なお、その先の発展向上があるのじゃないのかな?

 
禅的な観方では、
我々は既に生まれながらにして佛性が備わっていて
ある意味で完成された存在であるにも関わらず、
それでも尚、修行を重ねていくのであって、
それをして、佛向上と言うらしい。。。

 
向上心は大賛成なんやけど…
現状否定には、どうも 共感できないな。。。

参照元の全文を読むと解るのだけど
冷蔵庫の残り物でできる料理はかなりある。

もちろん、少しは材料の買い増しをしたってイイけれど、
それを否定して、無駄にしてしまっては
いつも買い替え、取り替えの連続になるわけで、
発展向上ではなく、新規参入の繰り返しじゃないの?

否定する前に、
本当に否定するほど価値のない状況なのか?
まったく使い物にならない状況なのか?
まずは、そうして自分に向合ってみることが
大切なんじゃないかと…
思ったり... 思わなかったり...

 
…って、 完全に 思ってる。

いや...
いつも、このパターンやな(^^ゞ

 

 

●1年前の今日:再び小布施にて...

コメント:2 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  あるがまま  前向き 肯定 

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ポジティブカンパニー !?

きっと! 前向き社風なんやろーなぁ~

07070201

ちょっと…

活気が足りないようですが...(^^ゞ

 

●1年前の今日:今だけのことなんやろ~なぁ~

コメント:0 | TB:0 【なに?コレ?】  前向き 社風 活気 

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