元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

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淡々と繰り返される真夏の行事

猛暑が堪える真夏の墓参

今日もめちゃめちゃ暑かった!

真夏の墓参りは猛暑が堪えます。

春の彼岸以来なので手入れに時間がかかります。

その間、色々な考え事が頭の中を行き来します。

家庭のこと、仕事のこと、将来のこと、暑さ、疲労…
さまざまな煩悩を巡らせながら一人で作業します。

けれども暫くすると、ふと気がつきます。
一心不乱に草を抜き、墓石を磨いている自分に。

一通り手入れが終わると、香を炊いて拝みます。

読経が済んたら手早く片付けて墓を後にします。

淡々と繰り返される真夏の行事。

容赦なく照りつける太陽と蝉しぐれ。

わりと嫌いじゃありません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
人生いろいろ… キュウリもいろいろ…

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   猛暑 墓参り 一念無想  

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夢中の力

以前はこう考えていた。

がんばり続けると、疲れる。

でも、違うんだよね。

手を抜くと、疲れるのだ。

頑張ると、気持ちがいい。
頑張ると、疲れない。

反対にいい加減に、手を抜くと、疲れるのだ。
頑張った後の爽快感がない。

やると元気になる。
元気があるからやるのではなく、
やるから元気になってくる。

via: 「頑張ると疲れる」

大きな目標に挑戦して
成果を勝ち取った人は
たいてい苦労話を持っています。

何日も休みなく働いていたとか
家が貧乏だったとか
失敗してどん底を味わったとか
そんなエピソードをよく見聞きします。

そして、彼らの多くは
「今そういう苦労を振り返ると
辛かったけど充実していた」と
良い思い出として語るのです。

まさに、頑張った後の爽快感なのでしょう。

これとは逆に
苦労を体験することなく
順風満帆に過ごしてきた人や
トラブルや苦難を避けて通ってきた人は
よい思い出を作れないのでしょうか?

たとえ下積みや苦労を体験していても
未だ満足できる成果が出ていない人は
現在もなお頑張り中である限りは
良い思い出にできないでいるはずです。

また
大きな目標だけにこだわらず
あまり頑張り過ぎることなく
当たり前に思える日常の小さな歓びを
大切にして暮らしている人にとっては
今、目の前にある状況の中に
しあわせを感じているはずです。

ということは
もしかすると
苦労や頑張りっていうものは
あってもなくてもイイのかもしれません。

そこじゃないですよね
ポイントは…

ここまで書いて気がついたのですが
何かを成し遂げた人というのは
たしかに苦労話を持っているものですが
意外に苦労を感じていなかった人も
多かったんじゃないかと思うのです。

もちろん、苦労時代の生活が
心地よかったわけではないとは思いますし
並々ならぬ努力を重ねてきたことは
疑いようもありませんが
寝食を忘れて頑張っている時期というのは
まさに忘れるほどに無意識にやっているのであって
意識的に頑張っただけではないと思うのです。

頑張ると気持ちがいい…
頑張ると疲れない…
こういう感覚も、実のところは
気持ちの良さも疲れも忘れて
ただ夢中でやっていた…
ということなのかもしれません。

ちなみに
このような苦労や頑張りを
社長や組織のトップが要求すると
いわゆるブラック企業のようになってしまいますね。

ブラック企業と呼ばれる会社では
日常的に苦労や頑張りが行われているでしょうけれど
爽快感を味わっている人は少ないに違いありません。

やはり
苦労すれば良いというものではなさそうです。

ただ頑張れば良いというものでもなさそうです。

そして
要求されて苦労を強いられたり
責任を負わされて頑張ったりしても
爽快感や良い思い出を得ることは
とてもできそうにはありません。

自分の意志でやっているかどうか…

どうやら
ここにポイントがあるようです。

やらされたことでは
充実感や爽快感は得にくく
自主的にやったことでは
疲れも忘れて力を発揮できる…
そういうことなのですね。

自分の意志で決断し行動するとなると
自ずと責任は大きくなりますし
負担も増えることが多いでしょう。

当然それにしたがって
苦労や頑張る場面も増えてきますが
主体的に行動している時には
その苦労や頑張りをあまり感じることなく
むしろ充実して楽しかったこととして
認識できるようになるのですね。

充実感や頑張った後の爽快感というものは
こうした前向きな鈍感さや
積極的かつ楽観的な視点がもたらしてくれる
思わぬプレゼントなのかもしれません。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

夢中

via: 書家 矢田照濤: 夢中

 

●1年前の今日:名は体を表す!?

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  自主自立 一念無想 

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上の空

そのラーメン屋さんを経営しているおじさんが、「二○日前のお客さんは二○人、一○日前のお客さんは一○人、五日前は五人だった。毎日、今日はお客さんが何人くるだろうかと悩んでいるのです」と、今、つくりたてのラーメンを出しながら言うのです。
そのラーメンを持つ丼の中に、おやじさんの親指が入っている。ラーメンの汁の中に入っちゃっている。上の空なんです。

via: 悟りは3秒あればいい - 小林 正観

 
笑い話のようだけれど、
とても他人事とは思えない耳の痛い話。

そう!
上の空なんです。

心 此処に在らずという状態だから
自分が そうなっていることにすら気づかない。

企てが裏目に出ているわけでもなく、
創意工夫が空回りしているわけでもなく、
ましてや悪意があってしているわけでもない。

でも、これまでに 何度となく
あの時「上の空」になっていたなと思うことがある。

つい先日も
うっかり「上の空」をしでかして
少なからぬ迷惑をおかけしてしまった。
 

過去のことを後悔し、未来のことを心配し、今できるだった一つのこと「念を入れる」ということができていない。
目の前のことをないがしろにしてきた過去の結果として、今のこの状態があるのだから、未来に待っている展開は、ないがしろにしたという結果の集積になるのは、当たり前のことでしょう。

 
あの時は「上の空」だったんだから
うっかり目の前のことを疎かにしてしまったけれど
今、それを悔い悩んでも仕方がない。

なぜ あの瞬間を もっと大切なしなかったんだろうと
今、それを悔い悩んでいるうちに、
また今の目の前のことが「上の空」になってしまう。

この繰り返しで「上の空」の未来ができてしまう。

これではマズイ。

だから、過去の「上の空」を悔い悩むのではなく
今の目の前のことに「念を入れる」ことが大切。

過去の「上の空」を見なかったことにするわけではない。

過去の失態を受け容れて、未来に活かすということ。

今の目の前のことに「念を入れる」ことこそが
過ちを反省し悔い改めるということであり、
負の連鎖を絶ち切って未来に引き継がないということ。

 
そんなことは とうに解っていたはず。

コトバや理屈で解っていたつもりでも
つい うっかり「上の空」になることもある。

けれど、そのことを
あれこれ思い悩むくらいなら
今からスグに目の前のことに「念を入れる」べし!

時折しでかしてしまう「上の空」は、
そういうことを改めて思い出させてくれる
とっても ありがたいサインなのかも知れない。

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

 

●1年前の今日:今どきの若者…

コメント:0 | TB:0 【見逃せない!この1冊】    一所懸命 一念無想 

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「素直」と「無邪気」

 無邪気な人間は世の中と正対し、世の中にあるものを善悪でジャッジせず、ただそれをそのままを好奇心を持って眺めている。だから世の中にある事はただある事で、自分の人生もただ自分の人生で、その中でできる事をしようとします。

 反対に無邪気でない人間は、世の中を自分の思うように見ようとします。そうすると、あってはならない事や、許せない事、いい事や悪い事、完璧なものや、だめなものがあるように見えてしまいます。本人にとっては苦しい生き方です。世の中は許せないものだらけになってしまい、おそらく心のどこかで自分自身の存在も、許せなくなって考えてしまうでしょう。

via: 為末大オフィシャルサイト「侍ハードラー」

 
無邪気な心は、
正しいか間違っているか、損か得か、
意味があるかないか…なんてことじゃなくて、
興味があるかないか、好きか嫌いか、
面白いか面白くないかを基準に行動する。

興味のある好きなことを面白がってやるわけで、
無我夢中になるのも当然だということはよく解る。

しかし、無邪気な心は、
行動しているときだけが無我夢中なのではなく、
そういう行動を起こす以前の段階で
既に無我夢中になっているんじゃないかと思う。

つまり、
何か基準があって判断しているのではなく、
自らの感じたこと、欲することを
ありのまま、素直に受け入れているのだと...

言い換えると、
こうすれば無我夢中になれる...というのではなくて、
無我夢中だからこそ、面白く行動できるのだと...

なんとなく そんな風に感じている。

 
自分の興味を最優先する無邪気な心は、
自分勝手な自我の塊のように見えなくもない。

だが、本来、
無我とは、自らに捕らわれる心を超越した世界。

他者と比較して、善悪、正偽、常識などを基準に
社会的な意味を求めて判断しようとする心は、
一見すると、我や私心を捨てているようではあるが、
実は、他者との関係や意味を強く求める心であり、
その考えに捕らわれている状態なのだと言える。

そのような捕らわれた基準に照合するのではなく、
天与の才知や趣向を素直に受け入れる無邪気な心は
やはり無我なのだということだろう。

 
無我ということは
自己を無くすということではない。

素直で無邪気な心で
自我に捕らわれないということ。

 
それによって
自己の生命が活き活きと躍動し、
天与の役割が充分に発揮されることになり、
結果として、社会全体の役にたてることになる。

 
何も抑えない。 何も捨てない。
何も誇張しない。 何も飾らない。
あるがままを 満喫するだけ。

今、改めて
「素直」「無邪気」を意識し直してみる。

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

 

●1年前の今日:案外多いんじゃないかなぁ

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  天命 自我 一念無想 素直 あるがまま 満喫 

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やってみたから判ること

「勉強なんて面白くない、つまらない、嫌い」
という人へ。

本当の意味で、「面白くない」とか「嫌い」と言っていますか?

たぶん、違う。

 
ほとんどの人は、
「勉強が面白いのかつまらないのか分からない」
のです。

 
いきなり具体例から入ります。

例えば、勉強の嫌いな君でも、ゲームだけは大好きだとしましょう。
特に、FF(ファイナルファンタジー)シリーズは大好き。3度の飯を抜いてでも、ひたすら何度でもやり込みたい。
さあ、この面白さを、他の人にどう伝えたらいい?

 
たぶん、ゲームを実際にやってみろ、と言うでしょう。
それが友達なら、ゲームを貸して、プレイしてみろとひたすら薦めるでしょう。
しかし、その友達は、「つまらない」といって返してきた。
やってみた?と聞くと、「10分くらいね、面白くなかった」という返事。

君はこう思うでしょう。

「おいおい、たった10分で、FFの面白さが分かるわけねぇだろ!」と。

そうなのです。FFをつまらないと言う人の大半は、FFをやったことないか、表面的にちょっとやってみただけなのです。つまり、FFを知らないのです。

本当の意味で、FFが「面白くない」とか「嫌い」という評価を下す、というのは、そのゲームシリーズ全てを少なくとも1回はプレイしてみて、「FFシリーズは、こういう所がダメだから、嫌い」といったように、しっかりとした理由を持って、好き嫌いが判断できることです。

 
勉強もそうです。

「勉強嫌いの人に贈る言葉1」 T大生の独り言

 
これは判りやすい! うん。

 
イイ歳になって
まだ判ってなかったのか?

いや、そううことじゃなくて、

人に説明しやすいなぁ~
こういう例え方だと。。。

…というのは、
説明してみた経験があるから
そう感じるんやろうね。。。

そのこと自体が
やってみたから判る...ってこと。

 
「やってみたから判る」

 
言い換えてみると…

「やってみないと判らない」

 
自分の好きなことが判らない…

自分に合ったシゴトが判らない…

理想のパートナーが見つからない…

自分の生きる意味が判らない…

 
よく訊く悩みではあるけれど、
やってみないから判らない...
そういうことなんじゃないかと思う。

 
まわってきたシゴトを
内容に関わらず徹底的にやってみる。

身近な友人と腹を割って話し合う。

意味を考える前に
目の前のことに没頭してみる。

 
3ヵ月、いや、3週間でも
とことん徹底的に打ち込んでみれば
ほとんどのことが、面白くなってくる。

 
もちろん!そうじゃない時もある。
その時は その時で、
これは違うんだと、納得して確認できる。

 
青い鳥を探しにいくよりも…
自分探しの旅に出るよりも…

今、目の前にあるコトに没頭してみると
どうやら イイことがあるみたい。。。

 
いや これも…
「やってみたから判る」こと。

 
自分には合わない方法だと思った人も、
そんなのは気のせいだと思った人も、
「やってみないと判らない」

 
とことん!やってみると、
予想類推の域を超えて、
実体験に基づく しっかりとした理由を持って、
好き嫌いを判断したり感じたりすることができる。

 
そうやって実感を味わう生き方って…
目標達成や、勝ち負けとは関係ない
と~ってもイイ感じの充実感があるかも。。。

 
いや ホンマに!
「やってみたから判る」

 

 

●1年前の今日:そう言えば…

コメント:3 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  お気楽 一念無想 

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サクラサク

サクラサク

我が家の前の公園の桜。

開花予想の1日前、一昨日に咲き始めました。

今朝は、もう こんなに…

 

サクラサク
咲いたばかりの この時期に
いつ散るものか もはや憂いて

 

花の季節は短くて
儚きこの世の写し絵か
夢か 現か 幻か
一念無想に咲いて散る

 

1年前の今日:コトバの習慣

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