元気!本気!勇気!毎日の しあわせメモ

EDIT

一言では言いきれないこともあるよ

好きとか嫌いとかって感情はごっちゃにもわっと一緒くたに感じるからこそ妙味が生まれるのであって、好きとか嫌いとかしっかり分別つけて物事をみるのはハッピーターンをわざわざ砂糖と塩に分別してなめるようなもんで、むなしきことこのうえなし。

via: Twitter / shh7

たしかに…!
ホント そう思います。

「魚が大キライだ!」という人がいたとしても
「魚はカルシウムやDHAが豊富で身体にイイ」
ということは否定できっこないと思うのです。

いや… その…
あんまり良い例じゃなかったかも…
ではありますが^^;

ついつい… 一面的な捉え方が
強く出てくることがあったとしても
そうじゃない点についても
実は、ちゃんと感じ取っていたりするものです。

端的に表現してしまうと
自ずとデフォルメせざるを得ず
単純化されたアウトプットになります。

しかしながら
詳細説明を求められるとしたら
省略されていた周辺の情報や
打ち消されていた真反対の情報までが
少しずつ顕になってくるのではないでしょうか。

宇宙は至極シンプルにできている… だとか
世界は複雑に絡み合ってできている… だとか
相反する表現が存在し得るのは
こういう事情があるからなのかもしれません。

一面的、限定的、単純、などと感じることも
多面的、一般的、複雑、などと感じることも
それは感じる人それぞれの
観方や表し方次第であるということ。

宇宙や世界の実相は
単純でもあり複雑でもあるのだと思うのです。

ということで
自分にとって心地良い観方で捉えた方が
心地良い環境に囲まれることになるという
所謂ポジティブ思考がもてはやされるのも
不思議ではありません。

けれども
偏った観方、一面的な観方を続けていると
見なかったことにして省略してきた
その他の詳細な諸々の要素が蓄積してきて
いずれ表面化することは間違いありません。

単純だ感じることも
複雑だと感じることも
観方や表し方次第であるということ。

それは、現象というものが
単純であり、且つ、複雑でもあるという
両側面を持っているからなのかもしれません。

そう思うと、やっぱり
喜怒哀楽や好き嫌いのコントロールは
ムリにするもんじゃないような気がします。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

花びら占い
花びら占いっていうのは
最後の一枚は「好き」か「嫌い」かどちらかだけど
途中には「好き」も「嫌い」も両方あるんですよね

 

●1年前の今日:二夜連続のスーパームーン!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  自我 視点 思い込み 一体 一如 あるがまま 

ページTOPへ↑

EDIT

あなたと わたしは わたしたち

<Som Sabadell flashmob

あなたと わたしは わたしたち

あなたと わたしは ひとつになれる

あなたと わたしは もともとひとつ

ひとつであっても あなたと わたし

グループを、個人の集合じゃなくて、
「グループ」っていうひとつの個性として
考えるほうが正しいのかもしれないな、って。
だって、人間だって、普段は意識していないけれど、
自分たちがパラサイト(寄生)しているものもあるし、
お腹の中の菌のように、自分たちが寄生されていて、
しかもそれがないと生きていけない、ということもある。
実はみんな、そんなふうに普通に、
いくつものものがチームワークによってつながって
ひとつのかたまりとして生きている。
そういうふうにみんなが自然に分業しているようなことを、
もっと意識して大事にしていくことが、
この先のヒントになるかもな、と。

日本の人たちの、いいところ。パトリック・ニュウエルさん

本来、日本人は生まれながらにして
こういう感覚を持っているんだと思うなぁ

それを改めて自覚することができると
スゴイ力を発揮できるような気がするなぁ

そうして何度も大難を乗り越えてきたんだもんなぁ

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

あなたと わたしは わたしたち

 

●1年前の今日:スゴイ虫がいるもんだ!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  一如 和の心 共感 個性 家族 コミュニケーション 

ページTOPへ↑

EDIT

自力でもない 他力でもない


TEDxTokyo - Naomi Kawase - The value of movies

共にできた感覚ほど強いものはありません

なぜなら それは…
その人たちの 心のなかに
確かに存在するものだから

そして その存在したものは
自分が裏切らない限り
必ず繋がっていくからです

これほど心に響いたプレゼンは
今までに体験したことがありません。

今だから… という
個人的なタイミングもあるのでしょう。

シナリオや演出の素晴らしさもあるのでしょう。

でも、何か…
それだけじゃない何かが
琴線に触れたとしか思えません。

気がつくと
熱いものがこぼれ落ちていました。

そんなもんじゃ ありません。
嗚咽してボロ泣きしてしまいました^^;

レッドカーペットは
カンヌじゃないといけないわけじゃありません

どこにだって あっていい

そして そこに
レッドカーペットをつくることが大事なのではなくて
そこに 自分たちがいることを
誇りに思うということが大事なんです

故郷を誇りに思う…

どんな場所でもない
外に行くのではなくて
自分の足元の
そして
自分を育んでくれた この場所で
それを立ち上げたいと思いました

奈良国際映画祭のはじまりです

伝えるということ。
伝える者としての在り方。
伝えるための最善策。

今後のプレゼンのための
素晴らしい見本になりました。

でも、それ以上に
伝える者も伝えられる者も関係ない
伝える場にいる者同士が
共にできた感覚の強さに
圧倒され 確信した 感動の体験でした。

私は この世に生まれた意味が解らずに
ずっと過ごしていました

なぜだか解らないけど
ここに映画がやってきたんです

私は その役割を
また新しい人との繋がりに
変えたいと思いました

みなさん…
っていうふうに呼んでしまうと
とっても漠然としていて
誰とも繋がれない感じがします

今日 ここにいる 一人一人の名前
呼んでみると
その人たちと繋がれる気がします

モニターの向こうで観てるかなぁ

ミツキくんとか
フジサワとんも いるよね

ヒライさんとか
チハル? ミホ?
みんな元気かな?

メキシコのペドロも
スイスのジャンベレとか

いろんな国の いろんな人たちが
ちゃんと その人の名前を呼び合って繋がり合う

私は そんな奈良国際映画祭を
続けていきたいと思っています

名前のある あなたと
繋がりたいと思っています

そして
私は この奇跡を
見つめ続けたいと思っています

あなたも その奇跡を
一緒に 見て下さい

河瀬監督は伝え方もスゴイけれど
もっとスゴイところは繋がる力だなぁ。

自力でもない 他力でもない
場の力を活かす力みたいなところ。

これは もう スゴイの一言です!

最後のキメ台詞も グッときました(ToT)

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

TEDxTokyo - 河瀬直美監督

 

●1年前の今日:やっぱり愛がなくっちゃね

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  共感 一如 あるがまま 自分らしさ 和の心 コミュニケーション 

ページTOPへ↑

EDIT

「自己」と「非自己」

仕事は、「CAN」。
私もこれまで、ずっとWANTをもとめたり、MUSTに苦しんだりしていました。

最近思うのは、I CAN に、FOR YOU をつけた感じが一番しっくりくるなぁ、ということ。

自分ができること、というのに変わりはないのですが、それは「自分以外のだれかのため」にすることなんじゃないかな? ということです。

via: おとなの小論文教室。

 
そう。そうやねん。

ここで言う「仕事」とは
「職業」という狭義的な意味ではない。

この世に生を受け、
天与の素質を活かしきり
自分が生きている限り為すこと。

それは、一般的に
「為すべきこと」という風に
誤解されている傾向があるけれど、
実は、自分に「できること」であり、
自分が「したいこと」なのだと思う。

この「したいこと」というのは、
自分のためにだけ「したいこと」と
他者のために「したいこと」があって、
ここでも また、
他者のために「したいこと」こそが
本来「為すべきこと」なのだという風に
思い込まれている節がある。

それは、倫理観や文化の影響があるのだろう。

そのことについては置いておいたとしても、
現実として、
自分のためにだけ「したいこと」は
思いのほか長続きしないものだし、
他者のために「したいこと」は
うまくいった場合、
結果として自分のためにもなることが多い。

そして、
他者のために「したいこと」がうまくいかない場合、
その先にある「自分のためにもなる」結果を求めて
手続きとして「他者のため」を装っているものの
実は「自分のためだけ」だという場合なのだと思う。

心底、本心から...
というよりも、むしろ、
無意識に自然に実践している「したいこと」は、
自ずと他者を意識した行動になっている。

そのことが、
シゴト=天命を全うするということが
「他者のために」と結びつけているのだろう。
 

いつも気になり、魅かれる言葉は、
「自己」と「非自己」というものです。

生物は、厳密に自分以外と区別されている。

ときどき、そんな自分を考えると、宇宙の暗闇に漂うような心もとなさを感じます。
それだけに、他人とつながりたい、というのは、生命の本能だと思うのです。

仕事は、他人に与えることで、他人から求められる。
恋愛は、他人に求めることで、他人から与えられる。

via: おとなの小論文教室。

 
シゴト=天命を全うするということは、
「自分のため」であり「他者のため」でもあり、
自他に一体感を持った心境の中で行われている。

「他者のため」だけに偏り、自分を犠牲にしたり、
「自分のため」だけに偏り、他者を無視したりするのは、
一体感を得ようとして出す行動だと思うのだけれど、
これでは本来の一体感は獲得し難い。

自他の一体感を得ようとすればするほど、
明確に自他を切り分け、
自己と非自己を同時に意識することが必要になる。

宇宙の暗闇に漂うような心もとなさと
自他一如の一体感は、同時に存在する裏腹なもの。

つながりたい時こそ、
自他を明確に区別し、
自分自身の内面と向き合い、
他者のために できることをする...
そういう姿勢が大切なのだろう。

つながるためには、
自分自身と、自分以外の誰かが必要なのだ。

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

つながるためには、 自分自身と、自分以外の誰かが必要なのだ。

 

●1年前の今日:認め合い 信じ合い 分かち合う

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  天命 一体 一如  

ページTOPへ↑

EDIT

一緒に感じ合えること

Q. 好きな人に告白する言葉を教えて (小6・女の子)

A. 永先生:言葉は一番大切です。でも、好きな人に「あ、この子好きだな」とか「いい人だな」と思われるには、「おなべをいっしょに食べて同じものをおいしいと思う」、「夕やけを見て、両方が美しいなと思う」というような同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります。
例えば、「いただきます」とか元気な声で言っていると、それだけで「あの子いただきますって言ってるな。きっといい子なんだろうな」と思うじゃないですか。「あなたがすき」ですとか、「キミを僕のものにしたい」とか、「世界のどこかで待ってる」とか、そういうのはあんまり効果がありません。
「きれいだな、おいしいな、うれしいな」ということが同時に感じあえる環境が一番大事。だから、「好きです、嫌いです」という言葉ではなく、いい言葉を使っている子は好きになれる。「あの人ならこの言葉は好きだろうな」と思った言葉を何気なく使っているときの方がドキンとします。「あなたが好きです」というのは最悪な言葉です。
だから、いっしょの環境にいるときに同じ感動をする場面に出来るだけいっしょにいる。スポーツの応援でもいいです。そうすると、使いあっている同じ言葉にドキンとすることがあって、それが愛なんです。
自分でいうのもおかしいけど、ひとりでご飯を食べてておいしいことないです。ひとりで野菜を食べているときは本当にさみしい。やっぱり家族、好きな人といっしょのほうがいい。二人っきり、まずはふたりになること。きれいな言葉を使いあうこと、きれいなことに感動すること、ふたりで声をそろえて感動してください。

via: 全国こども電話相談室

 
あぁ もっと若いうちに、こんな技を習得していたら…
なんて、思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

でも、そう言えば、
知らないうちに、やっていたかも知れないなぁ。コレ。

いや、ただ単に...
ストレートに告白するなんてことができなかったから、
テレ隠しに そうしていただけなんだろうけれど、
こういう風に、一緒に喜べたらイイなぁって、いつも思ってた。

相手が喜ぶことや感動することに
自分も一緒になって触れてみてみると、
今まで興味がなかったことなんかでも
なんだか楽しかったり、感動したりすることは
意外に少なくないもの。

だから、迎合するっていうのとは違って
けっこう素直に 一緒に感動できたりしたし、
そうすることが 嬉しかったりもした。

あるいは、相手も今まで興味のなかったことなのに
こちらが好きな分野のことに首をつっこんできたり
一緒に楽しもうとしてくれたりした時には
当然、悪い気はしないし、
少しずつ共通の話題が増えていくことが嬉しかった。

今になって振り返ってみれば、
これって、「和み的」な「聴く」姿勢なんだなって思う。

相手が考えていること、興味のあること、信じていること、
そういう相手のキモチに焦点を当てて全面的に受けてみる。

それに対して良し悪しとか好き嫌いの評価をせず
とにかく、ただただ受けてみる。

すると、
意外にも共感を感じることが多い。

100%そうだとは言えないのだろうけれど、
たとえ趣向や意見が違っていたとしても
意外にその立場も理解できることは多い。

そして、また
こちらが共感を持った時には、
相手も 共感を感じることが多い。

それぞれの表層部分が違っていても
根っこのところでは共通点があるものだ...とか、
深いところでは一体なんだ...ということを
無意識に感じているからなのかも知れない。

やっぱり、「聴く」ことは、受身ではないよ。

一体感や繋がりを確認する積極的な行動だと思う。

 

●1年前の今日:冬枯れの靱公園

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  一如 一体 和の心  聴く コミュニケーション お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

お気楽な勇気

なにかためしてみようってときには、
どうしたって、きけんがともなうんだ

(スナフキン)

 
うん そう!

勇気を振り絞って危険に立ち向うからこそ
チャンスを手に入れることができる。

さらに...
冒険を楽しむココロがあれば もっとイイ!

でも...
危険を感じない というのはマズイと思う。

ネガティヴなだけじゃ楽しくないし、
ポジティヴ一辺倒も うまくいかないね。

 

●1年前の今日:リアル植木等

コメント:0 | TB:0 【ちょっとイイことば】  一如 一体 和の心 お気楽 

ページTOPへ↑

EDIT

表裏一体

時間を割くのは愛かなと考えてる。
どういう行為だとしても。

via: Twitter / ぼんちゃん

 
ハッとした。

 
忙しいのに時間をつくるとか
何ヶ月も前から予定をとっておくとか
どんなに急でもスッ飛んでいくとか

もちろん そういう意味でもあるのだけれど...

一晩中、どう仕返ししてやろうと考えてるとか
何日も何週間もハラワタが煮えくり返えっているとか
思い出したくないのに いつまでも忘れられないとか

そういうのも 時間を割いてるってこと。

どういう行為だとしても時間を割くのが愛なのなら...
これも 愛だということか?

 
うん   たぶん...
そうなんだと思う。

 
愛はいつも美しいとは限らない。

気になって 忘れられなくて
気になって 頭からはなれなくて
一日の大方の時間を割いている

それは 確かに 愛だと思う。

真っ直ぐであろうと 歪んでいようと…
前向きであろうと なかろうと…
損得にも喜怒哀楽にも関係なく…

純粋な行動の原理が そこにある。

表も裏も ホンモノもニセモノも ない。

 
などと、
思ったり... 思わなかったり...

では、お気楽に..(^^)/~~~

表裏一体

via: 「人生の地図」 高橋歩

 

●1年前の今日:誰もが持っている

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】   時間 一如 一体 

ページTOPへ↑

EDIT

「一音一会」 成尾亜矢子ピアノリサイタル

成尾亜矢子ピアノリサイタル「一音一会」

 
Ayakoさん...

いろんなことがありましたね。

それも 辛い事が多かった。

でも、こうして
元気な勇姿を目にすることができて
本当によかったと思います。

とっても素敵なコンサートでした。

大胆さと繊細さ、前向きな強さと哀しさが
想いのままに溢れ出したような演奏に触れて
思わず熱いものが込み上げてきました。

演者と聴衆の一体感も並外れた高さでした。

 
クラシックが クラシックと呼ばれていなかった頃、
きっと こういう演奏が多かったのだろうと思う。

そして...
これまでに起こってきた出来事、
これから目の当たりにする出来事、
それらには 全て 大切な意味がある...
きっと そうなんだと思う。

 
それにしても...

コンサートの2日前に恩人に逝かれ
コンサート当日が告別式になるなんて...

どこまでも哀しく やるせない物語。

大いなる悲哀を満喫しきっている貴方だから
こんな空間を創り出すことができるのだと思います。

感動しました。

嬉しかったよ。 本当に ありがとう。

では、お気楽に..(^^)/~~~

 

●1年前の今日:秋晴れの水都大阪2009

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  音楽 ライブ 天命 一如 一体 感謝 

ページTOPへ↑

EDIT

「するどい」 と 「にぶい」

「するどい」と言われると人はよろこんだりするし、
「にぶい」と言われると、怒ったりするものだ。

もう、世の中はするどい人だらけで、
われこそがするどい、いや、われこそが、と、
するどい人どうしが、さかんに争ったり、
見上げたり見下げたりしている。

はたして「するどい」というのは、
いいことなのだろうか。
そんな疑問すら抱いたことのない人が
多いような気もする。
「いやぁ、彼はにぶいねぇ」なんて
ほめられている場面が、どこかにあったろうか。
あんまり知らないよなぁ。

via: ほぼ日刊イトイ新聞
「するどい」って、たいしたものじゃない。

 
うん そう言えば…
「するどい」というのは褒めコトバで
「にぶい」というのは そうじゃない。

それは、疑ったこともない常識と化している。
 

先見力があったり、推理力があったり、洞察力があったり、
気遣いがあったり、発見力があったりすると、
「するどい」と言われるのかもしれない。
そして、その「するどい」ところは、
きっと、何かや誰かの役に立つのだろう。

「するどい」がもてはやされる歴史が、
どれくらい続いているのかは知らないけれど、
ほんとのところ、その、
「するどい」の価値って、高くなり過ぎてないかねぇ。

 
たしかに!
なぜ そうなのか?
その理由は よくわからないまま、
「するどい」ことは良いことで
「にぶい」ことは そうじゃない
って、思い込んでいた。
 

逆に、ぼくのなかにある
人並み以上に「にぶい」部分は、
ずいぶんじぶんを助けてくれたように思える。
もっと細かく考えるのが常識でしょう、とか、
そんなことにも気づいてなかったの、とか、
え、ほんとに知らなかったの、とか、
ひぇー怖くなかったのか、とか、
あとでそう言われるようなこと、
つまりはぼくの「にぶい」部分というのは、
実はけっこうな体積があるのだ。

もうちょっと「するどい」考えを持っていたら、
できなかったろうなぁと思うことや、
あの場面で「するどい」じぶんになっていたら、
もっといやな衝突をしていたかもしれないなんてことが、
いっぱいありそうなのだ。

 
あるある。
自分の中にある「にぶい」部分も
ずいぶん助けてくれていると思う。

「するどい」と、やってられな~い(>_<)
ってことになりそうなことは よくあるな。
 

でも、どうもぼくは
「するどい」観点から言ってるものかもしれないけれど、
人間の大事な資源は「にぶい」のほうだと思うのだ。
「にぶい」をしっかりたっぷり抱えてないと、
ボディで言えば「体幹がしっかりしてない」ように、
ほんとのちからを発揮できないんじゃないかなぁ。

 
たぶん その通り、そういう指摘は
「するどい」観点から出てきていると思う。

やっぱり!「するどい」んやな。

でも、ちゃ~んと「にぶい」。

 
ここまで書いて 気づいた。。。

 
「するどい」と「にぶい」は
相反することじゃ ない ってこと。

 
また、何を訳の解らないことを・・・
と、言われるのを承知の上で(^^ゞ

でも、
「するどい」と「にぶい」は
表裏一体なんだと思う。  うん。

 
昨日の亀山ゼミでの闘戦経の解説にも
|組織を上手く活かしていくためには
|上に立つ者は部下の力を認めて発揮させながら、
|同じに、最低限の制御を執行していく必要がある。
という件があったけれど、
東洋思想とか、日本の感覚で観れば、
一見して相反することが表裏一体であることは
特に 珍しいことではない。

一体のこととして同時に成り立つのであって、
二極として捉えてバランスをとるのとは違う。

 
単に「するどい」というだけでは
そういう感覚を持っている人かどうかは判らないし、
「にぶい」と言われている人は、
するどさの度合いが低いだけであって
「にぶい」部分を発揮している人だとは言えない。

 
本当に「するどい」人というのは
同時に、すごく「にぶい」部分を持っている。

その「にぶい」部分の発揮のしかたが
とてつもなく「するどい」んやなぁ~

 
たぶん
そういうことなんだろうな~
とか、思ったり... 思わなかったり...(^^ゞ

コアラの眼差しは意外と鋭い
コアラの眼差しは意外と鋭い…

 

●1年前の今日:流れのままに…

コメント:2 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 一体 一如 価値 

ページTOPへ↑

EDIT

きっかけも秘訣も苦労も関係がない

正直な話…作りたいものも無いのに「プログラマーになりたい」ってのは、教えようがない。 弾きたい曲もないのにギター弾きたい、みたいな。 ああ、自分がギター弾けないのはこれか。w

via: はてなブックマーク

 
なるほど! その通り!

 
マーケティング覚えたいけど、売りたいものはない...
リーダーシップつけたいけど、仕切りたいシゴトはない...
金は欲しいけど、別に買いたいモノはない...
起業したいけど、特にやりたい事業はない...

こういうヤツは みんな一緒か。。。

そして…

だれにでもチャンスがある、というのは嘘でも幻想でもない。
だが、自分はどういう人生を望むか、という戦略がない人間には最初からチャンスがない。
自分が何をしたいかが分かっているからその目標に従って科学的な努力が可能になる。
戦略を行使するためのモチベーションの対象を持っているか持っていないかですべてが決まってしまう。
そして、モチベーションの対象を持っている人は、全体の数パーセントだろう、彼らは自分の人生を選択する。
自分の人生を選択するために、自分の資源をチェックし、モチベーションの対象に集中して投資するのだ。
この世の中には、それができる人と、できない人がいるだけで、それ以外にはいない。
きっかけも秘訣も苦労も関係がない。

村上龍「置き去りにされる人々」P31

 
そう。 そういうことやね。

外部の基準で本当のモチベーションを発揮し
さらに集中し、維持することはできない。

それができるか... できないか...

 
だけど、
それができるか... できないか...
つまり、できない人がいるわけなんだけど、
そういう人は どうすればイイのか?

ただ煽ったところで どうしようもないし...

 
…で、
自分でも、その答えは よく解らないのだけれど、
まぁ ひとつだけ言えることがあるとしたら、
ちゃんと「自分に向合う」ってことかな?

 
自分が何をしたいかがわかっている、ということは、
きちんと自分に向合って生きているか、ということ。

コミュニケーションの重要性が注目される昨今、
他者の目やキモチに眼を向けることは悪くないけれど、
外部に翻弄されているだけでは、自分を見失ってしまう。

自他を切り離して考えるのではなく、
自分に向けても、他者に向けても
「緩し」「許し」の ゆる~い視点から観れば
一体一如の感覚が現われてくるような気がする

視座、視点がポイントなのであって
「きっかけも秘訣も苦労も関係がない」のかも。

そういうことじゃないかと...
思ったり… 思わなかったり… うん。

 
それはそうと...
弾きたい曲はあるんやけど
ギターは ちっとも上手くならんかったなぁ (^^ゞ
 

 

●1年前の今日:交淡如水

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 チャンス モチベーション 一如 

ページTOPへ↑

EDIT

フラと プラと コバ サイコー!

Fried Pride Tour 2009@OSAKA 「A Time For Love ~スペシャルゲストcoba~」

 
昨夜は、えいちゃんたちと一緒に
Billboard LIVE OSAKA へ...

Fried Pride Tour 2009@OSAKA 「A Time For Love」

 
8月には しーちゃんのユニットを聴かせてもらっていたけど、
"Fried Pride"としては、1月末以来ひさびさののライヴ体験。

楽しみにしていたけれど、期待した以上!
これまでの中も最高のパフォーマンスだったよ!

ショパンからMJ、Deep Purple、サザンと...
幅広いジャンルから彼らならではのアレンジを
たっぷり!堪能させてくれるのは もちろんのこと…

今回は、coba氏がゲストで参加してくれたのがウレシイ!

 
coba氏は、レコードもイイのだけれど
断然!ライヴの素晴らしさとは比べられないので
Fried Prideのライヴでありながら
coba観たさ的に ずっと楽しみにしていたのだ(^_^)v

ゲスト出演は、以前から公表されていたのだけど
知らずに訪れた人達もいたみたいで
彼が紹介されて現れた時には
一瞬、サプライズな ザワメキが広がっていた。

演奏が始まるやいなや
そのザワメキは、ドヨメキに変わり、いつしか
3nights Live 2nd Stage のオーディエンス全員が
3人の醸し出す空間に心酔していくのを感じた。

いや~ ホンマに...
フラと プラと コバ サイコーやわ!

 
そして、昨晩の本当のサプライズは
アンコールのときに おこった。。。

 
いつになく力強い手拍子。

しかし、なかなか反応がない。

ちょっと心配になったけど、
誰ひとり 手を止める者はいない。

 
と、そのとき…
ホール中央の明かりが灯された。。。

今夜は時間も遅いし、アンコールなしか...
そう思った瞬間、

2人が 客席後方からホールに現れた!

 
「今日は、せっかくのアンコールなので
 生で お聴かせしたいと思います...」

しーちゃんが そう言って、
"Close To You"を PAなしの本生で歌い始めた。

もちろん!傍には よこチンの生ギター。

 
しかも・・・

2人はそのまま ホールをくまなく歩いて、
オーディエンスとハイタッチを交わして回ってくれた。

何人かだけじゃなくて... 全員と...!

これには グッときなた~

 
いつの間にかステージには、再び coba氏の姿も...
"Close To You"のコーラスはホール一杯に拡がっていた。

永遠に続くんじゃないかと思わせるほどの
たおやかで 温かい 一体感を 誰もが味わっていたと思う。

今度のアルバム、「テーマは愛」って言ってたこと
ハッキリ!わかった。伝わってきたよ。  うん。

いや~ ホンマに...
フラと プラと コバ サイコーやわ!

 

 

●1年前の今日:隠れ家にて….3

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  お気楽 ライブ 音楽 サプライズ 一如  

ページTOPへ↑

EDIT

自分とは…

人間というのは、何らかの意味で「自分は唯一の存在である」ということをどこかで確信しないとだめですからね。

その確信の一方で、自分は自分の存在を越えたものと繋がっていないとだめなんですね。

この二つがあるわけでしょう。それをどう折り合いをつけるかをいろいろやってきた。

昔だったらみんなご先祖に繋がっていたわけだし、そのへんは凄く安心だったわけですね。

そのかわり≪個≫ というものは、部族のためにとか、お家のためにとかいうことで、どんどん無視されていった。

今はどんどん≪個≫になってきて、ちょっとした差異などを喜んでいても、今度は何と繋がっているかという点では、今はいちばん難しくなっているのじゃないでしょうか。

(谷川俊太郎/河合隼雄)

 

個 即 全

全 即 個

 
あなたに代わる あなたは いない。

わたしに代わる わたしは いない。

自分とは、
誰にも代わることのできない唯一の存在であり、
誰にも代われない使命を持って、生まれて死ぬ。

あなたが いてくれて、本当によかった。

私がいることも、何かのお役目を果たしている。

 
それと同時に、自分とは、
意識の及ばない奥底で、あらゆる人と繋がっている。

家族や友人だけじゃなく、どの人とも繋がっている。

人だけじゃなく、動物や植物や物や自然とも
意識の及ばない奥底で、あらゆるすべてと繋がっている。

今いる人やモノやコトだけじゃなく
過去とも未来とも繋がっている。

意識の及ばない奥底で、自分は宇宙と繋がっている。

 
自分は、すなわち宇宙の一部。

いや! 自分とは、宇宙そのもの!

 
だからこそ、
自分とは、唯一無二の存在であり、
自分とは、あらゆる事物と一如たる存在。

 
自分の中に宇宙があり、神様がいる。

宇宙や神様に抱かれて、自分がいる。

 
そういうことさえ忘れないようにしていれば
時代kの変化や、互いの事情による変容なんて
なんら問題にならないんじゃないのかも...

な~んとなく… そんな気がしています。

 
いや、な~んとなく...(^^ゞ

 

●1年前の今日:ろうそくの両端に火を点ける

コメント:1 | TB:0 【伝えたいことが あるんや】  お気楽 天命 自分 個人 宇宙 神様 一如 

ページTOPへ↑

EDIT

時空を超えて一如となる

捨て犬や捨て猫と暮らすと、
次第に前の飼い主の人格が見えてくるように、
捨てられたモノの持ち主も見えてくる。

モノの所有権は簡単に消滅できるが、
コミュニケーションを生命だけに依存してはいけない。

まだ人間以外との通話料は無料だ。

via: 「コミュニケーション」犬のしっぽ ブログ

 
死んで何が残る?

それは、たぶん...
その人の 生き様。

 
どうして、そんなものが残る?

それは、たぶん...
我々は、過去とも未来とも
メッセージを交換できるから。

ビッグバンには
あらゆる可能性が包含されていて、
過去・現在・未来、全てが同時進行している、
という説があるけれど、
そう考えると腑に落ちる。

 
今、この瞬間の中に
過去も未来も同時に存在する。

存在というか、
今、この瞬間に感じることが
過去であり、未来である。

 
すなわち、

過去-現在-未来、
あなた-わたし、人-物-事、
ある-ない、 いる-いない、
生-死、 光-影、 マクロ-ミクロ、

そんなのは仮の姿であって
実体とは あまり関係なくて
何もかも全部、宇宙の一部であり
見え方が どう変わったとしても
実は、みんな同じ1つの命。

すべては 一体一如。

なんじゃないかと。。。

 
なんか 今日は、
妙に 哲学的になっちゃったりして…(^^ゞ

いや、 べつに...

では、お気楽に... (^^)/~~~

時空を超えて一如となる

 

●1年前の今日:一月おきの お楽しみ♪

コメント:1 | TB:0 【しあわせメモ♪】  一如 コミュニケーション 生命 メッセージ 

ページTOPへ↑

EDIT

親しき仲だからこそ…

親しき仲にも離別感

(衛藤信之)

 
周囲の存在を認めることは、
即ち、自分を認めること。

違いを許すということは、
一元性を認めるということ。

 
肉親や夫婦、親友、恋人などに対しては
往々にして、母子一体感が現れやすくて
ついつい 甘えや押し付けが出てしまう。

でも裏腹に、こういう人たちのことを
イチバン大切に思っていることも確か!

 
「離別」というコトバは
二元的なニオイがするので
多少の違和感を覚えますが、

「離別感」という感覚は、
「一如」に達するための必須条件だと思います。

 

●1年前の今日:バリアフリー!?

コメント:0 | TB:0 【ちょっとイイことば】  話聞禅 一如 

ページTOPへ↑

EDIT

自己開示

点滴の患者さんのひと言

「あぁ、憂鬱…」

この患者さん、原因不明の目の病気で、視力が弱まり、
目の痛みに悩まされている。

その上、かなりひどい突発性難聴に…。

 

私の母と同い年で、未婚。現在一人暮らし。
実家は九州・福岡。近くに身寄りもない。

視力が弱く、テレビは音を聴いて楽しんでいたのに、
難聴の程度がひどいため、テレビも楽しめない。

目の治療のためのステロイドの影響で、ムーンフェイスといって、
顔がまん丸に腫れてしまっている。

 

そんな患者さんのつぶやきに、どう声をかけるべきか…。

 

「憂鬱、なんですね。」

「そりゃそうよ、これで憂鬱にならない人はいないと思うわ。」

いつものオウム返しも通用しない。

 

こういう時には、
自分の身の上を加えて話してみる。

「うちの父はもう31年、右半身不随で、言語障害があるんです。
 だから、病気のつらさはよくわかります。つらいですね。」

「えぇ~?31年?本当?
 それで、病院に入院してるの?」

「いいえ、母が自宅で面倒を看ているんです。」

「お父さん、かわいそうだねぇ
 それにお母さんも。31年かぁ…。

 本当…。それはかわいそうだわぁ。

 私が憂鬱なんて言っとってはアカンねぇ。」

 

その患者さんは、
たったそれだけで表情が明るくなった。

自分のことしか見えなくなると、
人はとってもつらくなる。

でも、
目線を少し変えるだけで、
意外と心は楽になる。

私は
この患者さんの病気を治すことはできないけれど、
少しでも心が楽になるように、
これからも接していけたらいいな、
と思っています。

両親に感謝デス。

(けーこちゃんの日記より)

 

互いの「自己開示」。

情報と情緒のバランスが良くなって
伝導率が圧倒的に高まります。

一体一如への王道ですね。

けーこちゃん... ありがとう。

 

自己開示の心理学的研究 自分に自信がないあなたでも必ずうまくいく 素のコミュニケーション術 探すのをやめた瞬間、

 

1年前の今日:一点集中で突っ走る!

コメント:0 | TB:0 【しあわせメモ♪】  話聞禅 自己開示 一如 

ページTOPへ↑

| PAGE-SELECT | NEXT